鳳を射ち落す日   作:ちぇばっそ

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空へは届かず

 ティラントーは一撃で敵を滅ぼす剣としての役割と、国を守る盾としての役割を期待された機体である。

 飛空船(レビテートシップ)がそれを可能にしたが、それを失った今は剣としては期待できない。

 戦闘レベルでは圧倒的ともいえる戦闘能力を持ったティラントーの弱みは、行軍中に嫌というほど味わった『総合的な行軍速度の低さ』に尽きる。

 ティラントーは重さのあまり綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)を頻繁に取り換える必要が生じる。ただでさえ遅い行軍が、頻繁な整備でさらに遅れる。そして行軍が長ければ長いほど、物資・食料・精神の消耗が激しくなっていく。負荷を誤魔化せる程度の速度で慎重に進み続ける以外に進軍速度を増す手段がない。

 そんなティラントーは敵を逃しても追撃は難しい。守るべき民草、同輩へとティラントーの手は鈍足ゆえに届かない。ティラントーの製造者は幻晶騎士(シルエットナイト)は人間を模したものだと忘れているのだろうか? 人間に常時全身甲冑を着たまま徒歩で戦場に向かえというのは狂気の沙汰である。

 つまるところティラントーは飛空船がない限りただの欠陥機体なのだ。そして戦闘レベル、戦術レベルでの勝利が望めなくなればいよいよ廃品だ。

 綱型結晶筋肉がタクール砦まで普及しているかと問われれば、ヴォラキーロの運用に必要な分は潤沢に確保できるがティラントー10機を追加すると十分かは疑問が残る。残るが――

 

 徒歩で進軍する必要のない戦いにおいては、未だ黒騎士の脅威は健在なのだ。陸上においては、だが。

 

 イシル達は商店の倉庫で多量の幻晶騎士の部品を眺めていた。イシルが見たこともない魔導兵装(シルエットアームズ)もある。どうやらイレブンフラッグスの物も流れてきているらしい。

 中でもやや焦げ付いた巨大な投槍のような品がイシルの興味を引く。

 

「隊長、これ、なんでこんなものが!?」

 

 中隊内で『飛空船』での降下作戦に最も携わった、ザッキー・シャリーネンが大仰に叫ぶ。何気なく見ていた品への食いつきに若干イシルは引く。

 

「なんですかこれ?」

 

「飛空船を次々に落とした、クシェペルカの空飛ぶ槍ですよ!! 俺は、見ました、これに、飛空船が落とされるのを!!!」

 

「なるほど、有効そうだね。まだ使えるか、鍛冶師にでも見せてみよう。5つもあるのか、凄い品揃えだね!?」

 

 どうしてそんな品が此処まで辿り着いて売られているのか疑問が浮かんだが、今は関係ない。今重要なのは鬼面に有効か否かという一点だ。

 

「あとは手に持つタイプの魔導兵装と、軽量の負荷の少ない武装も欲しいところだね」

 

 活気がある市街に、想像を超えた潤沢な幻晶騎士の部品。明日、この砦がなくなるとは誰も思わないだろう。

 ありのままを受け入れろという、呪いの言葉がイシルを苛む。ありのまま戦況を受け入れれば、敵は間違いなくこの砦に危害を加える。後方の穀倉地帯に危害を加えられた場合、この砦はしばらくは持ちこたえるだろう。だがこの戦はいつまで続くかわからない。穀倉地帯への門番である三刃砦は沈黙させられた。他にも最悪の想定がいくつか脳裏をよぎる。ありのままを受け入れろという祝福が、イシルの不安を断ち切る。

 

(この砦もそんなに長くない。そう、私とはなんの関係もない。どこかのタイミングで放棄するしかないかな。惜しいけどね)

 

「隊長、隊長、大変ッス!!! イレブンフラッグス、ナードナックが、推定100機、東方よりこの砦に近づいてきているそうで――」

「隊長、西方の見張り塔から報告、空飛ぶ幻晶騎士がこちらに接近しているそうです!!!」

 

 小さなメラニーと厳ついザグモが同時に倉庫へと駆け込んでくる。嫌な考えが嫌な結果を招き寄せたような罪悪感を感じてしまう。

 

「ディンガー中隊っ!! 騎操士はティラントーへ!!! 西方へ向かい『鬼面』と思われる幻晶騎士を討つっ!!! メラニー小隊、ザラフォード小隊は魔導兵装を持ち法撃戦準備! 突撃小隊はザグモがメラニー小隊の護衛、ザッキーがザラフォード小隊の護衛!!」

 

 『身体強化』で地声を最大限まで強化したイシルの声は倉庫の外のティラントーの装甲を震わせる。どうせ指揮系統は混乱しているのだと開き直り、中隊は即座に西方へと向かう。

 

===

 

 タクール砦を少数戦力で陥落させることは可能か? これがクシェペルカの要塞であればまた話は違っただろう。飛空船との戦闘経験のあるクシェペルカは対空戦闘能力を持っている。 しかしジャロウデクは未だに決定的な対空戦闘能力を持ってはいなかった。

 

「鬼面、来ました!」

 

 鬼神に似せて作られた黄金の幻晶騎士の存在を隊員が告げる。鬼面の乗る大型の盾のようなものにつけられた魔導噴流推進器のまがい物が、轟轟と音を立て、どこからか虹色の気体を漏らす。

 

「今日こそ鬼の首を獲るよ!」

 

 イシルは誰の許可も取らずにティラントーを駆り出す。市街は幻晶騎士が通るには十分な広さを持つが、それ以上ではない。満足に戦うにはやや狭く、建築物は身を隠すには低く、武器を振るえば邪魔になる程度には高い。一方で鬼面は、上空で銃装剣(ソーデッドカノン)を構えている。大口を開けた銃装剣はいやらしく触媒結晶を見せつけている。

 

「各自、散開しながら法撃をっ!!」

 

 ティラントー達が散開しながらの法撃が始まる。いくつもの法弾が空へと殺到し、鬼面を逃がさない。しかし殆どが頭上の鬼面に届くまでに威力を減衰させ、銃装剣にあっけなく叩き落され、装甲に問題なく受け止められ、飛空盾が地へと向かって噴き出す炎にかき消されてしまう。一方で、銃装剣は轟炎の槍(ファルコネット)を解き放った。ティラントーの大楯に直撃する。いくらか威力を喪失しているとはいえ、盾が破損しティラントーが後方へと押し出される。さらに塵を巻き上げてティラントーの視界を奪う。

 

「鬼面めっ、臆して近づくこともできないかっ!!!」

 

「どうした、もっと必死に抵抗しねえと俺一人に壊滅させられちまうぞ?」

 

 銃装剣が吠え、戦術級魔法が次々とティラントーへと噛みつく。一方的な攻撃をされるのは前回と同じだが、今回の鬼面は地上へ降りるつもりがないようだ。

 

「怯まず撃つッス、当たらなくても法撃を撃ち落とす可能性が上がるッス!」

 

 メラニーは法弾に法弾をぶつけ、なんとか被害を軽減させようとするが完全には威力を殺しきれない。それでも盾を構えた護衛への負担を減らすことが出来る。それでも盾の限界は近い。

 

「小賢しい真似をしてんじゃねえっ!!」

 

「ええい、第一、第二小隊っ、対空法撃陣形っ!」

 

 メラニーの第一小隊、ザラフォードの第二小隊はティラントー二機で、ティラントー一機を担ぎ上げる。いくらか高さを得て砂塵から解放されたティラントーが鬼面へと法撃を行う。火炎が再び宙を舞うが、一所に留まることのない鬼面を撃つのはやはり難しい。

 

「一撃くらいは持っていけッス!!」

 

 手持ちの杖二本、背面武装(バックウェポン)二門によるメラニーの法撃が鬼面へと向かう。どこに逃げるにせよ、一撃は貰うように放ったが、銃装剣がそれを叩き落とす。

 

「無駄だ。無駄。それより今日は良い話をしに来たんだ。間もなくイレブンフラッグスのナードナック120機がここを攻めに来る。俺が助けてやろうか?」

 

 拡声器越しの声は明らかに女の声だが、興奮しきりであまりにも愉快そうだった。

 

「お前は私達を攻撃し――」

「先に攻撃してきたのはそっちだろう?」

「いや、確かにそうだけど、どうして……」

「お前らに断る権利、あると思うのか?」

 

 銃装剣が民家へと狙いを定めた。

 

===

 

 イレブンフラッグスの幻晶騎士ナードナックは、ヴォラキーロであれば問題なく倒すことが可能だ。

 問題はタクール砦を狙う機体の数と布陣だ。120機のナードナックが、投石機やヴォラキーロの魔導兵装の射程の外へと布陣している。

 一方でタクール砦にはタクール砦駐留する50機のヴォラキーロ、一刃砦、三刃砦から逃げ出した20機のヴォラキーロ、ディンガー中隊のティラントー10機、計80機が配備されている。単純に正面からぶつかれば200機程度のナードナックであれば殲滅可能だ。指揮系統が混乱していなければ。

 砦の外には今は30機のヴォラキーロが、城壁に法撃準備をした30機のヴォラキーロが配備されている。

 対するイレブンフラッグスは前方に盾と大槍を構えたナードナック60、後方に杖を構えたナードナック60の二列の戦陣は微塵も動く気配がない。

 

「イレブンフラッグスの雑魚どもがっ、我らがそれで臆すると思うたかっ!!! 一刃隊、剣構え!!! 我に続けぇえええええええっ!!!」

 

 剣を正面に構えた一刃砦のヴォラキーロ達が、ナードナックの壁へと突撃する。前衛のナードナックが後衛を盾で隠しつつ、紅蓮の法撃を放つ。地表を焼きつつヴォラキーロへ向かう法撃は来るのが解っていたかのように横にかわし、小賢しくそれを狙う炎を剣で弾き飛ばし、宙で火炎の華が咲く。

 ティラントーにはない俊敏さでナードナックへ接近するが、大型の槍が密に壁を作っている。

 

「そんなもので止まるかぁああああああああああっ!」

 

 力任せに剣で槍の切っ先を振り払い強引に進む。更なる法撃が迫るも、この距離であれば剣で防ぎ致命的な一撃は防げる。それさえ凌げば既にナードナックの喉元まで至っている。

 

「我らが必殺の剣、受けるがよいっ!!!!!!!!!」

 

 ナードナック隊まで剣が届くか否かの距離で、ヴォラキーロの背面武装が炎の戦術級魔法を起動した。前衛のナードナック2体の腹へと命中し、装甲を大きく抉りつつ大きくのけぞらせる。そこを、迷わず違わず、ヴォラキーロの剣が穿つ。次々と前線で近距離戦術級魔法が炸裂する。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 勝鬨を上げながら、さらなる戦果を求めてヴォラキーロは切りかかっていく。

 それに対しイレブンフラッグスは盾による防御を主軸にしながら徐々に後退していく。

 

「超近距離からの戦術級魔法。やるね、やるねぇ! 杖による法撃は正確さに欠けたから確かにああやって近距離で撃つのも手段の一つだったけど、バカだよ、凄い、凄いっ!」

「興奮なさっているところ申し訳ないんスが、あちらさんはどうするッスか?」

 

 イシルの中隊も遅れたが、砦の防衛へのため砦外部に布陣する。しかしその横には黄金の鬼面が立っている。先程まで交戦していたのに、飛行に用いた盾はやはり盾として用いるものらしく、縦に構えている。

 

「あー、いやまぁ、報告はしたし、いいんじゃない? この砦落とすつもりならもう落としてるし。それよりも、あいつら時間稼ぎに走ってる。ディンガー中隊前進っ! 一刃隊の撤退を支援しよう!」

 

「もう撤退させるんスか?」

 

「すぐに帰ってくるとは思うけど、念のためね?」

 

 イシルは鬼面の方をちらりと見る。

 

「そちら様は、助けてくれるというお話でしたが?」

「手柄を全部持っていかれても困るだろう。戦場が温まったら俺も動く」

 

 鬼面の騎操士は鼻で笑う。傲岸不遜なのは外も中もらしい。イシルは第一、第二小隊に支援法撃を行わせる準備をしながら前進する。

 前衛のナードナック達は後衛の法撃仕様のナードナックを守り切れなくなっていくが、まだ致命的なダメージを与えられていない。こうなるとヴォラキーロの魔力貯蓄量は東方様式ゆえみるみるうちに減っていく。一度撤退し立て直さなければいけない。

 その頃になってやっとナードナック達の動きが変わる。右翼、左翼のナードナック達が一斉に押し寄せ、ヴォラキーロ達を包み込もうとする。動きが鈍り始めたヴォラキーロは、突き付けられる大槍を満足に捌くのも困難になり始める。

 

「第一、第二小隊、左翼のダメージがやや大きいからあっちを攻撃して退路の確保を!」

 

 包囲が完成する直前、ナードナックの左翼へとティラントーの法撃が突き刺さる。そのままイシル率いる切り込み部隊が左翼に突撃する。

 

「まだピッカピカのティラントーよ、傷の一つでもつけて見たくない?」

 

 その重量がただ突っ込むだけで、盾を構えたナードナックを吹き飛ばし、重棍(ヘビーメイス)をふるえば、掠った腕を吹き飛ばす。そうでなくとも体が掠っただけで、ナードナックの騎操士の脳を揺らす衝撃が与えられる。ティラントーの機動性にいくら問題があろうと、第一、第二小隊の支援法撃が反撃の隙を与えない。そして中途半端な守りを強いられた敵へとティラントーの重棍が次々に叩き込まれる。イシルと共に切り込むザグモのティラントーは長槍を構え、イシルに躍りかかろうと隙を見せるナードナックを的確に突き刺していく。全体重をかけた一撃は容易くナードナックの装甲を貫き、力任せにナードナックを他のナードナックへと叩きつける。そして二人を支援するのは重棍と盾を構えたザッキーの機体である。二人の側面を狙う法弾を盾で防ぎ、必殺の威力の重棍で敵を牽制する。敵に隙がなくなれば重棍もろとも敵へと突っ込み無理やりにでも隙を作る。怯んだ敵へは、イシルの重棍が叩き込まれ、後方の敵ごと吹き飛ばす。そしてザグモの長槍が開いた穴を着実に大きくしていく。怪力と質量のなせる業である。左翼には瞬く間に大穴が開いた。

 

 ティラントーの本懐である防御ごと吹き飛ばす突破力を見せつけ、ヴォラキーロの退路を確保したと思った所で、上方から耳慣れた音がする。

 

「こっちの手の内を見せてあげたんだ。次はそっちが見せる番だよ?」

 

 イシルが一人ごちると、それに応えるように上空で銃装剣が大きく口を開いた。

 上空から轟炎の槍が放たれ、上空への防御などまるで行っていないナードナックを数体まとめて吹き飛ばす。鬼面の存在に気が付き杖を上空へ向けた機体がいるが、杖が腕ごと吹き飛ばされ、余波で地面が抉られる。

 それはあまりにも一方的だった。ある機体が盾を構えれば、それを無視し隙のある機体を狙撃する。隊が密集し盾を構え全方位からの攻撃に備えれば、吹き飛ぶまで連続で法撃を放つ。地面を抉る法撃は後退を困難にする。戦線を突破さえせず、鬼面はイレブンフラッグスの軍をガタガタに崩していった。

 その光景は、自分が鬼神に初めて会ったときに似ていた。鬼神はティラントーを一方的に蹂躙し、義父と親友と仲間を奪ったその光景に。

 だが、あの時聞こえた音楽は、イシルを縛る音楽は、目の前の光景の中には無かった。

 

===

 

「如何でしょう。我々の保有する戦力は? ご覧いただけましたか?」

 

 茫然とするタクール砦の戦力の前に、上空より鬼面の騎操士が笑いながら告げる。

 

「では、商談に入らせて貰おう。我々はそちらに食料・資材を販売する準備がある。断る権利は勿論あるが、断った場合の命の保証はない」

 

 盾の一角がスライドして開き、そこに詰まっていた紙がばら撒かれる。イシルはティラントーで器用にそれを拾い上げる。

 

「んにゅ!?」

 

 それは穀物や私財の値段の一覧表で、取引を行う場所や時間などが仔細に書かれている。 

 

(いや、食糧は背後の穀倉地帯から届くし、物資も、いや、そもそもコイツは何を、え、そんなことだけのためじゃないでしょ?)

 

 さらに紙をばら撒きながら、鬼面は西の方角へと去っていった。

 

 その日の夜。タクール砦西方にある大穀倉地帯が襲撃され、壊滅したという報告が届いた。




最近の登場人物

ザグモ・マーザネリア
元青銅爪騎士団員、壊滅的な被害を受けイシルの中隊に再編成された。
イシル直属の突撃小隊に組み込まれている。
厳めしい顔をした大男だが、温厚で紳士的な人物である。一通りの武器を自在に操るが、反面自信のある武器も無い。
自身が最前線に立つよりも、他の幻晶騎士の補助的な戦い方を好む。
口癖は「ご期待に沿えず申し訳ございません」

ザッキー・シャリーネン
中隊員では最も多く空挺作戦に参加した。レトンマキ男爵領攻略のような勝ち戦に多く参加している一方で、『投槍戦仕様』のレーヴァンティアに飛空船が落とされるのも目の当たりにしている。
イシル直属の突撃小隊に組み込まれている。
ティラントーの体格を生かした戦いを好み、近接戦におけるティラントーの攻撃力の本願は圧倒的質量の突撃であり、武器は牽制手段だと考えている。
根性だけはある。

ザラフォード・バンジョボド
法撃支援を任務とする第二小隊を率いる中年の騎操士。
攻城戦の専門家だった。ジャロウデクの騎操士ながら、本人が飛空船の出現についていけなかった。
身分は高くなく、突出した戦闘能力もないため出世は順調に遅れている。
既に複数回心が折れている。
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