黒騎士は製造コストが高い。テレスターレ由来の操縦性の癖の強さは多少改善されているが専用の訓練も必要となる。さらに足の遅い黒騎士は
製造コストは抑え、ヴォラキーロ程度の移動速度を保ち、整備性は欲しい。可能であればティラントーとのパーツ共有率を高めたい。多数の敵幻晶騎士を相手取ることが出来る。敵国が飛空船を利用している場合、それに対応可能な幻晶騎士。アンキュローサはあまりに重すぎる。
ジャロウデク王国ヅィギロード男爵領。
「これがクシェペルカの案山子の設計らしいけど、これ、ウチでも作れるかしら!?」
ヅィギロード男爵は側近の騎操鍛冶師長に問いかける。身の丈も肉付きも良い巨漢、しかも地声が大きい男爵の何の気もない問いかけは耳への暴力そのものであった。『塔の騎士』の設計図を一通り見た鍛冶師長は安堵と今後の懸念半々の複雑な心持ながら、半ば叫ぶように答える。
「一部の
「そうよねぇ~。一度に6つの
長髪の先端をくるくると指で弄りながら男爵は悲し気に目を伏せる。
『施設』との密約でこの地に『施設』の攻撃はないが、イレブンフラッグス4旗と諸国による攻撃は間違いなく行われるであろう。その癖奪われた領地は守りも諸勢力の連携も拙く人心がついてきている筈もなく反撃の準備が整えばあっさり奪い返すことは可能だろう。しばらく敵の攻撃をしのげば、敵遠征軍に必ず隙ができると男爵は確信している。
「うぅん、じゃ、魔導兵装の数減らしましょ?」
「それでは法撃を多数放ち、敵を圧倒するという作戦が使えないのでは?」
「ええ、だから、その運用は捨てるのよん♪」
男爵の愛らしいウインクは、鍛冶師長に悪寒を走らせた。彼は周囲の部下たちに目配せをする。
「新しい運用の幻晶騎士は、相応の予算と、お時間をいただきたく!」
「難しいことはないわよ。工夫するのは魔導兵装だけでいいわ。
何を考えているのか解らない男爵の言葉を何度も反芻し、騎操鍛冶師長は男爵の求める答えを探す。子供のように瞳を輝かせ、満面の笑みで三日月のように歯を見せつけてくる。
「一度に、多数の法撃を行う魔導兵装ということでしょうか?」
「あー。こう言うと、そういう風に解釈されるのね。では改めてオーダーするわ」
少しばかり残念そうに唇を尖らせた男爵は、手を突き出し宣言する。
「ワタクシの注文は一撃で、遠方の多数の敵を焼き払う魔導兵装よぉ!」
真っ先に思い浮かんだのは
「ま、設計の細かいことは任せるわん。鬼神だったかしら? あんなバカげた幻晶騎士が来た時のためにも、法撃の射程距離を優先させて――」
男爵の細かな注文が入り、大まかな素案が作られていく。
それは大胆にも黒騎士から
設計段階で大まかに3つの懸念事項が見つかった。射程の広い魔導兵装の実現。魔導兵装化したティラントーを如何に運搬するか。そして専用の魔導兵装に対応した幻晶騎士の作成である。
幸いにも『施設』からの一部技術提供があり、銅牙騎士団に推薦した子飼いの部下が極わずかではあるが幻晶騎士に関する技術は流してくれていた。勿論、有事の際には銅牙騎士団の後ろ盾になるという秘密裏の約束の元にである。技術の提供先を知っているのは男爵と鍛冶師長だけだが、流出元などこの際どうでも良いのだ。とりわけ各国の膨大な『失敗例』は比較的簡単に手に入った上に魔導兵装作成において非常に重要となった。消去法で技術的に作成可能な魔導兵装の形が嫌でも見えてくる。そして複数パターンの
大気操作系のみで構成されたもの、爆炎と大気操作系を組み合わせたもの、雷撃と大気操作系を組み合わせたものである。
大気操作系のみで構成したものは従来の5倍程度の射程を確保可能だが、魔力消費量の割には威力が心許ない。雷撃と大気操作系で構成されたものは射程こそ従来の1.3倍という心許ない距離だが、射程内の敵をまとめて打ち据えることが可能である。ただし狙撃は不可能に近い。爆炎と大気操作系を組み合わせたものだが射程は約3倍、威力も十分で敵を狙い撃つことが可能だという。
魔導兵装の試験。これにより現在開発している幻晶騎士本体の設計が大幅に変更される。
「新型魔導兵装、いいわねぇ。とってもステキよ♪」
新型魔導兵装はティラントーの
試作型の幻晶騎士はティラントーよりも背は高い。魔導兵装の巨大さで視界が塞がるためである。ティラントーよりは当然細身ではあるが、
そしてこの魔導兵装は巨大すぎるあまり照準機能に対応していない。ティラントーの補助腕に当たる部分を両手で掴む。ティラントー頭部に前後に2本の角が増設されており、その角2本の延長線上に法弾が命中する予定になっている。
「どうかしら、狙いは定まってー?」
砦から男爵が声をかけ、幻晶騎士越しに
「問題ありません!」
「結構よ! 3発は撃てるんだったわね? 撃っちゃいなっさ~い!!!」
騎操士は操縦桿を握り、補助腕越しに魔力を魔導兵装へ送る。魔力転換炉の吸排気音が鳴り響き、操縦席に表示されている
それは赤い軌跡を男爵の、騎操士の、技術者たちの目に焼き付け、見事に岩を粉砕した。
「やるじゃない! 次の標的を――」
「試験を中止してくださいっ、魔導兵装、止まりません!」
「はぁ!?」
騎操士は魔導兵装から幻晶騎士の手を放そうと必死に操作する。しかし、構文が悪かったのか、それとも機体の不具合なのか、握った手が離れ無い。そのままどんどん魔力を魔導兵装に送り、再び焔が宙を切り裂く。
「何よ、何が起きてるのよ!? 鍛冶師長っ!?」
「どうしたことだ――」
魔導兵装は言葉を遮るように再び焔を吐き出す。魔導兵装の向きが反動でややズレてしまい、先ほどとは異なる方向へと法撃する。そして遂に法撃の威力に押され、幻晶騎士が転倒する。
この暴走状態に誰もなす術はない。そして人間というのは混乱状態でも案外冷静なものである。自分ができることをそれぞれが頭に思い浮かべる。あらゆる状況に対応できるよう備えてはいたつもりではあったが、このような暴走は誰も想定しおらずただ暴走を眺めるしかない。
「全員退避よぉー!!!!」
騎操士が逃げ出した直後、幻晶騎士の全身の魔力を用いた法撃が大空へ放たれた。
それは飛空船の最大高度にこそ至らなかったが、まともに法撃戦を行えるだけの射程を誇っていた。
「法撃だけなら悪くはないじゃない?」
男爵は魔力を完全に使い切り、法撃の反動で大地に沈み込んだ幻晶騎士を見ることなく言った。魔導兵装も一部が損壊している。
「とても悪いですな。原因がまるで解りませんので」
「見るとこナシなら論外だけど、これからなんとでもなるわけでしょ?」
「ええ。いや、しばらくのお時間を頂きたいのですが――」
鍛冶師長は問題である部分が丸で解らないまま、無茶な注文には抗おうとする。それでもどこか満足げな男爵はふふんと鼻を鳴らす。
「とりあえず現行の問題を解決して、ちゃちゃっと完成させちゃいなさいな、期待してるわよ?」
予備機によって魔導兵装と幻晶騎士の回収が行われる中、男爵は野太い声で笑い声をあげた。幸い人的被害は無し。幻晶騎士も金属内格までは被害がなかった。
暴走が起きたのは、魔導兵装側の
照準機能を司る構文である。ティラントーを初めとする幻晶騎士はフレメヴィーラの術式を一部用いた
この問題をとりあえず解決する手段として、新型魔導兵装側にも魔導演算機を装着し、魔導兵装の機体の魔導演算機は古いものと取り替えた。さらに魔導兵装と魔力貯蓄部位を分離し、万が一の暴走の危険性を低くする。
問題が解決したので改良型は突貫工事で作り上げられた。
「運用方法は、3機の幻晶騎士が交代しながらこの魔導兵装を使うって仕様を想定していたのだけれど?」
「そんな仕様は初耳ですな。それなら4機で運用しましょう。2機で魔力を送ることで素早い法撃を実現いたしました! 万が一倒れこんでも2機ならば支えるのも容易ですからな!」
目を血走らせ興奮気味な鍛冶師長は半ば強引に男爵を呼びつけ、3日もせずに次の試験を開始した。魔導兵装を2機の幻晶騎士が掴み、魔力を送り込む。一機が魔導兵装の背後に立ち角を利用して狙いを定める。もう一機が横に立ち、指示を受け角度を調整する。以前より早く触媒結晶が輝き、遠方に設置された岩を木っ端微塵にした。
「うぅん、前回みたいに暴走はしてないわよねぇ~?」
「はっ、暴走の兆候なし!!!」
「角度を変更し、次の標的を狙いますっ!!!」
2機の幻晶騎士が力任せに魔導兵装の角度を変え、前の岩よりもやや遠くにある次の岩を狙う。
再び法弾は岩を粉砕した。想像を超えたスムーズな運用に周囲は沸き立つ。この魔導兵装があれば敵の射程距離外からの法撃が可能となる。しかも威力も十二分にあるのだ。敵がこの砦に近づく頃にはまともな戦闘能力を失っているだろう。問題があるとすれば通常の法撃よりも時間がかかる点であろう。
「なるほど、2機ならより早く、交代せずに6発は撃てるなんてサイコーじゃないの。あとは飛空船を狙えるように――」
「その仕様も聞いておりませんな!!!」
「それは言ってないもの。それより近接戦闘の方よ。これでナードナック相手になーにもできませんじゃ困るのよ?」
「御心配には及ばず! この機体は出力こそ一般的な幻晶騎士と同等ですが、装甲は
鍛冶師長は叫ぶ。魔力量が多いため、基礎出力を多少高く設定しても魔力切れには陥らない。ナードナックよりやや高い出力で、やや長く稼働できる。鍛冶師長は笑い、別の幻晶騎士を指さす。
そこには剣を抜き、華麗な剣舞を見せる幻晶騎士が居た。結晶筋肉の動作音はさながら音楽のように鳴り響く。動作の滑らかさはティラントーを見慣れた者からすればそれだけで合格点を出したくなるようなものだ。予備の武器として複数の短剣を装備している。
「関節の動きも滑らかねぇ、動作性も案外良好じゃない。決定的にナードナックより強いとは言えないけど………」
「部分的に装甲を厚くしており、武器を失っても格闘で敵を倒すことは十分可能です。最後の悪あがきとしては十分でしょう」
「厚いのってどこよ?」
「肩や胸部は勿論ですが肘や膝ですな。敵に打ち込めば少なくない損害を与えられるでしょう」
よく見ると幻晶騎士の肘や膝に鋭いスパイクが増設されている。
腕を組み、男爵は一考する。とりあえず口頭で伝えた性能はそれなりに揃っている。派手な幻晶騎士ではないが長期戦を行えない黒騎士に織り交ぜて使うことも、法撃戦を行うことも可能で、黒騎士よりは安価に作ることが出来る。主力幻晶騎士にはなれずとも、背丈の大きさから隠密活動には不向きだが幅広い用途で使うことは可能だろう。
「なんか思ってた近接戦闘能力の高さじゃないわねぇ。とはいえとりあえず基本的な部分は完成したようね。ええ、あとは運用しながら細かい調整をしていけばいいわね!」
その後、アービディズーと命名されたこの幻晶騎士は少数が生産された。ナードナックを想定し旧式の幻晶騎士数機と軽い模擬戦を行ったが、数機を相手取ることが可能なほどの優位な性能差は持たないこと、また出力を上昇させた結果結晶筋肉の損耗が激し過ぎ長期戦には不向きなことが判明。
運用方法の見直しと、綱型結晶筋肉の導入を部分的に行うことになる。