「執務室まで行くのもアレだし業務の説明ここでしちゃっていいかな?」
「俺は大丈夫ですが、佐藤さんの部屋ですし……」
「私はかまいませんよ。間諜の類もこの部屋にはありませんし」
間諜の類ということは、盗聴器や盗撮用のカメラはここにはないということか。まぁ、個人の部屋だし佐藤さんはチェックは怠らないと思ってしまう。
「よし、じゃあ話すとするよ。今日たねちんが派遣されるのは、等活地獄だ。等活地獄と聞いて何かわかるかい?」
「ええ、一応。無益な殺生を行なったものが落ちる地獄ですよね」
「正解。動物や人を殺したものが大体ここに落ちるね。まぁ、ここはどちらかと言うと動物をいじめたやつが落ちる地獄と思っていい」
「……と言うことはここ数十年で改訂された地獄の一つですか?」
「よく分かったね。ここ20年ぐらいで悪徳なブリーダーなんかもこの地獄に堕ちるようになったよ。昔は犬猫を食べたやつが堕ちる時期もあったね」
犬猫を食べる?そういう人もいたんだろうが個人的には信じられないという感情が一番に湧き出てくる。
「まぁ、そこはほら……時期が時期だった場合無罪放免じゃないにしろ判決を弛めたりすることがあったからね。それだけは忘れないでね」
「時期ですか」
「そう、例えばだけどどうしても食べるものがないときに目の前に犬がいたとしよう。たねちんだったらどうする?」
「うーん、今の考えですと襲ったりはしないですかね」
「うんうん。それはたねちんが今、食べるものに困ってない状況だからそう判断したんだと思うよ。……人間、生きるためだったらどんなものでも食べて生き残ろうとする。それは人間だけじゃなくすべての生き物に言えるんだけどね」
「今度、餓鬼道で見に行かせた方が早いかと。アレを見れば子供の好き嫌いもなくなるはずです」
「ス、スパルタだね……でもやり方は間違ってないと思ってしまうよ」
佐藤さんと閻魔様が話をしている間、色々と想像をしてみた。色々考えてみたが生まれてこの方、飢えに苦しむようなことはなかったから空腹な状態が長く続くというのが想像ができない。
「まぁ、それはおいおいやっていくとして……佐藤。研修先の担当者、今呼べるかい?」
「ええ、連絡してみます」
佐藤さんが、端末を持ってどこかに連絡をする。5分ほど経っただろうか。外からバタバタと駆ける音が聞こえ、扉をノックする音が響いた。研修の担当、もう来たのか。
「呼ばれたんで急いで来たっスよ、先輩!!!閻魔様も種田さんもおはようございますっス!!!」
呼ばれてきたのは、巻尾さんだった。ということは、研修の担当は巻尾さんなのだろう。
「おはようございます、巻尾。23秒の遅刻ですね」
「うわーーーーー。まじっスかーーーー。途中のカーブ曲がるのに急ぎすぎたっスよー」
「巻尾、おはよう。さて、たねちん。今日の研修先の担当者の巻尾だ。顔は見知ってるだろうから、細かい説明は巻尾から聞いてね」
巻尾さんをみると、急いできたと言っていたが息一つ荒げていない。この人は、どれだけスタミナあるんだろう。
「さて、種田さん。本日はよろしくお願いするっス!!!」
「よろしくお願いします」
「説明は現地に着いてからお話するっスよ。ひとまず一緒に行くっス」
◇◇◇
「等活地獄は地獄の階層の一番上に属する場所っス。ひとまず、エレベーターに乗るっスよ」
「エレベーターで移動するんですか?」
「そうっス。昔は、階段で下の階層まで下ってたんスけど今はエレベーターのボタン押すだけで済むっス」
エレベーターに、二人して乗り込むと巻尾さんはB1と書かれたボタンを押した。すると、扉は閉まりゴウンゴウンと大きく響かせながら下へ下へと潜っていく。
チーン、と鐘の音が響いた。どうやら到着したようだ。
「よし、無事着いたっスね。ここが等活地獄っス」
エレベーターから降り、まず見えたのは赤い空と赤い地面。そこかしこで火は燃え上がり、まさに地獄という感じだ。
「……なんか血生臭いですね」
「そりゃあそこらで亡者が呵責されてるっスからね。コレに関しては慣れてくれとしか言いようがないっス。さて、ちょっと様子を見に行くっスよ」
巻尾さんの後をついていく形で歩を進めていくと、見えてきたのは小高い丘。そこの頂上へ着くと、全体が見通すことができた。
「はい、コレ使うっス」
そう言って渡されたのは、双眼鏡。なるほど、コレなら遠くからでも視察することはできる。
双眼鏡に目を通すと、見えたのは亡者が犬たちに襲われているところだった。逃げようとする亡者の足を、犬が噛みつき離そうとしない。その犬を振り切ろうとすると、また別の犬に襲われてしまう。
目を背けたくなるような光景だった。
「あの亡者、何したんですかね」
「えーと、あの犬達に襲われてる人っスよね。アレは、犬を放し飼いにして他人に迷惑をかけたやつっス。確か放し飼いをした犬が子供を襲って殺しちゃったんじゃないっスかね」
「それは……責任問題になるんじゃ?」
「それなりの金持ちだったからいくらか包んで無かったことにしたみたいっスよ。あ、死んだみたいっス」
「え!?それ、大丈夫なんですか!?」
「まぁ見てるっスよ」
亡者が犬達に食われていると、近くにいた獄卒が鉄の棒で地面を突いた。すると、横になって動かなかった亡者の身体が肉をつけ、元の状態に戻っていく。
意識が戻ると、亡者はまた犬達に囲まれ襲われる。それが繰り返された。
「うわぁー、凄まじいですね」
「亡者は死んだとしてもああやって生き返らせられるんス。そして生き返ったらまた繰り返す。これが等活地獄っス」
「コレを繰り返されたら嫌でも反省しますよね」
「たいていの亡者は、そうっスね。たまーにずっと変わらないのもいるっスけど。さて、種田さん。あの犬達、もっと近くで見たくないっスか?」
「えっ」
確かに見てみたいがあの犬達に近づくのすら恐ろしいと感じてしまう。
「あー、大丈夫っスよ。まだこっちに堕ちてきたばかりの犬達っスから。まだ訓練期間中ってやつっス。ある意味種田さんと似たもの同士っスね」
「それだったら、まぁ……何かあったら助けてくださいよ」
「承知したっス」
◇◇◇
巻尾さんに連れられていったのは、小さな小屋だった。
この中にあの犬達みたいな犬がいるのか……そう思うと、生唾をごくりと呑み込んでしまう。
「そんなに緊張しなくてもいいっスよ。さぁ入った入った」
巻尾さんに背中を押され、小屋の中に入っていく。中には、金網が張られ大の大人が体当たりしてもびくともしそうにない頑丈な檻があった。
その中には、2匹の犬。
ジッとコチラを見つめ、入ってきた余所者を警戒しているのが目に見えてわかる。
犬達をよく観察すると、毛色が2匹とも違う。一方は新雪のような真っ白な犬。もう一方は、毛の色が紅と少し珍しい毛色をしている。
「まずは臭いを教えるっス。やり方は手をグーにしてお尻の臭いを擦り付けるっス。そしたらそのグーにした手を檻の前まで伸ばすっス」
「わ、わかりました」
巻尾さんに言われた手順で臭いをつけ、檻の前まで手を伸ばした。すると2匹は立ち上がり、こちらに歩み寄る。スンスンと臭いを嗅ぐと、犬達は一応尻尾を振ってアピールをしてきた。
「ひとまず認められたっぽいっスね。良かったら撫でてみるっスか?」
「大丈夫なんですかね」
「この中だと私が一番トップっスから何かあれば止めるっスよ」
「わかりました」
紅い犬と白い犬の頭に恐る恐る手を伸ばすと、犬達は頭を下げ撫でられるのを待っているようだ。
触れてみると、毛質も違い紅い方は柔らかく、白い方は少々硬めの毛質だった。こんなふうに犬を撫でるのはいつぶりだろうか……
「この2匹、名前はあるんですか?」
「そりゃあるっスよ。紅い方がライデンで白い方はマツナガっス」
どこかで聞いたような名前だが、それはともかくいい名前だ。問題は、なぜこの2匹は檻の中にいるのか。
そこが疑問に思えたので、巻尾さんに問いただした。
「実はっスね……この2匹。あの群れの中から外されちゃったんすよ。だからそれをどうにかしなくちゃいけないのが今抱えてる問題なんス。だから……」
「だから?」
「種田さん、なんかいいアイデアないっスかね?」