「幽霊退治……ですか?」
「幽霊って……そもそも地獄にいるものなのか?」
轟と二人して疑問を顔に出していると、佐藤さんが傍に持っていたタブレットを見せながら説明を始めた。
「一般的に幽霊と言われるものに関しては亡者と同義するものと考えてよろしいかと。ただ、もし亡者が反旗を翻したとするならば、然るべき処置を取ってもらえればそれでいいかと思いますが……」
「だな。そもそも俺がここで働き始めてそういった話を今まで聞いたことがない」
「と、なると話の内容は変わってくることになります。その辺はどうでしょうか、佐野さん」
「ええ、詳細は追って説明しますが実はこれが少し面倒なことになってまして……誰かが閲覧禁止の禁書の封印を誤って破ってしまったようなのです」
「封印を?それって破れるものなんですか?」
「この場合は破れると言うより綻んだ、と言った方が正しいかと思います。少し噛み砕いて説明しますと、どれだけ頑強な封印を施したとしても、時間と共にわずかな綻びがでて、何かのきっかけ次第ではその封印自体なかったことになってしまう、なんてことはよくありますから」
「そう、よくある。例えば現世でも知らずに子供が遊んで呪いが拡がったって話はよく聞くぞ」
佐藤さんと江藤さんが説明をしてくれている間に頭の中で現状を整理することにする。どうやら、その禁書の封印をどうにかしない限り、佐野さんの頭痛の種は取れないらしい。
「そういうやつか……俺もガキの頃だったら知らないうちにやらかしててもおかしくねぇな」
「祠とか地蔵なんかも気軽に参ってはいけないとは教えられましたが、やはりそういうのも関係あるんですかね?」
「絶対に関係ないとは言い切れませんね……そこに祀られているものが必ずしもいいものとは限りませんから」
「たしか地蔵菩薩かと思っていたらそれが首塚だった、なんて話もあったりしてな」
「それって……だいぶまずくねぇか?」
「あぁ。そういう弔いものってのは悪い気ってやつが澱んで溜まりやすいものだからな。軽々しく手を合わせるものじゃねぇ。不干渉のこころが大事ってことだ。おっと、話が途切れちまったな。すまないが話の続きを頼む」
「ええ、少々お待ちを。今は使われていない部屋があるので、そこで続きをお話しします」
佐野さんはそう言うと、懐から銀色の鍵を取り出した。執務室を借りる時の鍵とはまた違う種類の鍵のようだ。佐野さんは指揮者のように何もない空間に描くように指を振った。すると、小さな家鳴りのような音がしたと思ったと同時に、両開きの大きな扉が出現した。その扉に先ほどの銀色の鍵を鍵穴に挿すと、カチリとした音とともに扉のロックが外れた。
「どうぞ、こちらへ。皆様、お入りください」
◇◇◇
佐野さんが指をパチンと鳴らすと、薄暗かった部屋が明るく灯された。その部屋は、中心に古めかしいがよく磨かれている大きな机が一つ、それを挟むようにしてソファーが2つ置いてある。とても、シンプルな部屋だった。
「佐野さん、この部屋は?」
「この部屋は以前の管理人から引き継いだ部屋なのですが、なにぶん使い勝手が悪いようで誰も利用なされなかったので私好みに手を入れさせていただきました。お飲み物は紅茶でよろしいでしょうか?」
特に誰も何も言わなかったので、佐野さんはこちらに首を一度下げた。次の瞬間には、左手に銀盆を持ち、その上にはティーセットを準備していた。まるで、手品を見ているかのような早技であっという間に各自、目の前に紅茶が準備される。
まだ、淹れたてで湯気が立ったその紅茶を全員に行き渡ると、佐藤さんが口を開いた。
「では、佐野さん。詳細の方をお話ししてもらってもいいでしょうか」
「はい。今回封印が破られた禁書ですが、中世の頃に出回っていた死者を甦らせる術をまとめた本になります。作者は不明、こちらには明治時代に持ち込まれたものということだけはわかっています。その本は、発行されたあと、誰の手にも渡らず、すぐに禁書エリアへ贈られたようです」
「……んー?だけどどうやってそんな本の封印が破られたんだ?その、禁書エリアってとこはそんなに気軽に入れるものなのか?」
「禁書エリアと言っても、出入り自体はやろうと思えば容易にできますから。おそらく透過の術、もしくはそれに関係する道具を使って侵入したと思われます」
「なるほどな……一つわからないことがある。その本は原本か?」
「いえ、写本です」
「写本……ってなんだっけ?」
「写本は、原本。つまり、オリジナルの文章を書き写して作られた本のことだ。……ちょっと待てよ、そうなってくると……」
江藤さんは、口を塞ぐようにして頭の中の考えをまとめようとしていた。その様子を見て、佐藤さんは端末を使い、どこかに連絡をとり始める。二人がいつもよりも忙しそうな雰囲気を感じて、これは少し大変なことが起きてしまうのではなかろうかという予感が脳裏をよぎった。
江藤さんが大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す音が妙に大きく聞こえる。
「……この場合どうしたほうがいいんだろうな」
「どういうことですか?」
「まぁ、わかりやすく言うと今回解決するには2つの方法がある。一つは、その禁書を封印する。これは、最初に提案してきた方法だな。もう一つが、写本自体を無かったことにする」
「無かったことに?」
「わかりやすくいえば、燃やすなり破くなりして本の存在自体を無かったことにすれば、今後封印が破られるようなことは起きない。そうだろう」
「ええ、ですが……」
「わかってる。あんたが、このやり方を望んでいないってことも十分にな。何せ、提案自体はできたはずなのに、このやり方を取り上げてないってのが論より証拠だ」
「つまり……佐野さんとしては本を処分するよりも、もう一度封印を施してほしい、ってことですか?」
「はい、そうなります」
急に部屋の空気が重く、息をするのさえ苦しく感じる。どうするどうするどうする。一体どうすればいいんだ?考えろ考えろ考えろ。
「どうすればいいんだろう、本当に」
ポツリ、と口からこぼれた言葉を佐藤さんは見逃さなかった。
「種田さん、何を悩んでいるのですか?」
「えっと、この場合何が正解なんだろう、って考え始めたらわからなくなってきました」
「正解も何もありませんよ。あるのは結果だけです」
「そう言う考えもあるんですね……ぶっちゃけて言うと、どっちの選択も間違いでは無いと思うんですよね」
「つまり、何かしらのきっかけが欲しい。ということで、よろしいでしょうか?」
「そうですね……そうなんだと思います」
「わかりました。では、コイントスで決めるのはどうでしょうか」
「コイントス、ですか」
「表が出たら、封印。裏が出たら、本を処分。簡単でしょう?」
「……二人の意見も聞いていいですか」
「ええ、どうぞ」
轟と江藤さんに視線を向けると、二人ともソファーにドカリと座り、まっすぐこちらをみつめていた。
「俺はどっちでもいいぞ。お前が選んだほうを支持する」
「今回に関しては、こいつと同じ考えだ。お前が決めた方へ俺たちは付く。好きに決めろ」
大きく息を吸い、吐き出した。気合を入れるように、頬を叩くと、その音が部屋に響き渡る。
「わかりました。佐野さん、いいですか」
「ええ、どうぞ。私にはいつまで経っても決められない事でしたので決めてもらえると助かります」
「はい、わかりました。佐藤さんがさっき言ったように、表が出たら封印、裏が出たら処分。それでお願いします」
「わかりました。では、コインを投げますね」
佐藤さんの指に弾かれたコインが天井すれすれまで高く、高く上がった。パシリとコインを掴むと、手の甲につけ、開く。
コインは、表だった。
「表、ですね」
「では禁書は再度、封印ということでみなさんいいですか?」
「ああ、異論はねぇよ」
「同じく」
「佐野さんもそれでいいですか?」
「これも何かの導き。誰かがそう望んでいるのならそれでいいでしょう」
「よし、それじゃ禁書エリアに行きますか」
「おいおい、何も準備出来てねぇぞ。どうすんだ?」
「幽霊退治ですからね……どうしましょう?」
「プランは無しか……ハァ……」
◇◇◇
江藤さんが乾いた笑いをだしていると、扉をノックする音が聞こえた。佐野さんが警戒するように扉を開くと、それは小包を複数人で抱えた小鬼衆だった。佐野さんがその荷物を受け取ると、小鬼衆は扉を閉め何も言わずに出ていった。
「どうやら頼んだものが届いたようですね」
「佐藤さんの荷物でしたか」
「先ほど、連絡してここに持ってきてもらうように頼んでおきました」
佐藤さんは、小包を留めてある紐を解いた。中身を見てみるとそれは、かなり大きいがま口だった。がま口というよりはもはや鞄と言った方が正しいのかもしれない。
「これは大蟇という道具です。この中に手を入れるとその人に合った道具が出てくるようになっています」
「つまり、今回の幽霊退治に役に立ちそうなものが出る。ということか?」
「はい、そうです」
「なるほどな……じゃあ、俺から突っ込ませてもらうぜ」
轟が大蟇の口を開いて、漁る。しばらくゴソゴソとしていたが、何かを掴めたのか引き摺り出すことに成功した。
「これは……掃除機?」
「ですね。では、次に江藤さん。どうぞ」
「わかった」
江藤さんが引き当てたのは懐中電灯。次に、佐野さんがカメラ、佐藤さんが手鏡を引き当てた。最後に、俺の番だ。大蟇の口を開いて、手を突っ込む。ゴソゴソと探っていくと、冷たい何かが手のひらに吸い付くように触れた。それを握り、引き摺り出す。
朱色のハンドルに銀の刃面。以前に佐藤さんから借りっぱなしになっていた銘秤だった。
「あれ、なんでこれが!?」
「悪霊退治に打ってつけではないですか」
「そりゃ、そうですけど……でも、これたしか自宅に置きっぱなしだったような気が」
「その鋏は仕える者を選ぶ業物ですから。ですので、飛んできたんでしょうね」
「そ、そういうものですか」
「はい、そういうものです。さて、みなさんに道具が行き渡ったようです。佐野さん、禁書エリアまでの案内をよろしくお願いします」
「わかりました。みなさん、私の後ろについてきてください」
轟と二人、一緒のタイミングで立ち上がり、佐野さんの後ろについて行く。佐藤さんと江藤さんは、ついてこず、どうしたのだろう?と思っていると、佐藤さんが、
「場所はわかっていますので、先に行っててください。入り口の前で落ち合いましょう」
と言ったのでその言葉を信じて、佐野さんについていった。扉が閉まると、先ほどよりも空気はさらに重くひりついている。
「おい、あんた……」
「どうされましたか?」
「さっきのコイントス、イカサマしただろう。見せろ」
「……バレていましたか」
「アイツらは騙せてもオレは騙せねぇよ。やっぱりな、両面表のコインだ」
「いつお気づきになりましたか?」
「こちとらガキの頃からその手の技はずっと見続けてるからな。ただ、いい腕前ではある。そこは認めてやる」
「ありがとうございます」
「……チッ、食えねぇ奴だな。あんた、一体何者だよ」
「……なんと言ったらいいのやら。女の過去は好いてる男にすら教えないものですよ」
「あーわかったわかった。もう聞かねぇわ。ほんっと、末恐ろしく感じるぜ。あんた」
「お褒めに預かりありがとうございます。3人を待たせるわけにもいきませんので行きましょうか」
「……ああ」