「ミーシャン、済まない。シラージュをこんなにして……」
「誰が、これで、最前線で戦えって、いや、戦っても勝てるだろ、ダーリンといいとこまで戦えたんだぞお前はっ!?」
施設に運び込まれた紅のシラージュは、とりあえず動く以上の戦闘能力を喪失していた。外装が破壊されたことで内外一体の
ミーシャンはナタルに掴みかかるが、どこかそわそわとしていた。自分の傑作を此処まで破壊しうる
一人は親友であるイシル・ディンガーだ。イシルはミーシャンの拳闘を熟知している。近接戦になれば有利を取れる。実際はシラージュは
ミーシャンはしげしげとシラージュを見つめる。高威力の
「敵の幻晶騎士に囲まれて、最後は歌う騎操士と殴り合う形になった。敵は
ナタルは気まずそうに目を伏せる。
「死んだかい?」
「トドメは刺せなかった」
「なんでだい?」
「お前の知り合いなんだろ?」
「……お前はナルヤと違って甘いねぇ」
ミーシャンは呆れたようにため息をついて見せるが、ナタルでも解るほどにその表情は明るい。偏屈なミーシャンのその表情に本来ならナタルも頬が緩むだろうが、今日はそうもいかなかった。双子の妹にしてミーシャンと仲の良いナルヤがシラージュごと敵に鹵獲されたのだ。
「そのナルヤだが、シラージュごと捕まった。後日マッドナード隊が奪還を――」
「マッドナード、おい、量産体制が整ってんのかい!?」
ミーシャンはナタルの襟首を掴み、持ち上げる。自分より背が高い相手だろうが、ドワーフの腕力はやすやすと持ち上げた。浮くのは体格の問題で数センチほどではあるが。
ナタルもこの対応は覚悟していたが、怒りの原因は想定外の場所にあった。そもそもミーシャンは騎操士は死ぬものだと思いそれなりの覚悟をしている。そうでなくともナルヤは工作員としての過酷な訓練を受けており、生き延びるという一点においては強い信頼を置いている。
「ミーシャンっ、苦しいっ!」
「おかしいと思ってたんだ、最近ティラントーの修復も鬼面の新規製造の依頼もねぇ。アタイのティラントーを、マッドナードなんぞに流用してるってのかい!?」
ティラントーの残骸が届かない。クシェペルカでいよいよ残骸の不正な流通が露見したのかと考えていたがそうではなかった。一度図面を見せられた新型の幻晶騎士の製造のために流用されていたのだ。おまけに折角育てた騎操鍛冶師の何人かをマッドナードを開発する別の工房に引き抜かれもした。マッドナードへの憎悪が青筋となって浮かぶ。歯をむき出しに怒りのまま拳を腹に叩き込もうとした瞬間、ナタルに怒っても仕方がないと気が付きナタルを降ろす。そもそもマッドナードの開発はナタルの権限でなんとかなる話ではない。
「けほっ、そこまで怒ることか?」
「あぁ、怒るね、レーヴァンティアにされるのは不本意だがまだ良い。アレはアレでいい男だ。男はデカいに限るがまぁいい。だが、マッドナードはチビで、卑劣で、騎操士を使い捨てにする機体じゃないかい!?」
「マッドナードも決して弱いわけじゃないだろう?」
「あの腐肉喰らいがお気に召す騎操士なんぞいるのかい? 何より不義理が許せないね。アタイは此処を出ていく!」
眉を吊り上げ鎚をナタルへ突き付ける。
『施設』の騎操士として己を殺して忠誠を尽くす人間と、己の信念だけを信じる『黒顎騎士団』のドワーフは互いの優先するものがまるで違っていた。
ナタルにとって『施設』のために行動することは前提だが、ミーシャンにとって『施設』はティラントーをレストアするためだけの場所だ。まだクシェペルカの方が愛着がある。
「ちょっと待て、脱走なんて許されるわけが――」
「マッドナードの量産なんざ、アタイにクビを宣告したのと同じさね! 施設長に伝えておきな! 退職金はがっぽり貰ってくってなぁ!!!! テメェらっ、反乱だぁあああああああ!!!!」
高々と鎚を掲げるミーシャンに続き、工房内から次々と雄たけびが上がる。試験用の騎操士、騎操鍛冶師、
思わずナタルが剣を抜こうとするが、それよりも早くミーシャンの拳がナタルの腹を殴りつけた。身体強化を併用した拳は鎧を容易に凹ませる。それでもナタルはその場に踏みとどまり剣を抜き放つ。
「ナタル、お前は才能はあるけど気質がまるで戦士に向いてない、逃げた方がいいよ」
ミーシャンの拳を耐えきり、どうしたものかとにらみ合っている間にガシャガシャという音が工房内に響き始める。小型の幻晶騎士とでも言うべき
拉致された人物が多数を占めるこの工房内での不満は最高潮となっていた。待遇も悪ければ此処には身内も居ない。祝日も祭日も無ければ新技術くらいしかドキドキすることもワクワクすることもない。そもそも『施設』の外に出ることさえほとんど許されないのだ。
「剣を捨てろ。お前はいい奴だ。殺したくない。邪魔するなら殺さない自信がないぞ」
ナタルの眼前でミーシャンの拳から雷光が閃く。魔法自体は簡単なものだが、ミーシャンは杖の類を手に持っていない。
混乱が恐怖を増幅させ、ナタルは考えるより先に剣を放り投げる。そして後悔した。戦闘経験のない騎操鍛冶師達は持っていた剣一本でいくらか躊躇していたのだ。剣が投げ捨てられた今、大挙して押し寄せあっという間にナタルを鎖でグルグル巻きにしてしまう。さらに耳栓と目隠しまでされる。
「ミーシャン、止めろ、此処から逃げたって既にマッドナード部隊は編成された後だっ、すぐに追手が来る! 今なら、何も見なかったことに、するから――!」
ナタルは見当違いの方向に叫ぶ。ミーシャンの怒りで決行こそ早まったが既に周到な準備が行われていた。作業の合間にミーシャン指導の元に幻晶甲冑を製作し、最低限の戦闘訓練も行った。その上で程度の低い反乱ごっこを敢えて行い、周囲の油断も買っていた。オマケにシラージュが一機破損、一機鹵獲されたというではないか。ナタルは善意で言っているのだろうが、ミーシャンも今更後戻りはできない。
「クッキーとエールは十分あるなぁ?」
「充分っ!」
ナタルに要求したクッキーと酒はたんまりと残っている。これでしばらくは食いつなぐことが出来る。
「ティラントーを動かすだけならできるなぁ!?」
「歩くだけなら地の果てまでも!」
レストアされたティラントーは既に中隊規模で存在する。その中にはシラージュの雛形という名目で作り上げたティラントー、『ナックルマン・セカンド』も存在した。
他の反乱の参加者は『施設』がどこにあるかさえ知らないが、馬車を乗り継ぎ『施設』にやってきたミーシャンはおおよその位置を知っている。クシェペルカまで逃げるだけならそう難しいことはない。もしジャロウデクまで逃げるのであれば激しい困難を伴うだろうが。
ここまで事態が動けば、もうミーシャンにも止めることは叶わない。
「止まれっ!」
格納庫へなだれ込む反乱者達に杖を構えた『施設』の騎操士が立ちはだかる。しかし杖の触媒結晶が輝くより先に、火炎球が次々と炸裂する。
「ぐはぁっ!?」
「貴様らっ、よくもっ!!」
構文技師達に持たせた金属製の大型の杖が火を放ったのだ。下級魔法の
「怯むな、撃ち返せっ!!」
「どうせあっちは派手な魔法は使えない! 臆するな!」
接近すれば無類の強さを誇る幻晶甲冑だが、魔法を操る騎操士相手に突っ込むのは危険なため法撃戦には参加できない。反乱側の数でその場の騎操士相手にやや優位を保つが、いつ応援が現れるとも限らない。そんな時格納庫の壁が大きく破られる。
そこから数機の黒騎士が姿を現す。体当たりで壁を破壊したのだ。そして幻晶騎士を渡すまいと応戦している騎操士達を踏みつぶさんと襲い掛かる。
「なんだとっ、屋内で幻晶騎士を使うつもりかっ、やめろっ!」
「こちらも幻晶騎士で応戦するしか――」
こうなってしまえば勝ちも同然だった。
その場にあった幻晶騎士を次々と奪取、騎操士以外も付け焼刃の訓練ではあるが、辛うじて幻晶騎士を動かすことは出来る。幸いなことに『施設』が最も多く所有する幻晶騎士ナーデッドは運搬と偽装に長けている。これを奪えば円滑な脱走が可能であろう。
しかしそれでも数名の敵騎操士が幻晶騎士へと乗り込んだ。傍らには細身の長剣がある。それがまっすぐにティラントーへと向かう。しかし、ティラントーはそれを避ける事すらなく、逆に剣ごとナーデッドが弾きとばされる有様であった。
「強い、強いぞティラントー!!!」
「
「いやっ、そんなものより
「どけっ、ナーデッドでは黒騎士の相手は出来ないっ!!!」
『施設』の戦闘用幻晶騎士ラードマイトが姿を見せる。新技術の試験機体であり整備性が高く装甲や
杖で法弾を放ちつつティラントーから距離をとる。屋内で図体の大きなティラントーは法撃を避けきることは出来ない。ラードマイトは動きながら法撃を加えていくが、ティラントーを倒しきれない。その間にゆっくりとティラントーの背面武装が起動し2門の魔導兵装が吼える。
同じく室内で十分な動きを出来ないラードマイトはスパイクシールドで防ごうとするが、2つの法弾を同時に防ぐことは出来ず、胸部に直撃を貰う。軽量化した装甲が災いし、大きく後方に押し出され、壁へぶつかる。逃げ場を失ったラードマイトは迫りくるティラントーに抗いきることは出来なかった。
幻晶騎士と騎操士を抑え込んでしまえば、あとは幻晶甲冑隊や構文技師や錬金術師の出番だ。目につく物を片っ端から破壊し、資料に火をつける。混乱を巻き起こし追手が来られないようにするという意図があるらしいが、半ば八つ当たりだ。ただし警備が厳重であると思われる最後のシラージュの格納庫と施設長の部屋などは最初から手を付けない。ミーシャンはもう一つの工房を破壊したかったがそこに向かって新型幻晶騎士と戦闘になるのは困る。
そして十分な破壊をもたらすと、奪ったナーデッドに車両を引かせ詰め込み、ミーシャン達は施設から逃げ出した。