翌日、久しぶりに眠れたような気がした。目が覚めると、そこはいつもの自室で普段と何も変わらない。端末が震えたので、見てみると佐藤さんからのメールだった。
内容を確認すると、いくつか用件があるのであとで迎えに来ると書いてあった。カーテンの隙間からは僅かに日が差している。一呼吸おいてまだ時間はあるだろうと思い、身支度を整えることにする。
洗面所で顔を洗い、鏡で顔をみてみると確かに昨日より顔色がマシに見える。
リビングに戻り、空いたベビーベッドを眺めるとなんとも言えない気持ちになってしまう。はなは無事だろうか、お腹を空かせてはいないだろうか。
そんなふうに考えている自分がいるのを少しだけ自覚し、妙に笑えてしまった。
部屋を出るときに癖になった音を立てないようにする習慣だったり、匂いに敏感になったりと言った癖のようなものが自分の中で出来上がっていた。
こんな未熟者の俺でも人の親みたいになれているような気がした。
そんなことを1人考えながら、居間に戻ると端末の画面が光った。確認すると、知らない番号からの通知。もしや、と思いかけ直すとブツっと切られた音がした。一体なんだ?と思っていると、今度はメッセージに音声ファイルと画像が数枚同封されて送られて来た。
恐る恐る確認をしてみると、写真には見知らぬ男に抱き抱えられているはなの姿が見られた。何度見てもそれははなにしか見えない。
動揺を隠せないまま、添付されていた音声ファイルを聞いてみる。
それは、音声が意図的に加工されていてうまく聞き取ろうとしないと判別がつかないものだった。それを何度も何度も繰り返し聞いて要約をすると以下の文言のようだった。
『……このメッセージを見ていると言うことはお前がこの子の親だな?この子を預かっている。返してほしければ、こちらが指定する場所まであるものを持ってくるように。追って連絡をする』
……目の前が真っ暗になりかけたが、なんとか踏ん張った。
急いでスーツの上着に袖を通し、駆け足で家を飛び出た。勢いよく閉まる扉。廊下の板張りは妙に軋み、耳に残る。それでも、それでも、それでも走らざるを得なかった。
◇◇◇
佐野さんのところへ鍵を借りに走っていくと、そこには佐藤さんもいた。どうやら、2人して何か話をしていたようだがこちらの表情を確認すると、すぐに打ち切った。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
「どうされましたか、種田さん」
「あの、あのですね……実は……」
「とりあえず一度息を整えてください」
「は、はい……」
佐藤さんにそう言われ、何度か深呼吸をすると、呼吸も落ち着いてうまく喋れるようになった。
「落ち着きましたか?」
「はい、ありがとうございます。実は……」
先ほど送られたメッセージの内容を伝えると、佐藤さんは何か考えるように顎に手を置いていた。しばらくそのまま待っていると、
「ここではあれなので一度移動しましょうか。佐野さん、鍵をお借りします」
「どうぞ」
佐藤さんは、佐野さんから鍵を受け取ると一番近い扉に鍵を刺し、執務室への扉を開く。
「種田さん、先に入っててください。私は、人を呼びますので」
「わかりました」
その後またしばらく待っていると、扉が再度開いた。佐藤さんの後ろには巻尾さんと閻魔様が並んで歩いて来た。
「どーもっス。犯人からメッセージが来たらしいっスね?」
「あ、はい。これです」
「どれどれ……」
そう言って巻尾さんは、端末を拝借して画像と音声ファイルを何度か確認すると自分の端末を開いて何かを調べ始めた。
「うーん、これ位置情報を意図的に隠してあるっスね……少し時間もらってもいいっスか?頑張って特定するんで」
「お願いします」
「了解っス!」
「あとすいません。遅くなって悪いんですが閻魔様はどうして?」
「嫌だなー、たねちん。人質をとって何かを欲しがるってことはそれだけ重要なものの可能性が高いってことでしょ?それを管理してるのは僕だよ?」
「あっ、そうなるんですね」
「そういうこと。あちらの要求するものは多分宝物庫の中の何かだと思うんだよね」
「……ちなみに聞いてもいいですか?宝物庫の中には何が入ってるんですかね」
「それこそひと繋ぎの大秘宝から未来の秘密道具までなんでもあるよ」
すごいな、閻魔殿の宝物庫。今度見せてもらおうか。
そんなことを考えていると、端末がまた震えた。急いで確認をすると、犯人たちと思わしき男たちからのメッセージだった。
「こちらの要求するものは……なんとかの鏡?」
「それは浄玻璃の鏡だね。でもどうしよう。浄玻璃の鏡か……」
「なにか問題があるんですか?」
「うん、実はね……その鏡割れちゃって使い物にならないんだよね」