研修先も地獄です
朝になり、目が覚めた。若干寝不足気味になりながらも瞼を擦り、洗面所へ向かう。顔を洗っていると、冷たい水で意識が覚醒していく。
はなの様子を確認するとまだスヤスヤとよく眠っている。だが、時計を見るとそろそろ起きる頃合いだ。
哺乳瓶にミルクを準備し、冷水で粗熱を取っていると端末が光った。誰からだろうと見てみると、佐藤さんからのメッセージアプリの通知。
『おはようございます。赤ちゃんを預けに行く前に閻魔様と面会をしてもらえますか?』
面会?そういえば、名前をつけてから報告もしていなかったことを思い出し急いで返事を書いた。
「了解しました。っと……そういえば閻魔様から借りていたサイコロどこに行ったかな?」
ぐるりと部屋を見渡してみると、テーブルの上に生成色の巾着袋があった。これも返さなくちゃいけないから一緒に返そう。
そう思い、手に取ると中身がない。ない。ない。
どこかに落としたか?と思って探してみるが、小さな部屋なのですぐに手詰まりになった。
「マズいな……どうしよう」
たしか他の部署では裁判に使ってると言ってたな。そう考えると、顔から血の気が引いていくのを感じた。
とりあえずそのことも佐藤さんに伝えると、袋も一緒に持ってきてくださいと書かれていた。
どうしよう……無くしたなんて言えるわけないし……
ここは素直に謝ることにしよう。
佐藤さんに無くした旨を連絡し、もう一度部屋を探してみたがやはり見当たらなかった。
◇◇◇
急足で閻魔様の執務室に行き、事情を話した。閻魔様は、書類に目を通しながら判を捺していく。
「すいません。借りていたサイコロ無くしちゃいました!」
「あ、無くしちゃったんだ。へー、そう……」
頭を下げているため、閻魔様の表情は伺えないが怒っているようには聞こえない。むしろそっちの方が怖い……
「頭を上げて、たねちん」
そう言われ、頭をあげると閻魔様はケラケラと笑っていた。何か面白い話でもあっただろうか?
「いやー、ごめんごめん。無くしたと思ったんだよね。言ってなかったんだけどアレ、消耗品でね。説明し忘れちゃってたよ」
「そうだったんですか?」
「うん、アレはちゃんと想いを込めながら握ると良い目を出す代わりに使い終わったら砂になっちゃうんだよね」
「砂、ですか」
「そう、使い終えたら一握りの砂になっちゃうの。多分限界値みたいなものだと思うんだけど詳しくは知らない。多分、開発元に聞けばわかると思うけど……」
どうやらあのサイコロは使いすぎると自然消滅するらしい。よかった、無くしたんじゃなくて……
「ちなみに開発元ってどこになるんですか?」
「アレは確か……技術開発部じゃなかったかな」
「技術開発部……どこかで聞いたことがあるような」
「種田さんの隣室の住人ですよ」
「あー、日下部さんの」
「お、彼に会えたんだ?そりゃすごいね」
「会った日に昼食を一緒に食べに行きましたよ」
「ふーん、そりゃまた……」
閻魔様は顎に手を当て何かを考えているようだった。閻魔様の思考は相変わらず読めない。
「どこに食べにいったの?」
「えーと、日下部さんに着いて行っただけなんで詳しい場所は……店の名前は確か《根の国》だったはず……」
「《根の国》かぁ……ボクは知らないところだね。それでそれで?」
「そしたら店に入る前に店から二人、男が出てきたんですよ。まるで逃げ出すように」
「なるほどね……その男たち、顔覚えてる?」
「いえ、覚えてません」
「そっかー、もしかするとその二人今後また出会うかもね」
「えっ!?」
あの二人に関わることなんてあるのだろうか。そう考えていると、ふと疑問が生じてしまう。
「閻魔様って未来が視えるんですか?」
「うーん、まぁ見えるか見えないかと言われたら見える……のかなぁ。わかりやすく言うと選択肢が見えるんだけどボクは特には何もしないよ」
「何もしない?」
「そう。選択肢を与えることはできても、選択するのはボクではないから。だから選択肢があることだけは教えるようにしてるの」
「すいません、ちょっとよくわかりません。なんだかすごく難しい話に思えてしまいます」
「その認識で良いと思うよ。あの世もこの世も正解なんてないんだ。あるのは選択とその先にある現実だけ」
「そう言うものですか」
「うん、その人に干渉すると必要以上に事が変わってしまうからね。最後まで面倒を見ることなんてボクでもできっこないんだから必要以上に干渉はしない主義になったのさ……そうそう、種田くん」
「何ですか?」
「はなちゃんか……良い名前を選んだね」
「ありがとうございます」
閻魔様にそう言われ、謝罪する時とは別に頭を下げるようにして深々とお辞儀をした。
◇◇◇
「さて、話は変わるんだけど……研修どうする?」
「そうですね。俺はいつでも大丈夫なんですが……」
「はなちゃんをどうするか、ですか?」
「ええ、送り迎えができるかが正直心配なところなんですよね。そこを解決できれば良いんですが……」
「佐藤、予備の鍵と錠前ある?」
「ええ、ありますよ。では、コレを種田さんに預けましょうか」
「それが一番だろうねー」
佐藤さんが、手元の鍵束から鍵を一本、懐のポケットから錠前を一つ取り出して手渡してきた。
「コレを使ってください。その錠前を取り付けて鍵を回してください。リンク先は、そうですね……ここにしましょうか」
「毎日、帰ってきてから報告してもらうのもアレだからね。ここに来てもらえるとこちらとしても助かるよ」
「わかりました。研修が終わり次第、報告をしに来ますね」
「うん、よろしくね。あー、お腹空いちゃったな。はなちゃん預けたら食堂にでも行こうよ。それぐらいの時間はあるでしょ?」
「ええ、わかりました。じゃあ、早速預けに行ってきます」
佐藤さんがどこからか取り出したピンク色の扉を開き、宮田さんがいる託児所へ少し歩いた。
「ではよろしくお願いします」
「はい、預からせていただきます。お迎えは……どちらが来るのかしら?」
「どちらか?」
どちらかと言う選択肢がなかったため、驚いたがおそらく宮田さんは、佐藤さんと俺のどちらかが迎えに来るのかを聞いているのだろう。
「一応俺が来る予定です」
「では、もし遅れそうでしたら私に連絡してください。その際は、私が迎えにあがります」
「わかりました。ではそのときはお願いします」
「ふーん……なるほどねぇ……」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないのよ。気にしないでね」
はなを宮田さんに預け、扉に足を進めていく。今はおとなしいが、大きくなったらイヤイヤ期とかも来るんだろうか……
◇◇◇
二人が扉を開け、おそらく閻魔様の執務室に消えていった。
残ったのは私と預かった赤ん坊ーーーはなちゃん。
「あの二人、アレで付き合ってないのよね。片方は人間じゃないけど……人間って不思議だわ」
私は鼻唄を歌いながら託児所の方へと歩みを進めていく。
今日もこの子はおとなしい。もしかしたら前世の記憶を継いでるのかもしれないわね。その時はどんなことが起きるのかしら……おもしろくなってきたわ。