目覚めたのはいつ頃だろうか。意識が覚醒し、最初に見えたのは畳と灯りに照らされた襖だった。
視覚から得られる情報は少なく、頭はぼうっとする。どうやら食事に入れられたなにかしらが思考状態を邪魔しているのかもしれない。
身体を起こそうとするが、妙に力が入らない。この部屋に充満している甘ったるい香りのせいもあるのだろうか。
思考を巡らせているがうまく頭が回らず、身体に力も入らずどうしようもない状況ではある。
得られる情報を増やそうと目線を変えると、今までは半分ほどしか空いてなかった襖が完全に開けられているのに気付いた。
その奥からだろうか。紫煙とともに妙に気分がよく感じない靄のようなものが出ているのに気付いた。
「おや、お気づきになられましたか」
誰かがそう言った。どこか聞き覚えのある声。その声がするほうに目線をずらすと、顔はよく見えなかったが、声の感じからして男ではないと思った。
「……だれですか?」
「あら、失礼なお方。忘れたんですか?」
その問いに答えようと身体が起こそうとするが立ち上がろうとすると、まるで芋虫のように地面に這いつくばった。どうやら、手首と足首が縛られていてこの状態で動けないのも納得だった。
「あらあら、たいへん」
「そう思ったのならほどいてもらえませんか?」
「うーん、それはどうでしょう。……種田さん、そろそろ答えを聞かせてもらっても大丈夫でしょうか?」
「答え?」
「お約束の答えを教えてくださる?」
その目は対等の立場ではなく、あくまで己より下の者を見る目だった。……そうか。きっとこの人は、何かを探しているんだ。そのなにかはわからないけど、今はそれがこっち側にあるということなのかもしれない。
彼女はそう言うと、こちらに近づいてあごに触れ思った以上に力強く、己の目を見るように角度をつけた。突然の行動で逆らうこともできず、ただ彼女の目を見るだけしかできなかった。
「さぁ、答えを」
そう問われても、口を割るようなことはできなかった。そのような態度でいたら、業を煮やしたのか、粗暴感がどんどん強くなり、ついには頬を挟むようにしてきた。
「これでも答えを教えてもらえないのですね……こうなったら……」
そういうと、メキッ、メキッという音とともにまるで口が裂けるように割れ、それが現れた。形態が変化したというより、人の形をしていたのが擬態だったのかもしれない。
隠れていた姿は、八足の脚をもつ大きな蜘蛛だった。人の形を残しているのはまるで口裂け女のように裂けている人の顔と腕のみ。ただ、それだけだった。
「この姿になるのはあまり好みではないのですがしかたないですね。さぁ、お答えを」
圧倒的な恐怖感。奥歯はガタガタと音を鳴らし、身体はぶるぶると震えてしまう。恐怖にまみれていてもそれでも答えは決まっていた。
「お断りします」
「そうですか……」
蜘蛛は、視線を少し下に落とすともう一度こちらを見つめなおした。蜘蛛は、人の形をしている両手を頬に手を当てられ、顔がじわりじわりと近づいてきた。
抵抗しようにもできず、唇が触れ、口内に侵入する。まるで管のようなものから液体が流し込まれ、ただ飲み込むことしかできなかった。
「おやすみなさい、いい夢を」
そう言われると自分の意志とは無関係に、また意識は途切れた。
◇◇◇
懐に得物を隠し、スーツの上着を確認する。……大丈夫。
「それでは私は種田さんのところへ行ってきます」
「先輩、大丈夫なんスか?本当に一人で行くんスか?」
「今回は複数人で行くと相手に勘繰られる可能性が高いですからね。単独のほうがなにかと都合がいいんです」
「……わかったっス。でも、先輩。ちゃんと帰ってきてください。種田さんと一緒に」
「わかりました」
「俺たちはどうすればいい?」
「お二人は、先ほどもお伝えした田島という男を探してください。あなたたちだったらできると確信しています」
「それはいいけどよぉ……人相とか特徴とかそういうのはない、でいいんだよな?」
「はい、おそらく地獄にある監視カメラをすべて調べたとしても合致する人相や特徴は出てこないと思います」
「つまり、見つける手段としてはないんじゃないのか?」
「いえ、おそらくですが裏の住民だと思います」
「……つまり、誰かが手引きして今回の件が起きた?」
「そういうことです。そして、その男はおそらく裏のどこかにいるはずです」
「なるほどな、じゃあそいつをとっ捕まえるのが俺たちの仕事ってわけか」
「難しいとおもいますがお願いします」
「わかった。もし相手が反抗してきたらどうする?」
「その時は任せます。場合によっては逃げないように拘束してください」
「わかった」
「それではお願いします」
「せ、先輩。私はどうすればいいっスか?」
「巻尾はおふたりのサポートをお願いします。あなたの解析はきっと役に立つはずです」
「わかったっス!」
「それでは、みなさん。お願いします」
そう言うと、全員が各自の持ち場へ急いだ。……正直、巻尾以外、轟さんと江藤さんに関してはやってもらえると思っていなかったので運がいいというか種田さんの人徳といいますか。
そんなことを考えながら、習合地獄へと足を進めた。