地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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誰も見ていないかもしれないけどお・ま・た・せ


名づけ

「ご迷惑をおかけしました」

 

「いいえ、あれに任せて現場を離れていたのは私だし。それよりも、彼の足大丈夫?」

 

「私は専門家ではないので…診て見ないことにはなんとも言えませんが……おそらくつま先、親指あたりの爪が割れているのかと」

 

「えっ、それくらい?私はてっきり骨まで達してるかと思ってたけど……」

 

「あの軟膏を塗ったのと、彼は例のドリンク剤を飲み干してますから……なんなら阿鼻地獄の獄卒よりも治りが早いと思いますよ」

 

佐藤さんにそう言われつま先に意識を向けると、軟膏を塗った足には先ほどの疼くような痛みもなくなり、通常時と遜色ないようにも思えてくる。

 

「まぁ、飛んで跳ねてしない限りは大丈夫だと思います。帰り次第、大事を見て診察してもらうことになりますが…それと巻尾。狸寝入りはそれくらいにして起きなさい」

 

「あてててて……先輩、関節決めすぎっスよ。私が人より多少柔らかいからって……無茶しすぎっス」

 

「それはあなたの自業自得ではないのでは?あの状況で、種田さんを止められたのはあなたしかいなかったでしょうに」

 

「あー、それは確かに……種田さん、ごめんなさい。あの時力づくで止めていれば……」

 

「それで止まったかは些か疑問ではありますが…そういえば種田さんには、とても重要なお仕事ができましたのでそれを伝えに来たんでした」

 

重要な仕事?急ぎの裁判でも出たのだろうか。もしくは、今の現状に関連すること、のどちらかだと思うが…

 

佐藤さんは、右手の人差し指を立て言った。

 

「その子に名前をつけてゆびきりをしてください」

 

「名前をつけて……ゆびきりですか?」

 

ゆびきりというとあれだろう。子供の頃約束事をした時にした……なぜゆびきりなんだろう?と思っていると、巻尾さんと宮田さんは驚愕というような表情をしている。

 

「えっ、先輩それは…」

 

「ずいぶんと重たい契約ねー。指合わせとかじゃダメなの?」

 

二人の反応を見るに、それはとても重い契約であることは察することができた。だが、なぜ、この子とゆびきりを?と頭を傾げると佐藤さんが懐からタブレット端末を取り出して説明を始めた。

 

「まずは、この子の出生届の書類を提出しなくてはなりません。これは、現世の管理を真似したものですが、こちらでも生まれて2週間以内に提出しなければならないようになっています」

 

「それって俺が書いても大丈夫なんでしょうか」

 

「ええ、そのためのゆびきりです。名をつけ、ゆびきりをする。そうすることで、種田さんとは他人であるその子との縁という名の線が結ばれる。閻魔様と話し合った結果、種田さんが書類を書いても大丈夫、という判断に至りました」

 

「その子は今、誰の保護下にも収まらず戸籍もなく、一人宙に浮いているような状態になっています。その子のためにも早急に書類を書いて提出してください」

 

名前をつける。

 

そう言われ、赤ん坊を見るとすやすやと眠りについている。元はと言えば、生まれ変わる前の亡者に名前を教えたことがそもそもの原因だった。それで、前例のない今のような現状についていることにもなる。

 

「……少し時間をください。それと宮田さん。揃えて欲しいものがあるんですが」

 

「ええ、何かしら」

 

「今、賽の河原にいる子供達の名前。それがわかるものを見せてもらえると助かります」

 

「わかったわ、すぐに揃えることができると思う。他に必要なものは?」

 

「できれば現世と地獄の名付けの見本書みたいなのもあると助かります。一から考えるとなるとかなり厳しいので」

 

「そっちは私が持ってくるっス!確か図書館にそれ専門の書籍があったはずスから……急いで借りてくるっス!」

 

そういうと、巻尾さんは駆けていった。その早さは、まるで風のようで、気がつくと姿は見えなくなっていった。

 

◇◇◇

 

その頃、とある場所では男達が車座になって集まっている。いつぞやの地上げ屋である。今回は雇い主の男はおらず、 親父と言われる男と半端者の男二人が用意された資料を目に通していく。

 

「ざっと俺の方で調べてみた。片方の男の情報は出なかったがもう一人の方はなんとか出たぞ。閻魔の犬だ」

 

「閻魔の……」

 

「犬ぅ?」

 

「ああ、どうやら現世から引っ張って来たらしい。名前も判明してる」

 

「じゃあ、すぐに拉致っちゃえばいいじゃないですか。どうせ人間なんでしょ?」

 

親父と言われる男は、顔を上げ天井をしばらく見つめ、大きく息を吐いた。

 

「それができるんだったら最初からやってる。問題は、もう一人の男の方だ」

 

「もう一人の男のほう?と言いますと」

 

「俺の知ってる情報屋を全部使って調べてみたが、どこにも引っかからなかった。そんなのありえるか?」

 

二人の男は、それぞれ目を合わせ首を横に振った。少なくとも、過去に親父と言われた男の情報は正確で、反論の余地がないからだ、と。

 

親父と言われている男は、くしゃくしゃになったタバコを胸ポケットから取り出すと、口に咥え火をつける。いつもは、仕事中には吸い出さないのを知ってる男達は、異常を察して黙った。

 

これは言葉を間違えたら、殴られるではすまないかもしれない、と。

 

「そんなヤベェ奴の連れだぞ。こいつは思っていた以上に慎重に事を運ばなくちゃいけねぇ……」

 

「はぁ……そんなもんですかねぇ……」

 

「なんとか弱みでも見せれば話は変わってくるんだが…こればかりは時間がかかりそうだな。どうしたもんか……」

 

◇◇◇

 

「……さて、どうしたものか」

 

巻尾さんに持って来てもらった本をパラパラとめくり、頭を抱えた。

 

まず、資料の数。数冊ほどを持ってくると思っていたがまさかカゴ台車いっぱいに詰め込まれたものを、巻尾さんは持って来た。これでも、厳選して持って来たという。

 

調べてみると、名付けとは古来より親の望みを掛けてつける場合が多く、流行病が流行った時は生き永らえるように、ちゃんと大人になれるように、戦が多く不安定な時には早く成長して戦で勝つようになどの願いを込めて名付けていることが多かったようだ。

 

そう考えると、この子には何を願うだろうか。そのイメージが全く湧かない。

 

「宮田さん、あの子って女の子でいいんですよね?」

 

「ええ、さっきおしめ取り替えた時に確認したけどバッチリ女の子よ」

 

女の子か……どう育ってほしい。頭の中のアイデアがポツリポツリと浮かんではシャボン玉のように弾けて消える。

 

昔関わった女性を思い出してみるが、思い出と言えるほど綺麗なものはなかった。大学時代でも、サークルクラッシャーやゼミクラッシャーは聞いたことはあれど、無駄に広い大学だったので実際に見たのかと言われるといいえと首を振ることしかできない。

 

あれ、今誰のことを思い出そうとしていたっけ…ダメだ、喉の方まで出かかっているのに出てこない。モヤモヤしていると夕刻を告げる鐘の音が鳴り響いた。

 

「……佐藤さん、この仕事、一旦持ち帰ってもいいですか?」

 

「ええ、どうぞ。閻魔様からは裁判より優先しても構わないと指示を受けてますから。種田さんはちゃんとその子の名前を考えてください。名前というものは、とても大事なものですから」

 

期限は二週間。この子に名をつけねば。




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