前話の締め以降は、徹頭徹尾に古代メンバーのハイテンションギャグ。
基本1話を超えるハジけたテンションのみんなで大騒ぎしてますが、暴走列車マナと永遠に引きずられていくセトの絵面が多めです。最後あたり大変おシモいネタが展開されますのでなんでも許せる方。
引き続き『(原作に書かれてなかった部分が)こうだったんじゃねえかなぁ』が多分に含まれます。
やっと会議が始まるはずだったんですが、そこに至るまでのアホな掛け合いが長すぎて一度区切りました。次回。
みんな現代日本に生きてるかのようなツッコミしてますがアテムや海馬がいろいろ垂れ流したんだとでも思ってください
同士がほしいのでマシュマロをせびります
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三千年越しの禊は終わった。
駄々っ子ファラオをなんとかなだめすかして、今一度会議の体裁を整えるため側仕え達を呼ぶ神官たち。
彼らと共に埋葬されたウシャブティである召使いは、トップがバカ騒ぎしていようが動じることもなく、アイシスの持ち込んでいた資料を各席に配置したり、新しい飲み物を揃えたりと忙しく働き始めた。
それを眺めつつ、シモンが隣にいたアテムへ ふと問いかける。
「ファラオ、言ってはなんですが何故いまになってこの話を持ち出されたのですかな? さっきのバカみたいな理由以外で」
「バカみたいな理由……」
わりかし容赦のないシモンの言葉に半笑いで肩をすくめつつ、少し離れた先にいるマハードに視線をやるアテム。
「ずっとどこかで機会を持ちたいと思っていたんだ。オレ達はこれからも未来へ進んでいくのに、過去の観念に縛られていては、拓けるものも拓けない。そもそも今日の会議の議題ってのは、その象徴だろ?」
「そうですな。未だに本題に入れておりませんが」
現状で会議が踊り狂っているどころか議長自ら場外戦を開催したのは事実なので、反論することもなくアテムは笑ってみせる。
「それに、こうして皆がいるところで、あのマナ達のバカみたいな会話の流れに乗せて切り出しでもしないと、あの頑固者は絶対にあのことを話しちゃくれなかっただろうからな」
「……そうですな」
「ということでこじつけるなら、今更だがセトへの論功行賞をしたなら、働きを考えれば同じ卓にマハードも乗せるべきだろ、ってところか」
「バカみたいな会話……」
傍らで聞くともなしにその会話を聞いていたセトが、また流れ弾でライフを削られていた。
「一対一で問い詰めて吐かせることも出来ただろうが、それではマハードの考え方の根本的な解決にならない。オレはあいつの
「まあ、マハードも分かっておりますよ。最近やたら完璧ムーブかましてるアテム様が、まだまだ割と不器用なことは」
「少なくともシモンがオレをどう見てるかはよく分かった。──しかしこれで、今日の議題の後のことも安心して任せられるだろう」
呟くアテムの視線の先で、先ほどから日本で覚えたらしい安来節の腕前を披露しようとしてマハードに必死で止められていたマナが、エアどじょうを掬う直前にふとこちらに目を向ける。
「──王サマ」
アテムと視線が合った彼女は、師に断りを入れてから小走りに近寄ってくる。マナはアテムの傍らまで来ると、少し背伸びをして頬に片手を寄せ、
「……お師匠サマのこと、ちゃんと分かってくれて……それで、私達のところに帰ってきてくれて、ありがとうございますっ」
そう耳元で囁くと、彼女は生前と同じ笑顔で、照れたように笑った。
彼女の生涯を振り返れば、若くして無二の師を突然に亡くし、そしてその後の戦いではその師と共に慕う主君をも封印という形で失った。己の無力を嘆きながらも、新たな王朝においては、頁の染みのように囁かれる師や主への誹りに反駁しながら、自身の務めと命を全うしたと聞く。
ちなみに先程マハードがアクナディンの問いに『途中からはマナもいた』旨の発言をしていたが、それについてはマナが往生後もその頑固さと根性を発揮したことによる。
というのも、いざ満を持して冥界に来てみれば、待っていると思った師はおらず、未だ現世で王の魂を守護し続けているという。なればと己もその
なお共に冥界に帰った直後は、『現世でも最後まで一緒だと思ってたのに! お師匠サマったら一足先に冥界の扉でファラオをお出迎えする中にしれっと混じってるなんて……裏切り者ォォズルいぃぃ……!!』などと喚いており、なだめるのにマハードが相当な汗と時間と賄賂を要していたのはまだ記憶に新しい。
「……お前こそ、よくオレたちを待っていてくれたな」
年月を経ても変わらぬ妹のようなマナの姿に、アテムも少し目を細めて笑い、その頭をぽんと撫でる。
耳打ちはもちろん会話は届かない程度の距離のまま、マナの行方を視線で追っていたマハードを二人で見やると、彼はやや不思議そうな表情を浮かべつつこちらへ目礼した。直後、号泣するカリムとシャダに確保された魔術師が、二人相手にわたわたと釈明ともフォローともつかない反応をしているのを見て軽く吹き出す若者枠2名。
ほのぼのとしたそれらの光景を眺めつつ、セトがとりあえずマハードへは様式美のように憎まれ口を叩いてみせる。
「フン、まったく……いい歳をして弟子の前でみっともなく喚きおって。師としての矜持はないのか」
『ハ?』
「こんなドスの利いたハ行初めて聞いたわ」
聞いた瞬間、瞬時にぐりんと首をそちらに向けるマナ。ヤバめの呪いの人形のような動きにアテムがちょっと怯えている。
つい今しがたまで花のようだった笑顔を針のように細めた少女に再びロックオンされ、セトは思わず後退った。
なお少し離れた位置から老人枠2名が『またいらんこと言って燃やしおる』的な手のかかる子を見守る視線を彼へ向けている。
「え? セト様ったら何言ってるんですか? 私、王サマのために泥くさーくがんばってたお師匠サマってみっともないどころかホントにカッコいいと思うんですケド。矜持とか言いながら何もせずに格好つけてる人ってダサくありません? 矜持ってのはですね、泣き喚こうが鼻水垂らそうがしがみついてやり抜いた人が持ってるものなんですヨ分かります?」
アテムにくっつきながら首だけセトに向け、エグい角度で固定された眼球で見据えたまま早口でまくし立てるマナ。瞳孔カッ開いた抱き着きぬいぐるみが淀みのないサイコパス口調で詰め寄ってくるようで非常に不気味だ。
「セト様だって某誰かのために必死になったことあるでしょ? アテム様だって現世でも必死こいて格好悪いところ見せてくれましたヨ? 逆にセト様には元ファラオとしての矜持とか無いんですか? シルバー巻けますか? サ店に行きますか?」
「何なのだキサマは……」
「セトへの文句ついでにオレの黒歴史を掘り起こすのをやめろマナ、あとそれは別に矜持じゃない」
再び唐突に降臨したガチ勢に、さしものセトもドン引きしている。ついでに巻き込み事故に遭ったアテムも両手で顔を覆っている。
「いくら師とはいえ、いちいち全肯定し過ぎではないか。……む、よもや、実はキサマら」
「ハァ゙ァーん??? なんっですかその下衆の勘繰り……」
はたと考え込むと、目の前の少女とちょっと離れたマハードを意味ありげな視線で往復するセト。その目と台詞に、ソウルミュージックのアカペラみたいな声で血管を浮かせながら零下の視線で見返すマナへ、アイシスがフォローを入れる。
「マナ、そうデスボイスでシャウトしないであげてください」
「でも、アイシスさん……!」
アイシス的にはソウルではなくメタルだったらしいマナの威嚇音をなだめつつ、彼女はセトをあたたかい目で流し見た。
「セトは『もしそうだったら当時の自分は虫以下の非道なゲス野郎だ今からでも死のう』って思って気まずくなってるだけですよ」
「思っとらん! なんだ虫以下とは!」
「セト様にもちょっとはそういう可愛げがあったんですね……自覚さえないセクハラ管理職みたいな感じかと思ってました」
「冥界でキサラさんと再会されて、やっと男女の機微や真実の愛を理解したのでしょう」
「でもそれを私とお師匠サマに安易に当て嵌めちゃうあたり、まだまだ節穴ですケド!」
フォローと言ってもアイシスのそれはあくまでもマナへのフォローであり、セトにはむしろ追撃だったわけだが、一周回って少女が元上司に憐憫に満ちた目を向けるようになったのは良かったのか悪かったのか。
過去の所業による自業自得とはいえ、さすがに不憫に思ったらしきアテムがソフトめな仲裁を入れようと努力している。
「お前らもう少しセトにも優しくしてやれ……」
「あ、今日はムリです」
「キサマら明日も変わらんだろ絶対!」
飲み会のスケジュールが合わなかったフリをする時の笑顔ですっぱり切り捨てる女性陣にすかさずツッコミながらも、そろそろセトの気力も目減りしてきたようだ。最初の頃より肩が落ち気味な元主の姿に少しばかり気が咎めたのか、マナは目を逸らして唇を尖らせながら譲歩らしき台詞を口にする。
「もー、セト様が(お師匠サマに)優しくしてくれたらその時考えますゥ」
「そろそろ少し師匠離れしろなお前も」
「そうですよ、マナ。セトの勘繰りじゃありませんが、女性は自衛も必要です。もしも貴女の態度で何か勘違いしたマハードがトチ狂ってルパンダイブしてきたらどうするんですか」
「……いや、いくら奴と犬猿の仲の私でも、さすがにそれは無いと思うぞ……」
「オレにはどう頑張っても想像出来ないが、とりあえずそんなマハードはイヤだ」
アイシスが大真面目な顔で同僚の不真面目な行為の可能性を後輩女子に説いているが、その場の男性2名は筆舌に尽くしがたい表情でもごもごと否を唱えている。
そしてセトがマハードのフォローに回るという珍事の発生に、マナが口に手を当てるどころか4本指を突っ込む勢いで劇画調に衝撃を受けていた。
「うわっ、砂漠に雪が降る……あ、これセト様的にお師匠サマに優しくした感じですか?」
「意外とキサマの優しさのハードル低いな」
「セト様に配慮した採点基準ですから感謝してくださいネ☆」
舌ペロしながら星を飛ばす若い娘に、大目に見られながらコンプラ採点を受けている管理職の気分になるセト。
「で、誤解のないようにハッキリさせておきたいんですケド──私にとってのお師匠サマは、まあお師匠サマとしか言えないんですけど、喩えるなら……お母さんですね!」
「父ですらなく!?」
人差し指を唇に当て、ちょっと考えた後にこぼれた関係性に思わず周囲が振り向いてツッコむ。
「いやホラ、傍から見えにくいけど縁の下で自分の役目はきっちり果たしつつ、隙あらば『ちゃんと
「落ち着けマザコン娘」
「マジか……オレもその言われ様にものすごく覚えがあるんだが、つまりシモンはオレの母だったのか……?」
「ファラオはお気を確かに」
喋りながら再び往時を思い出したのか、涙目の背中をアイシスに優しく叩かれ、声を詰まらせたマナが鼻をすすった。
つられて錯乱しかけている王の背中は、セトがどついて正気に戻す。
「だから敢えてお師匠サマを例えるならお母さんです。まあ今は私がお師匠サマのモンペですケドね」
「自覚があるあたり性質が悪い」
推し活全力投球のこじらせたオタクみたいなことを言いながら涙を拭き、少女はコロッと雰囲気を切り替えた。
「そもそもお師匠サマは、女のコとデートする暇があったらアテム様の警護してたいレベルで仕事命の変な人だったんで」
「おい変な人って言ったぞ今」
「オタク特有の愛ゆえに推しをディスるムーブだな」
「しかも今ココ冥界ですけど、基本は悪人とかいなくて平和ですから、そのスタンスだとさすがに前時代的っていうかー。現代日本だと24時間働かないといけない狂った時代があったらしいですケド、でもそれは国も人種も文化も私達とは違いますし」
「仕事と私どっちが大事なのかを気にするタイプの女性には正直モテないですよね。仕事というか、先王陛下の頃から『ファラオ命』って感じでしたし」
女性陣のシビアな評価を聞いて色々いたたまれない気持ちになっている現王と元王だったが、ふと背後からその服をちょいちょいと引く者がいる。
「あの、卓の準備が終わったようなので、お声掛けしようと参ったのですが……」
振り返ればそこにはカリムがやや気まずげな笑顔で佇んでおり、その少し後ろには気遣わしげに隣を見るシャダと、肩を落としたマハードの姿があった。
「その、先ほどからファラオの『マハードはイヤだ』とか、マナの『やたら口うるさい』とか『お師匠サマは〜変な人だったんで』とか『さすがに前時代的』とか、アイシスの『正直モテないですよね』とか色々聞こえてしまい、このようなちょっとかわいそうな感じに」
「申し訳ございません、ファラオ……知らぬ間に私が何か、ご不快を……」
「いやっ違っ、誤解だマハード! ていうかお前の耳やたらネガティブなとこばっか拾うな!?」
先ほどの禊のせいでまだ涙腺が緩み気味なのか、日頃に無い潤んだ瞳で詫びを入れる青年に、アテムが大慌てで色々言い募って説明を試みている。
「大丈夫ですお師匠サマ! 陰口なんかじゃありません、私はお師匠サマの前でもちゃんとお師匠サマのこと変な人だなって思ってマス☆」
「フォローしてるつもりなのかそれは」
濡れた仔犬のようにしょんぼりしている師の手を取り、キラめく瞳でウィンクしてみせるその弟子に半眼で呟くセト。
「あっ、でも同じくらい尊敬してますよ! 当然!」
「私もマハードが一部の方にモテないであろうとは断言しましたし実際心からそう思ってますが、そもそも貴方ファラオより自分優先してほしい系女子には全くモテたくないでしょう。ああもちろん、貴方の人間性が尊いことは私も良く知っておりますから、お気を落とさずに」
「え、あ、ああ……」
女性2人に曇りなき眼で言い切られ、なんだか勢いで流された感じもするが首を傾げつつも曖昧に頷くマハード。その光景を眺めつつ、釈然としない面持ちで腕組みしながらセトがぼそっと呟く。
「あいつら自分が吐いた暴言は全く否定していないはずなのに、私のときとは決定的に何かが違うぞ」
「これが人徳というものですよ、セト」
「ちょっとだけ辛くなってきた」
カリムにぽんぽんと肩を叩かれ、遠くの空を見上げる彼の横顔がいつになく黄昏れている。
マハードの手を離したマナが、斜線の入っているセトにちらりと目をやり、腰に片手を当ててため息をついた。師に倣ってか もう片手の人差し指を立て、彼女はセトへずいっと顔を近づけて問う。
「もー、だから余計なこと言い出さなきゃいいのに……だいたいセト様は、私がお師匠サマ亡き後どう生きたか知ってますよね?」
「ああ、まあ」
「ご存知の通り、お師匠サマの遺した魔術の体系とか、後世に伝えていくのが私の義務でしたからね」
「お前のおかげで今の現世にはマハードじゃないブラックマジシャンがちらほらいるんだな」
「そう言われちゃうとなんか複雑ですケド……まあそれはそれでいいんです、お師匠サマの知識を残せたんで。そして私もお師匠サマのぶんまでしっかり生きて、産めよ増やせよと──」
「はいストップー! そこまでにしておけマナ、そのへん掘り下げて生々しく聞いちゃうとお前のガチ勢達のライフが際限なく削れる」
アテムがメタいツッコミをしながらマナの口を塞ぐ。慎みとかそういったスキルを捨てて外見と魔術特性に全振りした感のある残念ガールが もがもがと暴れているが、それを引きずりつつファラオは他の皆をも卓へと促した。
「さあ、そろそろ今日の本題を始めようぜ。皆も席に戻ってくれ」
「はっ。小脇に抱えたソレはいいんですか?」
「なんか今日はほっとくと爆弾発言しかしないからな……下手に踏まなきゃ大丈夫なはずだが」
「撤去が雑な地雷原みたいな娘ですね」
皆がぞろぞろと定位置に戻る中、いつの間にかセトの半歩後ろを歩んでいたアクナディンが、独りごちるように呟いた。
「セトよ……私達が幾度愚かな行いを為しても、ファラオは寛き御心で執り成してくださるものだな」
「……は」
敢えて『お前のアレな発言』とは言わずに『私達の愚かな行い』と言ってやるのは親心。一応察して言葉少なに同意する息子。
「私がお前に残してやれたものは、今となっては教訓だけかもしれぬ。だが、お前の周りには瞑して尚も、尊き心の仲間達がいる。私の過ちを糧にして、益々アテム様への忠義に励んでくれ」
無言でアクナディンの言葉を聞いていたセトは ふと足を止め、やがて静かに胸に手を当て、ゆっくりと自身を追い越していった父の背へと黙礼を捧げた。
「でもホラ アクナディン様、息子さん一度はファラオになれましたから! 後世にもしっかり残せてますヨ!」
「や・め・て・差し上げろそういうの!!」
が、空気を読まないマナがフォローのつもりで大怪我に粗塩をねじ込んでいくのを周囲が必死で止める。
「こっちでスイッチ押さなくても勝手に起爆しましたよこの娘」
「あとは、あとはこの髪くらいだろうか……私がこの齢になっても生え際は大丈夫だったから、安心しても良かろう……」
「ほらなんか! なんかアクナディン様の落ち込みが変なほうに行ってるから!」
「ていうかそのネタまだ活きてたのか」
せめてアクナディンを正しくフォローしようと、アテムに担がれたマナの口を塞ぐカリムが、年老いた実父に生え際の心配をされるという展開に目を白黒させているセトを振り仰ぐ。
「セト、そういう訳でそろそろ皆を安心させてあげては──」
「断ッ固拒否するァ!! 証明は容易いが、キサマらの好奇心のためにこのような場でケプレッシュを脱ぐ必要などあるか!」
「代わりにバスタオルでも巻いてればいいじゃないですか! シルエット似てるから大丈夫ですよ」
「風呂上がりの女優と違うわ! 見せたくないのではなく脱ぎたくないと言っとろうが!」
すったもんだしている前方を一歩下がったところで眺めつつ嘆息するマハードへ、アイシスが慈愛あふれる表情で語りかけた。
「安心してくださいマハード。私はハゲる時も健やかなる時も、今後あなたの髪を引っ張ったりしないことを誓います」
「髪は構いませんからその話題を引っ張るのをやめてくださいアイシス」
アイシスの中でハゲ枠認定が外れてくれない魔術師が、誓いの言葉を聞きながらそろそろ遠い目をし始めている。
「だいたいですね、ハゲが短所みたいな認識に異議ありです! 私は私のスキな人たちなら別にハゲでもスキですし、あ、シャダ様なんか剃ってようが抜けてようがカッコいいしちゃんと似合ってますから! ハゲは個性でしかありません!」
いつの間にかアテムの俵担ぎから抜け出し、握りこぶしで力強く語るエヴァンジェリストに一部の聴衆が拍手を送る。
「マナ……私は感動している」
「絆されるなシャダ、そもそもお前をハゲ呼ばわりし始めたのはこの娘だ」
「マナ……立派になって」
「マハード、そういうとこだぞ」
それぞれの理由でちょっとうるうる来ているシャダとマハードへ、セトとアテムが冷静に掣肘を加えた。
「髪って大事ですケド、意外と大事じゃないです! 私もアイシスさんに憧れて黒髪パッツンにしてみた時期もありましたが! それでも私は私です!」
「ああ、あのびっくりするほど似合ってなかったやつか」
「……私もセト様の髪型が似合ってるかどうか判定してあげますよ、だからソレを脱げ」
「やめろ変質者ー!! 人の衣類をむしるな!」
目の光る追い剥ぎに襲われているセトを尻目に、顎に手を当てて記憶を辿っていたアテムがぽんと手を打つ。
「黒髪のマナ……ああ、オレも見たことあるぜ」
「ワッツ???」
妖怪・冠置いてけが動揺して瞬時に振り返ったが、王は懐かしそうに腕を組んでうんうんと頷いていた。
「現世にしっかりカードで残ってたからな。そうか、あれはアイシスリスペクトコーデだったんだな」
「……確かカードって抹殺できるんですよね? 手札ごと」
「
真顔で問うてくる少女から、こめかみに汗をかきつつ顔を背けるアテム。
「ホレ皆、いい加減に集まらんと議事が進まんぞい。ファラオもしっかりなされ」
「そ、そうだな! 会議の続きをしようぜ!」
そこにちょうどシモンの打ち鳴らす手の音が響き、我が意を得たりとばかりに速歩きで上座に向かうファラオ。決して逃げているわけではない。
両手で
「マナ、もう勘弁してやりなさい。ファラオもお困りだ」
「お師匠サマがそう仰るなら……セト様はこれから気をつけてくださいね、月の無い夜に」
「お前は勘弁してやるの意味を本当に知ってるのか?」
デリカシーへの苦言と見せかけた倒置法の暗殺予告を残し、悠々と下座へ去っていく少女。小柄な背中とそこに纏うオーラの比率がおかしい。
現役時代なら千年輪に汚染された可能性を疑ったであろう魔術師だが、幸か不幸かここは冥界、そんな
「セト、弟子の非礼を詫びます。もう誰もソレを取りませんから、手を離して大丈夫ですよ」
「…………」
ダイナミズム溢れる弟子をひとまず追っ払ったマハードは振り向いて、同僚にそっと声をかけてやった。
上座たるアテムの隣の席に陣取りながら、表情こそ冷静に取繕ってはいるものの未だケプレッシュから手を離さないセトの様子に、しばらく逡巡した彼は、ためらいつつ手を伸ばす。
「そんなに怯えなくても……ほら、怖くないですよ」
「ぶふっ……ごほん。テトでなくセトか、ふはっ」
怯えて毛を逆立てている野生動物をなだめるようなぎこちない青年の様子に、つい虫愛ずる姫を連想してしまった平成の高校生だった。
「……誰ですかテトとは」
「誰というか……なんか仔カラカルみたいな感じのやつだ。指をかじる」
「かじるか! マハード、シャダではなく私を獣扱いとは偉くなったものだな……!」
「そういったつもりは無いのですが……」
「セトは何故いつも私を巻き込むのだろう」
アテムの余計な一言のせいで、不器用ながら一応フォローのつもりだったらしいがさらなる煽り扱いされて魔術師が戸惑っている。ついでに己の精霊の姿のせいでまたもや巻き込み事故に遭ったシャダが、諦めたように独りごちていた。なお当事者らは誰も聞いていない。
「偉いとか偉くないとか不毛なこと言ってるからハゲ散らかすんですヨまったく」
「セト、散らかしたら掃除してくださいね」
「誰が何を散らかしとるか!」
離れたほうから投げつけられる女声達にいじられ倒しているセトの姿をさすがに不憫に思ったのか、アテムが執り成すように言葉を挟んだ。
「大丈夫だ、セト。なんだかんだ言っても心ある者たちだからな。多少散らかってても誰も笑いはしない」
「いえ散らかってはおりませんが」
「とりあえずなんだその、あまり気に病むなと」
「ですからそもそもその件で悩んではおりませんので」
「お前にはいいところがいっぱいあるから」
「ファラオ」
「たとえば、えーと、……たとえば」
「ファラオ」
ジト目のセトの視線を受けながら一生懸命悩んだ末、王は眉を寄せつつ答えをひねり出す。
「えーと、そうだな、一応公式ヒロインがいるから、神官の中では一番モテてたことになるはずだ。元気出せ」
「エッ、突然の流れ矢……」
「というか私のいいところそこだけですか」
アテムのぶん投げたメタな広範囲殺傷兵器に巻き込まれた神官ズがシュンとしている。ついでにその比較はゼロか1かの底辺争いだという事実に気付き、更に肩を落とす一同。
「そ、それにな、王でなければ分からない苦しみというのもある」
優しさのつもりが厳しさをぶつけた感じになってしまったのを察して、なんとかフォローしようとアテムが懸命に言葉を探して重ねた。
「臣下の皆がどのように尽くしてくれようとも、王たる身にしか訪れない試練や苦悩があるものだ。お前はオレにとってそれを共有できる、貴重な無二の友なんだぜ」
この場で王として君臨したことのある者は、あとにも先にもアテムとセトのみだ。言葉通りに無二の存在であることも腑に落ち、セトは現王の玉音を素直に受け取って謝意を述べる。
「……身に余るお言葉です。ありがたき幸せ」
「あの、私にはなんとなくしか分からないんですケド……王サマじゃないと分からない苦しみって、たとえばどんなことですか?」
この面子の中では神官として一番新人ということで下座におさまったマナが挙手し、天上人たちの世界へ純粋な疑問を投げかけた。
彼女の言葉に頷き、他の者たちも着座しながら口々にほのかな熱意を滲ませる。
「為政者の苦しみ……僅かながらでも把握しとうございます」
「セトのように王権を得たことのない我々では理解することは出来ないかもしれませんが、我らも少しでもファラオの御心の支えになれたらと……!」
アテムは咄嗟に捻り出した言葉に思ったより反応があって少々驚きながら、顎に手を当てて空を眺めつつ逡巡する姿を見せた。
「そうだな……たとえば……、あっ」
各々が席に着き、会議開始前の体裁がやっと整ってきた。アテムも議題前のアイスブレイクのつもりで何か答えようとして、ふと思いついたものを口に上らせる。
「アレに関してだけは本当に、本っ当に、セトに王位を引き継いで良かったと思ってる……!」
「えー、王サマでもそんなにイヤなことあったんですか?」
この少年王は、基本的に己が果たすべき責務を他人に押し付けてほっとするタイプではないので、皆少々意外に思いながら置かれた飲み物を啜るなどしていたが、
「あの、ナイルにアレするやつ。豊作祈願の」
『──…………』
続いた台詞を咀嚼して、決して少なくはない人数が詰めている広間に、沈黙が満ちた。
「……あ……はい、あの……アレですね……」
「ええ……なるほど……」
視線を合わせず、もごもごと益体もない反応を返す神官一堂。
そこで己が譲位した相手をチラと見て、アテムは互いのこめかみに一筋の汗を確認する。
「…………やったか?」
「………………ぃぇ、」
「在位中は──」
「だアぁラッシャアァァイシスぅぅ!!」
「セトがキャラ崩壊している」
巻き舌で当時の臣下の言葉を遮るセトの目が血走っている。
つまりは、言うなれば神話の踏襲による儀典と祭祀の話なのだが──古代エジプトの神々の物語では、彼らは生命創造のために精を放つ描写がちょくちょく出てくる。大気の神と湿気の神を自慰行為により生み出した創造神アトゥム、豊穣神としてのオシリス、生殖の神ミンなどの逸話であるが、その胤は万物を創造せしめる生命の源として神聖視されていた。
そして現人神たる歴代のファラオ達も、ナイルのもたらす豊作を待ち望む民のため、豊穣祈願として己が放つその祝福をナイルに流すという祭祀が行われていたわけだが──
「冥界は祈願しなくても毎年豊作だからな! オレは絶・対・に・やらないぜ!」
「くっ、卑怯な……!」
汗を垂らしつつ高笑いする現王に、不敬を承知で卑怯呼ばわりしながら机を叩くセトだが、今回ばかりは気の毒そうな眼差しで誰も咎めなかった。
本来、古代当時の帝王学を叩き込まれ、幼い頃からそういうものだと刷り込まれてきた王族の立場からしたらさほど動揺するようなものでもない。神官達も当時の価値観としては、射精や性行は数多の神話にも描かれており、生殖は生命の根源に通ずる望ましい行為として認識していたため、それらへの羞恥や禁忌感などの度合いはかなり低かった。
しかし、幸か不幸かアテムの治めるこの冥界では、現代日本からもたらされた21世紀の価値観がそれなりに浸透してきており、有り体に言えば自分達の当たり前が、現代の感覚で見ると相当に破廉恥でクレイジーな奇祭であったことが痛感されて居た堪れない気分になっているわけである。
自分達の育んできた文化は大事にしたいが、特に現代日本の常識と倫理観を吸収済みの少年にとっては、公開ショーはあまりに酷だろう。その感性をちょっとでも持ってしまった状態で、己の統治時代を掘り返されようものならセトの目とて血走ろうものだ。
「まあ、今の感覚で見ればその反応も当然ですな」
「お気持ちお察しします」
「やや勿体無いですが」
「オイ誰だいま勿体無いっつったの」
一部から斜め上の感想が飛んできて、目を剥いて卓の顔ぶれを見回すアテムに、隠れもせずに軽く挙手したシモンが髭をしごきながらのんびりと応えた。
「単なる実利的な話でございますぞ、ファラオよ」
「いや何が? 何が勿体無いって? やらんぞ?」
「別にソレを求めているわけではありませぬ」
目付役に何を言われようがハレンチショー断固拒否の構えで王がファイテングポーズを取っているが、肩を竦めた老人は、そちらではなく神官達のほうを見渡した。
「つまりじゃな……王の胤を受ければ、強くなれるのじゃ」
『…………。本当に?』
「ウッッソだろお前ら」
先ほどのマハード過去回収イベントで自らの無力を痛感していた神官たち数名が、男女問わず割と本気な目でアテムを見た。誰とは言わない。
闇夜に光る獅子の目のような熱視線を受けた王は、思わずファイティングポーズを崩しつつドン引きしている。
「先王が冥界を治めず引退されたのも、それ目当てで永遠に追いかけられるのに辟易したとかしてないとか」
「父上ッッ──!!」
対応に困る案件を自分に丸投げして裏へ引っ込んだ先王のサムズアップと笑顔を脳内で恨みがましく見つめながら、アテムはかつての片割れと同じポーズで涙目で机に向かって嘆きをぶつけた。
「なあ、現代だとオレは高校生というやつで、手を出したりすると犯罪だから、落ち着いて……」
「ファラオこそ落ち着いてください誰もやりませんから」
「高校生か何か知りませんが、そもそも王に無理やり手を出すという時点で不敬メーターぶっちぎりで振り切ってますし」
「実現するとしたら合意か謀反ですよね」
「究極の二択はやめろ! でも意外とみんな冷静だった良かった!」
とりあえず両手で自身を守るように抱き締めながら、引き攣った笑顔で周囲の牽制を試みている小柄な少年王を、大人達の冷静な意見が引き戻す。
「あとお気持ちは分かりますが、とりあえず都合の悪い時だけ未成年ぶるのやめましょうねファラオ」
「現代換算で言うならアテム様は三千とおいくつになるのか……」
一部は合法ロリ推進派のような考察を始めようとしているが、しっかりアップデートされていた皆の倫理観にアテムがほっと胸を撫でおろす中、ふとアイシスが挙手してシモンへ問いを投げかけた。
「シモン様、それは寵愛を得るなどの権力的な意味ではなく、本当に個人の力量として強くなれるのですか?」
「神をも召喚し得る王家の
シモンの言う理屈自体は筋も通っており、なんとなく把握した皆がほうと頷いている。しかしそこで少々考え込んでいたマナが、はっと椅子を蹴立てて立ち上がった。
「……ちょっと待ってください、じゃあさっきちらっと話題に出てましたけど、バクラにやり返したらダメじゃないですか! なんのことか忘れた人は前話読み直してください!」
「えっまたそういう話に戻るのか……マハード、肩」
「はっ」
「ソレはライナスの毛布ではありませんよ。マハードもファラオを甘やかすな」
メタい補足を入れつつ問題提起するマナの台詞に、夜這い云々のくだりを思い出したアテムがだいぶげんなりしながら、精神安定剤のような扱いで側近の肩を要求している。
「いやそこはホラ、強くなるというのは力を分け与えることであり、信頼関係あってこそのものじゃからな。王の意に染まぬ相手や敵であれば、それこそナイルの水すら孕ませる御胤の力をもってして、1年くらい戦えぬほどに屈服させれば良いと」
「そんなエロ同人みたいな対策だったんですか!?」
水際にも程がある作戦の内訳を聞いた一同は、そんな雑なプランを実践せざるを得なくなる前段階で持ちこたえた自分たちを全力で褒め称えたい気分になった。
「シモンが真面目な顔で城之内くんみたいなこと言い出した……」
「国の危機にはどんな手でも使わねばなりませぬ」
「そうかもしれないが出来れば手段は選びたい。皆ありがとうマジで」
豊作祈願など比較にならないレベルの下半身の危機を回避していたらしいと知った王が、功臣たちに迫真の謝意を述べ頭を下げる。皆が恐縮する中、シモンは相変わらずのんびりと茶を啜っていた。
「まあ実践したらしたで御落胤問題も発生しますしの。襲撃自体が実現せぬのが一番じゃ」
「現世の人間には一応有性生殖というシステムがあるはずなんだが」
「ホッホッホッ、現人神が何を仰る」
「え、オレがおかしいのか……?」
アイスブレイクのつもりが完全に混沌を加速させてしまい、キャパオーバーしそうなアテムが目を白黒させている。
脱線が甚だしいというより既に元の線路も見えなくなっている議場だが、そこに改めてパンと手を打つ音が皆の意識を集めた。
「皆、ひとまずその件については万一冥界に危機が訪れたときの切り札として置いておきなさい」
「置いておかなくていい捨ててくれ」
「今はまず会議を進めねば。朝議のはずが昼も近いではないか」
馬鹿騒ぎも基本的に見守るスタンスでいたアクナディンが見かねて号令してくれたわけだが、アテム的にはそのトピックは忘れてほしい。
眉根を寄せた少年王をなおざりに、神官達もようやっとメインの案件に本腰を据える向きを見せた。
「少々戯れが過ぎましたな」
「なれど、このような時間も平和の証と言えましょう」
「然り然り」
「はー楽しかった☆」
「キサマ覚えておれよ……」
各々の感想を述べつつ姿勢を正すと、雰囲気を一変させた神官達は改めて王に黙礼を捧げる。アテムが鷹揚に頷くと、アイシスがパピルスの束を手に起立し、皆に軽く目礼して凛と通る声で話し始めた。
「それでは改めて、本日の議題は──……」
次回いざ会議へ。
会議だからといってノリはぶれません。