鳳を射ち落す日   作:ちぇばっそ

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幻影

 『鈍風』は棍の形状をした打撃用魔導兵装である。通常時は大気系の魔法を推進力に変えティラントーの怪力をさらに強力な物に変えることが出来る。内部には8つにして1つの紋章術式が存在する。8つは共通部分となる術式を共用し圧縮され、外部からの魔力の入力方法で8つのうちいずれか、もしくは複数の紋章術式が同時に起動することが出来る。

 そしてもう一つの利用方法が、対象に巨大な衝撃波で粉砕する複合魔導兵装としての利用方法である。紋章術式の面積不足のため複合魔導兵装の完成には使用者が自力で戦術級魔法の一部を構築し4つの紋章術式と同時に起動する必要がある。

 複雑さゆえに生産費用は嵩み、利用できる人間が限られており、さらに源素供給器の利用が前提であり、監査官に無駄な出費と見なされることを恐れたミナス・ディンガー伯爵の手でこの兵装は封印されたのだ。

 

 予備こそあるが折れた『鈍風』の修復は不可能に近い。

 一方でティラントーそのものの修復はそこまで難しくはなかった。少数のティラントーがタクール砦に配備されていたこともあり、整備は可能だ。改修型ヴォラキーロのために綱型結晶筋肉もそれなりの数が存在する。

 だが、ヴォラキーロも多くが傷ついた。市民の脱出と物資の運び出しに動員したヴォラキーロ以外は、どれも傷を負っている。装甲が剥がれ落ち、殴り合いの押収で金属内格ごと結晶筋肉も断裂したイシルのティラントーを修復する必然性は薄い。

 市街は『鬼面』を捕獲作戦に伴い多くの建物に被害が出たが、こちらの修復は難しくはなさそうに見えた。

 

 食料の補給が困難であることからタクール砦の破棄が決定された。幻晶騎士の整備が終わり次第砦を破棄し後方へと撤退する。その間はニ刃砦の戦力に砦の防衛を行ってもらうことになった。

 

「隊長、黒顎騎士団にまともな人材が残ってると思うんスか? 隊長が死んだらこの中隊は即鉛骨騎士団に吸収されるッスよ?」

「反省しています。ごめんなさい。調子に乗りました、ちょっと興奮して――」

「死にかけて興奮するとか変態じゃないッスか。長生きしてくれたら、ウチももう少しイイコトさせてあげるんスけどね」

 

 ベッドに横になったままイシルはメラニーに説教をされる羽目になった。ティラントーが倒れた衝撃で意識を失い、そのまま丸一日目を覚まさなかったのだ。半ばふざけるメラニーも表情から心配を隠せていない。

 

「死にかけたけど、あれは、いい戦いだったかもしれない。皆よく動いてくれて、私も、臆病者も頑張った。鬼神モドキ相手に勝つことも、引き分けることもできた。最後まで幻晶騎士に乗ってられたし、それに、逃げずに済んだし! 臆病者も、最後までついてきてくれた! 色んな音があった!」

 

 まじまじと戦いを思い出す。一連の戦闘は音楽となりイシルの中に響き渡る。

 

「――とりあえず歌にしてみよう」

 

 脳内に響く音楽を、口にする。楽器がないので手を叩き、拍を取る。

 不協和音が部屋に響き渡り。メラニーの背筋には悪寒が走る。天井に何かが居ると直感し、天井を見上げると空を飛ぶ鬼面が視えた。それは瞬く間に鎖に絡めとられ堕ち、黒騎士と戦い地面に這いつくばる。疲れて幻覚でも見えているのかとメラニーは頭を振る。しかしそれでも幻晶騎士の姿が消えない。頭が割れそうに痛む。

 

「隊長、ちょっと頭がいた――」

 

 しかしイシルは歌を止めることない。頭の中にどんどん情報が入り込んでくる。知らない筈の赤い鬼面の姿、それと戦うヴォラキーロやラズ・ワルドの姿が次々と頭に浮かぶ。そして激戦の末に臆病者が倒れる姿が見えたところで、歌は止む。

 

「うん、そう、悪くはないかも。私の歌に足りない音がいくつか解った。生きていれば、沢山歌を作れば、きっと、完成するよね。ふふ、メラニー、私長生きするからイイコトっていうのの準備をしておいた方が――」

 

 イシルは満面の笑みを浮かべ、メラニーに微笑みかける。そこには泡を吹いたメラニーが横たわっていた。

 

「ごめんね、これからもいっぱい迷惑をかけるねメラニー?」

 

===

 

 曰く、鬼神が吼えると幻晶騎士が粉砕されるという。

 ボロボロになった『施設』では回収されたシラージュ『獣王轟咆』再現仕様の修理が行われていた。それを茫然としたナタルは見上げている。その日のうちに双子の妹と、友人を失ったのだ。満身創痍のシラージュ以上に自身も疲れており、知らぬ間に瞼が下がる。

 

『こいつは勝ち戦の時以外は大事に飾っとくんだぞ!? 絶対にこいつで正面から挑むんじゃないよ!!』

 

 ナタルの瞼の裏には、ガミガミと吼えるミーシャンの姿が浮かんでいた。ほんの短い間だが濃密な付き合いのあったまっすぐなドワーフは、反論しようとすると脳内で即座に反論してくる。

 

『一回ダーリンを倒したぁ? それがどうしたってんだ!!!』

 

 あろうことか想像の中でダーリンこと『ナックルマン』を持ち出しナタルを殴りつけてくる。いつのまにかナタルもシラージュの操縦席に乗っている。操縦桿を握り、シラージュにファイティングポーズを取らせる。性能と質量を生かし、強引にクロスカウンターをぶちかます。

 

『生きて帰れっつってんだバカ! お前が帰ってこなかったらアタイは――』

「ミーシャン……」

 

 ナックルマンの胸部装甲に阻まれてなお、一瞬目を伏せた寂し気なミーシャンの姿が見える。女ドワーフなりの思いやりに気が付き、ナタルは己を恥じる。

 

『この施設をぶち壊して、レストアさせたティラントーをクシェペルカに売り込んでやる!』

「どうして……」

 

 ナタルは再び己を恥じる。このドワーフの頭の中を理解するのは極めて困難だった。双子の妹であるナルヤであればもう少し心が通じていたようだがナタルの手には余る。

 

『ナルヤはどうせ生き残る! お前は無理せず帰ってこい!!』

 

 クロスカウンターをぶちかまし、両機体が揺れる。視界がぶれ、機体が思うように動かない。先に衝撃から立ち直ったのはミーシャンである。機体を強引に更に前へと進ませ、シラージュの懐へと潜り込む。そして、無茶苦茶に拳を叩きつける。

 

『とりあえず、今後もコイツに乗るってんなら、もう少しシラージュのことを理解してもらうよ? そもそもコイツのコンセプトは、強敵や砦を法撃で粉砕する。格闘能力は最後の手段であって全面的に使うもんじゃねえ! ちょっと気の利いた騎操士なら、シラージュの大きさを逆手に取ってくる!』

 

 殴りながら、金属音をねじ伏せる大声でミーシャンが指導する。ナックルマンとミーシャンの姿が消えて雑多な記憶が思い出される。

 このシラージュの開発された原因は、鬼神が衝撃波で狂剣を討ったという噂が原因だ。鬼神の再現を目指す『施設』ではその機能を搭載したシラージュの開発が行われることになった。

 術式はミーシャンの知っている術式を、構文技師に無理やり改善させたらしい。実際の『獣王轟咆』の威力には劣るが十分な威力である。補助腕を背中に格納し、術式を利用するときだけ展開するという形にはすぐに落ち着いた。問題はそこからだった。燃費である。中身がティラントーであるため魔力の燃費が極めて悪い。当初は2回も法撃が打てれば御の字であった。

 燃費向上を図り当初装備させていた剣を捨て、最悪の場合は拳で戦わせることになった。さらに格闘戦時に可動性を高めるため可動範囲を狭める装甲を極限まで減らす。地道な軽量化が功を奏し、法撃は撃つだけであれば3回撃てるようになった。 

 さらに少しでも魔力消費を減らすため、幻晶騎士6機で動かす荷車を製作。これに乗せて運搬することになった。

 最後にふくらはぎや腰回りなど可能な限り通常の結晶筋肉を詰め込みとりあえずの完成はしたのだ。

 

「この機体であの黒騎士に勝利をするにはどうすればよかった?」

 

『そんな手段あるわけねえだろ。諦めろ。ティラントーは最強だ! 頭冷やしな!』

 

 再び瞼の裏に現れたミーシャンはナタルの背を叩き、どこかへと去っていった。ティラントーが最強という結論に納得できず、反論しようとし、そこでナタルは瞼を開いた。

 

「俺が、もう少し強ければナルヤもミーシャンもどこにも行かなかったんじゃないか?」




タクール砦の蛮歌 終了
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