彼女が言っていた期日が本当だとしたらもう時間がないのは明らかだった。
佐藤さんが言っていた『蜘蛛』と『蛇』の意味は全くわかっていないが、あの一瞬で空気が変わったのは確かだった。
確かにここは異質だ。
空気が整っているように見えているが、妙にキレイすぎる気がある。地獄の空気に慣れたからか妙に潔癖と言えばいいだろうか。まるで、病院の無菌室にいるような感覚とでも言ったらいいだろうか。
そんなことを考えていると、空は段々と陰りを見せ始め、雲が濛々と空を覆い尽くしていく。
もしかすると、一雨降るのではないだろうか。
◇◇◇
「急を要します」
佐藤がそう言うと、会議室に集まっていた数人が顔を上げた。メンバーは、巻尾、轟、江藤。いずれも種田との関わりがある者たちだった。
「急を要するっていうと……どういう意味になるんだ?説明が不足して話が繋がらない」
「そうだな……このメンバーで一人いないのは確かだが。まぁ、何かしらあったんだろうなとは思ってる」
江藤と轟がそう言うと、佐藤はしばらく考える形をとったが、ホワイトボードに何かを書き始めた。
「今わかっていることだけを述べますが、種田さんの身が危ない状況です。今回の関係者は複数名、そのうち一人は行方がわかっていませんがどこかにいるはずです」
「……すまんが、話の流れとしては種田の命が危ういで合っているか?」
「はい、合っています」
「そして、今の状況を一人でどうにかできる範囲を超えている……で、合っているか?」
「はい、合っています」
「ここにいるメンバーでどうにかできる話じゃないと思うんだが、それはどうだ」
「間違ってはいませんが、正解でもありません。現状をわかっている範囲で書き出しました。これを見てください」
ホワイトボードには、今回の事例をわかっている分だけ書き出してあり、中央には赤いペンで丸く囲われていた。
「では説明を。現在、種田さんは衆合地獄のとある場所に保護、いえこの場合監禁されている状態にあります。そして、この場所には『蜘蛛』もしくは『蛇』がいると思われます」
「蜘蛛と蛇?」
「はい」
「なるほど……また大変なのに巻き込まれたな」
「ちょっといいか?蛇と蜘蛛ってなんかの隠語か?」
「欲の名称といいますか、例えと言いますか。なんにせよ時間はあまりありません」
全員が何かを考える。現状をどうにかできる考えはなかった。
◇◇◇
しとしとと雨が降ってきた。世界は濡れ、溢れた水は下へ下へと流れていく。
世界というのはこのようになっていただろうか。
そんなことを考えながら曇った空をぼうっと眺めていると、侍女が声をかけてきた。
「どうされましたか?」
「少し考え事をしていました」
「そうでしたか……」
それきり会話は終わった。何かを忘れているような気がするが思い出すことすらも今はできない。
頭がぼうっとする……思考が乱れるといった感じだろうか?
呆けていると、懐が妙に暖かくなっていた。
これは一体なんだろう。
心臓の脈とはまた違う脈動。懐を探ると、チクリとした痛みが先行し、指先から血が出た。
見てみると、赤黒い血が脈々と手から流れる。
懐にあったのは、銘秤だった。
まるで、忘れるな。思考を止めるな。諦めるな。
そう言っているように見えたのは気のせいだろうか。
そういえばはなは大丈夫だろうか?
……今まで考えていなかったことが怖くなってきた。なぜ今まで忘れていたのだろう。
現状をどうにかしないとはなには会えない。それは正しいのか。
いや、違う。
何もかもすべてが間違っていた。
もし世界が終わるとしても、最後の瞬間まで忘れてはならないもの。保護者として書面を書いた時もそうだが、初めて指を握られたあの瞬間が脳裏に眩いように輝いた。
現状を切り拓かねば。