部屋の扉をノックされ、開けるとそこには佐藤さんと巻尾さんが来ていた。佐藤さんと巻尾さんは互いに救急箱?と大きな鞄を持って息を荒げている。 どうやら相当急がせてしまったようだ。
「とりあえずここで診るのもアレなので部屋に入れていただけると助かるのですが……」
「あっ、すいません。どうぞどうぞ」
失礼します、と一言いい佐藤さんと巻尾さんが部屋に入ってくる。
「では、診ますので服を脱いでもらってもよろしいですか?」
「あっ、はい」
佐藤さんに促され、Yシャツと肌着を脱ぐ。人前で脱ぐことは、慣れていないとはいえ今は緊急事態だ。恥ずかしさをどうにか押し殺し、禅を組む坊主のような気持ちである。
「……以外と着痩せするんスね〜」
そう言った巻尾さんの頭を佐藤さんは、どこから取り出したか全くわからなかったハリセンで勢いよくスパーンと引っ叩き、その音が部屋に響く。
「……巻尾?」
「くぉあああああ痛つつっ……す、すいません」
「ペナルティ1、ですからね」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいどうかご慈悲を言葉に気をつけますので!!」
「……次からは気をつけなさい。種田さん、気を悪くしたらすいません。これは必要なことですので、気を悪くせずに答えてください。昨日、火遊びされましたか?」
「火遊び?」
そう言われ頭を傾げると巻尾さんが、この場合は他の女と寝たか?って聞いてんスよと口添えをする。確かに昨日は、外に出かけてはいたが、女性とあったかと言われるとNOとしか言えない。
「いえ、昨日は隣室の日下部さんと食事に行ったくらいです」
「「日下部?」」
日下部さんの名前を出した瞬間に、佐藤さんと巻尾さんは二人して目を合わせる。しばし、思考したのち佐藤さんが切り出した。
「種田さん今、日下部と言いましたか?技術開発部の?」
「そう、その日下部さんです」
「ひゃー、実際に存在するんスね〜。私も噂でしか聞いたコトないっスよ。地獄七不思議の一つじゃないっスかね?」
「そんなになんですか?」
「そうッスよ。技術開発部でも本人を見たことあるのは一人か二人、しかも室長クラスじゃなかったかと思うッスけど。はえー、この寮のしかも隣室に住んでるんスか……うわー、一度でいいから顔見て見たい……」
「巻尾、それは後ででも聞けますからまずは診察を。……ここまで痕が残っていて背中には爪跡なし、とくると合意の上ではなく襲われた、というのが正しい見解でしょう」
「確かに夜中に、黒い靄みたな煤みたいなのをみた記憶が……」
「靄……そうなると、その靄の正体はわかりました。おそらくですが十中八九淫魔でしょうね。種田さんは、マーキングされたとみて間違いありません」
「マーキング……」
「その痕は、これは私の獲物だという証だと思われます。だとすると、その淫魔はおそらく今夜あたりにもう一度やってくる可能性が高いと思われます」
マーキングやら今夜あたりにもう一度くると言われるが、実際問題はこの痕である。首筋から、鎖骨のあたりまで付いている。さすがに悪目立ちが過ぎる。
「今夜ですか……とりあえず業務に差し支えそうなので、どうにか目立たなくしたいんですが……」
「そのためのこの大荷物ですから。ひとまずは、薬売りの軟膏を塗っておきましょう。首はチョーカーがあるので多少は隠せますが、ベージュ系のガードも一所に巻いておいたほうが精神的にも安全でしょうし。巻尾、犯人の目星は付きましたか?」
目星?とドラマや映画なんかで聞いたことあるが、現実では聞き馴染みのないワードに首を傾げると巻尾さんが、鼻を鳴らしながら答える。
「おそらく、犯人は大陸系からの密入国じゃないっスかね。この部屋の残り香の中に、香辛料のピリッとした匂いが混じってるっス。あと、犯人は比較的若年層だと思われるっス」
「そこまでわかるんですか?」
「当たり前じゃないっスか。ひやかしにきたんじゃないんスから。これでも一応は狗神なんスよ」
イヌガミ?という聞きなれないワードが飛び出てきたが精神安定面も考慮してスルーする。今は、犯人の情報が第一だ。
「密入国、ということは何かしらの病原菌を持ってる可能性も0じゃありませんね……種田さん、この部屋消毒しても構いませんか?手間は取らせませんので」
「あっ、はい。じゃ、お願いします」
「わかりました。今から防疫班に連絡するとして…種田さん」
「はい?」
「まずはシャワーを浴びましょう」
◇◇◇
部屋を消毒することになったので、シャワーはジムに備え付けのものを借りれるらしい。そもそも、ジムなどはあったとしても足が向くことはなかっただろうがこの機会に行ってみることになった。一応、着替えを適当なバッグに詰め込んで出発する。
「いやー、まさかの密入国とは……えらいなのに引っかかったっスね」
「密入国って深刻な問題なんですか?」
「ええ、ここ何年かでどっと増えてきてまして。昔は、蓬莱山を目指してくるものが後を絶えませんでしたがいまはまた別の事情が隠れているみたいです」
海を挟んだ向こう側にもまた違った国がありまったく別の地獄があるってことだろうか。
しばらく歩くと、ジムの横に備え付けのシャワー室がある。ジムには、今の時間帯は誰もおらず、機材のみが転がっている状態だ。バーベルやウェイトなどを小鬼衆がウェスで磨いている。
佐藤さんは、手元の薬箱を開け、中を漁り目的のものを探しているようだ。巻尾さんはといえば、ランニングマシンの方をチラチラっと見ている。
「これが軟膏であとはガードを。シャワーを浴びた後に、患部に塗って巻いてください。私たちは、諸連絡をするために近くにはいますから」
「そうっすね、先輩。じゃあ、浴び終わったらここに集合ということで」
そういうと巻尾さんはランニングマシンの方へ駆け足で去って行った。どうやら相当走りたかったらしい。
シャワーを浴び、患部に軟膏を塗る。塗っていくと、染み渡るような感覚とピリピリとした刺激が肌に刺さる。塗り終わった後に、肌の色に合わせ目立たないようにガードを巻き、シャワー室を出る。その際、また部屋に戻るのもアレなので、脱衣所で着替えを済ませた。
「あー、サッパリした」
その後、合流した佐藤さんと巻尾さんと一緒に食堂へ。朝食は、ハムエッグと炊きたての白飯、ジャガイモとネギの味噌汁だ。佐藤さんは、追加でトマトジュース。巻尾さんは、以前と変わらず卵焼き。
卵の黄身が硬めに焼いてあり、白身の縁がカリッとなっていてすごく好みの焼き加減だ。味噌汁は赤出汁で、染み渡るような旨さ。白米は、ピカピカと光りおかずと一緒にもりもりと食していった。
朝食を食べ終えると、室の中へ。今日も今日とて、死後の裁判である。