鳳を射ち落す日   作:ちぇばっそ

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鳳に射ち落とされた少女

 ジャロウデクが未だクシェペルカを占有する証明である東方護府。

 イシルは中隊の壊滅と後に『鬼神』と呼ばれる幻晶騎士(シルエットナイト)の報告を行った後、医務室へと迷い込んだ蝶を追いかけていた。

 

「待って、待ってー!」

「イシル・ディンガー!」

 

 ジャロウデクの兵士に声を掛けられてもイシルは止まらず、兵士が追いつき肩に手をかけることでやっと動きを止めた。イシルは目をぱちぱちとさせ、きょとんとした表情で兵士を見つめる。

 

「イシル・ディンガー!!」

「イシル、あぁ、そういえば私はそんな名前だったような、あんまり可愛くないと思いませんか? マルグリッド、そう、マルグリッドって名前の方が良いと思いませんか?」

 

 兵士は大きくため息をついた。イシルは五体満足で東方護府までたどり着いたが、報告後は自分がイシル=ディンガーであるという自覚を失ってしまった。正常な判断能力に疑問が残り、報告も信頼性に欠ける。数日もすれば正気に戻るかとも思われたが、その気配はまるでない。この数日、ずっと子供のように遊びまわっている。

 

「まだダメか、じゃあ、隊長のミナス・ディンガーについてはどうだ?」

「ミナス・ディンガー、背は高くて、お父さん、私を拾ってくれたお父さんで、初恋の人。私の住んでいた場所の伯爵です。歌が、好きな人です。歌うのも、作るのも、調べるのも。私より幻晶騎士の操作が上手いです。歌と幻晶騎士の操縦には厳しいです。幻晶騎士用の楽器を作るとか言い始めて大工房を作ったりしてました。カルリトス王子を尊敬していて、そんな感じですか?」

 

 イシルは一息ですらりと言ってしまう。記憶の欠如はないらしい。しかしイシルは戦死した父のことを話しながらもまるで他人事のように平然としていた。事実、ミナスが父であるという実感もない。

 

「なら、同じく小隊長のミーシャンは?」

「ミーシャン・リール、あんまり、好きな響きじゃないですね。友達です。ティラントーとお酒とか好きなドワーフの女の子です。お父さんの専属騎操鍛冶師(ナイトスミス)ですね。鍛冶は細かいけど、他は大雑把だったりこだわりが強かったりします。加減が難しいです。喧嘩が強くて、乱暴で、ティラントーでの格闘戦が得意です。尊敬する人は、いる、らしいです?」

 

 ミーシャンについては少し顔を(しか)めて答える。イシルの報告では両名とも戦死しているが、報告を受けた側は素直に信じられない。イシルも含め、黒顎騎士団は精鋭揃いなのだ。イシルとミーシャンに至っては女であれど、騎操士(ナイトランナー)としての実力が劣るわけでもない。

 

「戦死は確かか?」

「強力な法撃でティラントーは、修復不可能。戦死したと思う」

「ディンガー中隊は、全滅と考えたほうがいいか……」

 

 兵士は溜息と共に愚痴を吐く、その隙を突きイシルは自分の前を横切った蝶を再び追いかけ始めた。

 

 イシルが蝶を追った先、そこは調整中のティラントーがあった。

 黒顎騎士団を始めとする侵攻部隊に与えられた幻晶騎士である。装甲は陽光を黒く染め上げ照り返す何物にも染まらぬ黒。圧倒的な出力を誇りクシェペルカの幻晶騎士レスヴァントを悉く葬り去った幻晶騎士。鈍足であれどその堂々たる姿に敵は畏怖を覚えた。

 

結晶筋肉(クリスタルティシュー)の軋んだ、音? 不調があるのかな、右足の音が鈍い、異音も交じってる、どこか結晶筋肉に断裂でもあるのかな?」

 

 イシルはティラントーの異常を感じ取り、蝶からティラントーへと向き直り近づく。炉の吸排気音は抑えられており、試験運転中という風ではない。イシルは安全だと判断しゆっくりと近づく。

 次第に魔力転換炉(エーテルリアクタ)そのものの音色までしっかりと聞き取れるようになる。それはよく知った音だった。胸から背筋にかけてぞわぞわとした感覚が広がる。その感覚の中心から音が聞こえる。無念の叫びが、怨嗟の叫びが、魔力転換炉の吸排気音、結晶筋肉の軋みと絡まり、音楽となる。

 夢の中で聞いた音楽には程遠いが、胸が裂けそうになるほど美しい音楽。何度も繰り返しながらも一度もその音楽は同じ音を繰り返さない。胸の内から鳴り響いて止まらない。空っぽになりかけていたイシルという存在を満たしていく。

 

「そうか、そうだ、この音楽を、完成させなきゃ。そうすれば、解る。全部、きっと、何もかも上手くいくんだ。お父さんが献上したい音楽も完成して、お父さんやミーシャンが何を言いたいのかも、全部、解る!」

「うるさいぞそこのお前っ!」

 

 イシルが興奮しティラントーの音をもっと聞こうと足をよじ登り始めると、背後から声がする。どうやらドワーフの騎操鍛冶師のようだ。

 

「あ、すみません。調整中ですよね、このティラントー。膝のあたりの異音が気になってつい……」

「ほぉ、解るのか。だがコイツはこれで整備は完璧なんだ」

 騎操鍛冶師がティラントーの足元へやってきて、足元を軽く蹴り飛ばす。

 

「なのにいつも戦いの前に不調が起きるわ、騎操士が逃げ出すわで一戦もしたことがねぇ。だもんで『死神部隊』に襲われたコイツの所属していた小隊が壊滅しても、コイツだけが残っちまった。俺たちに『臆病者』なんて呼ばれる始末さ」

「生き残りの『臆病者』ね」

 

 厳めしい黒騎士に相応しくない仇名を頂戴したティラントーを見て、イシルは微笑む。

 

「ま、生きていればそのうちいいこともありますって。生きてる今を受け入れましょう?」

 

 誰にともなくイシルは呟く。

 

 後日回復したとみなされたイシルはその日出会ったティラントー『臆病者』を受領することとなる。 

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