地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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契り

 名前も知らない女性について来てくださいと言われ、判断に迷うことはなかった。

 

 部屋を出ると、よく手入れされた庭が目に入る。置いてある庭石や植木を見ても、ここには金銭的余裕が見受けられた。

 

 空の色はどんよりとした鈍色。なのでここは地獄なのは違いないようだ。

 

 しばらく歩いて行くと、一際踏み込みづらい雰囲気が漂う小部屋に通された。どうやらおそらくだが、ここの主人がいるのだろう。

 

「失礼します。目が覚めましたようでお連れしました」

 

「……こちらに通してください」

 

 その声はまるで言葉に表すなら鈴の音のようだった。凛と通った声に嫌緊張して嫌でも背筋が伸びる。

 

 襖が開く。その中は、暗く何も見えない。ただ、なんだろう。妙に甘い匂いが鼻に通った。

 

「このような状態でお話しするのもこちらとしても心苦しいのですが申し訳ありません。なにぶん、脚があまり良くないものでして……」

 

「……無理しないでください。話をしたかったのはこちらも一緒ですから」

 

「お心遣いありがとうございます。では、これから少しお話しをしたいのですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「種田です」

 

「では、種田さん。昨日のことは覚えていらっしゃいますか?」

 

 そう言われ、記憶を思い返す。確か田島と言っただろうか、その男に連れられ、衆合地獄に来たのは覚えている。

 

 その後に小さな店だろうか。そこに入って……そこからの記憶は正直曖昧だ。

 

 目が覚めたら、あの部屋にいて状況もわからないままここにいる。

 

「すいません、今の状況があまりわかっていないです」

 

「そうですか……それなら説明は省かずに教えたほうがよさそうですね。種田さん、あなたは身売りされました。ここまでは覚えていますか?」

 

 ……身売り?状況がさらにわからなくなってきた。一体どういうことだ?

 

「その様子だと今の状況も把握できていないようですね。それでは昨日契られた約束もお忘れで?」

 

「約束、と言いますと?」

 

「あなたは自らの身を私に捧げますと言われました。まだ思い出せませんか?」

 

 ……全く思い出せない。そんなことを本当に言ったのかわからないしそんな行動をとったのかすら怪しいところだ。

 

 沈黙が続いていると、懐にある端末が震えた。ただ、この状況では出ることすら憚られる。

 

「どうぞ。出ていいですよ」

 

「すいません、失礼します」

 

 着信を確認すると佐藤さんからだった。急いで連絡を返す。

 

「……はい」

 

『おはようございます。……どうやら何かに巻き込まれたようですね』

 

「まぁ色々と混乱してますがそれであってます」

 

『そうですか……わかりました。詳細は追って説明してもらえると助かりますが簡単に説明してもらえると助かります』

 

「わかりました。実は……」

 

 佐藤さんに現在起きてることをわかる範囲で説明していく。説明を終えると、佐藤さんは最後まで聞き終えると口を開いた。

 

『わかりました。それで、その身売りの契約を進めている方は今目の前にいますか?』

 

「はい」

 

『そうですか……少し変わってもらっても大丈夫ですか?』

 

 相手にその旨を伝えると、頷いた。端末をスピーカーにして相手に渡す。

 

「こんにちわ」

 

『はい。それでは一つだけ聞きたいのですがよろしいでしょうか?』

 

「はい、どうぞ」

 

『では一つだけ。なぜ身元も知らない種田さんと契約をしたのですか?』

 

「そうですねぇ……勘と言いますか何か来るものがありましてね」

 

『わかりました。とりあえずその契約はもう少し待ってもらえると助かりますがどうでしょうか?』

 

「それに関しては本人も交えて話さなければならないとは思いますが……そうですね。三日ほど時間の猶予を与えます」

 

『ありがとうございます。それでは種田さん。何かありましたら随時連絡をください』

 

「わかりました」

 

『では一度切ります。何かあったらまたこちらからも連絡します』

 

 端末を放すと連絡は途絶えた。目の前にいるこの人の正体はまだ何もわかっていないが、現状をどうにかしないと先に進まないのは確かだ。

 

「先ほども述べましたが、契約は三日後に伸ばします。ただ……」

 

「ただ?」

 

「あまり時間がないのもお互い様ということだけお伝えしておきます」

 

 時間がない?それは一体どういう意味だろうか。そんなことを考えていると、襖が閉じられた。どうやら、今はこれ以上対話は難しいようだ。

 

「今回は一体何に巻き込まれてるんだろうか……」

 

 口から溢れる言葉は誰にも何にも返ってはこなかった。

 




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