夕方。
セリカとシーナは互いに木刀を構えて睨み合っていた。
「・・・」
「・・・」
しばらく沈黙が続いたあと。
ダッ!
2人はほぼ同時に駆けだした。
「たぁー!」
「・・・っ!」
二人は互いに打ち合い、ガンガンと木刀同士がぶつかり合う音が周りに響く。
時に相手の攻撃を防ぎ、時に見事な身のこなしで回避する。
(今だ!)
セリカの動きに隙を見つけたシーナが一気に切り掛る。
(ニッ)
セリカはそれを華麗に交わすと足を前に出してシーナをつまずかせる。
「あっ!」
転倒したシーナは体を仰向けにして立ち上がろうとするが、その鼻先にセリカの木刀が突きつけられた。
「にしし、これで私の勝ち越しだね、シーナ。」
「はぁ?同点でしょ!数え直して!」
そうな風に言い合っていると、不意に拍手の音が響いた。
2人が音の方向を見ると、アリサが手を叩いて歩み寄ってきていた。
「いやぁ2人ともすごいねぇ。
まだ若いのにその剣さばき。
こりゃあ将来有望だ。」
「えへへ〜、そうでしょう!」
「私もセリカもお母さんに鍛えられてるから。
あれぐらい出来て当然。」
素直に喜ぶセリカの隣でぶっきらぼうに答えるシーナの頭をアリサは優しく撫でる。
「謙遜することないって。
先生が誰であれ、その歳でそんだけ動けりゃ大したもんだよ。」
アリサの言葉に、シーナは嬉しそうに微かに頬を緩める。
温泉郷に向けて共に旅立ち、気が付けば1ヶ月経っていた。
セリカとシーナはあっという間にアリサに懐いた。
セリカは元々人懐こい性格であるが、人見知りなシーナが心を許したのはアリサの明るい性格と母親としての経験の賜物だろう。
「さて、そろそろ戻ろうか。
ソフィーがご飯作って待ってるよ。」
「うん!」
アリサはセリカとシーナを連れて、ソフィアの元へと戻っていく。
3人で森の中へ入り、しばらくするとソフィアが2つの焚き火の前にしゃがんでいた。
2つ目の焚き火の上にはそれぞれ鍋が吊るされ、中からはぐつぐつと音がしていた。
「おーい、ソフィー。」
アリサの声にソフィーが振り向き、微笑む。。
「おかえり、みんな。」
この一週間で変わったことがもう一つある。
アリサの提案でこれからは敬語はやめようということになった。
アリサ曰く、『これからしばらく一緒にいるんだからさ、堅苦しいのは無しにしようよ。』
との事だった。
ソフィアとしては、自分より遥かに年上であり、
それに加えて友人の母親であるアリサには敬意をって接したいと本人にも言ったのだが、
子供のように駄々をこねられソフィアが折れることになった。
「ちょうどご飯ができたところだよ。」
ソフィアがそう言うと、セリカが鍋の匂いを嗅ぐ。
「カレーだ!」
「ふふ、セリカはカレーが大好物だもんね。」
「うん!お母さんのカレー大好き!」
「セリカはしゃぎすぎ。」
「えー、シーナだって好きでしょ。
カレー。」
「そりゃ好きだけど、もうちょっと年相応に落ち着きなよ。」
「あれを見ても同じことが言える?」
セリカが指した場所では。
「わーい!カレーだカレーだ!」
「アリサもカレー好きなの?」
「うん!」
「ふふ、いっぱい作ってるからいくらでもおかわりしていいよ。
お米も多めに炊いてるし。」
「わーい!」
アリサが年甲斐もなくはしゃいでいた。
「・・・アリサさんは半分子供みたいなもんだから。」
「まぁそっか。」
「おいこら聞こえてるぞチビ共!」
アリサが2人に駆け寄る。
「お姉さんをバカにするのはこの口かなぁ?」
アリサは2人を捕まえてくすぐり出す。
「ちょっと!くすぐったいってアリサさん!
あははははは!」
「あはははは!」
「おりゃおりゃー!大人を舐めんなよー!」
ソフィアはその光景を微笑ましそうに見ていた。
#####
「ん〜!お母さんのカレーすごく美味しい!」
恍惚とした表情でセリカは言う。
そんなセリカの隣で、シーナもまた美味しそうに目を輝かせながらカレーを食べていた。
「本当に美味しいね、このカレー。
料理まで出来るなんてソフィーはどこまで完璧超人なわけ?」
「言い過ぎだよ。
料理は淑女の嗜みだって母さんに鍛えられただけだよ。」
「謙遜することないって、
ね、セリカちゃん、シーナちゃん。」
「うん!お母さんの料理、私大好き!」
「わ・・・私も!」
「あ・・・ありがとう。」
娘二人の言葉に、ソフィアは照れくさそうに笑った。
その後も4人で談笑しながら食事を続けていると、
アリサが思い出したように言う。
「そういえば2人の手合わせを見てたんだけど、
なんで魔法を使わないの?」
アリサのその言葉に食事をとっていた双子の手が止まり、少し落ち込んだ表情をする。
「え!?なに!?急にどうしたの2人とも!!」
2人の急な変化に慌てるアリサに、
「あはは・・・」
ソフィアは苦笑いを浮かべていた。
#####
食事の後、アリサは詳しい事情を聞いた。
「魔法が使えない?」
「うん、実はそうなんだ。」
首を傾げるアリサにソフィアは顔を俯かせて話す。
「2人とも出会った時から色々試してはいるんだけどね。」
「原因は?」
「さっぱり・・・でももしかしたら2人ともご両親を殺されたショックでとか。」
「うーん、私も長く生きてるけど、心因的な理由で魔法が使えなくなるのは聞いたことないなぁ。
・・・杖や魔具を使ってもダメだった?」
ここで言う杖とは言葉のまま、魔法使いが使う魔法の杖である。
そして魔具とは、
杖と同じ仕組みで作られた武器。
所謂魔剣や魔槍のような武器のことである。
「実は杖ありなら2人も魔法を使えるんだよ。
・・・でも。」
ソフィアが視線を送ると、セリカとシーナがそれに応える。
「パパもママも杖無しで魔法を使ってたから私達も同じように使えるようになりたい。」
「魔法は・・・パパとママと私達を繋ぐ・・・最後の繋がりだから。」
そう言って2人は手を繋ぐ。
「・・・そっか。」
アリサは2人に歩み寄ると、セリカの頭を優しく撫る。
「それじゃあ、大事にしないとね。」
「・・・うん!」
セリカの元気な返事に微笑んだ後、
顎に手を当てて考える。
「でもそうか・・・二人は早くに両親を亡くしてるって事は・・・もしかすると・・・。」
「アリサ?」
アリサは少し考えてから口を開く。
「2人とも、ちょっと脱いでみよっか。」
「「えぇ!?」」
「ちょ・・・ちょっとアリサ!?
一体何を考えてるの!?」
アリサの言葉にソフィアは2人を守るように前に立つ。
「あははは、ごめんごめん。
言葉が足りなかったね。」
アリサは、3人の反応に笑ってから話す。
「ねぇ2人とも、体のどこかに紋章が浮き出てない?」
「紋章?」
「うん、正確には『魔法印』って言うんだけど。」
「ちょっと待ってアリサ、魔法印って魔具に掘られてるあれの事だよね。」
「そう、魔法を使うための基礎になる印のこと。
魔法を使える人はみんな魔法印を経由して初めて魔法を使うことが出来るんだよ。」
「でも魔法印って魔具に掘られるものだよね。
それが体に現れるってどういうこと?」
「まぁ簡単に言うとね、
元々魔法印って言うのは私達エルフが生まれてすぐ親から刻まれる印の事なんだよ。
私達はそれを刻まれて初めて魔法を使うことが出来るんだ。
例えば私の場合は右胸の所に桔梗の印がある。」
「なるほど・・・つまり杖や魔具に掘られてる魔法印エルフの魔法印を元に人間でも魔法を使えるようにするためのものって事か。」
「その通り。
さすがソフィ、賢いねぇ。。」
「でも私もシーナも身体に印なんてないよ?」
「ふむ・・・ちょっと失礼。」
アリサは2人を目の前に並ばせると背中に優しく手を添えて目を閉じる。
すると、アリサの触れている部分が淡く光り出した。
「うーん、やっぱり封印解かれてないねぇ。」
「封印?」
「産まれたばかりのハイエルフの子供は色々不安定だからねぇ。
魔力が暴走して事故にならないように9歳になるまで魔法印を封印して魔力が外に出ないようにすることがあるんだよ。
でも2人は9歳になる前に御両親とお別れしちゃったから封印を解かないままになってたんだね。」
「じゃあ私達・・・このまま魔法使えないってこと?」
そう言ってセリカはシーナとともに顔を俯かせる。
「大丈夫、さっき調べたけど術をかけた人じゃなくても封印が解けるようになってたから、私で大丈夫だと思う。」
「ほんとに!?だったら今すg!」
「こらこら、がっつかないの。
二人とも一旦座って座って。」
セリカはシーナと共にアリサの前に正座した。
「2人は・・・なんで魔法が使えるようになりたいの?
あ、ハイエルフだからとかそういうのは無しね。」
アリサの言葉に2人は少し悩んでいたが、やがてセリカが口を開く。。
「私は・・・お母さんみたいに強くなって、困っている人を助けたい。
お母さんが私達を助けてくれたあの日みたいに・・・今度は私が誰かを助けたい。」
「・・・シーナちゃんは?」
アリサの言葉にシーナも頷いて答える。
「強くなりたい・・・もう、何も奪われないように。」
「・・・そっか。」
2人の答えを聞いて、アリサは小さく微笑んでから話を続ける。
「たしかに魔法は素晴らしい力だよ。
使いこなせばきっと大勢を救えるだろうね。
でも・・・2人とも大事なことを忘れてるよ。」
「大事な事?」
「魔法は人を救えるけど・・・逆に言えば、簡単に人を殺せる力でもあるんだよ。」
「・・・あ。」
そんな事考えもしなかったようで、セリカは虚をつかれた表情をした。
しかしシーナは動揺しながらもアリサに反論する。
「で・・・でも私達は魔法を悪いことに使ったりなんてしない!」
「分かってる、2人はそんな事しない。
でも、一つ間違えれば、誰かを助けようとしたその魔法で・・・その誰かを傷つけてしまうかもしれない。
それだけ危険な代物なんだよ。」
アリサの言葉に沈黙が流れたが、
「・・・ごめんなさい。」
しばらくしてセリカが口を開く。
「私・・・全然考えてなかった。
魔法を使いたいってことしか頭になくて・・・それがどんなに危険な力だって少し考えればわかることなのに・・・。」
泣きそうな顔になるセリカの手を隣にいたシーナが握る。
「私だって同じ・・・考えが足りなかった。」
「シーナ・・・。」
その様子を見たソフィアも顔を俯かせる。
(あの子達だけのせいじゃない・・・。
2人が魔法を使えるようになるなら・・・それが2人の為になるなら・・・その考えしかなかった・・・。
魔法が危険なことくらい知ってたはずなのに・・・それを教えもしないで・・・。)
ソフィアは悔しさから拳を強く握った。
(やはり私は・・・母親として未熟だ。)
ソフィアが自分を責めていると。
「顔を上げて。」
アリサの優しい声に、3人は言われた通りに顔を上げる。
「まだ若いんだから考えが甘いのは当然。
最初から完璧になんでも知ってる子なんて居ないよ。」
そう言ってアリサはソフィアの方を向く。
「だから・・・大丈夫だよ。」
その言葉にソフィアは目頭が熱くなり、2人に泣き顔を見られまいと顔を伏せる。
「お母さん?」
それに気づいたセリカがソフィアの方を気にするが。
パンッ!
アリサの手を叩く音で気を引かれ視線を戻す。
「というわけで!
そんなもしもの事故を起こさないためにも大事なのは魔法を覚える順番!」
「順番?」
「そう!いきなり強力な魔法を覚えるんじゃなくて、基礎の魔法から順番に覚えていくことが大事なんだよ。
基礎魔法もまともに使えないのに階段飛ばしで上級魔法を覚えようなんて絶対にしないように!
・・・守れる?」
アリサの質問に、セリカとシーナは頷いた。
「よし!そんじゃあ魔法印の封印を解いてあげよう。」
その言葉にセリカとシーナはガタッと立ち上がるが、
その顔は強ばっていた。
そんな2人の前に膝をついて2人の手を握り、
自分の左手の上で交差させ、右手で挟むように優しく握る。
「大丈夫だよ、怖くないから・・・始めるよ。」
その言葉と共に3人の真下に桔梗の紋章が描かれた魔法陣が展開される。
時間にして1分半程だろうか、
セリカは右手の甲、シーナは左手の甲が光りだした。
そして少しするとその場所に模様のようなものが浮かび上がり、それが完成すると同時に魔法陣が消え、
静寂が戻った。
「はい、終了!」
「え!?もう!?」
「うん。」
セリカとシーナは自らに刻まれた魔法印を見つめる。
セリカにはエーデルワイス、
シーナにはスズランの柄がそれぞれ現れていた。
「これが・・・私たちの魔法印・・・。」
「・・・」
2人とも嬉しそうに自分の手の甲を見つめていた。
「エーデルワイスの花言葉は『勇気』。
スズランの花言葉は『謙虚』。」
そんな2人に、アリサは優しい声で話す。
「魔法印はね、親が子の未来を祈って刻むんだよ。」
「パパとママの・・・」
「祈り・・・」
再び自分の手の甲を見つめる2人に、アリサは続ける。
「つまり・・・それは君達とパパとママとの目に見える繋がりだよ。」
その言葉で2人の目に涙が浮かび、地面に膝をつく。
「パパ・・・ママ・・・。」
「ぐすっ・・・ひぐっ・・・。」
しばらくの間、2人は静かに泣き続けた。
#####
夜。
「ん・・・うーん・・・。」
テントの中で毛布にくるまって眠っていたソフィアはふと目が覚めて上体を起こす。
右隣を見ると、娘二人が同じ毛布に包まりながら手を繋いで眠っている。
ソフィアは手近なシーナの頭を起こさないように優しく撫でる。
「えへへ・・・お母さん・・・。」
寝言で自分を呼ぶシーナに微笑むと、今度は左隣を見る。
そこには眠っているはずのアリサの姿はなく、折り畳まれた毛布が置かれていた。
「・・・アリサ?」
そこに寝ていたはずのアリサを探して周りを見渡すとテントの出入口の向こうで微かに光が見えた。
覗いてみると、アリサが魔法で空中に灯りをともしてなにか本を読んでいるのが見えた。
アリサが読んでいる本には表紙にDiaryと書かれており何ページにも渡って日付とその日にあったことが書かれていた。
「・・・ふふ。」
アリサは優しく微笑むと日記の一文を愛おしそうに指先で撫でる。
「・・・クシュン。」
くしゃみをしたアリサの背後から毛布を羽織ったソフィアがアリサにも羽織らせる。
「この季節でも薄着じゃ冷えるよ。」
「ありがとう、ソフィー。」
ソフィアはアリサの隣に座った。
「それ・・・もしかしてお子さんの?」
「・・・うん。
最初の旦那とそいつとの子供たちが私の為にって書き始めてたんだけどね、
双子ちゃん達と話してたら懐かしくなってさぁ。」
「・・・日記ってそれ1冊だけ?」
そう聞いたソフィアにアリサは不敵に笑うと指を鳴らす。
すると空中に裂け目ができてそこから日記帳が20冊ほど落ちてきた。
「おぉ・・・。」
「ちなみにこれ全部じゃないから。
2人目の旦那と子供達も、3人目の旦那と子供達も同じこと言い出してさぁ。
それに加えて孫と曾孫のを加えると余裕で500は超えるね。」
「・・・ってことはここにある分じゃ1割にも満たないんだ。」
「みんな揃いも揃って同じこと言ってさぁ。
『自分達が居なくなっても寂しくないように』
なんて言ってさぁ。
・・・そんな事しなくても忘れやしないってのに。」
そう言ったアリサの微笑みは、普段の子供のような無邪気な笑顔ではなく我が子を想う母親のものであった。
「・・・アリサはすごいね。
私なんかよりよっぽどお母さんらしいよ。」
「そりゃあまぁ、実際母親だしねぇ。
でも、ソフィーも立派なお母さんだと思うよ?」
「・・・私ね、嘘ついちゃったんだ。」
「嘘?」
「うん。
あの子達にね、『私達はずっと一緒だよ。』なんて言っちゃったんだ。
そんなこと不可能だって知ってるのに、あの子達を傷つけるのが怖くて・・・嘘をついた。」
「ソフィー・・・。」
「魔法の事だって、あの子達が喜ぶならってことばかり考えて、危険性を考えもしなかった。
・・・それこそ、戦場で危険な魔法を見てきたはずなのに。」
ソフィアはそこまで言うと膝を抱えて小さく丸くなり、顔を俯かせ、
「私じゃなくて・・・アリサがあの子たちと先に出会ってればよかったのにな。」
そう言った。
「・・・ソフィー、顔上げて。」
「何?」
ズビシ!
「痛っ!?」
言われた通り顔を上げたソフィアの額に、アリサのチョップが炸裂した。
「痛いよアリサ・・・。」
「当たり前でしょ痛くしたんだから。
全く・・・あの子達が寝てて良かったよ。」
額をさすりながら涙目になっているソフィアをアリサは何時になく真剣な顔で話す。
「よく聞いてソフィー。
君がどんなに自分を嫌おうと、卑下しようと構わない。
でも、出会ってから今まであの子達を育てたのは君で、
2人はそんな君を慕って着いてきてくれてるんだよ?
なのにそんなこと言っちゃだめだよ。」
「でm」
まだなにか言おうとしているソフィアの目の前でアリサは無言でスっとチョップの構えを取る。
「わ・・・分かった!分かったから!
チョップはやめて痛いから!」
「分かればよろしい。」
アリサは挙げていた腕を降ろすと、呆れたように話す。
「ソフィーってさぁ、他人にはポジティブなこと言う癖に自分には割とネガティブだよね。
世界最強の剣聖様がそんなんでどうすんの。」
「剣聖なんて・・・私には分不相応だよ。
だって世界は広いんだ、探せば私より強いひとは必ずいるよ。」
「またそういうこと言う。
君より強い奴がそう簡単に居てたまるものですか。」
「どれだけ剣聖と讃えられても・・・母親としてダメダメじゃあ意味ないよ。」
そう言ってソフィーは抱えた膝に顔を埋める。
そんな彼女の頭にポンと、優しく手が置かれる。
ソフィアが驚いて顔を上げると、
アリサは優しく微笑みながらソフィアの頭を撫でていた。
「あ・・・アリサ?」
戸惑うソフィーに、アリサは優しい声音で語りかける。
「ソフィーってさぁ、今までなんでも上手くこなしてきたタイプでしょ。」
「そ・・・そんなこと・・・。」
「剣も勉強も料理も、完璧にこなしてきた君が、
母親になって、初めての失敗が怖くて仕方ないんだよね。」
「・・・やっと・・・手に入れたんだ。
私だけの・・・特別を・・・。」
アリサの声にソフィーは心からの本音を口にする。
「私にとって、家族や仲間、友人は大切な存在だ。
両親と兄、勇者パーティーの皆、国王や国民、
皆守るべき大切な人達だ。
・・・もちろんアリサもね。」
「うん、私もソフィーの事愛してるよ。」
「あ・・・ありがとう。」
アリサの言葉にソフィア照れながらも続ける。
「皆・・・私にとってかけがえのない宝物・・・それは事実だ。
それでも・・・憧れていたものは手に入らなかった。」
「憧れていたもの?」
「私には・・・『特別』というものが分からない。」
ソフィアは静かに話し続ける。
「周りのみんなは色んな形で自分だけの『特別』をてにいれて、幸せそうに笑ってるのに・・・私にはそれは分からない。
だからこそ憧れたんだ・・・私だけの特別に・・・。」
「・・・そしてあの子たちに出会った。」
アリサの言葉ソフィアは頷いた。
「初めはどこかであの子達を一緒に引き取ってくれる里親を見つけるつもりだった。
でもあの子達と過ごすうちに、その時間が大切なものになっていった。
楽しくて仕方がなかった。
そんなある日・・・あの子達が言ったんだ。」
#####
「あのね!シーナと話したんだけど・・・ソフィーさんのこと、お母さんって呼んでいい?」
一緒に旅を初めて1年。
セリカの突然の申し出にソフィアはキョトンとして聞き返す。
「えっと・・・どうして?
亡くなられたとはいえ君達のお母さんはちゃんといるじゃないか。」
「えっと・・・えっとね!」
「確かに・・・パパとママの事は、今もとても大事。」
上手く言葉にできないセリカに代わってシーナが話す。
「でも私達にとってソフィーさんは、ママ達と同じくらい大事な人だから、それを言葉で示したい。」
「そうそれ!私もそれが言いたかったの!」
「セリカうるさい。」
「ひどっ!」
「・・・私でいいの?」
そう聞いたソフィアにシーナは無言で頷く。
「うん・・・ソフィアさんがいい。」
「あのねあのね!私もシーナも、ソフィアさんのこと大好きだから!だから!」
セリカはソフィアの手を握り、
「私達のお母さんになって!」
満面の笑みでそう言った。
「・・・うん、わかった。
私でよければ喜んで。」
そう答えたソフィアにセリカは思いっきり抱きついた。
「やったぁ!
ほら、シーナもこっちおいでよ!」
「わ・・・私は・・・。」
「いいから早く!」
セリカに呼ばれたシーナは照れくさそうに近づくと、
セリカと同じくソフィアに抱きついた。
「お母さん、大好き!」
「私も・・・大好き。 」
「うん・・・うん。」
ソフィアはその言葉に答えるように、2人を優しく抱きしめる。
「私も、2人が大好きだよ。」
それは、3人が本当の家族になったのと同時に、
ソフィアが生まれて初めて、自分だけの『特別』を手に入れた瞬間でもあった。
#####
「なるほどねぇ。
それがトドメになったわけだ。」
納得した様にアリサが言うと、ソフィアは微笑みながら続ける。
「2人は・・・私の全てだ。
この身に代えても守りたいと思える宝物だ。
だからこそ怖い・・・何かの拍子にこの時間が壊れてしまうんじゃないかと思うと怖くて仕方がない。
だから・・・失敗したくないんだ。」
「・・・そっか。」
アリサは小さく笑うと、ソフィアを諭すように話しだす。
「だったら尚更『私じゃなければよかった。』なんて言っちゃダメだよ。
君にとってあの子達がそうであるように、
あの子達にとっては君が『特別』なんだから。
2人の気持ちを裏切るようなこと、二度と言っちゃだめだよ。」
「・・・うん・・・そうだね。
・・・ごめんなさい。」
自らの言葉を反省した様子のソフィアの頭を、
アリサは優しく撫でる。
「自分だけ『特別』は、大事にしなきゃね。」
そう言ったアリサの瞳からは、力強さが感じられた。
「・・・すごいなぁアリサは。
さすがユーリを育て上げただけある。」
「ユーリか・・・あの子は大変だったなぁ。
人の数倍賢い上に好奇心旺盛だからあっちこっちに走り回ってさぁ。
どこに行くか分かりゃしないから目を離せなかったよ。」
「あはは、今も昔もユーリは変わらないね。」
「でもあの子結構甘えん坊でさぁ。
チビの頃は、母さん母さんって私の後ろピッタリ着いてきてさ。
ウチの子たちの中で一番最後に家を出たのもあの子だったなぁ。
独り立ちしたあともしょっちゅう手紙送ってきてさぁ。
あ、その手紙にソフィー達のことも書いてあったよ。
特にソフィーのことは初めてできた親友だって書いてた。」
「な・・・なんか恥ずかしいな。」
「そうた!あの子の手紙も今持ってるよ。
いくつか読む?」
「うん、是非。」
アリサが魔法で手紙を数枚を取り出して渡すと、
ソフィアはそれに目を通す。
「・・・うん、とりあえずユーリがお母さんっ子って言うのはわかった。
今度あったら揶揄ってやろう。」
「あはは、可愛いでしょ?」
「それとあの子、手紙の末尾に必ず『愛してる』って書いてるけど・・・この癖手紙でもなんだね。」
「癖?」
「彼女は親しい相手に好意を伝える時、
必ず愛してるって言うんだよ。」
「あー、あれね。」
「・・・もしかしてアレってアリサの真似だったりする。」
「・・・やっぱわかる?」
「さっき言ってたしね。
あれって何か意味があるの?」
「あー・・・いや・・・えっと・・・。」
アリサは恥ずかしそうに頬をかく。
「ただ単に好きって言うより、
愛してるって言った方が、相手に気持ちが沢山伝わる気がしない?」
「・・・」
「やめて!そんな顔で見ないで!
私だって言ってて恥ずかしいんだから!」
「恥ずかしくがる事ないよ。
とても素敵じゃないか。」
「嘘だ!絶対子供っぽいって思ってるもん!」
「思ってないよ、寧ろとても感心してる。」
「・・・さいですか。」
アリサは照れているのか、顔を少し赤くして伏せている。
「・・・私、もっと早くアリサに会いたかったな。
王都に行ったことあるの?」
「いや無いなぁ。
冒険者になるまで故郷に籠りっきりだったからねぇ。」
「じゃあ、もうすぐ終戦10周年を祝う祭典があるから遊びに来なよ。
ユウリも会いたがってるだろうしさ。」
「ユーリ・・・ユーリか・・・。」
アリサは気まずそうに顔を背ける。
「え?なに?どうしたの?」
「実はその・・・今あの子に会いずらいんだよね・・・。」
「なんで?喧嘩中とか?」
「いや、仲はいい・・・と思う・・・怒ってなければ。」
「・・・なにしたの?」
「えーっと・・・。」
アリサは気まずそうに話す。
「実は・・・5年前、冒険者になるって手紙出してから一切連絡取ってないんだよねぇ・・・ははは。」
「・・・いや笑えないよ何してんの。」
「で・・・ですよねー。」
「普通の人間でも心配するのに・・・エルフやハイエルフの自殺率は知らないわけじゃないよね?」
「知ってるよ!だから余計会いにくいのー!
あーどうしよう!絶対怒られる!」
「早めに会いに行った方がいいよ?
あの娘怒ったら怖いし。」
「・・・うん、そのうち会いに行く・・・心の準備が出来たら。」
「・・・とりあえずお土産は持っていた方がいいかもね。」
「・・・うん。」
いずれ来るであろう娘との再開に、アリサはため息を吐いた。
#####
シャングラ王国。
王都シャングラ、王立研究所資料室。
ルチルはそこにあるテーブルの上で本を読んでいた。
机の上にはたくさんの本が積まれていた。
眠気に負けそうになるのを頭を振って必死にこらえながら読書を続けていた。
(そろそろ寝ないと。
・・・でも、他の本も読みたいし。)
ルチルは少し悩んでから杖を取りだして宝石の部分を自身に向ける。
(健康には悪いけど、不眠の魔法を自分にかければ。)
ルチルの足元に魔法陣が展開される、
しかしその刹那。
ピキッ、パリン!
魔法陣にヒビが入り、ガラスのように粉々に砕けて消滅する。
「ぼ・・・妨害魔法!?」
突然のことに驚いていると、
「ルチル。」
声をかけられハッとなりそちらを向く。
そこには1人の女性がいた。
ウェーブのかかった金髪のショートヘアーに緑の瞳、
目はタレ目で耳は尖っており、とても美しい容姿をしていた。
黒いタンクトップの上から白衣を纏い、黒い綿素材の長ズボンを履いていた。
女性の名はユーリ・ニルバレン。
この研究所の所長にして『大賢者』の異名を持つ、
史上最強の魔法使いと言われるハイエルフである。
「せ・・・先生・・・。」
ユーリはルチルの傍に近寄ると顎に手を添えて話す。
「ふむ、不眠の魔法か。
なかなか面白い魔法を知っているじゃないか。」
「え・・・えっと。
この前読んだ本に書いてあったのです。
それで勉強に使えるかもって思って・・・。」
「なるほど、それで早速使ってみたわけか。
覚えたばかりの魔法を躊躇なく使うとはなかなか熱心じゃないか。」
「そ・・・それほどでもないのです。」
褒められたのが嬉しかったのかルチルは照れながら笑う。
「まぁ、それはそれとして。」
ズビシッ。
「痛っ!?」
ルチルの額にユーリがチョップを食らわせる。
「こういった魔法の乱用は褒められたものでは無いね。
健康には気を使えと教えたはずだよ。
ただでさえ
魔法使いには様々な材料を調合して薬を作る者がいる。
その材料の中には使い方によっては劇薬になるものもある。
魔法使いはそれらから生じる煙や成分を吸い込むことになるので体調を崩しやすいのだ。
「それにこんな時間まで勉強なんて・・・明日も君は仕事だろう?」
ルチルは現在。
研究所の職員として働いていた。
「も・・・問題ないのです!
眠たくても仕事に支障は無いのです!」
「さっきの魔法で眠気を飛ばしてかい?」
「うっ・・・。」
「他の職員からの密告があってね。
最近君が目の下にクマを作りながら働いていると。
しかしおかしな話だ、そこまで疲労が溜まっているのにそれを表に出さずにいれるとは思えない。
・・・君のその指輪。」
ユーリの指摘にルチルはビクッと身体を震わせると、
人差し指に付けている指輪を隠す。
「不労の魔法が付与されているね。
・・・私の『神眼』を誤魔化せると思っているのかい?」
この世界には生まれつき『
ユーリの天賦は『神眼』。
ユーリの視界に入っている対象の情報を任意で見ることが出来る能力である。
「うぅ・・・。」
「没収。」
ユーリを誤魔化せる訳もなく、ルチルは大人しく指輪を差し出そうと外したその瞬間。
「あっ・・・。」
「おっと。」
魔法の反動で疲労感が一気に押し寄せ、ふらついたルチルの体をユーリが支える。
「ほら、言わんこっちゃない。」
「ごめんなさいなのです・・・面白そうな本があったのでつい・・・。」
「焦らずとも知識は逃げはしないよ。
若いんだからもっと自分の体を大事にしなさい。」
「はい・・・。」
叱られて落ち込むルチルに、ユーリは近づくと、
「さて、不出来な弟子に師匠として罰を執行しようかな。」
そう言ってルチルをお姫様抱っこの形で抱き上げる。
「え!?ちょっと先生!? 」
「いやいや、実に軽いねぇ。
こんな体で無理をするなんていけない子だね〜。」
「お・・・降ろしてください!
恥ずかしいのです。」
「罰だと言っただろう?
甘んじてうけるんだ。」
「うぅ・・・。」
「それと、明日から2日間休むようにね。
そんな状態で仕事をして怪我でもされたらたまったもんじゃない。」
「・・・了解したのです。」
「まったく、これから私の助手として働いてもらうというのに、これじゃあ本末転倒だよ。」
「ごめんなさい・・・え?」
ユーリの言葉に、ルチルはキョトンとする。
「今・・・なんて?
「聞こえなかったかい?」
ユーリは、抱えているルチルに微笑む。
「君には正式に私の助手になってもらうと思っているんだ。」
「で・・・でもルチルはこの間来たばかりの新人なのです!」
「時間は関係ない、大事なのは実力だ。
私も職員も、君の実力に関しては認めている。
それに、助手にすれば私も師匠として何時でも魔法を教えることができるし、今回のような無茶をさせない為にもいいかなと思ってね。
まぁ、強制はしないさ・・・どうする?」
「・・・」
ルチルは少し悩んでからユーリの目を真っ直ぐ見て答える。
「ルチルがお役に立てるなら喜んでお受けするのです!」
「うん、いい返事だ。」
ユーリはルチルの答えに満足して微笑むと、再びスタスタと歩き出し
「あの・・・それはそれとして降ろして欲しいのです。」
「そうと決まれば今日は眠ってよく休んでもらわないとねぇ。
明後日には馬車馬って貰わないと。」
「馬車馬るってなんなのです!?
と言うより下ろしてほしいのですけど!?」
ルチルの訴えは聞き入れられることはなくそのまま自室に運ばれていくのであった。
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2日後。
休暇を終えたルチルは、ユーリの執務室兼研究室に向かっていた。
「おはようございます先生!」
扉を開けて中に入ると、魔女帽子を頭に被り、
黒いローブを羽織ったユーリが居た。
「おはようルチル。
早速だけど出かけるから支度をしておいで。」
「どこに行くのです?」
「とある街から手紙が届いてね。
どうやら近くの山にドラゴンの群れが住み着いたらしい。
それで調査して欲しいらしいんだ。」
「それってもしかしてソフィーさんが向かっている場所じゃないのです。」
「ほう・・・ということは、母さんも一緒にいるのかな?」
「はい!会えるのが楽しみですね!先生!」
「ああ・・・実に楽しみだ。」
そう言ったユーリの目が一瞬据わったようにルチルには見えた。
「先生?」
「さぁ、グズグズしないで準備するんだ。
さもないと置いていくよ。」
「は・・・はい!」
ルチルは急いで準備をすると、ユーリの元にもどってく。
そしてユーリに促されるままそばに歩み寄っていく。
「さぁ、いくよ。」
その言葉と共に2人の足下にスターチスの魔法陣が現れ青い光を放つ。
「座標・・・固定完了。
魔法式・・・演算完了。
魔力充填・・・完了。
長距離転移魔法・・・発動準備完了。」
ユーリは小さく微笑むとルチルに向かって言う。
「さぁ、飛ぶよ。」
「は・・・はい!」
その瞬間光を放ち、2人の姿がその場から消えた。