「ですので魔王様に戻ってきていただかないと困ります」
「そういっても我、すでに専業主婦じゃし」
「まず、魔王と専業主婦ってまったく相容れませんからねっ!?」
平日の午前中。
旦那は仕事に行っており奥さん一人でのんびりと家事をしていたところ、元の世界の魔界から部下がやってきて、奥さんを元の世界に戻そうと頑張っている。
ちなみに奥さんは戻る気などみじんもなくむしろ「なんとかして時空ゲート永久に閉じれないかな」とまで思っている。
旦那もつれて行っていいならまだ少しは考えるが、なぜか近所に住んでいる三貴子が許すわけがない。
ただでさえ日本人は異世界へ召還されやすくて後始末が大変だとぼやいていたぐらいだ。
絶対に許可など下りるはずもなかろう。
「だいたい、お父様も妹も健在だろう?あ、なんなら妹に引き継がせればいいではないか」
「統治の帝王学はおろか戦闘の訓練すら始まったばかりですよ!?」
「あれももう800ぐらいになったのではなかったか?私はそのころには3,4つばかりの魔界を支配していた気がするが」
「魔王様が異常なだけです、そもそも地上の支配下の国はどうするのですか」
「そんなもん人間たちに帰してしまえ、正直統治していて全くうまみがなかったぞ。なんで奴らは六に技能も能力もないくせにあれだけ偉ぶれるのかわからん、しかも裏でこそこそ反抗作戦とか計画するし……贅沢とかも正直こっちの世界のほうが飯はうまいし、物だって小銀貨一枚程度でよほどいいものがある」
奥さん、百円ショップの常連である。
なお、見切り品や半額、タイムセールなどという言葉も大好きである。
「まあ、私も先ほどから驚いてはおりますが」
技巧も何もいらないペットボトルの紅茶にお徳用のお菓子のアソート(ブルボン)に先ほど迄感動していた部下である。
最初こそ、魔王手ずからのもてなしに恐縮していたが、いざ食べ始めるとお菓子入れを空にする勢いで食べつくしてしまいまた恐縮することしきりであった。
そしてさらに小銀貨4枚ほどの値段と聞いて驚愕をしていたのである。
「文明らしきものができて五、六千年ぐらいらしいぞ、なぜあの世界は数万年もああなのだろうな?」
「支配階級が悪いのではないかと、我々ではなく、人間の」
「うむ、ここで学んだことでなんとなくわかる。知識が継承されないのだ、一部の人間だけのものになっているから、うっかりと流行病などでまとめて死ねば失われる。我、ミスリルの加工の発見を7回ぐらい聞いた覚えがあるぞ」
「血統とか神の代理人とかそういう肩書で生きているから知識を独占して偉く見せたくなるのは仕方ないと思います、切れば死ぬのは血統とか関係ないのに本当におかしいですよね、人間は」
「あれだ、旦那様風に言うなら「お前、それ魔界でも言えるの?」だけどな」
魔界の厳しさはサバンナの比ではないだろうに、奥さんはこともなげに言う。
「まあ、言わんとすることはわかりますけども。そういえば王配殿はいかがいたしました?」
「仕事に行っておる。それとここでは我はただの女で旦那様の妻だ。せめてご主人とか夫とかで呼べ」
「そういわれましても……ご主人とか呼べないです、自分で国を持つでもないたかが雇われの――」
皆まで言い切る前に部下の首は宙を舞っていた。
奥さんがずっと優しげな雰囲気だったので油断したのだろうか。
奥さんは魔王ではなく、ずっと元魔王。現旦那の奥さんとして客人をもてなしていただけに過ぎない。
魔王モードなら最初に顔を合わせて「お話があるので――」あたりで首が飛んでいた。
理由は目障りだったからとでもなるだろうか。
だが、旦那の奥さんであるからこそ、旦那を軽く見るのは許してはおけなかった。
部下は虎がおとなしいからといって不用意に近づきすぎたのだ。
先ほど奥さんが言ったように「お前、それ魔界でも同じこと言えんの?」である。魔界ならただひれ伏して言葉を待ってただろう、みずから話しかけて虎の尾を踏むことも無かっただろうに。
忘れてはいけない。
奥様は魔王
である。