扉が現れ、獄卒に連れられて一人の女性がやってくる。見た目は20代中頃、中肉中背だが髪が腰ほどまである。髪に癖形が付いてるということは、生前はキツくまとめていたのかもしれない。
顔色は伺えず、ただ首を下げたまま微動だにしない。
ひとまず、タブレットに写る情報を確認する。
亡者の情報自体が書かれている時期は今まで見て来た中でも一番古いが、きちんとデータ化されて表示されている。
よかった。とりあえず、過去の情報は探れる。
◆
美薗はつ 享年:25
死因:男と心中における溺死
罪状:天寿を全うせず己の命を捨て、死んだ罪。
生前は、カフェでウェイトレスなどをしながら暮らしていた。給金はほぼ実家に送り、本人は慎ましく暮らしていた。客として来ていた川辺昭三と恋に落ち、関係を持つ。
相手が遊びだとわかっていたのにのめり込み、心中を図った模様。相方の男は、死に切れず現世で自殺幇助の罪で服役。
◆
これはつまり無理心中を図って自分だけ成功してしまったやつか……
そう考え、亡者を見ると下げていた首をあげて正面を見ている。その目は、何かに心酔しているが、心ここに在らずといったところだろう。
「これ、心中相手の情報とかも見れたりしますかね?」
そう聞くと、佐藤さんはタブレットの画面をスッとなぞり、確認する。
「ええ、これですね」
◆
川辺昭三 享年:67
死因:消化器系の不全による衰弱死
罪状:自殺幇助 並びに 仏を祀りながらも実際は信奉していなかった罪。
遊びと称して街に出で女中、遊郭、ウェイトレス等好き勝手に手をつけてた模様。「お前と一緒にいたい」と相手を誑かし、飽きたら捨てていた。
この遊びに関しては、30代半ばまで続いた模様。
心中における自殺幇助2回。直接の原因ではない自殺にも関わってる可能性有り。
◆
これだけ見ると、悪い男に引っかかってしまったといったところだろうか。それにしてもこの川辺という男。
「遊びと称して随分と派手にやってますねぇー」
こう言ってはなんだが、裁判をする上だとこちらの方が判決が出しやすい。色狂いとはまさにこのことだろう。軽く頭を掻く。
「この手の女遊びは男の性というんでしょうか。古今東西あいも変わらず多い難題です。……そういえば男女の無理心中、昔ちょっとだけ流行りましたね」
「流行った?」
「ええ、愛し合う男女が結ばれないと分かって、それでも来世一緒になると信じて心中するのは昔から。特に流行ったのは、明治の終わりから昭和のはじめの方まででしたかね」
「有名どころだと太宰治が知られています。たしか太宰も、自殺幇助の罪で留置所に入ってますし。っと、話が逸れました。それぐらい、当時は多かったんですよ」
急に饒舌になったということは何かしら佐藤さんの琴線に触れたのだろうか。以前の後藤の時もそうだったが、男女間のもつれの話になると、若干ながら眉間にしわを寄せている。
「佐藤さん」
「はい」
「あの亡者と話しても?」
「……本気ですか?以前とは違って今回はうまくいく保証はありませんよ?」
「それでもいいんです。ちゃんと知りたいんですよ。外側だけ見て判断するより、内側までちゃんと見て知って判断したいんです。それが、俺のやりたい裁判です」
「そうですか……わかりました。もし何かありましたら、全力で対応しましょう。その代わり」
「その代わり?」
「貸し1、ですよ」
佐藤さんに貸し1か、その時俺は何を求められるんだろう。きちんと答えられるといいんだが……
◇◇◇
亡者、美薗はつの前に歩いていく。靴音が、床を響かせるような音を奏でながら。室内だからそんな音などするはずもないのに。緊張からか心臓の鼓動が、鼓膜を伝いグワングワンと耳を鳴らす。
「……昭三さん?」
昭三?それは確か心中を図った相方だったか。
「……やっとあなたと会えた」
「あなたは愛してると言ってくれたのに……お前といっしょにいたいと言ってくれたのに……あれは嘘だったのですか?あなたが望んだから私はあなたに全てをあげたのに……」
何か様子がおかしい……何かがまずいと体の第六感が知らせる。
「そんなあなたを好きになってしまった私が悪いのでしょうか。いいえいいえ。では誰が悪いのでしょうか?」
「そう、昭三さん。あなたを愛してしまった私自身が憎い。憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ」
暗転。真っ白な室内が黒く染まっていく。それはまるで、白い砂浜のある青海に、重油が広がるように。
醜悪と憎悪の感情が塗り重なるようにして空間を染め上げる。
美薗はつは目の焦点が合わず、歯を噛み締め口からはどろどろと汚泥のようなどろりとしたものが溢れ出す。
「アアアアアアアアアアアドウシテドウシテナノドウシテエェェェェッ」
美薗はつだったものーーはそういうとバタバタと駆け寄り一瞬で間合いに踏み込んでくる。
避けるという考えも頭にあらず、馬乗りに乗られ首を絞められる。ギチギチと恐ろしい握力で、呼吸すらできない。
あっこれは死んだな……佐藤さんが言ってた覚悟ってこういうことか……
などと死ぬ寸前の走馬灯のように頭の中を繰り返す。
呼吸ができず、顔は真っ赤な状態になり、目は充血する。もう、ダメだ……
「諦めてどうするつもりですか」
そういうと佐藤さんは符を飛ばし、亡者だったものに腹部から思いっきり蹴りを入れる。さすがに効いたのか、まだ生身の肉体を持ってる弊害なのかゴロゴロと転がり、部屋の角の方へ追い込まれていく。
「アバアバババババババババババ」
「ふむ、どうやら人としての形だけは残ってますが中身は悪霊化してますね。ここで暴れられるのも困るので、一旦封印してしまいましょう」
そういうと佐藤さんはポケットから袋状のものーー猫型ロボットのお腹についてるアレーーから塩と掃除機、麻袋を取り出す。
「種田さん、動けますか?」
「ええなんとか」
「塩を撒くので手伝ってください。あと……」
「今回は諦めてください。あれは我々では救えません」
◇◇◇
そこからは早かった。亡者だったものに塩をできるだけたくさん撒いて弱らせていく。まさしく、青菜に塩といった感じだ。塩が真っ黒に染まっていくとそれを掃除機で吸い込み、まとめて麻袋に放り込む。美薗はつは先ほどの黒い塊から人の形を取り戻していた。
「佐藤さんはこうなるって分かってたんですか?」
「……可能性が0だとは思ってませんでした。ただ……」
「ただ?」
「亡者が心中した場所、自殺の名所なんです。だから、邪念や狂気が一緒になってくるかもとは思いました。お伝えしなかったのは、種田さんが言った覚悟がどれくらいのものか見ておきたかったんです」
「それで死んじゃったら元も子もないでしょうに」
「大丈夫ですよ、そのチョーカーがついてる限り死にたくても死ねませんから」
ふふっと佐藤さんは笑い、俺はため息をついた。
「……さて、この亡者どうしましょうか?」
「裁判中に悪霊化した例はそもそも例が少なく、取りようがないですからね。一応上に問い合わせして見ますが……」
その様子からするとあまりいい方向には行かないようだ。佐藤さんは、ポケットから端末を取り出し電話をかける。
相手は……
「佐藤です。こちらで少しトラブルが発生しました」
『はーい佐藤。要件は大体わかってるよ。悪霊化の件だね?』
この声は閻魔様だろうか。電話に出たタイミングである程度察していたらしい。
『とりあえず亡者は幽閉しておいて。対応はこっちでも考えとくからー。あと、そこに種田くんいるよね?佐藤、代わってくれる?』
「はい、代わりました。種田です」
『種田くん、今回はやり方がまずかったね。前例がないからこちらも対応を考えなくちゃいけない』
「……はい」
『でも、その亡者。種田くんに反応したんだよね?』
「あっ、はい。それは確かです」
『そっかそっかー。よし、種田くん。その亡者、君の預かりで管理ね』
は?え?預かり?判決を出すとかではなく?
『その亡者ね、今まで裁判何回もやってきたけど何も反応してこなかったワケ。で、今回まさかの悪霊化。そうなってくると所在責任はキミにも大きくあるんじゃないかな?』
「……わかりました。そうさせていただきます」
『ハイハイじゃーねー。あと定期的に報告書あげてもらうから頑張ってー』
なんともややこしいことになってきた感があるが、ひとまず解決したようだ。これが正しいのか判断しづらいところだけど……