地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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命の洗濯

風呂屋へ行くと言ってもどこへ行くかと訊ねると、二人は先に歩いていくのでついて来いと言い、その後を追っていく。

 

「まぁ風呂屋というか湯屋なんだがな……この先だ」

 

とぼとぼと歩いていくと比較的大きな建物が見えてきた。風呂屋らしく排煙のための煙突が聳え立つのが見える。

 

風呂屋の暖簾には波の絵が白文字で描かれていて、その暖簾をくぐると大きな三和土が見えた。

 

江藤さんと轟は靴を脱ぎ、男湯と女湯の境目にいる番頭に話をしにいくようだ。

 

二人の後を追い、靴を脱ぎ靴箱に入れる。

靴箱の横に親指用のデバイスがあったので指を触れさせるとカチャリと鍵がかかる音がした。

 

番頭の元へ行くとカエル顔の男がすんと座り込んでいる。その男は目が合うと、ニッコリと笑顔をこちらに向けてくる。

 

「いらっしゃいませ……3名様でよろしいですか?」

 

「ああ」

 

「ではお先にお支払いをお願いします。手ぬぐい等必要でしたらお申し付けください」

 

番頭にそう言われ、見ると石鹸やカミソリなどのセットが組まれ、これだけ借りるのもありだなと思える。

 

「とりあえずタオルだけでいいかな」

 

「分かりました。ではお支払いを」

 

番頭が手で示す方を見てみると、ここも親指で認証するタイプの支払機だった。それに親指を押し、ピッという音がなると支払いは完了した。

 

「ではごゆっくり」

 

3人とも風呂桶とタオルを番頭から受け取り、男湯の暖簾をくぐる。

 

脱衣所には誰もおらず、それぞれバラバラのカゴに衣服を脱ぐ。着替えを用意しておくのを忘れていたのを気づきどうしようかと悩んでいると、江藤さんが話しかけてきた。手には木の板のようなものを持っている。

 

「この木札を脱衣カゴに入れておくんだ。そうしたら風呂を上がるころには、洗濯を終えてキレイに畳んでおいてくれる」

 

「そうなんですね。これは便利だ」

 

「ああ、これが便利すぎてここ以外の湯屋に行くのが億劫になっちまう。サービスが行き届いててしかも安い」

 

「あと共用スペースに置いてあるマンガの品揃えが渋くて通好みだな」

 

まさに至れり尽くせりだ。現世だとこういうのはスーパー銭湯というんだったか……

 

◇◇◇

 

備え付けのシャンプーで髪を洗い、シャワーで体についたホコリを落とす。その瞬間はとても爽やかで身についた余計なものがポロポロと剥がれ落ちていくのを感じた。

 

大浴場は中央にボコボコと泡が出ていて、一見熱そうだが入ってみると程良い温度だった。

 

全身をお湯に浸かるとどこから出たのかわからないような声が口から溢れた。

風呂は命の洗濯とはよく言ったもので、心の奥底まで染み渡っていくように感じる。

 

「あ゛ー、沁みるー」

 

「なんなんだろうなこれ……よくわからんが気持ちいいのは確か」

 

「肩までつかれよ……あと轟、タオルどうしたタオル」

 

「んっ……桶の中……」

 

「はぁー全く!どこか流れて行かないように気をつけろよ」

 

「うん……」

 

……意外だ。湯に浸かった轟は、ふやけているように見える。なんと例えればいいか……そう、温泉に浸かったニホンザルやカピバラのように目を細めている。

 

「そういや……名前決まったのか?」

 

「え?」

 

「名前だよ名前、赤ん坊の」

 

「それがまだ決まってない。期日があと少ししかないだけど……」

 

「そりゃ早く決めなくちゃな」

 

「あぁ、どんな候補があるんだ?ちょっと言ってみろよ」

 

そう言われ、候補の名前を述べた。聴き終えた二人は、ふーん……と言い、湯船から肩を出す。

 

「どれもちゃんと意味が考えられていていいと思うんだけどな」

 

「あぁ、あとはどれを選ぶかだな」

 

「そういえば閻魔様から決めかねた時に使えって渡されたものがあったな……」

 

家に帰って確認しよう。その前にもう少しだけ体を温めたい……

 

◇◇◇

 

風呂から上がると、洗濯物はきれいに畳まれアイロンまでかけてある状態で置かれていた。

 

袖を通すと、パリッとした質感がなんとも心地よい。

一応ネクタイまで締めて、着替え終えると轟と江藤さんはダストシュートのようなものに使い終えたタオルを落としていた。

 

「なんですか、これ?」

 

「これはな、落ちた先に洗濯場があって常時洗濯をしてるんだ」

 

「確か亡者の刑罰の一つだったはず……」

 

「そうそう、主に下着泥棒なんかをやったやつが落ちる地獄だな。許されるまで一生洗い物をし続けなくちゃならない」

 

「うっわー、それは嫌だな」

 

「あぁ、考えただけでおそろしいぜ……俺たちは帰るが……赤ん坊を迎えにいくんだったな」

 

「はい、そうです」

 

「じゃあ今日のところはこれでさよならだ。またなんかあったらかち合うかもな」

 

「かち合うって……そんな縁起でもない」

 

「はっはっは!じゃあなー」

 

二人に別れを告げ、託児所がある賽の河原の方まで下っていく。

 

途中、自分たちが掃除した河原を見てみると、何も落ちてないのが当たり前かと言いたげな景色が茫然と広がっていた。

 

託児所の看板あたりに近づいていくと、見慣れた人影が一人。目を凝らすと佐藤さんだった。

 

「あれ、佐藤さん?」

 

「なんとか間に合いました。さあ、迎えに行きましょう」

 

……もしかして佐藤さん、迎えにいくの楽しみにしていたのか?ーーーそれだったらまぁ、よかった。

 

「ええ、一緒に行きましょう」

 

託児所に着くと、もう中には誰もおらず宮田さんが、赤ん坊を抱き抱えてあやしていた。

 

「お疲れ様です。赤ちゃん、ぐずりもそんなにせずおとなしかったですよ」

 

「そうですか……宮田さん、それって大丈夫なんですか?」

 

「ええまあこの年代の子では珍しい方ではありますが……もしかしたら前世の引っ掛かりみたいなのがあるのかもしれませんね」

 

「引っ掛かり?」

 

「ええ、3歳ごろまでは前世の記憶をそのまま引き継いで育っていく子供というのは確かにいるんですよ。これは現世の子供なんかにもあることなんですがね」

 

要約すると、前世の記憶を持ったまま育っていくが、成長するに従ってその記憶自体は無くなっていくらしい。

 

「そんなこともあるんですね」

 

「ええ、世界には不思議なことがたくさんありますから」

 

赤ん坊を渡してきた宮田さんの表情は陰影がぼんやりとしていて白昼夢のようにも見える。

 

「ではまた明日」

 

「はい、明日もよろしくお願いします!」

 

佐藤さんが懐から万能鍵を取り出し、そこらにあった扉をリンクさせる。ガチャリと扉が開いたその先は、自宅。

 

玄関の三和土に靴を脱ぎ、赤ん坊をベビーベッドへ寝かせる。閻魔様からもらった袋を取り出し、中を確認するとそれはサイコロだった。

 

「サイコロ?」

 

「そのサイコロは、来世を選ばせるために作られた由緒あるサイコロですよ。今でも使っている人はいるはずです」

 

「つまり……たしかな性能があるってことですか?」

 

「ええ」

 

袋に説明書があったので読んでみると、サイコロを強く握り、振る。

 

それだけしか書いていなかった。……これで大丈夫なのか?

 

「善は急げ、やってみましょう。種田さん」

 

「分かりました」

 

紙に6つの名前の候補をあみだくじのように書き、下に番号を6つ書いた。

 

そしてサイコロを握り、ギュッとするとサイコロがじんわりと熱を持っているのを感じた。

 

そしてそれを天井付近まで投げるように振る。

出た数字をあみだに沿って指をなぞっていく。

 

出たその名前は……はな。

 

この子の名前は、はなだ。

 

「では急ぎましょう、種田さん」

 

「急ぐ?」

 

「土日は役所が仕事を止めますから。今日を逃すと明日しかチャンスはありません。ですが……」

 

「まぁ、早めにやったほうがいいですからね。今からできます?」

 

「ええ」

 

「じゃあ間を取り持ってもらえますか?」

 

「私が……いいのですか?」

 

「はい、佐藤さんだからお願いしたいんです」

 

「……分かりました。謹んでお受けさせていただきます」

 

赤ん坊が目を覚ましたらしく、大きな声で泣き叫ぶ。

それをあやしながら、右手の小指を赤ん坊の方へ持っていくと小さくも力強く握り返してきた。

 

「はな……君の名前は はな だ」

 

そう口から出ると夜光虫のような光が二人を包み、そして弾けた。

 

「これで契約は成り立ちました。これからはあなた方は親子となります」

 

「ふぅー、どっと疲れちゃいました」

 

「お疲れ様です」

 

赤ん坊、はなを見てみるとへへっと笑っていた。

 

うん、いい名前だ。

 

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