防衛戦から一夜が明けた。
タクール砦、およびその周囲の3つの砦は背後の穀倉地帯を守るために通常の砦を上回る数の
「そんな馬鹿なっ、いつ、どこの、何者がっ!」
「敵影は見つけられず、ただ、火の手が止まりませんっ!」
要塞内は苦い勝利の余韻も冷め、怒号が飛び交う。都市部分にまだその報は伝わっていないが、厄介なことに都市部にも鬼面がばら撒いた羊皮紙がある。
「備蓄が尽きれば、奴らから食料を買い求めねばならんわけだ! 取引できる相手があると、民までが知っているのだからな!!」
一刃砦の隊長の拳がテーブルを揺らす。その場にいる隊長達は方針こそ違うが、いずれも強い攻撃精神を抱く、侮辱が死ぬほど嫌いな面々であった。
「馬鹿にしおって、されどこの砦は捨て、防衛線を縮小するしかない!」
「この砦を捨てれば、より多くの被害を生むだけだ、徹底抗戦しかなかろう!」
「いや、相手は鬼神だというではないか。奴が何のつもりか知らぬが奴を完全に敵に回して――」
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『施設』の一室にナタルは訪れていた。極彩色の壺や絵画が所狭しと飾られ、さらに多くの遊戯用の板と駒が収められた奇怪な形状のテーブルがある部屋。富の集積と、小賢しく動くことをモットーとする『施設』の長の部屋にふさわしい一室だ。
『施設』は、商人たちの支援を受け、特定用途に特化した幻晶騎士の開発と運用を行っている。湿地での運用を想定された幻晶騎士や、申し訳程度の護衛能力を持たせた荷物の運搬用幻晶騎士といった物だ。一方で高い戦闘能力を持つ幻晶騎士は今まで『施設』に旨味を感じさせなかった。
「鬼面の死神、素晴らしい、一機で戦争をかき乱し、盤石なジャロウデクを崩しにかかった! 仮に、仮にだぞ、そんな力を持つ者がジャロウデクに力を貸せばどうなると思う?」
鷲鼻の『施設長』と呼ばれる男は無数の駒が置かれた盤面を見下ろしながら、ナタルに語り掛ける。今年で60にも近い男だが、瞳は有り余る欲望と活力でギラギラと輝きナタルは怯む。
「四旗の侵攻は失敗するということでしょうか?」
盤面の一角にイレブンフラッグスの兵を示す白い駒が20、ジャロウデクの兵を示す黒い駒が5並んでいる。
「今更そうとはならんさ。ちょいと勢いを失うだけ、だが、それが最高に良い!!!! 我々が資材と食料を奴らに売りつける日々がながーくながーく、続いてくれるということさ!」
『施設長』は盤面に突如青い駒を落とし、ガシャン、ガシャンと青い駒を白い駒にぶつけ15ほど倒す。次に青い駒を、白い駒が10、黒い駒が15ある一角へと向け、黒い駒を5つほど青い駒で打ち倒す。青い駒は全ての戦場で白と黒の数を一定にしてしまった。
「いいねぇ、いいねぇ、欲しくはないかい? いついかなる時も強者を挫き弱者を助ける正義の騎士。私は欲しーい。というかースポンサーもとてーも欲しがっている!!!」
「戦争を長引かせるための、幻晶騎士ということでしょうか?」
「そのとぅり!!!」
興奮しどこか間延びした声が響く。『施設長』の鷲鼻がナタルの鼻に触れる程にナタルに顔を近づけながら、さらに続ける。
『常に』弱者を助け、戦闘を長引かせ付け入る隙を作り出す『鬼神』こそが『施設』の求める幻晶騎士である。
「それこそが我々の生きる道である。支配なんざいつでもできる。大国同士が勝手に争いあい、弱ってからでも。ナタル、鬼神の開発は我々の悲願なのだ!」
大げさに腕を広げ、役者のようにナタルの顎を掴み上げる。
「それだけではないぞ。本当の意味で完成した時、あらゆる場所に災禍と争いの火種をばら撒くことが出来るのだ! 侵略、破壊、復興、いずれにも膨大な資金が動く! とても素晴らしいと思わないかね?」
口からは年齢に不相応な白い歯を覗かせ施設長はさらにナタルへと詰め寄る。
「だが実現にはまだ時間がかかる、まだまだ時間がかかる。争いの火種を作るのは黄金の鬼神だが、その争いを制御するのは赤い鬼神の役割だ!」
「はい、おっしゃる通りでございます」
「楽しみにしているぞ、戦いしか出来ないナルヤでさえ為したのだからな。器用なお前はもう少しうまくやるだろう」
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『施設』の工房へと鬼面とナルヤは戻っていた。
「ティラントーを上空から法撃して一方的な勝利をしただとテメェっ!」
鬼面ことシラージュの
「うん、でもミーシャン、コイツで法撃しろって……」
「そりゃあ確かに勝つ方法だ。が、強さを示せてねぇ!」
「でもティラントーは手も足も出なかったよ?」
「高く飛ぼうと、ナードナックを何機滅ぼそうと、誰にも絶望を与えてねえ。地上に落とせば勝てるとか思われて、燃費の悪さを予測されて、そこを絶対に突いてくる。やっぱり、こいつは鬼神にゃあ至らねえ!」
「いやいや、ちょっと、強さを見せるってどうすればいいんだよ!?」
叫びあう二人の表情には笑みが浮かんでいる。
「絶望を与えるのは簡単。最大の武器を叩きつぶすことさ。ティラントーの力、装甲、この2つを徹底的に叩きつぶすことさ! だがそいつは中身が8割一般兵用のティラントーだ。地上に降りれば一機のティラントーと互角の戦いをするのが精いっぱい!」
ミーシャンは大きくため息を付くが、その吐息にまでうっすらと狂気じみた熱が宿っている。
「ねえ、ミーシャン。君はティラントーが好きなのに、なんでティラントーと戦うシラージュを作るの?」
「まったく、そんなことも解らねぇのかい? ティラントーが鬼神と似た面ぁしたコイツを撃ち落とすのを見るためさ」
「それはない。あり得ない、私が撃ち落とす。私、ミーシャンのティラントー以外のティラントーは嫌いだから」
お互いに満面の笑みを浮かべあった。情熱だけで生きているミーシャンは器用に生きるつもりはない。ナルヤもミーシャンと多少は上手くやろうとしているが、ミーシャン以上に自らの情熱に狂っていた。一度幻晶騎士に乗れば、胸の
「ナルヤ。お前こそ何をしたいんだ?」
「簡単なことだよ。私を馬鹿にした奴を一人残らず叩き潰したいだけだよ。その為なら、なんだってする!! シラージュさえあれば、使いこなせれば、為せるんでしょ!?
『施設』を馬鹿にした奴も、『施設長』も、『黒騎士』も、全部、全部、全部叩き潰す!」
「ティラントーの騎操士には相応しくないが、シラージュの騎操士としては最高だ!」