【世界観が】ジョーカーアンデッドに転生しました【迷子】   作:ウェットルver.2

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 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 スパイダーマンいいですよね、そろそろバース新作の続報こないかな?

 最近のハーメルンのスパイダーブームは嬉しいね!


「はじめ」。

『クリス、どういうことだ。説明してくれ!』

 

 町中に響き渡る、旧式スピーカーの音。

 濁った音だからか、近くにいても、なんて言っているのか聞き取りにくい。

 

『………呼びたかった』

 

 なのに、なんだかフェアじゃない綺麗な音声がよく通る。

 わたしの声だ。わたしの声を出している、やけに性能のいいスピーカーの音。

 

『“はじめ”って、呼びたかった』 

 

 さらわれて、どんな目に逢うのかと思えば。

 “はじめ”を誘き寄せるための、餌にするとか、どうとか言ってきた。

 ようは人質ってやつじゃないのか、と返せば、へらへらと笑いながら「まったくその通りだとも、できれば死神には死んでほしいのさ」なんて格好をつけてきて。

 ……死神、死神、みんなそんな呼び方ばっかりで。

 

 思わず、「あいつは“はじめ”だ!」って返したから。

 今は、「ああ、こんなふうに話は拗れるのか」って反省しているところ。

 

『ジョーカーを、“はじめ”って、呼びたかった』

 

 本当なら。

 そろそろ機嫌が治って、いい気分で“はじめ”のところに帰れたのに。

 始めに“はじめ”って名前を言った相手が、“はじめ”とかおじさんじゃなくて、自分を捕まえた悪いほうの「おとな」のリーダーをやっているオッサンに、なんて。

 

 だから、“はじめ”なんて名前を聞かされたおじさんだけは、話の拗れ方に気がついて、すぐに訂正してくれたけれど。ついさっきまで、オッサンは“はじめ”を「普通の人間だ」と思って、そのうえで作戦を立てなおしていたらしいとか、どうとか。

 

 なに? そんなに、人間の名前で呼ぶのがおかしいの?

 

『クリス、おまえ……まさか、』

「たいした笑い話だろう!?

 ……おっと、私はインカムをつけていないんだったな。聞こえないか。

 すっかり忘れていたよ、あんまりにも面白い話だったのでね……ああ、これもか、会話が成立しないというのは寂しいなあ、まったく…………」

 

 にやにやと笑うオッサンに、ものすごく腹が立った。

 

「人間ではないものを?

 名前を与え? 服を与えて? 愛でる?

 ―――馬鹿なガキだよ、そういうのを家畜(ペット)と呼ぶんじゃあないか!

 おかげで人間の仕業かと思ったぞ、けっきょく怪物の仕業じゃあないかね!」

 

『…………ふっざけんな』

 

 インカムのマイクで拾われたわたしの声が、どこまでも遠くに響きそうで。

 自分の感情に任せて叫べばどうなっちゃうのか、うすうすと気づいてはいたけれども。自分の気持ちや声を関係ないひとに聞かれる気恥ずかしさよりも、目の前のオッサンへ燃え上がる気持ちを吐き出すだけのどうしようもない感情が恥ずかしさを塗りつぶした。

 顔の熱さよりも、胸から燃え広がるものが。

 

『怪物とか、家畜とか、死神とか!

 そんな屁理屈、勝手に言ってろよ!』

 

 ……“はじめ”と初めて出会った頃からの、

 

「事実だ。事実を言っているだけだぞ?

 ペットに人間の名前を与えるのも、なにも変わらないだろう?」

『ごちゃごちゃ、うるせぇっ!』

 

 どうしようもなく、くすぶっていたものが。

 どんどん燃え広がっていく。わたしを、燃やし尽くしそうになる。

 

『だって、そんなの! 呼びたくねぇんだよっ!』

 

 炎だ。「おとな」への、我慢なんてできるほうがむずかしい怒りの。

 さけようもない羞恥心よりも、その微熱すら勝るほどの激情の名前を、まだわたしは知らないけれども。そこにあった「おとな」への怒りは、もっと別の感情へと焚かれていく。

 

『だって、()()()()()じゃないから。

 ずっといっしょにいるのに、いっしょじゃないみたいで、』

 

 あの日、初めて聞いた、悲しい歌声を。

 楽しいだけじゃない音楽を、そういう曲調ともちがう音楽を。

 今でも思い出せる。思い出せば思い出すほど、炎は鎮まる。全身を焦がすような熱量から、ほんの一点、心臓をどこまでも熱くさせるものへと変える。

 

『………人間になっても、ジョーカーを怪物なんて、思いたくないから』

 

 きっと、その熱は。

 名前のわからない感情に任せて動くよりも、ずっと鋭い。まっすぐで。

 

『だが、血は緑色だ!

 死神は死神のままだ、あの姿でも不死身なんだぞ!?』

 

『それでも!』

 

 なにがしたいのか。

 名前のわからない感情のものよりも、ずっとわかりやすかった。

 

『“はじめ”は、“はじめ”なんだって言いたかったんだよッ!』

 

 がむしゃらに「おとな」を殴りつけるよりも。

 目に見える「おとな」全員に向かって、唾を吐き捨てるよりも。

 ひとりぼっちになってもかまわないような感情よりも、ひとりぼっちにさせることが辛いと思えるような、やさしさにも似た切ないもの。

 

『名前は嫌がられたけど。

 でも、姿も人間で、歌が好きで、心もおなじなら―――!』

 

 そういえば、

 

『あいつは、“はじめ”は!

 人間なんだよ、人間でいいんだよっ!』

 

 ………「他人のために怒る」って、こういうことなのだろうか。

 “はじめ”が誰かのために戦っているときって、この感じなのだろうか。

 

『あいつだけ独りぼっちとか、そんなの“はじめ”がさみしいし!

 わたしだって、さみしいんだよっ……なにが死神だよ、ふざけないでよっ!』

 

 がむしゃらに動く舌、喉、唇、ほほの感触。

 どこまでも熱くなる頭や心や、にじんでいく景色に対して。

 なんだか、ちょっぴり冷静な自分がいる気もする。わけがわからない。

 

『死神ごっこするんなら、()()()()()()()()

 そんなの、付き合わないで……ずっとそばにいてよ―――!』

 

 思わず吐き捨てた言葉に、冷静な自分が固まる。

 ちょうど、「え、わたし、そんなこと思ってたんだ?」みたいな。

 きっと、さっきまで置き去りにしてきた羞恥心が、ずっとわたしを見つめていたのだろう。叫びたいだけ叫んで、どのくらい恥ずかしいことを言っていたのか、ようやく理解して。

 

 恥ずかしいんだか、怒り疲れたのか、わけわかんない状態で。

 ぺたんと地面に座りこんで、動きたくなくなった。

 

 

 

 

 

「…………ちっ、話にならん。

 ようはガキの人形遊び……いや、家族と家畜の区別がつかないだけか?」

「インカムを外させろ、私がつける」

 

『つまり……あー……人間で、怪物で、服を着ている、と?

 コードネームはジョーカー、名前はハジメ。ジャパニーズか?』

『………そのようだな、不思議なことだが』

 

『ふん、おおかた、日本政府が開発した生物兵器、といったところか?』

『まさか。ジャパニーズの歌をよく歌うが、常用する言葉はイングリッシュだ。

 ……確かに、ジャパニーズ・イングリッシュじみた堅苦しい、どこかホワイトカラーじみた言葉遣いだが。“はじめ”は砕けた口調のほうを好む。記憶力がすさまじいことから、おそらくは……ジャパニーズ・タウンで学習したのだろうな、最初は。』

 

『ジャパニーズ・タウン? 学習?

 ……なんだそれは。どこのB級映画のエイリアンだ?』

『だから前に言っただろう、「あれでは、まるで異邦人(エイリアン)だ」と。

 明確な目的意識を持ち、攻撃対象を選択し、市民に英雄かの如くもて囃される?

 あれらは獣のやる仕事か? 冗談じゃあないぞ、家畜にできるはずがないだろう』

 

『警察犬が犯人を噛み、市民を救っても同じ仕事はできる。ちがうか?』

『………そうかもしれん。

 だが、真実ならば「飼い主の命令しか聞かない」ということになる。

 今までの殺人行為はすべてクリスの命令で、我々は子供の思いつきから殺され続けたことになる。そもそも犬は飼い主の危機に対して、容赦や躊躇、見境がない。

 この状況自体が最悪だろう? クリスが「全員殺せ」と叫べば―――』

 

『だったら口を塞いでしまえば……いや、それは悪手か。

 つまり、なんだ? バケモノには考える頭があるとでも言いたいのか?』

『………そうだ』

 

『おいおい、貴様もペットに骨抜きにされたのか?』

『そうかもしれん。

 俺も多少は、未熟者の気持ちがわかるようになったようだ』

 

『なんだ、情でも移ったか』

『子供や新兵を育てるには、ちょっと便利だぞ?』

 

『……………………だいぶ変わったな?』

『俺も今驚いた。だが、ここは戦場だ。パーティ会場じゃあない』

『椅子取りゲームも楽しいぞ?

 そろそろ、おまえの椅子がほしくなってきたところだ』

 

 

 

 

 頭と胸の熱が、だんだん収まってきた。

 こういうとき、おとなの長ったらしい話ってありがたい気がする。

 

 なんの興味も沸かないし。

 

『だが、まずは”はじめ”とやらを殺さなきゃなあ?

 でなければ我々は、死神の顔を伺いながら生きることになる。

 そんなふざけた話があってたまるか? いいや、ない、我々には人間の自由のために戦う大義がある、わかるだろう?』

『……おい、いつ貴様は宗教家や思想家に鞍替えした? 言い訳がうまくなったものだな』

 

『黙れ! はやく”はじめ”とやらを出せ。

 さもないと小娘は慰安のための戦利品となる。

 夜に我々を癒す”楽器”として重宝されるだろうさ。貴様も望むまい。

 なにせ、かの歌姫の……おい、まさか、逃げたわけじゃあるまいな―――!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“はじめ”は、ボクだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とさり、と、遠くの砂が踏み鳴らされた。

 

『はじっ……ジョーカー!?

 おまえ、どうやって、……おい、ちゃんと道路は確認したんだろうな!

 なに? 「やつは屋根のうえを走っていた」だと? 本当にそう言ったのか?

 あのバカ! どうして俺たちに説明もなく……いやまて、なにを考えている……?』

 

 おじさんの困惑が、おじさんの仲間たちの動揺が、広がっていく。

 

『ほう、この小僧が?

 ………そうか、インカムをまた貸してやろうか?

 ………おい、まただ、またつけてやれ。お別れはさせてやろう』

 

 つけられたインカムの感触よりも、よっぽど違和感があった。

 

『ジョーカー、……でも、()()()()って、』

 

 渡せず諦めていたものを、なぜ彼は。

 いまさらに拾って、わざわざ身に着けるのだろう。

 なにもわからない。あれだけ愛想笑いをしながら、どんな思いをして受け取らなかったのかも教えてくれなかった名前を、“はじめ”を、なんで。

 

 

 ―――()()()姿()で?

 

 

 どうして。

 こんな状況なのに、わたしは。

 ほんのちょっとでも、うれしく思ってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いいんだ。」

 

 この胸の暖かさにウソをついてしまえば、ボクは。

 きっと名前ひとつのために、どこまでも自分を弄ぶ。

 どんな名前がいいかな、なんて、わかりやすいじゃないか。

 

 どんな名前だって、そこに真心があるのなら。

 

「ボクが“はじめ”で。

 クリスの、“はじめ”。」

 

 その絆ほど、心強いものはない。

 意味のわからない自信、根拠のない自信。

 自分が自分であることを、誰かが認める証。

 

「………自分で選んだ(想像した)名前(未来)に、未来なんてない。*1

 誰かの望まれた瞬間に、ひとは生まれるなら。

 そっか、赤ん坊と変わらないんだ。だれも、いつでも………」

 

 歌うように。歌詞を思い浮かべながら。

 次の自分(NEXT LEVEL)に生まれ変わるための歌か、と、噛み締める。

 

「は、はあ? なにを言っている?」

『………っ、』

 

 意味も解らず問いかける男を前にして。

 両手を口にあてて、息を呑んでいるクリスを前にして、

 

「“生まれる”みたいに。」

 

 どうして。

 なぜ、ボクは、()()姿()で戦いたいのか。

 

 わからない。

 でも、理屈から変わってしまったら、きっと。

 クリスから受け取った気持ちを、あっさりと忘れてしまう気がする。

 

「…………ふん、くだらん。」

 

 痛みが走る。男は銃声と共に鼻を鳴らした。

 前世で間違えて針を指に刺した、あの痛みよりも広く、深いはずの痛み。

 きっとそれが人間らしい、まともな痛みのはずなのに。

 

「死神とやらは、ずいぶんとポエムがお好きらしい!」

 

 一言。

 

 思わず呻く瞬間に、内側から膨れあがる肉に埋もれていく。

 消えていく、人間だったはずの自分の現実感。

 名前のある誰かが生きているのか、忘れてしまいそうなほどの浮遊感。

 どことなく物足りない痛覚に思うところはない。夢心地だ。

 

『はじめっ!』

 

 耳から、鼓膜から、脳裏から、心臓へと。

 しみわたる感覚に身を任せて、ゆっくりと目が覚めるような。

 

 苦しみ。

 

「………だいじょうぶだよ、」

 

 なぜか、やはり、弾痕の痛みが。

 かつてと同じように、痛いだけで苦しく感じない。

 人間だった頃の自分も、今も、人間として……なにか、おかしかったのだろうか。

 

 ただの痛みに、なんの苦しみも感じない。

 肉体が訴える苦痛に、心がまるで動じない。

 (ああ、この感覚、邪魔だなあ。)そう思うだけの自我が何者だったのか、腑に落ちるほどに答えを教えてくれる。冷静に働き続ける精神が、突き進む車の慣性力のように、動き続けるからこそ実感で伝えてくれる。

 

 ………いくらなんでも自分のことを。

 なんとも思っていなさすぎるだろう、ボクは。

 

 なんの波も立たない湖面のような心に、細波を立ててくれる音。

 心の底から痛みを思い出せる声にだけは、白昼夢から引き戻される。

 

「ボクは、死なないから。」

 

 きっと、痛がってもいいのだ。

 そんな心の余裕を、自分で切り捨てているだけで。

 そんな情動に身を任せる時間なんて、バル・ベルデでは無いのだと知るだけで。

 

 でも、痛がることができないから、選べないから。

 選ぶわけにはいかなかったから、もっとやりたいと選んだことがあるから。

 

 どんどん自分を置き去りにして。

 自分自身を大切に思い欲のままに生きる人類をうらやましいと。

 心のどこかで見あげながらも、もっと大切だと思える“なにか”のために。

 

 死ぬまで、今まで、このざまが。

 ボクにとっては綺麗な夢でも、彼女にとっては悪夢だなんて。

 ちょっと前までに気づいたとしても、たぶん、「いや、もっと多くのひとを助けなきゃならないから」とかなんとか言っちゃってさ。夢心地で頑張るのだろう。

 

 今は、もう、「さみしい」らしいから。

 そう思える人間に、“はじめ”になったらしいから。

 

 だから、ボクは。

 彼女の声に自分(はじめ)を見つけて。

 馬鹿みたいな自傷行為、冗談みたいな自殺行為を繰り返して、やっと、

 

「………痛いなあ。」

 

 言えた。

 

「あぁ、ありがとうね、きみ。

 おかげで、ちょっと……ほしくなったかも、自分の人生ってやつ」

 

「な、なにを言っているんだ!?」

 

 そりゃあそうだろう。

 ボクがやったことなんて、彼の銃撃を気付けに使ったくらいだ。

 気付けなんかに利用された彼からしてみれば、なんで死なないのか不思議なくらいだろうし、全身を滴る緑色の血のおかげで重傷だと思えるし、そうだと思いたいだろう。

 

 話しかける余裕があるなんて、思いもしない。

 奇遇だね、ボクもやっと、自分がおかしいと思えたよ。

 やっと痛覚へ「痛い」って言えるまで、ここまで痛みを「動きにくい」としか思わないバケモノに……死ぬ前からなっていたなんて。

 

 思ってなかったから。

 これが誰かのために動く、人間の強みだと思っていたから。

 なにかのために頑張っているのであれば、痛みに怯むことなく動けるものが心の強さなのだと、本気で信じこんでいたのだから。……実際には、心を止めただけらしい。

 

「つまり、やっと、ひとを殺すんだね。ボクは。」

 

 彼の首元に届く、緑色に染まった指。

 からみつき、まるで力を失った感覚もなく、布でも握りしめたかのように。

 重苦しい音が手のうちに反響し続け、人型のかたまりは寄りかかる。

 

 

 

 そうだ、そうだったな。

 人間のからだで、人間を殺したのは。

 

「………きもちわるい」

 

 初めてだ。

 

 ボクの手から離れていく、ひとだったもの。

 生暖かな感触。骨を砕いた感触。悲鳴とも呻き声とも区別のつかない感触。

 表情があった憎むべき誰かの顔。さっきまで動いていた肉と皮膚の塊。

 罪悪感? かぎりなく人間に近いものに感じる、不気味の谷現象?

 どれでもあって、どれでもない。

 

 ジョーカーアンデッドの肉体から感じていた、命を奪う感覚とも異なる。

 

 ヒューマンアンデッドの肉体から感じた、きっと、前世で人間を殺していたのなら、同じように受け取ったかもしれない感覚。“はじめ”の、感覚。

 

 人間が、人間だったものになる。

 その違和感からこみあげる、どうしようもないほどの気持ち悪さだ。

 ああ、なるほど、これに慣れた彼らが人間性を失うのも、なんとなく共感できる。

 

 隣人愛とか正義とか、人間を愛する心とか。

 ああいったものは関係ない。本当に、死んだときは“あっさり”としている。

 自分で殺したのならば、なおさらに“あっさり”とする感覚が直接伝わってくる。

 

 ひとによっては、ひとの命を支配する存在になったかのように錯覚し。

 ひとによっては、誰かの命の価値も、意味も同じだと諦観する。

 だったら、より優れたものが生きるべきだ……なんて現実逃避をすると聞く。

 せめて、もっと多くのものを救うべきだ……なんて贖罪に逃げるやつもいるとか。

 

『…………はじめ? だいじょうぶなの?』

 

 確かに届く名前だけが。彼女の声だけが。

 なにをするべきで、誰であるべきかを教えてくれる。

 

 ラッキーなことは。相手にとっての悪夢は。

 目の前の怪物を、殺しても死なない人間もどきを。

 人間のように死ぬ生き物だと思って、そうだと信じたくて、一生懸命に殺すことへ躍起になるばかりで、ゆっくりと歩み寄る死者に報復されるなんて信じたくなくて。

 もっと簡単な方法に、気づかなかったことだろう。

 

 服の袖で、軽く血をぬぐって。

 相手の首をへし折った、人間を殺した手で。

 ……殺されなかった人質には触れず。反対側の手だけで、彼女を抱き寄せる。

 

『はじめ?』

「………やっと追いついた、気がする」

 

 あたたかい。

 

 生きている。

 ただそれだけなのに、とても大切なことに思う。

 

 正義がどうだから、ではなく。

 自由がどうだから、でもなく。

 だれかの笑顔が絶えてしまうから、だけでは足りないものが。

 

 クリスを抱きしめた感覚から、血の巡る熱のように伝わってくる。

 

『人質確保、確認!

 全員攻撃構え、接敵準備開始!

 ―――借りを返してやれ(Pay back time)! 突撃(Attack)!』

 

 ごうごうと、突風のように響き渡る。

 戦士たちの怒号を背に、震える小さな身体を抱きあげ、そのように生まれ育たなかった人間だった者は確かめる。かつて彼らが見誤ってしまったものを。

 ほかならぬ自分が、無意識のうちに望まなかったものを。かつての故郷であれば当然のようにあり、力ある者では振り返らない、ほのかな熱量を抱きしめて、

 

「……うん、そう、ボクは、」

『“はじめ”?』

「そう、“はじめ”なんだ。」

 

 繰り返す。

 だれかに心配されること、だれかに愛されていること。

 

「…………そう、“はじめ”。

 クリスちゃんの、クリスの、ボクだけの、“はじめ”。」

 

 自分がここにある証を、自分であることを認められている証を。

 

 

 

 

 

 行動と思想ゆえに値を押しつけられてしまう、存在価値なる軽薄なものではなく。

 より原始的で、より根源的な音を器と認めて、彼は回帰する。器から子が生まれるように、ときに器を聖杯と解釈するように、「ハートの2」、または小アルカナ「聖杯の2」たるカードを手にした怪物は、たったひとつの愛ゆえに、もうひとつの愛を自覚する。

 与えられた愛ではなく、芽生えてしまった愛着、または執着を。

 

 ああ、嫌われてしまうかもなあ、とも思いながら。

 

 ほかならぬ己へ、より生理的嫌悪感を抱く。

 以前までであれば、悪人であろうとも平等に。

 わけ隔てなく、己の価値観のみで人類を愛し続けて。

 あらゆる人類を救うべく、罪人でさえあれば平等に殺す死神が。

 「ひとりの少女のため」という不平等な愛をもって、ほんのわずかに。

 

 ひとりの少女を人質にとった男を、「特別に」殺したくなってしまった。

 

 授かる報酬でもなく、求める対価でもなく。

 ………もとより、心は報酬や対価ではないが、それよりも単純な感情を。

 たまたま己の身に留まった揚羽蝶や雀をみて、それらが去ることを「さみしい」と思ってしまうような、「そばにいてほしい」と思ってしまうような感情を抱いて。

 

 いつしか、それが。

 ()()を求める獣欲に至るのではないかと。

 かつての人間を捨てた怪物であったがゆえに、悟り、惑う。

 

 ひとであること。ひとりの少女のそばにあること。

 「特別に」誰かを恨み、それを殺してしまったこと。

 

 ああ、たしかに、死神は人間になったのだろう。

 愛せる人類のひとりを「特別に」恨んで殺した、罪悪感を伴って。

 「特別に」だれかを愛して救ってしまった、己の末路を悟りながらも止まれず。

 

 生きて、愛される喜びを、ぬくもりを確かめるように。

 自分の愛を一度でも、どんな形であれ否定してしまった痛みを確かめるように。

 己を愛する少女の心を、人類の雄として裏切りうる未来を確かめるように。

 

 怪人「ジョーカーアンデッド」は。

 新しい名前と、愛する少女を得て、ただの人間へと戻った。

 

「クリス、だけの、」

 

 その証でもある名前を、

 

「………“はじめ”。」

 

 何度でも、呟き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が戦場に降り立つ前、飛び降りる寸前に立っていた屋根のうえ。

 ジョーカーアンデッドが、“はじめ”が雪音クリスを抱きしめた、あの時から。

 

 櫻井了子、またはフィーネとも呼ばれる女の脳裏に。

 あまりにも似ていて、あまりにも似ていない、記憶と願望がよぎっていた。

 

 ある生物種の「人類を愛する男」と、愛ゆえに言葉を奉じた「人間の女」。

 そんなものを見せられて、届かなかったものを現実にさせられて、古代の巫女であった彼女がなんとも思わぬはずもなく、冷静に受け止められるわけがなかった。

 

 ましてや、“はじめ”の髪色は。

 かつて愛したものよりも仄暗いが、確かに()()がある。

 彼が人類に擬態する際の姿について、事前に聞いて覚悟はしていても。

 

 その髪の色の男の、ひとりの少女からの愛へと応える姿などを見せつけられて。

 悪意ある計画への足が止まらぬほど、彼女は非情ではない。なりきれない。

 

 自分の大切なものにだけは情を捨てて諦めるなど、できなかったから。

 彼女は、己の同族であったはずの人類に対して、どこまでも残酷になれたのに。

 

「う、うう、うあぁっ………!」

 

 さて、彼女は。

 彼が愛した少女に対して、なにをしようと思っていたのか。

 己の原点を見せつけられた夢追い人にとって。

 もっとも許せない()()とは、だれか。

 

「おお、うおォああ゛あ゛~っ゛!

 ……く、そおっ!」

 

 バビロンの宝物庫の鍵で、己が跪いた屋根を殴りつける。

 

「ふざけんじゃないわよっ!

 なんで、なんでおまえらだけっ……どうして、私だけが!」

 

 何度も。気が晴れるはずもなかろうに、晴れるまで繰り返そうとする。

 無駄であることは彼女の理性が自覚させ、「そうするべきである」と彼女の知性が背を押し続ける。晴れはしないが苛立ちを収め、化粧でも誤魔化せないほどに血の気が悪くなった表情のまま、前を向く。

 

「………どうして、あなたたちだけが」

 

 妬み、逆恨み。こんなものなど意味がないでしょうに、と。

 木枯らしに舞う枯葉のように翻弄された、自分の心の愚かさを自覚しながらも。

 ああ、そうなればよかったのに、そうでありたかったのになあと、見あげるように視線の先で抱きあう男女を見つめる。

 

 遠くで揺れる、白い髪を見つめ続ける。

 

 彼らが現代の拡声器で、たまたま、偶然で、……しかし、奇跡的に。

 心を結びあえたのであれば、「ひょっとしたら」と足が動く。前に進めば変わるだろう、いいや変えるために進んだのだと、これまでの道筋を振り返りながらも、前へ。

 計画を変えるつもりはないが、ゆえに利用しなければならない現実に目を逸らせず。

 

 

 フィーネと呼ばれた女は。

 かつての自分の夢を汚す道を、その希望のために選ぶしかないとしても。

 

「………………どうして、ほかに。

 都合のいい適合者が、手駒が、見つからなかったのよ……?」

 

 ぶちりと、思わず噛みちぎってしまった皮に気づけぬまま。

 唇を、口元を朱に染めながらも、前へ。

 

 

 進む。

 

 

 

 

 

 なにが幸福で、なにが絶望であるかなど。

 結論を選ばなければ、ありのままに。選んでしまえば、思うが儘へ。

 めくられたカードが結論を伝えるわけではないのだから。

 

「ジョーカー。いえ、“はじめ”でいいのかしら?」

「………うん。それでいい。それがいい、そう呼んでいいよ」

 

 抱きしめる彼は少女の愛を信じ、歩み寄る淑女は知恵を信じる。

 

「そこの彼女が、あなたの大切な。

 私の探していた『雪音クリス』って子よね?」

 

 たったそれだけで道を違え続けて、なおも歩み寄る。

 言葉を介さず、相手の声色から感じ取ったものを信じて、少年は頷く。

 

「ねえ、クリスちゃん。」

「……だれ?」

 

 心乱れて、かぼそい線を誤魔化せない化粧を晒しながら、

 

「ねえ、もしも。

 こんなふうにならない、魔法みたいな力がもらえるなら、」

 

 少女へと取り繕うことなく、緑色の血を目で追い、

 

「………『ほしい』って思う?」

 

 ささやいた。

 

 

 

 きっと、自分であっても。

 思ったように答え、叫んでしまうだろうから、と。

*1
特撮【仮面ライダーカブト】のオープニング・ソング「NEXT LEVEL」から。―――”君が想像してた 未来が歩き出した道に 未来はない。”




 同じシーンを2回も書くような展開は、掘った穴を埋めなおす作業に近いので、リメイクとかを含めても「やるもんじゃないなぁ」と改めて確認しました。
 でも書いた。理由? クリスちゃんを書きたいから。

 こまかな特殊タグによる編集も視野に入れていましたが、これ以上は作業量がやばいので我慢します。おじさんのセリフとか「ぼかし」を2にしたかったのですが、それはそれで読みにくさがやばいうえ、いちいちドラッグ&ペーストでの読書を要求しすぎてしまう文章量なので1で自重。

 今回、ようやく彼は「人間として」ひとを殺しました。
 特別なだれかを得てしまいました。いろいろと順番が逆じゃないかなあとも思いますが、元から人間を辞めている怪物が人間になるんだから、これでいいのです。

最初の章の終わりにひとつ「おまけ」があるなら、どれを読みたい?

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  • はよ続きを書け♡
  • その頃の〇〇(※次の参考にします。)

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