赤ん坊を宮田さんに預け、朝食を取りに食堂へ行く。
佐藤さんは定食セットを選び、ごはんかパンかで少し悩んだが結局ごはんを注文。おかずはいわしの梅煮、みそ汁、温泉たまご、小松菜のおひたしだ。ご飯は大盛りにしてもらい、手を合わせる。
「いただきます」
なぜか言わないともやもやとするんだよなと思いつつ、いわしをおかずにしながら白米を食べすすめていく。
今日のいわしの梅煮は味がよくしみててうまい。小松菜のおひたしは、いわしに慣れた舌先を優しく戻してくれる。
そしてこのコメの艶!!まるで宝石かのようにピカピカと光ってて見てるだけでヨダレが出てくる。
みそ汁も、ハクサイとニンジンが多く入っていて邪魔していない。
佐藤さんの方を見ると、少なめに盛られた白米を口にしていた。佐藤さんの食べ方はすごく品があって、一つ一つの所作に見惚れそうになることがある。
「そういえば佐藤さんっていつもトマトジュース飲んでますよね。好きなんですか?」
「ええ、まぁ好きと言いますか飲んでないと落ち着かないといいますか……なんとも不思議な感覚です」
へぇー、佐藤さんトマトジュースいつも飲んでいるから好きだと思っていたけど……まぁ、個人の趣味嗜好は人それぞれだしまあいいか。
その後二人の間で会話は続かず、黙々と食い進めていくとなにやら騒々しい。周りがざわついているようだ。
騒ぎの中心を見ると二人の男が席を挟んで睨みあっている。というよりもまるで本業と不良のケンカのようにしか見えない。
片方の男は撫で付けられた髪をバシッと決め、銀縁の眼鏡。着ているものは、素人目から見ても明らかに高そうなスーツで、足元までは見えないがおそらく革靴で綺麗に手入れされているのだろう。
もう一人の男の方はというと、こちらもわかりやすく金髪に軽いリーゼント状の形に固め、サイドは刈り上げられている。こちらは、昔流行った改造制服だろうか。丈の短い上着と、大きく広がったボトムス。
いわゆる短ランボンタンというやつだろう。実物は初めて見たが、近づきがたい雰囲気が出ている。
「さ、佐藤さん……あれ止めなくていいんですか?」
「こちらに被害が及ばないかぎり手は出しませんよ……それに掴み合いの喧嘩になれば周りの獄卒が止めに入ります」
周りを見て見ると、牛や馬の頭の獄卒がチラチラと様子を見ている。ベースが動物だからか体は筋肉の塊にしか見えない。確かにあれだったら止められるだろう。
睨み合う二人だったが口火を切ったのはほぼ同時だった。
「なんども言わす気か知らんが流石にやりかたってのがあるだろうが!!」
「あーあーわかってますよ。俺が悪ぅーござんしたっと。さっ飯食おうぜ飯!腹が空いててしかたねぇや!」
「お前はいつもいつも……くぅっ……全くこいつはもう……ハァ」
この勝負、本業の負けっぽいな。本当にご苦労様ですとしか言えない……
◇◇◇
朝食を取り終えると、佐藤さんの案内で三途の川へ行く。目的地に近づいてくると、ドドドドドドと激しい水の音が聞こえ、思わず身構えてしまう。
「着きましたよ。ここが三途の川です」
見渡すかぎり川しかない。川というよりは流れの早い海といったほうが正しいのだろう。
「今日から一週間掃除を担当する場所はもう少し流れが緩やかな場所です。では行きましょうか」
「はい。……ちなみに今、龍みたいなの見えたんですけど気のせいですかね?」
「三途の川なんですから龍くらい居ますよ。あれは亡者の呵責が一番重たいものが渡るエリアです。他にも流れは複数ありますが、種田さんにやってもらうのは比較的流れが緩やかなエリアだと聞いています」
佐藤さんに促され、中流の方へ足を進める。河原は、人の頭ほどの石がごろごろと転がっているが、今歩いている歩道はよく整備されていて、とても歩きやすく感じる。
「先達がいるようですね。挨拶に行きましょう」
見ると、先ほど食堂でひりついていた本業と不良がいた。
ヤクザ?の方は腕を後ろに回し、背中をピンと立て時々時計を気にしながら見ている。一方、不良の方はちょうど丸い石があったのか座禅を組むようにして石の上に座っている。
「お初にお目にかかります。私、閻魔大王直轄裁判官養成者兼新人教育の佐藤と言います」
「これはどうも……泰山王転生課所属教育官の江藤と言います」
佐藤さんと江藤さんと言った本業は軽く握手をすませると周りを見た。
「どうやら今日はそちらと私たちだけのようですね。では早速……」
「ええ。種田さん、あとはお二人でお願いします」
「えっ、佐藤さんもやるんじゃ……」
「今回言い渡されたのは種田さんだけですよ。私は別の仕事が待っていますのでこれで失礼します。夕方には迎えに来ますのでご安心を」
そういうと佐藤さんは懐からピンク色の扉を取り出し、万能鍵を刺してどこかへ行った。
後に残ったのは、インテリヤクザと不良の3人だけだ。
この空気どうしようと思っていると、江藤と言ったインテリヤクザがポリ袋を持ってこっちにやってくる。
えっ、なに埋められる?そう考え、身構えていると江藤はビニール袋をこちらに渡して来た。
「ほい、お前の分……しっかし、なにやらかしたんだお前?あの鉄仮面が新人教育やるってのも驚いたが」
「鉄仮面って……佐藤さんのことですか?」
「それ以外に誰がいるんだよ。笑えば可愛いとは思うが笑ったところなんて見たことねぇ……それより轟!こっち来い!」
「あぁん!?うっせえなわかったよ……なんだ?」
「挨拶しとけ、今日から一緒に働く仲間だ」
「……轟だ。さんとかくんとかつけなくていい」
「わかりました。種田です。よろしくお願いします」
「……あーできればその敬語もやめてくれないか。どうも慣れねぇ」
「そうですね……わかった。努力してみる」
「おう」
見ると轟の首元にもチョーカーが着けてある。ということはもしかしてこの人も現代から引っ張られて来た人なのだろうか?だとしたら少し親近感が湧いてくる。
江藤がゴミの回収に関する説明とルールを言い始めた。これはちゃんと聞いておかないと……人によっては後で聞くと機嫌が悪くなることもあるし。
「とりあえず説明をする。回収するのは燃えるゴミ、燃えないゴミ、その他。いつも通りだが、ゴミの種類は多種多様だ。それに危険物も混じってる可能性もある。各自、十分に気をつけるように」
「はい、質問いいですか?」
「なんだ?」
「ゴミの分別ですが、目視で確認後また振り分けの形になりそうなんですがあってますか?」
「ああ、それでいい」
「わかりました。質問は以上です」
「轟、お前からは何か質問はあるか?」
「特になーしっ」
「じゃあ始めるぞ!」
◇◇◇
ゴム手袋と軍手を一緒にはめ、川辺を歩きながらゴミをトングで掴みゴミ袋に入れる。
たったそれだけなのに途方も無い重労働だとわかったのは、初めてすぐのことだった。
まず、ゴミの量が多い。
眼鏡、入れ歯、カツラに変わったところだと貞操帯。
なんでこんなものが……と考えていても埒があかないので考えるのをやめた。無心になって回収する。
そう言ってると江藤……さんが休憩だと言って湯のみと冷たい茶を持って来た。
一口飲めば流した汗の分だけ染み渡り、結局3杯もおかわりしてしまった。
「こういうなんもなさそうに見えても体は悲鳴をあげるからな……ほらっ梅干し。これも食っとけ」
「ありがとうございます……そういえば轟はなんで三途の川の清掃を?」
「んっ?あーそれなー……俺の仕事は死んだ後の次の行き先……転生って言うんだけどな。それを決める仕事をしてるんだけどよ」
そう言った轟の顔は遠い場所を見ているようだった。一体なにがあったんだろう……
「こいつの場合、転生を拒んだ亡者を蹴飛ばしてほぼ強制的に転生させちゃったんだよ」
「転生を拒んだ?それまたどうして?」
「……いちおうどこに行きたいのか聞くんだけどよ……最近の亡者はやれスライム?だのちーと?だの注文が多すぎてな……ついイライラして全部転生門にぶち込んでやった」
「…で、そのやり方がまずくて俺の出番ってわけ。新人教育からやり直せって無茶言うよね」
そういや現世の書店とかで流行ってたっけ。チート転生。やっぱりこっちに来ても望む奴はいるんだな……
「まぁ、これでも一週間で済むんだからマシか……種田だっけ?お前なにしてここ来たんだよ」
「それは……すごく説明が長くなりますけどいいですか?」
「まぁ聞こうじゃねぇか。さ、言ってみろ」
これまでの経緯を端折らずに懇切丁寧に伝えていく。
江藤さんと轟は、聞き終えるとなにやら二人車座になって話をしていた。
「な、なぁ種田……よくお前それだけで済んだよな」
「ああ、普通だと仕事無くなっても仕方ない事案だと思うが」
……俺、そこまでやらかしちゃったの!?