地獄の沙汰も君次第   作:Marks_Lee

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風邪と薬売り

その後、本を1冊読み終えると終業時間を知らせる鐘が鳴った。どうやら今日はこれで時間切れのようだ。

 

佐藤さんの方を見てみると、終業時間に合わせて片付けを済ませ後は執務室から出るだけの状態だった。

 

(この本、どうしよう……持ち帰って家で読むか?)

 

本の見た目からしてかなり高そうな本だ。これを汚損でもしたらと思うとゾッとする。

そんなことを考えて一人悩んでいるよりも佐藤さんがいるので聞いてみることにした。

 

「佐藤さん、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「なんでしょうか」

 

「この本、家に持ち帰っていいですかね」

 

「そうですね……私の考えですがそれはあまり推奨は出来ません」

 

佐藤さんの口から想定していたのとは真反対の答えが出てきたのでどうにも言葉に詰まった。この場合、なんと続ければいいんだろう。思考がぐるぐると回ったが、答えは出ない。

 

「佐藤さんの考えを聞いてもいいですか?」

 

「ええ、これは私見になりますがこの本を家で読むにしても執務室で読むにしても能率はほぼ変わりませんが、効率はあまりよろしくありません。この意味がわかりますか?」

 

「能率と効率ですか?……すいません、あまりわからないです」

 

「能率とは一定時間内にこなせる仕事の割合を言います。今回の場合、1冊を読む読書数になります。効率は費やした労力に対してこなせる仕事の割合のことを言います。ここまでは大丈夫ですか?」

 

「はい、わかります」

 

「この二つは似ているようで異なるものです。種田さんがその本を家で読んだとします。そうしたら、大体どれぐらいの時間で読めますか?」

 

「そうですね……今のペースで読んだとして大体夜中辺りに読み終えると思います」

 

「では、この執務室との読む早さの違いはありますか?」

 

「ほぼないと思います」

 

「読み終えたのが夜中だとしてそこから寝る支度までの時間を仮に1時間とします。すると、通常時と睡眠の質は変わります。ここまでは大丈夫ですか?」

 

 

「はい。だけど、翌日の業務に差し支えなければ大丈夫なんじゃ?」

 

「そうですね……翌日の業務に差し支えなければと言われましたが、種田さんの場合先日の怪我もまだ治っていない状況ですし、無茶をしてその後の業務に支障を出すのはあまり得策とは言えません」

 

そうだった。アルカとの仮契約があって怪我はなんともないと思っていたが、完治しているとは言い切れない。佐藤さんはあの怪我を見ているんだ。

 

「そうですね……わかりました。この本は執務室に置いていきます。続きはまた明日にします」

 

「そうしてください。では、はなちゃんを迎えにいきましょうか」

 

「そうですね」

 

その後、佐藤さんに託児所までの扉を開けてもらい、はなを迎えにいった。宮田さんが抱いて持ってきてくれたので起こさないように受け取る。

 

すやすやと眠るはなを見ると、安心したのかどっと疲れが出た。どうやら、自分が思っている以上に身体は疲れていたようだ。

 

「さて、帰ろうか」

 

佐藤さんに家の前までの扉を開けてもらい、帰路に着く。佐藤さんは仕事がまだ残っているらしく、端末を耳につけながら急ぎ足でどこかに向かっていった。

 

夕飯の準備をしながらはなのミルクを用意して、食事を済ませる。その後はなを入浴させ、ついでにシャワーも済ませた。

 

なるほど、佐藤さんが言っていた意味が今だったら理解できる。家に帰ってきて諸々の用事を済ませながら本を読むと言うことは想像以上にタフなことだ。

 

生欠伸が出てきたので、今日はもう眠ることにしよう。

 

◇◇◇

 

翌日、目が覚めるとまだ夜明け前だった。まだ眠ることはできるが、どうもそんな気分にはなれなかった。

 

洗面時に行き、顔を冷水で洗う。意識はハッキリと覚醒していくが、なんと言えないモヤモヤという感覚に陥る。

 

鏡を見ると、どうも顔色が悪い気がする。寒気などはないが、もし風邪をひいてしまい、はなに移して大病になったら事が事だ。

 

確か風邪薬があったはずと思い、探してみたがどうも見当たらなかった。そういえばこっちに来てから薬を買いに行った記憶がない。

 

一応マスクをして、以前教えてもらったMITOKAWAと看板を立てている店の方へ足を進めた。

 

店には誰もいなかった。認識用のピンをカメラ前にかざすと、ピッという音と共に認証された。

 

「風邪薬、風邪薬……あれ、ない?」

 

店の棚を探して回ったが、風邪薬の類は一切置いてなかった。もしかすると、薬局とかにしかないのか?

ただこっちに来て薬局の類には行っていないし、どこかにあるのかすらわからなかった。

 

頭を抱えていると、カポッカポッと個性的な歩く音が聞こえてきた。誰だっけ、この足音。聞いた覚えがあるような?そんなことを考えながら振り返ると、閻魔様だった。懐には、がま口を持ちながら鼻歌を歌っている。

 

「あれ、閻魔様?おはようございます」

 

「おはよう、たねちん。こんな朝早くからどうしたの?」

 

「風邪っぽいから風邪薬を買いに来たんですが売ってないんですよね。どこにあるか知っていますか?」

 

「風邪薬?風邪薬ならここにはないよ。基本、薬売りから買うんだけど知らなかった?」

 

「知りませんでした。薬売りですか?」

 

「そっ、薬売り。一応、連絡すれば家に届けてくれると思うよ。連絡先、教えようか?」

 

「お願いします」

 

「オッケー。えっと、ここに連絡すれば混んでいなければすぐに来ると思うよ」

 

「ありがとうございます」

 

「風邪っぽいならスポーツドリンクか何か買っていけば?多分身体が熱を帯びてると思うし」

 

「そうなんですかね……アドバイスありがとうございます」

 

「うん、いいよいいよ。じゃっ、ぼくはまた仕事に戻るね。じゃーねー」

 

閻魔様が言った通り、スポーツドリンクとついでにゼリー飲料を買い物かごに入れ、支払いを済ませた。袋は持ってきてなかったので、両方とも素手で持って帰る。

 

薬売り、一体どんな人が来るんだろうか?

 

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