鳳に射ち落とされた日
クシェペルカ南東の一領。『
未だティラントーは負けを知らず、防衛線が敗れた時点で敗北を認め降伏してきたのだ。クシェペルカの足並みを乱すため、またミナス・ディンガーの希望もあり比較的緩やかな統治を行うこととなった。
そんな中、伯爵本人は全戦力であるティラントー中隊(10機)を引き連れ領地の視察を行っていた。
「クシェペルカは良い国だ。華やかで、自由で、クシェペルカを属国とすることで本国ももう少し自由な芸術に目覚めてくれないかね。
カルリトス王子も、国王代理なんて辞めて歌手になると良い。あれだけ声に熱を込められるんだ。とても良い歌い手になる」
「隊長、やめてください! 誰の耳に入るかわかりませんよ!!!」
イシル・ディンガーは拡声器越しに義理の父にして歌と
「構わんさ、私はカルリトス王子を誰よりも敬愛しているのだからね! それよりも皆、よくこの国を見ておきなさい。私達最大の任務は、王子に捧げる歌を作ることですからね」
父が急激に熱っぽくなり、イシルは言葉に詰まる。
「あるがままを見て、あるがままを歌にしよう」
「隊長、最大の任務は別にあると思うんだけど違うかねぇ?」
鍛冶師長のドワーフ、ミーシャン・リールは皮肉っぽく笑う。
「知っているさ、芸術と文化について良く調べジャロウデクの文化発展に尽くすことだろう?」
ミナス・ディンガー本人は歌をこよなく愛する自称文化人であった。行う会話には情熱は感じられるがとても騎士のそれとは思えない。
「はぁー、隊長、口を酸っぱくして何度も言ってるけどティラントーは偵察に向いた機体じゃないんだけど? 領の外れまで来たしそろそろ帰らないかい? 整備って大変なんだよ知ってるかいね?」
「いや、全員がティラントーで歩いておくべきだ。此処が戦場になるかもしれないんだからな。それに、自分達の戦果を歌にするとききっと役に立つ。それを高らかに、凱旋の時に歌うのさ、きっといや、間違いなく気持ちがいいぞ!」
「ああ、うん、いいかも。じゃない! 一度帰りましょうたいちょ……」
覚えのない『音』がミナスとイシルの耳に届く。
「隊長、この音は、
「『
ミナスは拡声器で部下たちに声をかける。異常な命令に一糸乱れず隊列を整え、盾を構え、
ティラントーの装甲を震わせる特大の音が響く。誰しもが音のする前方上空を見上げる。
だがそんなことよりも轟音を立てながら空を飛んでいることに驚いた。異常の塊だ。
「なに、あれ……?」
何故か鬼面の幻晶騎士の剣は笑うように真っ二つに割れた。敵の
次の瞬間、紅蓮の炎が一機のティラントーへと深々と突き刺さった。炎は一度で止まらず、ティラントーの重装甲を突き破る過剰な威力の炎が次々と突き刺さり、瞬く間にティラントーは粉微塵になった。
「イシル、ティラントーを捨て、この事態を報告しろ!」
拡声器で最大音量となったミナスの声が響く。
「お、お父さんはっ!?」
「急げっ!!」
イシルはティラントーから脱出し、逃げだす。戦闘中の命令は絶対である。
振り向くとあまりにも悲惨な戦いだった。ティラントーの法撃は鬼面の幻晶騎士に避けられる。当然だ、魔獣番ならともかくジャロウデクの兵士が高速で飛び回る物を狙撃する訓練などしていない。
一方でティラントーは敵の圧倒的な火力が掠りでもすれば姿勢を崩し、無防備な姿勢を晒す。運が良ければ盾が一撃を耐えるが、悪ければ盾ごと貫かれる。良くとも次の一撃で盾ごと貫かれる。機動性の低いティラントーはただの的でしかない。
美しい音楽だった。これこそまさに、父の求めた音楽だ。イシルは聞きほれながらも逃げ続ける。逃げるのをやめてしまえば音楽は止まってしまう。だから逃げ続けた。ティラントーが見えなくなっても。ずっと、ずっと。 それでも鬼面の奏でる音楽は、イシルの心を捕らえ離さない。
そして愛する人の声が、脈動が、完全に途絶えた。
あれほど美しかった音楽が、何の味気もない不協和音となり果てる。
===
ディンガー領内にある大工房。ミナスとイシルそして数名の騎操士が、工房でミーシャンからティラントーについての説明を受けていた。いずれもミナス本人に操縦技術と歌を仕込まれた精鋭中の精鋭である。
ティラントーの整備、調整でこの施設は金属音が鳴りやまない。
「なるほど
「そうさね! ところで隊長、特注品の方も説明きくかいね!?」
「ええ、自らの肉体はよく知っておかなければいけません!!」
幻晶騎士は騎操士にとって肉体の延長である。これは騎操士の共通認識だ。
ミーシャンに大声で尋ねるミナスは、いつものように装甲から武器の細部に至るまで全体の説明をねだる。
「しかし
「お気に召さないと言われても駄目さ、こいつは徹底的に規格化されてるんだからね!」
強情なミーシャンは口をへの字に曲げ腕を組みミナスを見上げる。
「お前も騎士なんだ、文句言わずにお上の与えたもんを使いこなしてみるんだねっ!」
「でもお前の分は改造するんだろ?」
「あったりめーだろ。改造しなきゃアタイ乗れねーもん」
「もしかしてミーちゃん、この機体気に入ってる?」
イシルはティラントーの肩を持ちすぎる親友へと尋ねる。
「男前だし乗り心地もヴォラキーロより断然いいね!! 技術の進歩万歳さぁ!!!
隊長。感謝してるよ、今だけは愛さえしてるよ!!!! アタイにティラントーを与えてくれるなんて!」
ミーシャンは表情に熱っぽさを浮かべ、結晶筋肉等の内部構造が丸見えのティラントーの足へと絡みつく。
「とはいえ、隊長やお前にとってはこいつらは良い機体じゃないね。アタイの運命の機体だが、お前たちの好きな機動性はまるでないからねぇ」
「だからこそ、足が鈍く、力強いドワーフのミーシャンならこの機体を生かしてくれると思っています。逆に私は説明だけ受けましたが、これを生かせるか疑問です」
「当たり前よ、だがそりゃ乗ってみてからのお楽しみだね。何から何までエスコートしてくれる。ガサツなドワーフ男よりずっと紳士さね!!」
「ではそろそろ乗ってみましょうか? 勝手が違う機体であろうと、あるがままを受け入れなさい。術式も歌も、この世界のあるがままを文字や音に写し取ったものです。
よく見て、よく聞き、受け入れれば、必ず貴女の力になります。これから起きる大戦争も人に聞かせられる程度の歌にできる。それはそれとして、最初に乗るのは私ですがね」
ミナスは柔和な笑みを浮かべ、詠うように述べた。彼はティラントーへと乗り込む。
そして
燃えた。
そこは炎に包まれた草原だった。数体のティラントーが背面武装を中空へと向けたまま、燃えていた。
鬼神と相対し死力を尽くし、何もできずに敗北したのだ。ミナスのティラントーの装甲は右肩から胸にかけて大きく穴が開き、辛うじて右腕がくっついている。腕は命令を受け入れることはないだろう。
ミーシャンのティラントーは下半身がなくなっている。どちらも騎操士の脱出は難しいだろう。仮に生きていても炎に包まれており、熱気が喉を焼き大好きな歌も歌えなくなるだろう。
大きな音を立ててミナスのティラントーの腕が落ちた。バランスが崩れそこに倒れてしまう。
それでも仲間を助けようと、イシルは炎の中へと走った。だがいつまでも距離が縮まない。
そこでやっと気が付いた。自分には足がない、手もない。ここに居ないのだ。これは夢だ。夢なら師が、父が助かるよう懸命に願う。
「あるがままを受け入れなさい」
強く心に思い描いた父はそう呟いた。ティラントーが崩れる音が、父や親友の燃える音が、微かな吐息が、自分の心音が、音楽を奏でる。それを指揮するように鬼面の死神が剣を構えている。
愛する人たちが自分を愛しながら、恨みながら構成するこの音楽。これさえ覚えていればずっと一緒にいられる。そんな奇妙な確信と、鬼神への感謝の念を抱きながら、イシルの意識は闇へと沈んだ。
初めての投稿です
至らぬところもあるかもしれませんがよろしくお願いします
ティラントーが好きです