「とりあえず、城塞都市を歩き回ろう。ティラントーで!」
ディンガー中隊、タクール砦での最初の任務はイシルの一声で勝手に始まった。
タクール砦は周囲の3砦に駐屯する兵士の家族も住まう城塞都市である。これは兵士の士気を保つためでもあり、同時に周囲の砦が万が一にも反乱を起こさないための人質でもある。そのため上層部が迷走をし続けているが、末端までの士気は非常に高い。
さらに市街には
「はい、私に続いて歌おう、歌いながらこの都市の地理をしっかり頭に叩き込んでね!! 最悪ここで『鬼神』と戦うものだと思いなさい!!」
イシルの隊長としての振る舞いは意識せずとも父ミナスの行動を模倣していた。歌うのは誰もが知る国歌だ。イシルの趣味ではないが皆で楽しく歌うには丁度よい。歌いながら、楽しげに、ティラントーの眼球水晶越しに都市を見下ろす。子供がこちらに手を振れば、イシルは振り返す。怪訝な顔をする者もいれば、ティラントーを近くで見ようと近づく者も居る。多少旗色は悪いが、住民は希望を失ってはいないようだ。
(いやぁ、これは、もし戦いになったら負けられないッスよねぇ……)
メラニーは住民たちを見て、決意を新たにする。自分が敗北すれば、力のない弱者が虐げられるのだ。正義の味方を目指していたメラニーは、責任の前に険しい表情になる。それでも誰かが手を振ってくれると、頬が緩むのだ。
そうこうしている間にイシル達はザグモが問題を起こした酒場の前まで辿り着いた。初老の商人風の男がなにやら中隊を見て、逃げ出そうとしている。イシルは素早くティラントーから降り、商人風の男を追いかける。
「先ほどはうちの隊員がご迷惑をおかけしました。私、黒顎騎士団のイシル・ディンガーと申します」
あまり早くない相手の前に回り込み、歌うようにイシルは挨拶をする。
「いや、俺はそんなこと気にしてない、兵士を呼んじまったのは謝るよ。こっちの非だ、なんなら食事でもどうだい。少しお疲れの様子だし、ほら、あのティラントーも結構ガタが来てる。勇敢な
急に愛想を振りまき出した男に、イシルは首を横に振る。幻晶騎士の知識がそれなりにあるだろうことが推測できたイシルは手を握りしめる。逃がさないように。
「お食事というのであれば、旅に疲れたティラントーが欲しているようです。お代は十分お支払いいたしますし、誰にもご迷惑はおかけしません。むしろご助力頂ければ、その功績について報告させていただきます」
まくしたてるイシルに、男が返事に
「ご協力いただけないなら勝手に入り込んで必要な物資を貰っていきますよ?」
『バルベルリー・ベイガス』はどこからか仕入れた幻晶騎士の部品を複数の商人を通して販売し、多額の利益を得ている。イシルはそんな噂を聞いたことがあった。確かに型落ちの幻晶騎士を商人に売り払うことはある。しかしバルベルリーが行っているのはそれより遥かに規模が大きいらしい。商人を通じて他所の領が買い付けを行ったという噂が絶えない。
強面の見かけない騎士ザグモを酒場から追い出したのは、他所の騎士団による調査だとでも思い焦った末の行動だろう。イシルはそんな調査をするつもりはない。バルベルリーがどこからか幻晶騎士を略奪しようが違法な取引をしようが関係ない。
「解った、解ったから、放してくれ!」
「ありがとうございます! おーい、誰か、すぐに
少なくともいくつかの
そして万が一にも『鬼神』が現れるようなことがあれば、空から魔導兵装を撃つ幻晶騎士が相手であれば、法撃以外に戦闘手段はない。常識外の鬼神の魔導兵装が一般的な魔導兵装と同程度の射程という保証もないのだ。だからこそイシルは出自不明の幻晶騎士の部品に希望を求めた。砦で魔導兵装が欲しいと申請してもすぐには貰えないだろう。
(きっと解る、『鬼面』を撃ち落せば少しは解る筈。例え『鬼神』の偽物でも、あの時、私は、どう感じたのか、私は『鬼神』にどんな感情を抱いたのか、それさえ解れば、きっとあの音楽を形に出来る! ありのままに! 悲惨、とか、恨んでいるとか、そんな言葉じゃ表せないありのままの音楽を!)
イシルは形の良い唇を歪に歪めた。
(本当は『鬼神』を討つのがベストだけど、今のままじゃ『鬼神』には逆立ちしても勝てない。『鬼面』相手に空の敵との戦い方を学ぶ必要があるわね。どっちにしろ『鬼面』に対抗する手段を模索しないと。お父さんの声を、また聞くために……)