食堂へ朝食を食べに行くと、何やら騒々しい。
「どうしたんでしょうね」
「ボクが見てくるよ。佐藤とたねちんはちょっと待ってて」
閻魔様はスタスタと食堂の方へと足を進めていく。
廊下には佐藤さんと二人きり。
「何かあったんですかね?」
「さぁ……誰か喧嘩でもして荒れたりしたのでは?」
「中々物騒ですね……あっ、帰ってました」
閻魔様は、歩幅を大きく取りながらこちらに向かってくる。表情には見えないが、顎に手をやりふむふむといった感じである。
「うーん、どうしたものかねぇ」
「何かあったんですかね?」
「うん、どうやらネズミが出たから食堂を全面消毒するみたい。しばらくは食堂への出入りも厳しそうだね」
消毒か。確かに地獄とはいえ食品を扱う場所にネズミは厳禁だよな……そう考えているとふと疑問が湧いたので、二人に聞いてみた。
「そういえば地獄で動物を殺した場合ってどうなるんですかね?」
「そりゃあ、死後の裁判で裁かれることになるよ。そこら辺は人間と一緒」
「一緒なんですか?」
「うん、輪廻転生って言葉は知ってる?アレは人間のみならず動物や虫にだって生まれ変わるから命あるものは大切にしなさいって教えなんだけど……地獄にいる鬼なんかも寿命がきて死んじゃった後、一度人間となってここで裁判を受けるんだよ。それは六道、つまり地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天。すべからく変わらない。だからここの仕事を出来る人って少ないんだ」
なるほど……もし蚊を殺したときに、蚊は死んで、ここの裁判に回される訳か。
「あれ、でも俺まだその裁判やったことないですよ?」
「そりゃそうさ。その裁判は基本人間はやらないからね。蚊なんかは虫の裁判官、動物だったら動物の裁判官がやるんだよ。そうしないと人間は、情が移っちゃって公平な裁判が難しくなるからね」
「そう言う理由があったんですね」
「うん、いろいろあるんだよ。コレに関しては今までの試行錯誤の繰り返しで分かったんだけどね……たとえ優秀な裁判官がいたとしても何かしらの事情で辞めていく場合は引き止めるのも悪いからさ」
「何かしらの理由?」
「うん、例えば理由を大きく分けると2つ。一つは肉体的理由。コレはケガや病気なんかがほとんどなんだけどたまに精神をやられちゃって辞めていくのもいる。もう一つは、個人の事情ってやつかな」
「個人の事情ですか?」
「そう、例えば結婚してどうしても家を離れられないとか。そんな理由で?って思ったでしょ。コレが案外多いんだ。コッチじゃまだまだ男尊女卑に亭主関白が主流だからねー。女の獄卒とかでもそれが理由で辞めていくのはよくあることだよ」
地獄の雇用も一筋縄じゃ行かないってことか……それを管理するのも閻魔様の仕事なのだろうから凄まじい仕事量だ。
「さーて、食堂が使えないとなると出前をとるしかないけどこの時間からはやってないからなー。どうしよっか?」
閻魔様はそう言うと、佐藤さんの方へと視線を向けた。
佐藤さんは、ため息をひとつ吐くとこうなることはわかっていたかのように口に出した。
「私が作りましょうか?幸い、ストックはありますので」
「やーりぃ!佐藤のご飯だ!」
閻魔様は、大きく跳びながら指を弾いた。どうやら相当ご機嫌のようである。
「いいんですか?佐藤さん」
「ええ、こうなった閻魔様の機嫌を損ねる方が大変ですから。それでは私の私室まで少し歩いてもらっても良いでしょうか?」
◇◇◇
佐藤さんが先頭を歩き、5分ほど歩いていくと佐藤と名札がひとつ付いた扉が見えてきた。どうやら、ここが佐藤さんの私室のようだ。
「少し待っていてください。色々とやることがありますから」
「わかりました」
「おっけー」
佐藤さんが扉を開けて、中に入ると今度は閻魔様と二人きりになった。閻魔様は鼻歌を歌いながら、目線をこちらに合わせ口を開く。
「たねちん、待つのは平気?」
「ええ、まあ……現世とかでも意外と長蛇の列に並んでても苦ではなかったですよ」
「へー、それは何の理由で待ってたの?」
「ゲームの発売とか……あとは友人に頼まれて並んだりとかもしましたね」
「そっかそっか。じゃあ、ちょっと待つぐらいは大丈夫なんだね?」
「ええ、なんとか。と言うかアレですね。女の人を待つのはそんなに苦ではないですよ」
「おっ、経験者は語るってやつ?」
「現世でも似たようなことありましたし……部屋の片付けとか色々あるんでしょう」
「よくわかってるじゃないか。まぁ、それは分かってても本人には言わないのが得策だよ。藪蛇に成りかねないからね」
「そうですね……」
二人して5分ほど待っていると扉が開いた。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
最初に見えたのは、畳と襖、障子に囲まれた純和風な部屋だった。右に視線を送ると、土間があり時代劇や古い民家でしかみないようなかまどがあった。
左の奥を見ると襖が閉じられている。もしかすると寝室だったりするのだろうか。そんなことを考えていると、佐藤さんはひとつ咳払いをして視線をそちらに向けさせた。
「種田さん、興味があるのはわかりますがあまりジロジロと見るものではありません」
「す、すいませんでした」
「いえ、とりあえず食事をとりましょう。準備するのでそこに座っててください」
佐藤さんに手で示され、中央に置かれたちゃぶ台を囲んだ。閻魔様もそれに続いて、足を降ろした。
しばらくすると、甘く香ばしい匂い……コレってもしかして
「……ホットケーキ?」
「パンケーキとも言うけどそれだね。佐藤ー!バターとハチミツ忘れないでねー!」
佐藤さんが持ってきたのは、ホットケーキ。上には、四角くバターが乗っており2段重ねてある。別添えでハチミツをかけるタイプのようだ。
「朝から米を炊くのは少々時間が足りませんでしたので……ありものですがコレで我慢してください」
「いやいやそんな。すごく美味しそうですね。早速いただきます」
銀のナイフとフォークで一口大に切り分け、バターをほんの少しだけ断面に塗り、ハチミツをかける。
それを大きく開けた口に頬張ると、なんとも言えぬ幸福感が体を包んだ。
「お、美味しいですね……ほんのりすっぱい?」
「よくわかりましたね。生地を混ぜる際にマヨネーズを入れて焼いてるんです。そうすると、生地がパリっと焼けるんですよ」
「へぇー、知りませんでした。マヨネーズか、今度やってみよう」
「それにしてもよくわかりましたね。ほんの少ししかいれなかったんですが」
「たねちん、味覚が鋭いんだねー。ご両親の影響だったりするのかな?」
「うーん、どうなんでしょう。でも、ちゃんと美味しいものは美味しいと言いなさいと育てられてきましたよ」
「そりゃいい教育だね」
閻魔様は、ホットケーキを一口分ずつに切り分けるとヒタヒタになるまでハチミツを垂らしていく。みてるこちらが口が甘くなりそうだ。
「あーんっと……うーん、おいしい」
その後、3人して黙々と食べ進めあっという間に食べ終えてしまった。……ふぅ、まだお腹いっぱいではないが朝食としては調子いいかもしれない。
佐藤さんはスッと立ち上がると、土間の方へ足を進め何かを準備し始めた。次の瞬間、香ばしい香りが鼻腔の方まで染め上げるかのように拡がっていった。
丸盆には3人分の茶器と急須。佐藤さんは、手慣れた様子で茶を注いでいく。
「玄米茶ですか」
「緑茶で締めても良かったのですが、今日は私の気分で玄米茶にしてみました。このお茶、とても美味しいですよ」
「いただきます」
食後に玄米茶を飲むのは初めてだったがそれを口に含むと、なんと芳ばしいことか。現世でコレだけの玄米茶を飲もうと思ったらいくらするんだろう。それぐらい衝撃な味と香り。食後にはとても良い余韻だった。