地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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人生数任せ

……

 

…………

 

……………………

 

目が覚めるとそこは知らない天井だった。ここは一体どこだろう?天井は比較的高く、太い梁が目に映る。……すこし記憶を整理してみよう。たしか犬たちの試験の結果が合格と言われたあとに目の前が真っ暗になったのは憶えている。

 

その時、どこかで嗅いだことのあるような香りがした。それは梅の花のような香り。この香りはどこかで嗅いだ記憶がある。視点をぐるりと動かすと、文庫本を片手にしゃんと座っている佐藤さんがいた。

 

「……起きましたか、種田さん」

 

「えっと、おはようございます。あれっ、今何時ですか?」

 

佐藤さんは読んでいた文庫本にしおりを挟み、懐から懐中時計を取り出して時間を確認した。たしか佐藤さんは常に端末を持ち歩いていたと思っていたが、あれは私物なんだろうか。

そんなことを考えていたら佐藤さんが口を開いた。

 

「今は朝の6時過ぎですね」

 

「6時過ぎ……」

 

体を起こそうとするが、力がうまく伝わらず起き上がることができない。もぞもぞと蠢いていると、佐藤さんが身体を起こすのを手伝ってくれた。

 

「えっと……ここは?」

 

「ここは従業員用の詰め所です。種田さんが倒れた後、運ばせてもらいました」

 

「それはどうもありがとうございます。……あれ、巻尾さん達は?」

 

「あくびが出ていましたので仮眠を取りに行かせました。戻ってくるのは、もうしばらく経ってからになりそうですね」

 

「そうですか……」

 

特に話すこともなく、壁に掛けられている秒針の刻む音がとても大きく聞こえた。

 

「そういえば種田さん、お聞きしたいことがあったのですが」

 

「なんですか?」

 

「なぜあの犬達を選んだのですか?」

 

なぜあの犬達を選んだのか、か……理由は特に見当たらないが、あえてそれを言葉に表すのならばそれは……

 

「なんとなく、ですかね」

 

「なんとなく……できればその理由を聞きたいのですが説明はできますか?」

 

「まず最初に見た時の印象ですかね。あの二匹は刑場にいた他の犬達と明らかに印象が違っていました」

 

「印象が違っていた?」

 

「はい、なんというか刑場にいる犬達は人間への興味がない、もしくはあったとしてもかなり薄いと感じたんです。そう思った理由は、犬達だけでまとまって行動をしているからだろうと推測しました」

 

「そしてあの二匹は違っていた、と」

 

「なんと言ったらいいんですかね……あの二匹は俺を見る目が違っていたんです。今いる状況を諦めているというか疲れている目をしていました」

 

佐藤さんは、少し間を置くようにして息を吸い、小さく吐き出した。その行動は、何かを考えて頭の中で整理しているようにも見える。

 

「そういう考えがあったんですね。今回種田さんは直感で行動した、ということですか?」

 

「直感なんですかね……すいません。自分でもよくわからなくて」

 

「いえ、今は考えがまとまらなくてもいいんです。ただ、体調が良くなったら報告書を上げてください」

 

「わかりました」

 

佐藤さんと話していると自分の体の調子が本調子に至ってないことがわかる。今後はある程度セーブして仕事をすることを覚えよう。そうやって目を瞑ろうとすると、何か忘れていかないかと考えてしまう。

 

「あっ!!!はなの迎え!!!」

 

「そちらもすでに手配済みです。種田さんが倒れてからここに運び込むまでに連絡をして私が迎えに行きました。今は巻尾達と一緒に寝ているはずです」

 

「何から何までありがとうございます」

 

「種田さんは体調を万全にしてください。話はそれからです」

 

「……わかりました。とりあえずはなを迎えに行ってもらえて本当に助かりました。ありがとうございます」

 

「ここ数日気を張りすぎていたようですね。今後の研修は業務の隙間時間にやってもらうようにします」

 

「はい」

 

「伝えるべきことは伝えたので寝てください」

 

「はい」

 

意識が微睡んでいくのを感じたので、布団に潜って寝させてもらうことにする。……そういえばこんなふうに布団で寝たのは随分久しぶりな気がする。

 

「種田さん、おやすみなさい。いい夢を」

 

佐藤さんにそう言われると、瞼が急に重くなった。また少しだけ眠りにつくことにしよう。

 

◇◇◇

 

目が覚めたのはそれから数時間後のことだった。起き上がり、寝たままで動いていなかった各部位を動かしてみる。……うん、痛いところは特になし。背中を軽く捻ると、ボキボキボキと小気味良い音が鳴り響いた。

 

「あーお腹が減った……」

 

「あ、起きたっスか」

 

そう言われ、声がした方を振り向くと巻尾さんが正座してこちらを見つめていた。

 

「おはごうございますっス、種田さん」

 

「おはようございます。顔を洗いたいんですが、どこにいけばいいですかね?」

 

「それだったら外にある井戸に行くといいっス。釣瓶が置いてあるんでそれ使って顔洗ってくるといいっス」

 

巻尾さんにそう言われ、外に出る。ムワッと夏の湿り気を帯びた空気のようなものを感じつつ、井戸に向かった。釣瓶で水を掬い上げ、顔を洗う。水はとても冷たく、体感温度がグッと下がるのを感じた。

 

拭くものを用意し忘れていたので濡れたまま、小屋の中に戻った。巻尾さんがいるということは、佐藤さんと交代したということだろうか。

 

「すいません、巻尾さん。何か拭くものはないですか?」

 

「拭くもの?あーっ、そこでストップ!ストップっス!!!とりあえず持ってくるんでそこで待ってるっス!!!」

 

槙尾さんは大急ぎで奥から畳まれた手拭いを持ってきた。それを頭に被るようにして載せるとあっという間に水分が吸われていくのを感じた。

 

「とりあえず水浸しの状態は回避できたっスね。種田さん、お腹空いてるっスか?」

 

「はい、とても」

 

「だったらこれを食べるっス」

 

竈門に載っている鍋には、薄緑色の液体のようなものが見える。それを一杯注いでもらう。その正体は、葉物野菜が一緒に炊かれた粥だった。

 

「病み上がりは白粥のほうがいいと思うんすけど、それはそれで味気ないから適当に山菜粥にしてみたっス」

 

「これ、作ってくれたんですか?」

 

「あー、まぁなんというか一部は先輩から教えを乞いながら作ったんスけどね。だけど、味は素晴らしく美味しいっスよ!」

 

巻尾さんは親指を立ててサムズアップのポーズを取る。佐藤さんが味付けを教えたのか。

 

「いただきます」

 

粥を啜るようにして食べると、山菜独特のアクは綺麗に取り除かれ、旨みだけが残っていた。山菜の奥の方には何か動物性のものの味がする。これ、なんだっけ……?

 

「美味しいです。巻尾さん、これダシというか何か入れてますよね?」

 

「あっ、わかったっスか?実はこれ卵をうまなくなった親鳥のガラを炊いて煮詰めたスープを入れてあるんスよ」

 

「なるほど……だから鶏の味がするんですね」

 

「……美味しかったっスか?」

 

「ええ、とても美味しいです。もう一杯いただけますか?」

 

「ありがとうございますっス」

 

結局2杯ほど食べ終え、腹はかなり膨らんだ。

 

「そういえば種田さん。言わなくちゃいけないことがあるっス」

 

巻尾さんが姿勢を直し、畏まったので俺もきちんと座り直した。なんというかこの空気感、あんまり得意じゃないな……

 

「この度は私の不手際で種田さんにご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ないです!!!」

 

「いやいや、頭あげてくださいよ。どうしてそうなるんですか?」

 

「本来だったら種田さんは研修期間にこちらが預かった身。体調面を含めて色々と考慮しなければいけなかったのにそれが全く出来ていなかったっス。本当に申し訳ないっス……」

 

「うーん、それはこっちも悪かったってことでいいんじゃないですかね。体調管理なんかも自己管理できる年齢なんですしそこまで頭下げなくても」

 

「……ぶっちゃけて言っちゃうと先輩が怖いっス。あとでなんて言われるやら想像しただけで……」

 

「あー、それは確かに……」

 

佐藤さんだったら静かに怒りそうではある。なんというか、重箱の隅をつつくような完璧に論理を組み立ててこちらの入る隙を作らないというか……

 

「私もそこまで怒りませんよ」

 

「「うわあっっっ」」

 

巻尾さんと二人して姿勢を崩すように畳にひっくり返りそうになった。そう、そこには佐藤さんがいたのだ。い、いつのまに……

 

「とりあえず今回に関しては双方がもう少し余裕を持たせたらよかった。そういう結末でいいんじゃないでしょうか?」

 

「そ、それでいいんだったらまぁ……」

 

「そうっスね……」

 

「ただし、明日出勤したら通常業務とは別に報告書を上げてもらいます。いいですね?」

 

「わかりました」

 

「わかったっス……」

 

「とりあえず今日はこれで解散にしましょう。巻尾。あなたははなちゃんを連れてきてください。種田さんは、布団を片付けて帰る準備を」

 

「わかりました」

 

「了解っス」

 

なんというか……長い1日だったな。そう呆けていると、佐藤さんがこちらに近づいてきて耳元でボソリとつぶやいた。

 

「何か勘違いしているのか知りませんが……種田さんが眠っていたのは三日間ですよ」

 

3日!?

 

そう言ったあと佐藤さんは、ツタツタと端末を弄りながら奥へと引っ込んでいった。今度何か借りを返さないとな……そんなことを考えながら布団を畳んで押し入れの中に戻した。

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