その後、軽く片付けてはみたものの舞い上がった埃や靴跡を今からきれいにする気にはなれなかった。今日はどこで眠ればいいんだろうかと考えていると、佐藤さんが端末をいじりどこかへ連絡を取り始める。
「たしか来賓の方用の客室が空いてたはずです。手配できるか確認してみますね」
閻魔様に連絡を入れると、あっさりと許可が出た。ということで明日の朝まで客室で過ごすことになった。そんないい部屋使っていいんですか?と聞いてみたら今回は急を要したためと後日、淫魔の取り調べを行う際の事情聴取付きだとわかった。
「では客室へ向かいましょう。客室が空いてなければ私の部屋でもよかったんですが……」
「いえいえそんな恐れ多い」
「恐れ多い?」
「じゃなくて気がひけるといいますか……」
「気がひける?」
見ると、佐藤さんの眉間には皺が入り、不動明王のように烈火を背負う姿が見えた。これは言葉の選択を誤ったようだ。
「すいません。言葉を間違えました。先輩であり上司である佐藤さんに敬意を払った上で、ご遠慮させていただきます」
「そこまで言わなくても……こちらも傷つきますよ」
そう言う佐藤さんの表情は、飄々としているがどこか悲しそうに見えた。なんとか頭を巡らせると、一つ妙案が浮かんだ。確証はないが、乗ってくれる可能性もゼロでは無いはず。
「……あー、佐藤さん。今度時間作れます?」
「……ええ、ある程度でしたら」
「じゃあ、今度飲みにいきましょう。いい店、最近知ったんですよ」
「それはお誘いで?」
「そう考えてもらって結構です」
そう言うと、佐藤さんは唇に指先をのせ、一人ブツブツと何か考えに浸っていたがしばらくすると、いつも通りの佐藤さんに戻った。
「ふふっ、わかりました。では、その時を楽しみにしていますね」
ひとまず難を逃れたと深呼吸すると、いつの間にか客室へたどり着いた。
海老茶色の扉。扉自体は、綺麗に磨かれ、まるで鏡面のようだ。ドアノブは、真鍮製だが細工の細かさが段違いである。扉の正面には、ライオンを模した飾り物がつけられ、重厚な雰囲気を醸し出す。
扉を開け、中に入るとそこは洋室。広さはかなり余裕を持って作られているらしく、大人10人がパーティーをしてもまだ余裕がありそうだ。こういう家具は何調というんだったか。落ち着いた空間構成で、まるで高級なホテルに泊まってる感覚に浸ってしまう。
「あちらがベッドですね。ご案内します」
寝室が別室なのは気づいていたが、行って見て驚いた。まさかの天蓋付きのベッド。サイズはクイーン、いやキングサイズほどはあるだろうか。確実に一人では持て余すような大きさである。
「この部屋を使えるのは、正直羨ましいですね。私も、泊まってみたい…」
「閻魔様あたりに頼めば使わせてもらえるんじゃないですかね?」
「公私混同は私の理に反しますので…仮に、この部屋を使ったとして、他の者にも平等にしないといけませんし」
そういうものか、と考えているとベッドサイドのローチェストの上に封書が置いてあった。今時珍しく蝋留めされており、最近書かれたもののようだ。
「佐藤さん、これなんですかね?」
「どれですか……あぁ、これは来賓の方用に向けたアメニティの説明書ですよ。それは開けても大丈夫ですよ」
「へぇー、そういうものなんですね。どれどれ……」
アメニティの説明を見ると、シャンプーやボディーソープの他に、剃刀やフェイスパックなどの説明書きが連なる。
斜め読みしたが、まるでホテルのようだ。
「ここにないものも、頼めば揃うシステムになってます。まぁ、来客の方々はこだわりが強い方もいらっしゃいまして難儀なものを頼まれることもあるそうですが」
「まぁ、今日は寝るだけですから頼まないと思いますけど、なにか必要になったら頼めばいいですかね」
「ええ、そうしてください。あと、朝になったら迎えにきますのでそれまでには起きていて下さい」
そう言うと、佐藤さんは客室を出て行った。
◇◇◇
今日も夢を見る。さすがに3回目ともなると、ある程度の予想はついてしまう。
これはただの夢なんかじゃない。
現実で、何かしらキッカケが起きるとこの夢の中へ繋がる。そう確信すると、奥へ奥へと足を進める。
「また来たか……以前よりかはましな面構えをしておるな。いい傾向だ」
いまだ姿は見えないが、五感を集中させると、少し離れた場所に何かがいるのはわかる。
「去れと言われて去らぬやつも可愛げがあってよいが……なかなか酷い相が浮かんでおるな」
酷い相?なんのことだろうかと考えていると、その何者かはゲラゲラと笑いながら、口を開く。
「お主には酷い女難の相が出ておる。心当たりがあるのではないか?」
心当たり……そう考えると、ここ数日の亡者や淫魔の件あたりが確かに引っかかる。偶然といえばそうだが、言われてみればそれだけでは説明のしようがないように思えてしまう。
「わしには見ることしかできん。その相を剥がすことはわしには難儀すぎる。お主のそれは、お主自身で乗り越えるしか方法はない」
どうすれば……どうすればいいんだ……そんなの
「ひとつひとつの行動を確実に行え。蝶の羽ばたきが今ある世界の先を大きく変えるように…そうすれば、道は開かれるだろう。おっと、もうそろそろ時間だ。幸運を祈る」
待て……まだ…まだ聞きたいことはたくさんあるのに……
「また会えるさ。お主自身が、今より面白くなればな」
◇◇◇
目がさめると、天蓋付きのベッドに横になっていた。
寝て、起きただけで、体がびっくりするくらいに疲労している。汗を掻いているようで、不快感に気分まで引っ張られるようだ。
時刻を見ると、朝の夜明けを過ぎた頃。
確か朝になったら、佐藤さんが迎えにくると言ってたので、それまでに準備をする。聞いた話では、頼めばなんでも揃うらしいので、アイロン掛けされたワイシャツと替えの下着を頼んだ。
しばらくすると、チェストの棚から音がなり、開けてみると替えの下着とワイシャツが綺麗に畳まれた状態で置いてあった。確かにこれは便利だ。
下着だけを持って、シャワーを浴びることにする。浴室に入ると、海外の古い映画でしか見たことない猫脚のバスタブが置いてあり、綺麗に磨かれて水垢ひとつない。
バスタブに湯をためながら、シャワーを浴びて汗を落とす。あれはなんだったんだろう…そもそもあれは何者だったんだろう…考えても頭の中がぐちゃぐちゃして思考が定まらない。
湯を上がり、体を温め終えると途端に腹の虫が鳴った。そういえばまだ朝何も食べてないんだっけ……
そんな風に考えて、着替え終えると扉をノックする音がした。開けると、そこには佐藤さん。
「おはようございます、種田さん。よく眠れましたか?」
「寝覚めはあんまりですけどそれ以外はなんとか……」
そう答えると、佐藤さんはため息をつく。
「種田さん、率直に言わせていただきます。あまり眠れていませんね?」
「バレましたか…夢見が悪くてあんまり深くは眠れなかったんですよ」
「夢?」
佐藤さんに、今朝見た夢の話をした。まだ記憶からは消えてないようで、ある程度詳細な内容を伝えることができた。
「うーん、そうですね…種田さん、巻尾から渡された獏の置物今手元にありますか?」
「えーと、多分自室に転がっているかもしれないです」
「今後は、枕元に肌身離さず置いてください。もしかすると、それで対策できるかもしれません」
「できなかったら?」
「そのときはまた別の手段を考えるまでですよ。それより、朝食いただきにいきましょう」