かつての上官曰く、鬼神は剣の一撃でティラントーの重装甲を破るという。
同僚曰く、鬼神の剣は避けられない、残りの腕が頭と腕を切り裂くという。
他隊の
補給部隊曰く、それは馬のような旅団級魔獣を従え現れるという。
残された記録には、鬼神の拳は暴風でどんな幻晶騎士も粉砕するという。
小型の
空間という盾さえ一瞬の間に切り裂き、黒騎士を追い詰める。メラニーはその威容に塔の騎士の気高さを重ねる。
傲り、騎士を名乗りながらも弱者を苦しめ続けた自らを裁く相応しい相手だ。
「我が重剣の前に沈め黒騎士ぃぃいいい!!」
メラニーはまともに操縦ができない。操縦桿を握る手に力が入らない。腕も、足も、張り付けられたかのように動かない。まるで四方八方から何者かに掴まれているかのようだ。操縦席の隅の闇が、嘲笑う。
(お前も何もできずに俺たちみたいに死ぬんだよ、臆病メラニー!)
闇から血を流し目を爛々と輝かせる同期の幻影が覗き、メラニーを嘲笑う。
(お前は俺達よりティラントーの操縦も下手で、臆病さがティラントーの出力を完全に無駄にしてる! そんな奴がなんの間違いで生きてるんだ!?)
レスヴァント・ヴィードに討たれ、死んだ騎操士達がメラニーの手足を掴んでいる。やはり自分を虐めていた者、あまり関わりがなかった者、少しは仲良かった者、いずれもが恨めし気に自分を闇へと引きずり込もうと腕に力を籠める。
「まぁ、それで許してくれるなら、死ぬのも悪くないかも――」
銃装剣を構えた鬼神が、無防備なメラニーのティラントーへ迷わず突っ込んでくる。眼球水晶が映す鬼神はどんどんと大きくなり、加速し、いつの間にか目前で剣を振りかぶっている。
「やっぱり怖いッスぅうううう!?」
恐怖は罪悪感を振り払い、メラニーは操縦桿を握る手に力を籠める。
鬼神が大きく横薙ぎの動きを見せた瞬間、即座にメラニーは鬼神へと法撃を開始する。突っ込んでくる相手であれば、確実に命中させられる。
左の
(命中したっ、追撃っ!!!)
目前で爆炎に包まれた鬼神へ
爆炎より銃装剣が覗く。法撃を受け、重棍を弾き飛ばしてなお猛烈な勢いでメラニーのティラントーの胴へと一撃を加えた。
「ぐあぁぁぁっ!?」
ティラントーは法撃の反動を生かし、後方へと自ら跳んだ。勢いを削がれた剣は、ティラントーの装甲こそ歪めるが大きな損害は与えられなかった。
無論そんな一撃を与えられれば操縦室はたまったものではないが。一撃を加えた鬼面は再び宙へと帰る。鬼神とのやりとりで正気に返ったメラニーは即座に周囲を確認する。
「っと、皆、生きてるッスか?」
「生きては居るが、正直なところ太刀打ちできる自信はありません!」
「まだやれるっ!」
「盾が間に合わないっ、長くは持たないっ!」
眼球水晶が結んだ映像は、メラニーの想像を遥かに下回った。
先に鬼神に一撃を与えられたティラントー達に、戦闘不可能なほど損傷した機体はない。
メラニーは失望した。敵は鬼神ではない。鬼神の姿を模した何かだ。多少強いが、自分を罰する正義ではない。気高く、美しく、強い騎士は正しい裁きを与える筈だ。だが与えられなかった。メラニーの考える理想の騎士、レスヴァント・ヴィードには程遠い。
「獲物を追い詰め格下を弄ぶ虐めっ子! お前なんかに、差し出す命はないッス!」
それでも飛行能力と速度は確実にティラントーの脅威だ。すぐにメラニーの側にいた別のティラントーの背後へと回った。
側面ががら空きだ。仲間と鬼面の距離、先ほど襲われた時の接近速度から、敵の来るだろう位置を予測し右の背面武装から法撃する。炎の塊は鬼面の居た空間に少し遅れて炸裂する。
「観測ヨシっス!」
続く左の背面武装は、仲間に襲い掛かろうとする鬼面の側面に火炎の華を咲かせる。眼球水晶周辺での爆炎は、目標を見失わせるのには十分な効果があった。辛うじてティラントーの回避が間に合う。
「とはいえ、装甲の被害ナシっスか!?」
鬼面に目立った外傷はない。高速での飛行により爆風と熱から早々に抜けだされ、十分な威力が与えられないようだ。だがメラニーにはそこまで思い至らずやたら頑丈とだけ評価する。頑丈ならば、ちまちまと法撃を与えても意味がない。それこそレスヴァント・ヴィードがティラントーに火力を集中したような運用が必要だ。ティラントーの二門の魔導兵装では火力が間に合わない。
「法撃じゃ動きを止められない、と、なると突っ込んで、いや、無理ッスね! 魔力切れを狙うしかないッスか……」
隊長の守りを重視した戦術が正しいのかと今更ながら思いつつ、法撃の準備を行う。格闘戦をしながら連続して魔導兵装を使用できるほどティラントーの燃費はよくない。おそらく逃げ帰る隙をついて撃つことになるだろうと、メラニーは冷静に鬼神の姿を追い続ける。そして、鬼神はイシルのティラントーを狙った。
「全機、法撃準備ぃぃっ!!!」
「マジッスか!?」
隊長のティラントーが鬼神を迎え撃ちその動きを一瞬止めた。
鬼神はさして強くもなく、ジャロウデクの残党狩りをする姿に気高さは見えず、メラニーには無様に見えた。もう恐怖は欠片もない。
「法撃放てぇぇっ!!!!!!!」
「ウチを誑かしやがって!!! 死んで詫びるッス!!!!!!」
動きが止まればこっちのものだ。走って法撃しても十分に命中させられる。盾を捨て、殺意を持って、わずか数メートルの距離から法撃を叩き込んだ。
===
鬼面に逃げられたがメラニーはとても気分が良かった。
何よりメラニーにとってイシルの中隊は居心地が良かった。誰もが敗戦に続く敗走で一度は心が折れた負け犬なのだ。誰も自分を臆病者と罵れない。メラニーは絶えず微笑み、柔らかに声をかける。心を弱らせた人間を放っておくのは、幻晶騎士という力を持つ強者にあるまじき態度であるとメラニーは信じている。
中隊の結束は即席部隊にしては良い方だ。イシルがティラントーで鬼神を模した幻晶騎士通称『鬼面』を撃退して彼女への尊敬の念も高まった。
メラニーも偉ぶらず律儀で強いイシルに好意を抱いている。もしもイシルがレスヴァント・ヴィードに搭乗していたら喜んで殺されるだろう。
それでもティラントーにだけは殺されたくはない。ティラントーはメラニーを力に酔わせた悪魔だ。そして悪魔と契約した故にジャロウデクはその取り立てを受けているのだ。
拡声器越しに歌声を上げるイシルへ、メラニーは語り掛ける。
「隊長、それ何の歌っすか?」
「ティラントー行進曲19番」
「何て?」
「ティラントー行進曲19番ティラントーと荒野よ。ディンガー伯爵が作ったティラントー行進曲19番よ」
メラニーは意味が解らず顔を顰める。どうせイシルには見えていない。イシルにとってはメラニーが何を困惑しているのか解らず暫く沈黙したが、説明が必要と理解したらしい。
「これは足場が悪い場所で進軍するティラントーの為に作られた歌で、前ディンガー中隊はずーっとこの歌と、行進曲2番敵地を行進するティラントーばっかり歌ってて……」
「黒顎騎士団ってそんなの歌ってるんスか?」
「ううん、うちの中隊だけだよ。ディンガー伯爵が歌って、それに続いて皆で歌うの」
メラニーはどう応えるべきか迷う。ハッキリ言ってイシルの歌は酔っ払いの歌の方がまだマシに聞こえるのだ。
メラニーに音楽の素養はないが、独特で全く聞いたことが無い曲調に無理やり歌詞を載せているような気がする。さらに時々思い出したようにカエルのうめき声にしか聞こえない歌詞も混じる。鬼面へ猛攻を仕掛けた時のイシルの歌は美しく感じたが、今の歌はとても褒める気持ちにはなれない。だが、メラニーはこの隊長が心底歌が好きで、きっといくらでもこの話題を続けるだろうということは理解している。誰でも得意分野は饒舌になるものだ。
「そういや、今後軍の最高司令官って誰になるんスかね?」
メラニーは声を無理やり明るくして話題を変えた。
「カルリトス王子やカタリーナ王女も軍事に明るいとは思えないしね。いずれジャロウデク護国の将になりうる人物を見つけ、保護するのも私たちの仕事よ。タクール砦に優秀な指揮官がいればそれを連れ帰ることになるかもしれないし。あ、ガシャガシャするやつ練習しておく?」
「ガシャガシャ?」
「式典で盾とか重棍とかを地面に打ち付けるやつ。あれちゃんと練習しないと、ちょっと美しくない。新しい将軍を称える時とかにやりたいなーと思うんだけど」
「あとで稽古をお願いするッス……」
「でも楽しみね、どんな人間が建て直すのかしら、その手腕、指揮、きっと美しいわ。ちょっと楽しみかも」
「隊長はそういう野心は無いんスか?」
「うーん、私は騎操士だから。それに、私が欲しい音楽があるとすればきっと戦場だからね……」
とりあえず式典や音楽が好きで、地位にはあまり興味がないだろうということだけは理解した。騎操士には不向きかもしれないが、素直な気質はメラニーにとって居心地が良い。少なくとも自分を虐めるような人物でも、力に溺れる人物でもない。もしも自分を殺してくれるのであれば、彼女のような人物であるべきだと深く確信する。
タクール砦の姿が地平線の向こうに見え始める。クシェペルカの『一番盾要塞』程ではないが強固な要塞だ。近辺の他の要塞を支える要である。
イシルのティラントー内部にはゆったりとした歌声が響く。それはティラントーに作用するものではない。無人の荒野を進む。その堂々とした姿は凱旋にも見える。ロカール諸国連合を破り、クシェペルカの一番盾要塞を攻略した後のようだ。その時の沈黙といったら、ジャロウデクとティラントーを讃える荘厳なものだった。
「うんうん、良い。とても良いわ。でもこんな気持ちの時だったかも、本物の鬼神に会ったのは」
徐々に見え始めるタクール砦の全貌、黒く美しい巨大な城門。かつて在ったディンガー領の砦を思わせるその姿に、イシルの目を涙が伝う。