蜘蛛は先ほどから微塵も動かなかった。それはこちらの動きを見ているからなのかそれとも己の意志でなのか。
わからなったが、今はつごうがいい。この間にあの蜘蛛をどうにかすることを考えなくちゃいけない。
佐藤さんは双眼鏡を使って、蜘蛛の様子を観察していた。ひとしきり観察を終えると、こちらのほうを向き、蜘蛛を指さした。
「種田さん、これであの蜘蛛をみてください」
佐藤さんからそう言われ、双眼鏡を借りてみてみるとかすかにだが動いているのが分かった。動いているといっても全体が動いているのではなく、なんといえばいいのだろうか、表面がうごめいているというのが正しいだろうか。
「おそらくですがあの蜘蛛は集合体です」
「……つまり、あれは大きな蜘蛛ではなく小さな蜘蛛の集合体であってます?」
「はい、そのとおりです」
ある種の恐怖症の人間だったら泣きながら逃げ出すに違いない。何千何万、いやそれ以上の蜘蛛が集まってあの巨大な塊になっていると考えるとどう対処すればいいのか検討もつかなかった。
「どうしたらいいんですかね、あれ」
「どうしましょうね……」
二人でいろいろ案を考えてもいい答えは出なかった。あれは個の力だけじゃ無理だ。
ただ、この状況を招いたという責任は重くのしかかる。あのとき、ああしなければという事はいやでも反芻するが、今はそれを考えてもどうしようもない。
「……佐藤さん、あの蜘蛛をどこかに飛ばすことはできますか?」
「飛ばす、ですか」
「はい」
「場所次第ですが……地獄内の移動でしたらできなくはないです」
「わかりました。ありがとうございます」
思い出せ。たしかどこかの階層に虫を扱う刑場があったはず……そう、たしか……
「あの蜘蛛を屎泥処に送ることは物理的に可能ですか」
「できなくはないです。やり方としては以前種田さんがこちらに住居を移した際に使ったシールを応用すればできます」
「……出来るんですか?」
「はい、関係各所に連絡を取らないといけませんがおそらく可能かと」
佐藤さんはそう言うと各所に連絡を始めた。話が早くて助かる。しばらくすると、連絡が終わったのか佐藤さんがこちらを向く。
「伝え終えました。袋に詰めれば運べるから大丈夫、とのことです」
「わかりました」
「その前に蜘蛛を捕まえないといけませんね」
そう、それである。正直、一人じゃ終わる気がしない。絶対はないと思うが、かなり厳しいものがある。佐藤さんは何かひらめいたのかまたどこかに連絡をしていた。それを終えるとこう言った。
「……私に名案があります」
名案?それは一体何だろう。
◇◇◇
しばらくすると、鐘の音が鳴り響く。どうやら、自警団のような集団がこちらに向かってきていた。何かまずいことでもあったのだろうか?もしかすると今回の原因として捕縛されたりするのだろうか?
彼らは隊列を組んでいたものを訓練されたように整列した。かなりいかつい男たちの中でもひと際屈強そうな男が佐藤さんの前に立った。
「失礼しやす!支部含め警ら団のものを集めました!」
「ご苦労様です。お願いした通り、住民の避難は済んだようですね」
「はい!」
「では、住民たちにこう伝えてください。≪あの蜘蛛を袋に捕まえると金一封≫ をと」
「わかりやした!ですが、その予算はどこから?」
「いちおう予算は緊急の際に計上できるようにしてあるので大丈夫です」
「わかりやした!全員、散!」
男たちは各所に連絡するために散っていった。あとに残ったのは、隊長と思わしき屈強な男一人だった。
「で、今回の原因はなんなんで?」
「まぁ、いろいろあります」
「なるほど……詳しくは後々聞いてもよろしいですな」
屈強そうな男はにこっと笑い、こちらを見た。どうやらある程度は察しているようだった。
「さて、種田さん。我々も行きましょうか」
「……そうですね。あの蜘蛛を捕まえるのって素手ですかね?」
「まぁ、素手でも大丈夫ですが待っててください。よっと」
佐藤さんは懐からポケットを取り出し、物色する。何かを取り出すようだ。
しばらくすると、虫取り網をふたつ取り出した。
「これです」
「これですか……」
「はい、これです」
さすがに便利な道具はないらしい。それはそうである。
◇◇◇
警ら団の男たちが散っていったあと、すぐに動きがあった。巨大な蜘蛛がうごめいているのがわかる。
「どうやら始まったようですね。私たちも行きますよ」
佐藤さんにそう言われ、街のほうへ行くと住民たちは素手で蜘蛛を捕まえ、袋に詰めていた。その目は、ギラギラとしていていい感じに欲望を刺激したのかもしれない。
老若男女問わず、蜘蛛を捕まえに行く。蜘蛛たちはただ逃げ惑うことしかできないようだった。
袋がたまっていくと、警ら団の男たちがシールを袋に一枚ずつ貼っていく。シールを貼られた袋はシュンと音を鳴らし、上へ上へとまるで風船のように飛んでいく。どういう仕組みなのかはわからないが、今はそれを考えるよりも蜘蛛を捕まえることに集中する。
三~四時間ほどたつと、蜘蛛はほぼいなくなっていた。欲というのは恐ろしいものなのかもしれないと再認識した。この案を考えた佐藤さんもありがたいと同時にすこしだけこわいと思ってしまった。
「さて、種田さん」
「はい」
「種田さんがいた屋敷の場所、覚えていますか?」
「ここからだったらわかります!」
「では、案内をお願いします。おそらく今回の事案の証人がいるはずなので」