地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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奇き

 誰かを誘おうか悩んだが、そもそも現世の時からどこかに飲みに行く習慣がないのでいつか行ける日があったら行ってみようと思っていた。

 

 前を向くと、見知らぬ男が一人。誰かを待つようにして腕の時計を確認していた。地獄では珍しく、長めのコートを着ているのが妙に目を惹く。

 

 観察をしていると、男と目が合った。鋭い目つきから一転、まるで昔から知っている友人のような目に変わった。

 

 流石にこれは危なそうな人に引っかかったかもしれない。そう思い、踵を返すようにして急ぎ足で歩こうとすると男は距離を一気に詰めてきた。

 

「もしや、種田さんですか?」

 

「……はい、そうですが。申し訳ありませんがどちら様でしょうか?」

 

「申し遅れました。私、田島と言います。こことは違う部署で働いていますが一度お会いしたいなと思っておりまして」

 

「そうですか……」

 

 明らかに怪しい。このタイプの人間は昔から見たことはあるが、関わるとろくなことにならない。いい感じに終わらせて気持ちよくさよならできればそれが一番いい。

 

 田島と名乗る男は近づいてきて耳元で囁くように言った。

 

「実は先日ですね、この地獄全体にほんのわずかですが歪みが発生したんですよ。……種田さん、何か知りません?」

 

 そう言われた時、背中からゾワゾワと言う感覚と共に冷や汗が止まらなくなった。

 

 先日、地獄、歪み。

 

 気のせいではなかったら、先日のはなを中心とした騒動のあれだろう。表情をできるだけ表に出さずに、田島と名乗る男に囁く。

 

「……何が言いたいんですか?」

 

「いやね、種田さん。何か知らないか……もしかしたら知ってるんじゃないかなんて思っただけなんですよ、ええ」

 

「……どうなんでしょうかねぇ」

 

「とりあえずここで話すのもあれですし私の知ってる店でお話ししませんか?」

 

「……いやです、と言ったら?」

 

「うーん、そうですねぇ……あなたにその権利があるのでしたらなんですがどうなんでしょうねぇ」

 

 煮え切らない答えだった。

 

「……わかりました。どこに行けばいいんですか?」

 

「おぉ、ご決断が早い。それでは衆合地獄へ行きましょう」

 

「……衆合地獄へ?」

 

「そこに誰も話を聞かれない場所があるんです。ささ、参りましょう」

 

 ◇◇◇

 

 田島と名乗る男と二人、衆合地獄へ行くためにエレベーターに乗る。衆合地獄へは、複数本あるエレベーターのうち、一番歓楽街に近いエレベーターを田島は指定した。

 

 慣れた手つきで、ボタンを押すとエレベーターの扉は閉まる。それは、まるで引き返すことのできない深淵の中に堕ちていくようだった。

 

 しばらくすると、チンと言う音と共に扉が開いた。どうやら、目的地に着いたようだ。

 

 田島は、慣れた足取りで先に行く。それを後追いする形でついていくと、華やかな歓楽街に出た。

 

 色鮮やかな装飾や花々、お香などの色々な匂いが混ざり、何とも言えない空気が漂っていた。いやでも目移りしそうになるが、田島は足を進めていく。

 

「こちらです」

 

 田島は華やかな街の曲がり角を進む。ついて行くように足を進めると空気がすこしだけ変わったのが嫌でもわかった。明るく照らされていた歓楽街とは違い、どうも怪しい雰囲気が漂う。

 

「この奥です」

 

 そこには、赤い提灯が二つ扉の前で飾られた小さな店があった。

 

「……ここですか?」

 

「はい、そうです」

 

 明らかに怪しかったが、ついて行くしかなかった。

 

 ◇◇◇

 

 ……目が覚めて最初に見たのは見覚えのない天井だった。

 

 とても柔らかでいい香りのする布団に包まれ、頭が追いつかなかった。

 

 ……ここは、一体どこだろう。

 

 そうなってくると、どうもすやすやと寝ていられない気になってきた。

 

 布団から出て、立ち上がると着た覚えのない着物を着せられていた。

 

 知らない部屋、暖かな布団、来た覚えのない着物。

 

 正直焦りと恐怖で動転しそうになった。

 

 状況を整理しようと昨日?の記憶を遡ってみるが、あの店に入って一杯だけと言われ、酒に口をつけた。……そう言えば一緒にいた田島と言っていたあの男はどこにいるだろう。

 

 少なくとも同じ部屋にはいる気配はない。

 

 真新しい畳が敷かれている他は、酒を飲む際の漆器が飾られていて、明らかに高い場所なのはわかった。

 

 まだ頭が追いついていないが、現状をどうにかしないと次のトラブルが起きるかもしれない。いや、もしかしたら今よりも大変なことが……

 

 そう考えていると、奥の襖を開ける音が聞こえてきた。

 この部屋の女中さんだろうか?品が良い風情があるがなんとも言えない空気を出している人だった。

 

「お目覚めになられましたか、おはようございます」

 

「……おはようございます。すいません、何を聞いているんだと思われるかもしれないですが聞いてもいいですか?」

 

「はい、なんでしょう」

 

「ここは一体どこなんでしょう……」

 

「そうですね……それを私の口から説明するのは野暮だと思いますので。ついてきてもらっていいでしょうか?」

 

 正直、この場所もこの人も一体何なんだろうとしか言えなかった。色々と考えようとするが、思考がまとまらない。

 

 大人しく、彼女の言う通りについて行くしかなかった。

 

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