地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

3 / 191
天国への階段の8段目

 昼食後一息ついてると佐藤さんが話を切り出してきた。

 

「では、種田さん。いまからすこしお勉強をしましょうか」

 

「……お勉強ですか?」

 

「えぇ。種田さんには審問官としてこちらで採用をさせてもらいましたが、そうなると地獄の歴史や文化、常識の擦り合わせが必要だと判断させてもらいました。ですので、そのためのお勉強、ということです」

 

「あぁ、わかりました。さすがにここで勉強はきびしそうですが……」

 

「こちらで部屋は用意させていただきます。では移動しましょうか」

 

 そういうと佐藤さんはタブレットを起動したかと思うとなにかを申請しているようだった。タブレットを操作をし終えると、移動を促した。それに準するようにあとをついていく。

 

 ◇◇◇

 

 しばらく廊下を歩くとひとつの扉の前に立ち止まった。どうやらここが目的地の部屋らしい。

 

「では、入りましょうか」

 

 佐藤さんが扉のノブに手をかけ捻るとその先には真っ白な空間があった。部屋と言っていたが空間といったほうが正しいだろう。

 

 なんせ見渡す限り壁の仕切りが見当たらず、無機質な空間で目の前には机と椅子が向かい合うように2卓ずつ置いてあった。圧巻で呆けていると佐藤さんは座るように促し、呼鈴を鳴らした。

 

 しばらくすると扉が開き、一人の女性が凛、とした姿で現れた。黒のセミロングにロングスカートのメイド服はとても似合っていて控えめにいってもすごく綺麗な印象を受ける。

 

「私、佐野と申します。この部屋を担当させていただいているものです。お時間は1分感覚でよろしいですか?」

 

 1分感覚とはなんだろうかと疑問に思うと佐藤さんが口を開いた。

 

「この部屋の中では時間の流れを設定できるようになってるんです。1分感覚だとこの部屋の中で1日時間が経っても外では1分過ぎたことにしかならない、という塩梅です。種田さんは飲み物は何がいいですか?」

 

「あ、じゃあコーヒーでお願いします」

 

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

 

 コーヒーを頼むと、佐野さんは用意をするために足音を立てずそっと部屋から出ていった。しばし会話が滞ったがふと、疑問が浮かんだので佐藤さんに質問を投げかけることにした。

 

「そういえば、佐藤さんって通常業務は何をやってるんです?俺の担当なのはわかるんですがそれ以外なにしてるのかがよくわからなくて……」

 

「通常業務は、閻魔様の補佐でしたり獄卒、つまり従業員の新人教育などを承ってます。まぁ、企業等ですと中間管理職あたりに属するかと」

 

「中間管理職ですか……それはご苦労さまです。それと並行して閻魔様の補佐もやられてるんですね。なんというか意外です」

 

「……先ほども言いましたがあの方は、ワーカーホリック気味ですから。休憩させる場合に半強制的に連れ出すようになってるんです」

 

 閻魔様、やっぱりワーカーホリックだったのか……気苦労絶えないだろうに。佐藤さんに心の中で合掌していると佐野さんが2人分のコーヒーをソーサーに載せて持ってきた。

 

「お待たせいたしました。こちらコーヒーです。ミルクと砂糖はこちらです。佐藤さんはいつものでよろしかったですか?」

 

「はい、大丈夫です。いつもありがとうございます。佐野さん」

 

「いえいえ、おかまいなく」

 

 それでは失礼します、とお辞儀をし佐野さんは部屋から出ていった。部屋内にはコーヒーのいい香りが漂い、先ほどより気持ちが落ち着いてきたのを感じる。コーヒーを一口啜ると苦味と酸味のバランスがとてもよくクセになりそうな味だった。

 

「では、種田さん。始めましょうか。まずは歴史から―――」

 

 ◇◇◇

 

 

 ……久しぶりだ、こんなに疲れたと感じるのは。それに佐藤さんがなぜこの部屋を選んだのかもよくわかった。思っていた以上に記憶することというのは労力が伴う。今は近代まで教えてもらい、それを反芻して頭に刻み込んでいる最中だが、すでに頭の中はパンク寸前だ。

 

「さぁ、種田さん。歴史 は教え終わりました。次は判例と刑罰等を覚えてもらいます。とりあえずここ500年分の判例が載ってますのでコレを全部記憶してください。記憶が終わったら覚えているのか確認のためテストを受けていただきます」

 

 佐藤さんの背景に某探偵モノに出てくる地球の本棚と思わしき棚が大量に出てきた。……もしやこれ全部覚えるの?

 

 Sだ。この人絶対にSだ。終わらないと解放してくれないだろうしやるしかないのか……はぁ辛い……

 

 ◇◇◇

 

「歴史に関しては大まかにはできてますね。判例に関しては及第点といったところです。お疲れ様でした」

 

 試合後のボクサーのごとく、真っ白に燃え尽きた。天から迎えが来るはずもないのに迎えがきた感覚とはこんな感じなのだろうか。

 

「今後は、定期的に抜き打ちでこのテストをしてもらうことになりますので。それではしばらく休憩です」

 

 佐藤さんは呼び鈴を鳴らすと佐野さんを呼び、何か話しをしていた。しばらくすると佐野さんが小さな小瓶に入った液体を持ってこっちに渡してきた。

 

「ご苦労さまです。こちらドリンク剤です。よかったら」

 

 あぁ、天使だ。天使がいる。コレを飲めばこの疲れがとれるんだろうきっとそうだ。そうなんだ。そうしていると金属のキャップを外し一気に流し込んだ。

 

 あまりの不味さに意識を飛ぶのを感じながら―――

 

 ◇◇◇

 

「……はっ!?何が起きた?」

 

 気がつくと知らないベッドの上に寝かされ、天井を仰いでいた。周りを見ると薬剤の瓶や医療器具が見られるのでおそらく医務室か何かだろう。枕元には佐藤さんが座っていた。

 

「あっ、起きましたか。種田さん、ドリンク剤を飲んで意識を飛ばしたんですよ。天国への階段を2段飛ばしで8段目まで登ってました」

 

 あれほど不味い飲み物は生まれてこのかた口にしたことがない。不味いもう一本とはならないだろう。人によってはトラウマに残る、そんな味だった。

 

「あのドリンク剤は種田さんにはまだ早すぎたようですね……今後は薄めて飲むのをお勧めします。あ、あとあのドリンク剤の副作用で血の池や針山に堕ちても死ねなくなってます。まぁ、わかりやすく言うとRPGにおける最終決戦の時のバフですね」

 

 あの不味いドリンク剤にそんな副作用が発生するとは思ってもいなかった。地獄に落ちても死ねなくなったのはまぁよかったのかなと思えてしまう自分がいるのにも驚く。

 

「……ちなみに痛みは感じますので無茶しないように気をつけてくださいね」

 

 ……うん、無茶はしないでおこう。痛いのはいやだ。

 

 ちなみに閻魔様は忙しい時はあのドリンク剤を常用してるようで、本人はあの味をいたく気に入ってるらしく新しいフレーバーの開発にも携わっているらしい。新作は従業員の皆さんがテスターになってるようだ。

 

 ……ここってやっぱり地獄なんだな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。