地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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 観測塔を後にした荒野を進む。

 赤黒い岩と焦げた大地がどこまでも広がり、背後には塔の影が長く伸びている。風はなく、空気は重く濁っている。

 

 数歩進むと、空に異変が現れた。

 

 地平線の彼方に細い亀裂が走り、乳白色の光が滲み出している。足元の大地にも同じ罅が走り、裂け目からは数字の羅列のような光帯が漏れていた。

 

 岩や砂が崩れたのではない。まるで記録そのものが、地獄の大地に浮かび上がったかのようだった。

 佐藤さんが横で低く告げる。

 

「観測領域が拡張しています。塔に依存せず、干渉が続いている」

 

 視界の奥で荒野の向こうに草原が透け、さらに霞を帯びた彼岸の断片もちらつく。

 

 三つの風景が重なり合い、感覚の境界を揺さぶる。

 地獄の荒野に立っているはずなのに、足元には草の感触がわずかに混じり、鼻先には青い草の匂いも漂う。

 

 荒野を進む足元で、微かな振動が伝わってくる。

 地面そのものが記録のように反応しているのか、視界の端で光の帯が揺らぎ、何か別の存在が近くにいる気配を告げていた。

 

 佐藤さんがそっと横に立ち、声を落とす。

 

「……端末で波形を確認してください。塔の干渉は直接的ではありませんが、周囲の空間はまだ観測状態にあります」

 

 端末を手に取り、表示された波形を眺める。数値は微かに揺れ、乳白色の光の残滓と同期しているように見えた。

 

 その中に、かすかな幼体の反応が混じっている。

 視界の先で、霞の中に小さな輪郭が揺れた。

 

 ──はなだ。まだ確かに存在している。

 

 胸の奥で、かすかな啼き声が反響する。

 言葉にならないが、感覚として確かに「ここにいる」と告げている。

 

 その声に応じるように、乳白色の光が波打ち、荒野の風景と重なり合う。

 

 佐藤さんは端末を見つめたまま低く告げる。

 

「幼体反応が確認されました。このままでは存在の境界が曖昧になります。迅速な判断が必要です」

 

 振り返ると、荒野の向こうに霞の裂け目がわずかに開き、そこから草原と彼岸の残像が透けて見える。

 

 地獄に立ちながらも、遠くの異界と接触している感覚が鮮明に残っていた。

 

 端末を握りしめたまま、ゆっくりと視線をはなに向ける。

 霞の裂け目から、わずかに揺れる小さな輪郭。呼びかけようとしても、声はまだ届かない。けれど胸の奥で、確かに存在を感知できる。

 

 佐藤さんが一歩近づき、低く指示する。

 

「焦らず、呼吸に意識を向けてください。端末の波形に従えば、存在の位置は把握できます」

 

 表示される波形は細かく揺れ、幼体の反応と同期している。

 それを頼りに、慎重に足を進める。荒野の地面は硬く、足音が静かに響いた。

 

 霞の裂け目は次第に広がり、草原の緑と彼岸の光景が混ざり合う。

 その中に、はなの輪郭が少しずつはっきりしてくる。

 動きは小さく、まだ自立できるほどではないが、存在そのものは消えていない。

 

 佐藤さんが端末を操作し、指で位置を示す。

 

「ここです。波形から判断すると、近くまで来ています。無理に手を伸ばす必要はありません」

 

 胸の奥に、かすかに響く啼き声が増してくる。

 鼓動と呼応するかのように、はなの存在感が周囲の霞を押しのけ、少しずつ種田の感覚に絡みつく。

 

 荒野の風景と乳白色の霞が交錯する中、種田は一歩ずつ、確実に存在の近くへ歩み寄る。

 端末の波形に注意を払いながら、はなを確認し、存在を取り戻すための準備を整えていく。

 

 霞の裂け目の前で足を止める。

 はなの小さな輪郭が揺れ、微かに光を反射している。息を整え、手を伸ばすと、胸の奥で反響するかすかな啼き声が震え、存在が確かに応じる感覚が伝わってきた。

 佐藤さんが端末を指さし、低く告げる。

 

「反応は安定しています。無理に引き寄せず、波形の誘導に従ってください」

 

 ゆっくりと手を差し伸べると、乳白色の霞が震え、はなの小さな存在がこちらへ向かって揺らぎながら近づく。

 

 抱き上げる瞬間、胸の奥で長く沈んでいた啼き声が、弱くとも確かな音として返ってきた。

 

 荒野に広がる霞と地獄の岩肌の間で、はなの輪郭はゆっくりと定まり、存在の確かさを取り戻す。

 

 端末の波形は安定し、幼体反応も徐々に落ち着きを見せた。

 

 佐藤さんは端末を見つめたまま、静かに告げる。

 

「確保できました。選択の影響で混ざった存在は、これで安定しました。観測は続きますが、今は落ち着いています」

 

 胸の奥で残っていた微かな不安も、はなの安定した存在感によって徐々に和らぐ。

 

 地獄の荒野に立ちながら、観測塔の影は遠くに沈み、荒野の風景が静かに広がっている。

 

 手元の端末が微かに震え、画面に新しい記録が浮かぶ。

 数値と波形は、はなを取り戻した事実を淡々と記録していた。

 

 観測はまだ続く。だが少なくとも、取り戻すべき存在は確かにここにある。

 次の局面に備え、観測は続けられる――佐藤さんの声が、遠くから静かに告げるようだった。

 

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