「いいアイデアですか?」
「そうなんすよ。放っておくのはイイんすけどそれは流石にどうかと思うんスよね。なんというか……」
「なんというか?」
「この子達にも役割ってものを身につけさせたいんスよ。なんというか今のこの子達は……そう、人慣れしすぎているんス」
確かに……この犬たちはさっき見た犬たちと違い、人に慣れすぎている印象がある。向こうが野犬だとするならば彼らはどちらかというと猟犬に近い印象がある。
……猟犬か。そうか、もしかしてコレ使えるかも?
「巻尾さん」
「何スか?」
「この犬たちって何か特別な訓練とかしてますか?」
「いや、まだ特に目立った訓練はしてないっスね」
「だったらいっそちゃんと訓練させましょう。さっき、巻尾さんが序列は一番上って言ってましたよね?だったら巻尾さんが立ち会った上で訓練を繰り返せば今より使えるようになると思うんです」
「まぁ、確かに……ただ、2匹を同時に訓練するって相当大変スよ?出来るんスか?」
「やってみましょう。やらないよりもやってから考えましょう」
「……分かったっス。じゃあ、私は2匹をいったん外に出すっス。種田さん、手伝ってくれるっスか?」
「わかりました!」
2匹の檻を開けて、自発的に出るよう促すが出てこようとしない。もしかすると外で相当な目にあったのかもしれない。
「出てきませんね……」
「ほら、2匹とも出てくるっスよー」
巻尾さんがそう言い手を叩くと、2匹はしかたがないといった様子でのそりのそりと檻から出てきた。よし、まずは出てきてくれた……
2匹の姿を観察すると2匹ともそこまでやせ細っているという印象はなく、いたって健康そうだ。
「とりあえず何が出来るかを把握しないとですね」
「一応、お座りと伏せ。それと待てぐらいは教えてるっス」
「ひとまずそれだけできていればなんとかなりますね。あとは、誰が命令しても守るようにしないといけないですけど……」
「そこなんスよ。問題は……この子達は、認めれば従うんスけど、認められない場合は命令を全く聞こうとしないところっス」
「根気よくやっていくしかないんじゃないですかね?ひとまず臭いを覚えさせた人の命令を聞くぐらいにはしないと……」
「長い道のりになりそうっスね……」
「ええ、根気強くやってみましょう……」
◇◇◇
「とりあえず今日の業務は終了っス。お疲れさまっス」
「え、もう終わりですか?」
「今日は視察だけの予定だったんすよ。明日からはあの子たちの訓練を始めるっス」
そうか、今日はコレで終わりか。はなを迎えに行かないといけないがその前に報告をしなくちゃいけないな……
そう考えながら立ち上がると、巻尾さんが指である場所を示した。見てみると、犬小屋の横に備え付けられた手洗い場だ。
「種田さん、帰る時にはよーく手を洗うっスよ。土に触れちゃってたらきちんと落としていくっス」
「分かりました。でもなぜ今?」
「種田さんの口の周りからハチミツとバターの匂いがするっス。おそらく朝、先輩のところで食べたんだろうと思うんすけど……もし赤ちゃんの口に入ったら大変なことになるっス」
「た、大変なこと!?」
「ボツリヌス菌とかが経口感染するともれなく病院行きっスよ。種田さん、赤ちゃんを夜中まで見てくれる病院知ってるんスか?」
「いや、全く知らないですね……」
「……とりあえず、閻魔様に報告する前にシャワーを浴びるっス。そして迎えにいく前にもう一度きちんと石けんと流水で手洗い。コレでひとまずはなんとかなるっス。あとは当たらないことを願うばかりっス」
お説教をされたように感じたが、それは巻尾さんがちゃんと考えてくれているという結果なのであって、それにはちゃんと応えなくちゃいけない。
「分かりました。とりあえず報告行く前にシャワー浴びていきます」
「そうするっス。帰る前にちゃんと手洗いするんスよ」
「はい。巻尾さんはこれからどうするんですか?」
「とりあえず今日の報告書を書き上げなくちゃいけないっス……ハァー、気が重いっスよ……」
◇◇◇
閻魔様に報告する前に、一度自室に戻り言われたとおりにシャワーを浴びた。いつもなら軽く流す程度だが、一応念には念を込めて身体を洗った。
別のスーツに袖を通して、閻魔様の元へ報告へ行く。
執務室の扉をノックして入ると、閻魔様と佐藤さんがいた。
「おつかれさま、たねちん。どうだった?……ん?シャワー浴びて来たの?」
「ええ、巻尾さんにこっ酷く言われちゃいまして……なのできちんと身体を洗って報告に来た次第です」
「ふーん、それまたどうして」
「なんでも、赤ちゃんに菌が移らないように念には念を入れろと言われちゃいました。たしかにそれぐらいしなくちゃいけないよなと反省した次第です」
「うんうん、巻尾もいい事言うねー。でも、感染させないってのは大事だからね。たねちんも一人の子の親としてちゃんと成長してて嬉しいよボクは」
閻魔様と話しているが、隣の佐藤さんは何も口を開かない。ただ、瞼を閉じて耳を傾けているといった感じだ。もしかして体調が優れなかったりするのだろうか?
「佐藤さん、どうかしました?」
「いえ、菌の感染経路を忘れてた自分を恥じているところです」
「そこまで反省しなくてもいいんじゃないの?たねちんだって知らなかったから教えてもらったと思ってるんだし」
「それでも……」
「はいはいやめやめ!うだうだ言っててもなんにも解決しないよ。次の機会に生かせばいいじゃないか」
「……分かりました。次の機会がありましたら」
「うーん、ちょっとかたいけどそれでヨシっ!」
閻魔様はビシッと指を差した。佐藤さんはピクリともしなかったが、あれはあれで受け止めているのだろう。
「あの、佐藤さんにお願いがあるんですがいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「巻尾さんと犬たちを訓練することになったんですけど、ある程度訓練が終わったら最終テストをやるつもりなんです。その際立ち会ってほしいんですが頼めますか?」
「私がですか?」
「はい、犬たちには佐藤さんの臭いも姿もまだ覚えさせていませんし。それだったら最終テストの立会人になれるかなと思いまして」
「分かりました。その際は、2日前までに連絡をください。業務日程を調整します」
「ありがとうございます!一生懸命頑張るんですその時はよろしくお願いします!あっ、迎えに行く時間ですね。ではこれで失礼します」
二人に頭を下げ、はなを迎えに行く。明日からの業務も大変そうだけど頑張るしかない。
「たねちんはこっちに来てどんどん変わっていくね。さてさてどうなることやら」
「閻魔様、また見たんですか?」
「うん、これが彼にいい影響を及ぼすと分かったからね。あとは静観するのみだよ」
「そうですね。それが今の彼にとって一番いいことならばそれで……」
「ん?まだ落ち込んでんの?」
「自分の不甲斐なさに腹が立ってるだけです」
「腹立ててもしょうがないじゃない。なるようにしかならないさ」
閻魔様はそう言うと、書類作業に戻っていった。なるようにしかならない、か。私自身もそう割り切れるようになれたらいいのに。