「暑いですねー」
海沿いを自転車で走りながら旦那がぼやく。
現在帰宅中、だが夏なのでまだ日は高く、十分に明るい。
なぜか近頃定期的に上司が「よし、今日は定時で上がれ!」と言ってくれるのだ。
まあ、定時じゃない日の残業時間は長くなった気もするが……
「まあそれでも奥さんとの時間が取れるのはありがたいことですね」
ちなみに旦那、小さいながらも結婚を機に一戸建てを購入。駅からはやや遠いので自転車で移動しているわけである。
家の価格が結構安くて旦那は驚いたが、安い理由は津波被害の起きうる場所だからだ。
だか、奥さんの「鉄砲水程度結界を張るので気にするな」の後押しもあり購入したのだ。
ちなみに「金利がもったいない」という理由で頭金に貯金のほぼすべてを突っ込んだおかげでわずか10年ローンである。
旦那は無趣味ゆえ貯金がものすごいあったのだ。
なお実際に津波が起きた場合明らかに異様な光景が世間に目の当たりにされ、ツクヨミが間違いなく隠蔽で過労死しかかるはずである。南無。
海岸沿いを走っていると「おーい!」と声をかけられる。
旦那が周囲を見渡すとテトラポッドの上によく日焼けした高校生ぐらいの女性がこちらに向けて手を振っていた。
胸は巨乳と言っても差し支えないほどの大きさで、その膨らみにセーラー服が持っていかれ、引き締まったお腹とおへそが見えている。旦那はその容姿に見覚えがあったので自転車を止めて応答する。
「スサノオさん!また釣りですか?」
そこにいたのは三貴子のひとりスサノオであった。
「おいおい、あたしのことはスーさんってよんでくれっていったでしょう、ハマちゃん」
なお、旦那の苗字にも名前にもハマの要素は微塵もない。
「ええ、まあ一応恐れ多いのですが……」
「気にすんなってぇ!それよりもハマちゃん、今帰り?」
気さくでいいのだがちょっと押しが強いと思う旦那である。
「はい、今日は早く帰れたので」
「おー、そっか!んじゃあたしがお土産釣ってあげるわよ、ちょっとまってて!」
「いや、気を使わなくても……」
というかクーラーボックスにいっぱいになっているそれをくれれば済むのでは……?と旦那が思ったがスサノオは釣竿を思いっきり振りかぶり、海へ投げ入れた。
「何を喰べたい?なんでもいいわよ!」
「なんでもって、狙って釣れるわけじゃないですよね?」
「つれるぞ?あたしは
「いろんな意味で大変なのでやめてください」
なお勇魚とはクジラのことである……勇者と奥さんなら嬉々として解体しそうではあるが。
「そうねー近海物のクロマグロあたりでも……」
「自転車に乗らないです……」
仮に乗ったところで食いきれそうにはないが、あ、いや、奥さんの部下あたりに押し付ける方法もあるが。
「じゃあ、まあ、こんなところね」
と、ひょいっと竿をあげると真鯛が二匹……一つの針に二匹とかありえない感じで上がってきた。
「いったいどうやって……」
「ふつーに神力ね、だから今日はハマちゃん家でご馳走になるわよ!」
スサノオの神力の代償は空腹である、過去に奥さんが「魚釣って金に換えてそれで何か喰えばよかろう」と提案したものの「自分のため」に神力は使えない制限があるのでそれはできないとのこと。
なのでこうやって飯をタカ……食事に御呼ばれするのである。
「べつにスーさん一人もてなすぐらいはかまいませんが、また神力勝手に使ったとツクヨミさんが怒るのでは?」
「姉貴はいっつも怒ってるからセーフよセーフ!」
多分アウトである。
「さ!行きましょ!」
旦那の自転車の後ろに飛び乗り器用に立ち乗りして宣言するスサノオ。
諦めたような顔の旦那。
「わかりました、ですがスーさん、いたづらは控えてくださいね」
「いたづらって、こう?」
と旦那の頭におっぱいを押し付ける。
「それです」
と、意にも介さず自転車を走らせる旦那。
だんなちょっとおかしいところがあり奥さん以外にはもはや性欲を感じないのだ。
「絶対あの魔王なんかしてると思うのよねー、普通男ならよろこぶでしょう?
と不満げなスサノオ、さもありなん。
旦那の顔は本気で何も……いや「奥さんに見られたら怒られるので止めてほしい」と眉を寄せている。
「なんか、こお、ちょおむかつくーっ!」
夕暮れにスサノオの叫びが響き渡った。