「大丈夫ですか?」
「ええ、何とか……あのぬいぐるみは一体?」
「自分にもよくわかりません。それよりもその……」
「どうかしましたか?」
彼女ーーー美薗はつの長く伸びた髪の毛は、呪いに蝕まれ同化していたようで、断ち切り鋏で切った際に一緒に切り取られたようだ。
腰まであった髪の毛は、いまやアゴのあたりまでしかない。しかも、ざっくばらんに爆ぜたようになり元の髪型は見る影すらない。
「あぁ……本当ですね。髪は女の命というのに……どうしましょう……」
「その髪型も素敵だと思いますよ」
「え、あらやだ見ないでくださいまし。こんな幼子のような髪型、とても恥ずかしいんですよ」
そういう彼女の顔は、今までと違い人間らしく頬を緩ませていた。それにしてもあの、呪いに貫通した光は一体なんだったのだろう……
ふと見ると、彼女の体から光の粒が空に飛んでいく。それはまるで、サイダーの泡のように、シュワシュワと音を出しながら昇っていく。四肢は透け、どんどんとその存在自体が薄くなっていくような感覚だ。彼女自身、自分の身体に起こった変化に戸惑っているように見える。
「たぶん、呪いと分かたれたので成仏できるんだと思います」
「そうですか……お別れの時間になったのですね。悔いが残るとするならば、あの人に会ってみたかったのですがそれは叶わないのですね。仕方ありません。最後に……あなたのお名前教えていただけません?」
「種田です。種田柿彦」
「種田さん……ありがとうございました。これで悔いなく……いえ、本当ならばあの人に会って見たい気もするのですが……それはぜいたくというものです。願えるのでしたら、来世はあなたのような方と一緒にいたいものですね」
そう言われ、気を動転させていると彼女はフフッと弾むように笑った。
「では、種田さん。ごきげんよう」
彼女はそういうと、泡のようになって消えていく。室の上空には彼女から出た光の球がいくつか残っているがそれもそのうち消えて無くなるだろう。
そう考えながら見上げていると、そのうちの一つの光の球がこちらに落ちてきた。
両手で光の球を落とさぬように、壊れ物に触れるように抱きかかえると、何かの形を成して行く。
それは、おくるみを纏った赤ん坊。驚くほどに柔らかく取り扱いを間違えてしまったら壊れそうなそれは庇護の対象。
「……どうしよう」
「ふぇ……え、え……ふえぇええん!!!!!!」
赤ん坊を抱えあたふたしていると、佐藤さんと巻尾さんがやってきた。様子が変だと思い、こちらに駆け寄ってきたようだ。
「種田さん、大丈夫っスかー?……ってえ?え?」
「……これは一体どういうことなのでしょうか」
「とりあえずお二人とも。どちらでもいいので助けてください」
◇◇◇
ひとまず赤ん坊は巻尾さんが手慣れた手つきで抱きかかえ、あやすと泣き止んだ。
佐藤さんに、何がどうなってこうなったかを説明する。佐藤さんは、顎に手を当て考えるようにしながら話を聞くと、しばらく目を瞑った。
「つまり、亡者が成仏したと思ったらいつのまにか赤ちゃんになっていた、ということでよろしいですね?」
「そうです」
「おそらくですが彼女ーーー美薗はつの魂は、無事に成仏した後に転生を果たしたことになります。が、今回は理解不能な点が一つ発生してます」
「理科不能な点?」
「ええ。彼女の魂が、転生門を通らずに魂が転生したということです。今までこのようなことはなかったのでどう対応したらいいものか…ひとまず、閻魔様に報告しましょう」
佐藤さんが内線を入れに端末をいじる。
「あー、こりゃお腹すいてるんすかねぇー。種田さん、母乳出ます?」
「出るわけないでしょ」
「ひとまず粉ミルクでもいいから用意してもらわないとっスねー……あっ、センパーイ!粉ミルクと哺乳瓶急いで用意してほしいっス!!」
内線を入れていた佐藤さんが頭を縦に振る。ひとまずこれで一安心になるんだろう……か?
「そういえば巻尾さん、なんか慣れてるように見えるんですけど」
「えっ……あー、そうっスねー……これすごくややこしい話になるから説明長くなるんで簡略化して話すると……前世の記憶を持ったまま犬になって、そこから犬神になっちゃったからっスかねー……人間だった頃は、弟妹の面倒をよく見てたんすよ」
「へー、そうだったんですね。今でも連絡したりとか?」
「はっはっはー、そりゃ無理っスよ。確か二人ぐらい生き残ったけど残りみーんな焼け死んじゃったス」
「……なんかすいません」
「謝らなくていいんスよ。どうせ、前世の話で今世では関係ないっスから。ほーら、もう少しでご飯ありつけるっスからねー」
どうやら巻尾さんの経歴を聞く限り、どこに地雷があるかわからない。
「閻魔様に連絡つきました。速やかに、執務室に来てくれ、だそうです。二人ともどうしました?」
二人の空気が変わったと思ったのか、佐藤さんが問いかけてくるが二人とも、ハハハと軽く笑うことしかできなかった。
執務室に入ると、閻魔様がチラリとこちらを見て手を振る。
「こっちこっちー。とりあえず、ぐずってるようだから早く飲ませなー」
閻魔様の机の上には、書類等の代わりに哺乳瓶に入ったミルクが置いてある。閻魔様が指を弾くと、瞬時にベビーベッドが現れる。巻尾さんは、そこに赤ん坊を降ろすと哺乳瓶の温度を確認し始めた。
「おー、ちゃんと人肌になってる。これならすぐに飲ませることができるっスねー」
そう言うと、巻尾さんは赤ん坊を抱きかかえ哺乳瓶の乳首を口元に当てる。相当お腹を空かせていたのか、飢えた肉食獣が獲物を得た時のように、勢いよく吸い付く。
哺乳瓶に入ったミルクは、見る見るうちに減っていきあっという間に飲み干した。巻尾さんは、慣れた様子で背中を撫でゲップを促した。
「よし、これで寝かしつけてっと……」
「さて、たねちん。どうなってこうなったのか説明して」
今回の出来事を頭から説明する。閻魔様と佐藤さんは話を切らず、耳を傾ける。話し終えると、閻魔様は一息ついた後の口を開いた。
「うーん、おそらく原因は名前を教えたことだろうねー」
「おそらくそれでしょうね」
「えっ、名前を教えたことってそんなにまずいんですか?」
「自分の名前を明かすということは、自分の腹の中を晒すのと変わりありません。亡者含め人という生き物は、互いに名を知ることで、対等な立場になることができるものです。
今回の場合、亡者が成仏する際に種田さんが自分の名前を出したこと。そのことが今の現状を生み出したと考えて間違いないかと」
「例えば妖怪とかだと妖怪としての種類は言うけど真名は絶対に言わないんス。なぜなら、名前というのは魂そのものなんスから」
「たねちん、とりあえずその赤ちゃんさー、賽の河原に預けて来たら?それじゃ、仕事もできないだろうし」
「すいません、種田さん。巻尾と一緒に先に行ってもらえますか?少し閻魔様とお話がありますので」
「わかりました」
巻尾と賽の河原に一緒に行く二人を見ながら、残った佐藤さんは口を開いた。
「閻魔様、一つ質問よろしいですか?」
「何だい、佐藤。言ってみなよ」
「では失礼して。あなたは、どこまで見えていましたか?」
「やっぱ見てたのわかったかー。うーん、今佐藤と話してるこの瞬間までかなー。その先は、見ない方が面白そうだから見てない」
閻魔様はけたけたと弾むように笑う。その答えを聞いた佐藤さんは、こめかみに指を当て大きくため息をついた。