巻尾さんと二人して歩いていく。目的地は、閻魔様が言っていた賽の河原だ。
「種田さんは賽の河原って言うと、どんなイメージが浮かぶっスか?」
「えっと、たしか親より先に亡くなった子の魂が、賽の河原に行って石を積むんでしたよね。一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のためってやつ」
「まぁ、現世で知られているのってそんなところっスよねー。今から案内するっスけど、色々と騒がしいんで覚悟決めるっスよ。あと賽の河原は、三途の川の沿岸の近くにあるんで秦広王様の管理区域になるんス。だけど今回は、自体が自体なんで取り急いで向かうっス」
賽の河原はこの先と書かれた大きな立て札を持った女性が、ひとり立っていた。女性はこちらを見ると、手を振りこちらにやってくるが巻尾さんが抱きかかえているものを見ると、ギョッとした顔をした。
「えっ、あんたいつの間に!?とりあえずおめでとおおおおおおおおおおおおお」
「はっ!?」
「しーっ、大きな声出すと赤ちゃん起きちゃうから。いやー、おめでたいおめでたい。今夜はお祝いの会開かないとねー。でっこっちが番いの人?どこで見つけたのよ?」
見ると、巻尾さんは顔を真っ赤にしながら口をワナワナ震わせていた。その間にも、女性は手のひらを合わせ興味深そうにニコニコと見ている。
「ちょっ、あーもう、ちゃんと人の話を聞くっス!!」
「え?……その反応からすると……もしかしてアンタの子供じゃないの?まさか拐ってきちゃった!?」
「なんでそういう反応になるんスか!?これには色々複雑な事情があるんス!!詳しくはこの人が教えてくれるっス。死後の裁判の新人見習いの種田さんっス」
その女性に会釈をすると、上から下まで見られた。こっちに来てからこの手の視線には慣れたが、一対一の状況だとまだ慣れない。
「ふーん、そう。あなたがねー……大変だったわねー。その子、うちに預けに来たんでしょう?今は、大人しくしてるみたいだからさっさとよこしなさいな」
「はい、お願いするっス。あー、ひさびさに抱きかかえると肩こるっスわー」
巻尾さんはそう言うと肩をグリグリと回す。回すたびにゴリゴリと音が鳴って随分と凝っていそうだ。
「大丈夫ですか?」
「…久々に抱いたっスけどやっぱり肩にくるっス。まぁ、それも命の重さってやつなんスかねー。血の繋がってない他人の子だとしてもなぜか自分が頑張らないとって勝手に思っちゃうんスよ」
「わかるわ〜、その気持ち。なんというか、生物としての本能や習性なんでしょうけど小さい子って庇護の対象って根付いてるんだと思うの」
そういうものなんだろうかと考えていると、二人は先へ足を進めていく。遅れないようについていくと、しばしの沈黙の後、女性の方が先に声をかけた。
「あ、ごめんなさい。自己紹介が遅れたわ。私は産女の宮田よ。好きなように呼んでちょうだい」
「じゃあ、宮田さんと呼ばせてもらいます。宮田さんは、賽の河原の関係者……でいいんですよね?」
「そうそう、一応賽の河原で子供達の面倒をみてるの。あなたもくる?転属願いを出せばすぐにでも受理されると思うけど」
「あはは……今の職場で精一杯なので。お気持ちだけありがたく頂戴します」
「えー、男手欲しかったからざーんねん……本当にいつでも来ていいからね!お姉さん待ってるから!」
「はいはい、そこまでそこまで。まったく……他所様を勝手に引っ張りこんだら、その人が抜けた穴を埋めるのに大変なことになるってのは目に見えてわかるっていうのに……一応聞くっスけど冗談半分で言ってるんスよね?」
「いいえ、本気よ本気。そもそも成り手が少ないのに、子供はどんどんどんどん増えていくでしょ?うちもこれで手一杯なのよ」
そう言った宮田さんの顔は、若干疲れているようにも見える。
「そんなに大変なんですか?」
「うん、さっきも言ったけど元々成り手が少ないのもあるけど、それとはまた別に、色々な問題を抱えた子たちをどうするかって、みんな頭抱えてるところ。
そういう子達って放っておくと、ちゃんと来世に行けたとしてもすぐにこっちに戻って来ちゃうことが多いの。だから、まずは心を治してそれから石積みをさせるんだけど……その治療ができる獄卒は限られてるのよ」
心を治す……たしかに現世にいた時も、クリニックに通ってる人はたくさんいた記憶がある。現世では、それ専門の医者というのがいたが、地獄ではそういう医者は少ないのだろう。
「さて、ついたわ。私は、この子を寝かせてくるから先に行っててちょうだい。巻尾、あとはよろしくね」
◇◇◇
それはまるで戦場のようだ。と言っても、戦場になぞ生まれてこのかた立ったことはないのだが、そう表現せざるを得ない状況に思える。
「やめてえええええええ」
「うわあああああああああああん」
大人の手のひらサイズほどの石を積んでいる子供がそこら中にいる。よく見ると、子供達の見た目にバラツキがある。恐ろしく痩せた子や、目につくほど大きな傷跡や火傷の痕が目立つ子、見た目は何も異常はないがゆらゆらと行動が不安定な子。
幼子の声は、成長し終えた大人の声とはまた違い、遠く遠くへよく響く。その声は、天まで響き、この場がまさに阿鼻叫喚のようである。
「だから言ったじゃないっスか。これはこれで覚悟がいるって。はい、これ、種田さんの分っス」
そう言って、巻尾さんは節分でつけるような鬼のお面をつけている。耳の部分には輪ゴムが取り付けてあり、調整ができるようになっていて、視界はそこまで広くはない。
「このお面をつけて、子供達が積んでる石の塔を、徹底的に崩してほしいんス。なんか質問あるっスか?」
「……この仕事やりたくないですね」
「心苦しいのは理解できるっスけど…ここは、心を鬼にしてやらなくちゃいけないっス。いいっスか、種田さん。ここにいる子達は、みーんな来世への転生待ちっス。救いの手が伸ばされるかまったくわからない。そんな中で出来ることはあの石を積むという苦行しかないんス」
「そういえばなぜ崩すんですか?積み上げればあの苦行から解放されると思うんですけど」
「それをやっちゃうと、親より先に亡くなったという罪科が、魂から消えないんスよ。その罪科を魂から消すためにこの苦行があるんス」
魂に罪がある……この幼子達の魂にも、罪があるというのだろうか。汚れなき純粋無垢に見えるこの子達が…
渡されたお面を被り、心を鬼にして彼らに立ち塞ぐ。まずは、高さ10センチほどに積んである石を蹴りあげた。何も繋ぎをつけていない石の塔は脆く崩れ、河原の石群へと変わっていく。
それを積んでいた子は、泣きそうに顔をくしゃっと潰すも泣きはせずにまた石を一つ一つ選び始めた。これからまた一つ一つ積んでいくのだろう……
蹴りあげた右脚がひどく痛んだ。疼くように痛む。
他にも積んである石の塔を蹴り崩していく。
◇◇◇
「お疲れさま」
そう言ってくれたのは、宮田さんだった。気づくと、周りに積んだ石の塔は見当たらない。気づかないうちに周りにあった石の塔を全部崩し終えてしまったようだ。
「あなたもだいぶ疲れてるのね…脚、大丈夫?」
「ハハッ、かなり痛いです。ちょっと歩くのキツイかも」
「少し我慢できる?今、軟膏持ってこさせるから」
宮田さんがそう言うと、巻尾さんが駆け足でどこかに行き、手の平に収まるほどの壺を持ってきた。
靴を脱ぎ、勢いよく靴下を剥ぐ。滲むような痛みと疼きが混ざり、無意識に歯を食いしばった。宮田さんは、慣れた手つきで足の指を消毒し、軟膏を塗りたくった。
「……よし、これでひとまずは大丈夫ね。まさか本当にやるなんて」
「え、じゃあやらなくても良かったんですか?」
「自分からすすんでやる人は、そういないわよ。獄卒でも躊躇するものよ」
「我ながら凄まじいことしちゃった実感はあります…でも足の痛みより……」
「痛みより?」
「なんか心が痛いです。ぐちゃぐちゃと変な感覚で…」
「初めはみんなそうよ。まぁ、慣れて何も感じなくなったらそれはそれでダメなんだけど……あなた、うちに向いてるのかもね」
「向いている?」
「心を痛めながらも割り切って業務を行う。それはそれで、出来る人は少ないのよ……ただその行動を無意識にやり続けていくと、心が疲れていつの日かポキっと折れてしまうかもしれない。そこらへんは、意識しておいてね。っと、あなたのお迎えが来たようよ」
宮田さんが指をさした方向を見ると、佐藤さんがいた。急いで来たからか、若干汗をかいてるのが見てわかる。
「種田さん、大丈夫ですか?」
「ははっ、だいぶやらかしたみたいです」
「まったく、笑い事ではありませんよ。……巻尾は?」
振り返ると、巻尾さんは佐藤さんと宮田さんの間でガタガタと震えていた。例えるならば、粗相をした飼い犬が逃げ場を無しに震えているようにも見える。
「何のためにあなたを一緒に同行させたと思ってるんですか?種田さんが無茶をしないように止めるのがあなたの役割だと思っていたのですが……反省もできない、悪い子にはお仕置きが必要です」
「ちょっ……待っ……ああああああああああああああ」
横にいたと思ったらいつの間にか消えていた佐藤さんは、巻尾さんの後ろに立ち、腕と足を絡めコブラツイストを決めた。素人目から見ても、美しく決まってるようで、巻尾さんがタップしても佐藤さんは外そうとしない。
「私も現場に立ち会って止められなかったのは悪いと思うけど……流石にやりすぎよ」
そういった宮田さんは、巻尾さんのあばら付近をくすぐる。巻尾さんは、くすぐりとコブラツイストの痛みで笑いながら苦しむという気が狂いそうな地獄を味わっているようだ。
「ギ、ギブっス……」
そういうと、巻尾さんは落ちた。