タクール砦
ディンガー中隊は
しかし、そうして辿り着いたタクール砦内の会議室は戦場もかくやという怒声が飛び交い続けていた。
「本国からの支援は期待できない、ここは破棄すべきだ!!!」
「ならぬ、ジャロウデクの地をこれ以上踏ませてなるものか!!!」
「本国の指示を待たずに攻め入るのか、命令があるまで守りに徹するべきだ!」
「それでは遅い! こちらから討って出なければいかん!!! 城内の平和が乱れれば、徴税もままならなくなる!」
タクール砦は周囲を3つの砦に囲まれている。しかしそのうち2つが陥落していた。タクール砦に陥落した2つの砦を含めた3つの砦の責任者が居り、砦間の派閥争い、積極派と慎重派、さらに忠誠の対象の微妙な違いでどうしようもない争いが起きているのだ。唾を飛ばしあい拳を振り上げ顔を真っ赤にしたり青くしたりしたまま話し合いは続く。
イシルにとって人の紡ぐ音は好ましい。
(不足する音を補うように、次から次へと音が絡んで、主旋律が存在しないけどこれはこれで、美しいような、いや、美しくはないなぁ)
少なくともこの旋律はカルリトス王子に捧げるべき物でもなければ、イシルが求めている音楽でもない。
(ん、主旋律が存在しない?)
タクール砦は周囲の砦への指揮権を持つ。本来であればこの砦の総責任者が意思決定を行うのだが、その意思決定が行われる様子はない。イシル達が『鬼面』の情報やティラントーの修理の要請を行ったがそれが処理される様子はまるでない。もしもイシルが知る人物がこの砦の責任者であれば、方針はとっくの昔に決まっていそうなものだ。
「我々の任務は王都に各所の現状を伝えるというものなのですが、この砦の現状をお教えいただければ――」
「此処は戦線の突起部分となっているだろう。急ぎ一刃砦、三刃砦の復旧をし戦線を安定させねばならん!」
「いずれ反撃の橋頭保となる此処を死守するべく、増援をいただきたい」
「増援は欲しいがタクール砦を守り切れるとは思えん。穀倉地帯に防衛線が必須だ!」
「今後包囲されども1年は持って見せよう、しかし幻晶騎士の部品の補給だけは必須だ」
イシルが口を開いた瞬間、矢継ぎ早にそれぞれの主張が突き刺さる。悲しいことに一言一句聞き逃さない耳を持つイシルは、多少げんなりしてから再び口を開く。
「それぞれのご意見は理解しました。しばらく我々が増援代わりに駐留したいと存じます。ところで、この砦の責任者の方に、バルベルリー・ベイガスさんへ指揮権をお預けしたいのですが――」
先ほどまでの喧騒が嘘のようにその場に沈黙が満ちた。
「あの?」
「ベイガス司令は、先程の戦の最中に戦死なされた」
口火を切った人物も、何かはっきりしない。
「それは、残念でした。それでは副司令は?」
「先程の戦中に、彼も名誉の戦死だよ」
「それは、さぞ激しい戦いだったのでしょうね」
「ああ、まぁ、そうだな」
やはり何かはっきりしないが、イシルはそれ以上を尋ねることは出来なかった。
===
イシルは早々に中隊員を総動員し『バルベルリー・ベイガス』の死について調べた。
一般の兵士を相手に伯爵の娘と階級を盾にすれば話の全容はすぐに掴めた。隊員たちのおかげで裏付けとなる証言も得られる。
一刃砦の防衛の最中、総司令が任務を失敗した副司令を罵倒したようだ。最終的に両者はティラントーで一騎討ちを始め、相討ちになったのだ。
総司令は暴力的な人物で日常的に部下を罵倒、昼間から酒を飲み、自分に逆らうことは決して許さない、そして強欲な人物だという。
集まってくる情報によるとバルベルリー・ベイガスは真人間と決して言えない。そして副司令はこの砦を所有するベガローマ男爵からお目付け役として派遣された人物だったらしく、衝突は日常茶飯事だったらしい。近年ではストレスのあまり怪しげな薬に手を出したとも言われている。
「日常的に罵倒していた副司令と、ティラントーの『操縦席』で相討ち。しかも当時総司令官は泥酔していたとか。世界は広いね」
ディンガー中隊に割り当てられた砦の一室でイシルは寛いでいた。ベッドに横になる。一人でそうするのも憚られ、隣にメラニーも横になってもらっている。
「でも隊長その人の名前は知ってたんスよね?」
「知ってたけど、想像を超えてたよ。しかしその恐怖の総司令が消えたおかげで砦のまとまりがなくなるとはね。戦争って悲惨なのね、初めて知ったよ」
「隊長は戦争が悲惨だと思わなかったんですか?」
「悲惨、いや、そうか、悲惨、だった、そうか、悲惨だったかも? いや待って、悲惨の定義ってなんだろう?」
イシルが何かを小難しく考え始めたのを見て、メラニーは笑顔で話題を変える。
「しかし隊長、此処は砦2つと、ウチらを受け入れる余裕があるっスね?」
「タクール砦はね、他の3つの砦のための物資も保管してるのよ。此処さえ残っていれば、他の砦を奪われても敗走した兵士を受け入れ、即座の反撃が可能なのだけど――」
戦力は十分だが、指揮系統と方針の混乱で役に立たない可能性がある。本来の任務を考えるのであれば早々にこの情報を持ち帰る必要がある。
「あの状態じゃ攻撃能力は失せたけど、保有戦力は馬鹿にならない高いままよ。結構な数の幻晶騎士があるし、
「負け犬同士傷を舐めあって、もっと仲良くすればいいと思うんスけどねぇ?」
メラニーは心底不思議そうに小首を傾げた。敗者や弱者が非合理的な行動をする際、メラニーは辛辣になるが本人にその自覚はない。
「しかし泥酔して戦う騎操士がいるとはね、酔っちゃえば正しい旋律で歌えないのにね」
「いやぁ、でもウチ気持ちは解るッスよ。戦うのはちょっと怖いッスから。酒飲んで出撃したら死ぬと思うから絶対しないッスけど」
「お酒はトラブルの元だから私は好きじゃないかな。でも酔った人が歌う歌を聞くのは好き。素直に気持ちを伝えてくるから、歌は気持ちを伝えることが第一だからね!」
「酒といえば、酒場や商店で絶対に値切りを含めたトラブル起こすなって隊長言ってたッスけど、そんなにキツいんスか?」
無言でイシルが頷く。道中の戦闘で解決できるトラブルには気落ちする様子を見せないが、あからさまに嫌そうな顔をしている。
「バルベルリーは強欲なのよ、この城塞都市では税金の取り立てが厳しくてね。税が減るから商店とのトラブルは厳罰だって聞いてる。闇市も認めてて幻晶騎士の――」
ドタドタドタと走る音が室外から聞こえる。足音は扉の前でビシっと止まり、落ち着いてノックが数度行われる。
「隊長! 失礼いたします! ザグモ・マーザネリア入室いたします!!」
低い大声が扉越しに響くと、大男が部屋に入りこんでくる。ディンガー中隊随一の大男ザグモである。図体が大きく声も大きく強面だが、礼儀正しく紳士的な男である。それが扉を開けるなり、敬礼を行ったかと思うと直角に頭を下げた。
「隊長、ご期待に沿えず申し訳ございません!!!」
「何かあったのザグモ?」
「酒場で聞き込みを行っていた際、酒場の店員を怖がらせてしまいました! 営業の妨害だということで兵士に連行されかけましたが、隊長の知らぬところで連行されても困ると考え、連行を拒みました!」
「解った、とりあえずティラントーに乗ろうか?」