佐藤さんが扉を開き、潜っていく。そのあとを追うようにして扉を潜ると、そこは以前見たことのある居抜きの前だった。
周りを見渡してみても誰も居ず、何かの生き物の気配すら感じない殺風景な場所。地下にある店舗を目指し、下っていく。しばらく歩くと、真新しい看板に根の国と店名が書かれた入り口が見えてくる。
「それでは行きましょうか」
日下部さんが以前のように店の扉を開くと、カランカランという呼び鈴の音が小気味よく鳴る。
「いらっしゃい……どうした?」
「やぁ、マスター。今日はお客さんを連れてきたよ」
「お客?それはありがたいことだが……とりあえず座ってくれ」
カウンター席に3人並んで座ると、マスターはカウンター越しに立ち、人数分のコーヒーを注いでいた。それを注ぎ終えると、まだ湯気が立っているカップを各自の前に置いた。
「で、今日はただお客さんを連れてきたとは違うんだな?」
「よくわかったね、マスター」
「なんとなく、な。お前たちが出している空気というかそういうやつがなんとなくいつもの客とは違うと思ってな」
「と、いうことは話が早いね。実はさ……」
日下部さんがマスターに事情を話した。最初は、乗り気じゃなさそうだったが、事情が事情だけに話を聞かざるを得ないようになった。
話を聞き終えると、マスターは一息つくようにため息を吐いた。切羽詰まっているのはわかるが、今はコーヒーを楽しめるような余裕がない。
「なるほどな……つまり、お前さんたちはその犯人たちの居場所が知りたい、という訳か」
「はい、そうです」
「ここあたりの顔を知っているとは言えあまり力にはなれないと思うぞ。それでもいいか?」
「はい。あの子を助けられたらそれでいいので」
「まぁ、あの手の類はここ半年ぐらいから湧き始めたな。最初はやんわりと言ってきたぐらいだったが徐々に強気に出てきてな。店のものを壊したりして手に負えないからこっちも強行策で行っていると言うわけだ」
「つまり、半年ぐらい前から彼らは顔を出し始めたということですか?」
「そういうことだ。ただ、あいつらはこの辺りのチンピラじゃないな」
「その根拠は?」
「まず、やり方の詰めが甘い。ここらの奴らだったら、まず最初から店の権利関係等を調べて固めてからやってくる。それに比べて奴らは、店の備品を壊したり営業妨害をしたりといった小手先のことしかしてこない」
「なるほど……その考えは面白いね。で、元締めはいると思う?」
「俺の考えでいいのか?」
「うん、いいよ。多角的な意見が聞きたいからね」
「そうだな……おそらく元締めはいるだろうな。そしてそいつは何かしらの利益のためにしか動けないやつだと思う」
「……ほう?」
「考えてもみろ。今回、わざわざ乳児棟を襲ったのも誘拐して金をせびろうと言う魂胆が見え見えだ。その相手がたまたま種田だったがそうじゃなくてもあまりにもリスクの方がデカすぎる」
「つまり、今回はなが連れて行かれたのはたまたま?」
「そうとは言い切れんが金がないってのは事実だろうな」
「なるほど……考え方としては面白いね」
「小説のように楽しめる事はできん状況だけどな……それより、コーヒーどうする?片付けるか?」
「いや、いただきます」
「私もいただきます」
マスターが淹れてくれたコーヒーは人肌程度に冷めていた。その冷めたコーヒーを口に含むと、苦さよりも酸味の方が鋭く、なんとか飲み込めたほどだった。
「なんかこれ酸っぱい?ですね……」
「今日淹れた豆はな、ミルクを入れて飲む方が美味い豆だったらしい。これは人を選ぶな……」
出されたコーヒーを飲み終え、会計するために財布を取り出し、料金を払おうとするとマスターが手を振って拒絶した。
「これは試飲だからな。金は受け取れんよ」
「え、それじゃただで飲んだのと変わらないじゃないですか!それだったらお金払います!」
「いいんだ……それだったらまた今度店に顔を出しに来てくれ。友人を連れてきてくれると助かる」
「……わかりました。今度絶対にきますね」
「あぁ。それでいい」
そう言ったマスターの顔は、どことなく苦しそうだった。その理由はわからない。