しばらく廊下で待っていると、着替え終えたのか佐藤さんが扉を開けた。
「着替え終えましたか?」
「はい、終わりました。もう、入っても大丈夫ですよ」
部屋に入るとぼたんと名乗った少女は、キャラクターがプリントされたキッズ向けの服を着ていた。
「おーおー、私の姿に見惚れたか?お?」
「姉さん、冗談はそこまでにしてください。それより、なぜここに来たのか教えてちょうだい」
「そうね……アレはあなたと別れてからしばらく経ってるからそこらへんの事情はまた今度話すわね。大まかにいうと、小さな商いをやってる家に間借りしてたの。で、そこの夫婦がもうそれはそれは丁重に扱ってくれたの」
話を聞いていた限りでは、家を出て行く原因が見つからない。とりあえず話の続きを聞くことにする。それは佐藤さんも変わらないようで、目が合ったが首を一度縦に振るばかりだった。
「で、私がいたから商売繁盛どころか大繁盛といったところだったのね。でもね……人間という生き物の時間はとても短いわ。あっという間に年をとって、あっという間に死んでしまったわ」
「まぁ、そうなりますよね」
「で、残された奥さんだけじゃアレだからと言って夫婦の子供達3人が戻ってきたんだけど……それはもうひどいあり様でね。遺産がどうの経営がどうの言って残された奥さんのことなんて構いもせずにずっとそんな話ばかり。最後には、おばあさんを施設に預けて経営するだの言いはじめたから堪忍袋の尾が切れたって感じだったわけ」
「そして出ていった、と」
「そう言うこと」
ぼたんさんはそう言って目の前に置かれたマグカップからコーヒーを啜った。が、口に合わなかったのだろう。おそろしくにがそうな顔をして、口に入れたコーヒーをなんとか飲み込んでいた。
少しだけ席を立ち、台所にある冷蔵庫の前に行き牛乳を持って戻った。最初は疑問の顔をしていたが、牛乳をカップに注ぐと、薄茶色になったそれを恐る恐る飲んだ。
どうやら、口にあったようで先ほどの苦々しい顔とは打って変わって、眉尻は吊り上がっていない。
「ありがとう。すごく飲みやすいわ」
ぼたんさんに礼を言われ、少しくすぐったい気持ちになった。が、先ほどの話を聞いて疑問に残っていることもいくつかある。
「えっと、つまりその息子たちと折り合いが悪くて、流れ流れて地獄に来た、で合ってますか?」
「ええ、合ってるわ」
「と、いうことは正規の手続きは踏んでいないということになりますよね?どうなんでしょうか、佐藤さん」
「そうですね……書類等はこちらで用意できますが、その前にまずは……どうやら、来たようですね」
すると玄関の呼び鈴がチリンとなった。どうやら、来客のようだ。扉を開けると、そこには防護服を身に纏った男達が数人。
どうやら掃除屋と言われている人たちのようだ。顔は、防護マスクをしているので表情は読み取れない。
「とりあえず姉さん。しばらく検疫してもらってもいいかしら」
「え?」
「一応、外から来たものに関してはこう言った措置を取るようになってるの」
「……わかったわ。大体、どれくらい拘留されるの?」
「まぁ、出すもの全て出し終えたら出れると思うから、一週間くらいだと思う」
「わかったわ。じゃあ、いってくるわね。えっと、あなたの隣にいる人、お名前だけ聞くのを忘れていたわ。しばらく会えないみたいだし、聞かせてもらえる?」
「種田と言います」
「種田、ね。妹をよろしく」
よろしく?一体どういう意味だろうか。佐藤さんの方を見ると、咳払いを大きく一度したばかりで表情は変わっていないように見えた。
掃除屋にぼたんさんが身に纏っていたボロ布を袋に入れ渡す。それを受け取った掃除屋は、何かのボトルをこちらに渡してきた。
「これは?」
「除菌剤です。布に吹きつけて、対象物を磨いてください」
「わかりました、ご苦労様です」
「いえいえ、それではこれで失礼します」
そういうと、掃除屋は扉を閉めて帰っていった。廊下に響く音はないから、鍵を使って扉を開けていたのだろう。
「佐藤さん、いくつか聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「いいですよ。ですが、先に掃除をしましょうか」
「わかりました」
渡された除菌スプレーを手に持ち、布巾にかけて掃除をする。掃除を終えた部屋は、除菌剤に使われているアルコールの匂いがほんのりとしていた。