ジャロウデクの領内でレスヴァント・ヴィードが破砕された。
その事実にメラニーは茫然自失としていた。正義の使者レスヴァント・ヴィードがジャロウデクへ復讐に訪れ、しかもティラントーの法撃で返り討ちにあい砕け散ったのだ。
ティラントーに劣ぬ装甲を持ち、幾度も法撃戦でティラントーを迎撃した機体がだ。
「どうして、どうしてッスか? あのクズどもをぶち殺しておいて、どうして、どうして!?」
『臆病者』から作られた『法撃用盾』より無造作に魔力を吸い上げ、法撃を繰り返す。もう一機、レスヴァント・ヴィードがあっけなく装甲を散らし爆ぜる。
レスヴァント・ヴィードが砕けるという現実を否定せんと、桿を握る手に汗が滲む。明らかに不要なほどの法撃が、突き刺さり、爆ぜ、闇夜をぱっと照らす。
浮沈の筈の塔が揺れれば、メラニーは次の塔に狙いを定める。
「あーっ、ああああああ、どうしてッスかぁああああああ!!!」
繰り返される法撃に次々とレスヴァント・ヴィードが崩れ落ちる。そして粉砕される姿は、重なるのだ。レスヴァント・ヴィードに殺された仲間達に。自分を虐めた仲間達に。
「と、塔の騎士はもう少し強靭だって聞いていたけど?」
イシルは困惑しきりであった。メラニーのティラントーが数機のレスヴァント・ヴィードを破壊してのけた。
重装甲は黒騎士の法撃を耐え抜き、砲撃合戦となれば一方的に相手をなぶりつくした塔の騎士。それは雨霰のような法撃をさせることさえなく、メラニーのティラントーはほぼ無傷である。
「ふひ、ふふへ、よわ、弱っちい癖に戦場に来るから、お前らが、お前らが、悪なんだぁ!!」
息を乱し、声の調子を狂わせながらひたすらに法撃を繰り返し続けるメラニーのティラントーが。既にメラニーだけで6機は敵機を破壊している。異常事態である。
「すげぇ、法撃に特化したティラントーなら塔の騎士よりも強いだと?」
「やった、やった、塔の騎士をぶち壊したっ!!!」
中隊員たちも困惑、狂喜、それぞれに反応しながら崩壊する塔の騎士の方を見ている。やはりイシルの顔は渋い。もしもティラントーが法撃に特化した程度で塔の騎士を攻略できるのであれば、クシェペルカは新型幻晶騎士や対空装備を準備する間もなく滅んでいただろう。
「いや、音の数は、変わらない。魔力転換炉の音が、動いてる……?」
法撃の轟音の中で、遠方で微かに移動する魔力転換炉の音が、結晶筋肉の軋みが聞こえる。メラニーは思い切り息を吸い、『強化魔法』を発動する。
「中隊員に通達、幻晶騎士の伏兵が迫っている!!! 塔の騎士は囮だ、こちらの包囲を狙っている! 非戦闘員を守れっ!」
イシルの強化された肉体がティラントーの装甲さえ震わす大声を発する。野営地にいる中隊員は全員イシルの声を耳にする。
イシルはナルヤを担ぎ上げ、新しく受領したティラントーへと乗り込む。
「人質の返還で穏便に終わらせることも可能かもしれませんよ。私は言っては何ですが、鬼神の騎操士なんですよ?」
すました顔でナルヤが語るが、イシルは笑って、操縦席の隅に彼女を置いた。
「なら貴女は優秀な盾となることでしょう! さぁ『おいてけぼり』、初陣ですよ!」
タクール砦の隊長専用ティラントーは、隊長が副長と相打ちになり、そのまま保管されていたものだ。隊長はカスタムヴォラキーロを愛用していたため、操縦席以外は新品に近い。
「私も出る、黒騎士はその場で警戒続行! 敵機には常に複数で当たれ! 騎馬隊は先行しているヴォラキーロ隊を呼び戻せ! メラニーもいい加減正気に戻れっ!」
イシルの耳は魔力転換炉の吸排気音を逃さない。ティラントーは重棍を握り、野営を囲む闇へと振り下ろす。重棍は闇から現れた鈍色の光を打ち払う。
払われた鈍色はティラントーの重棍とも比する巨大なランスだった。それを腕から生やした幻晶騎士は、ティラントーの怪力で大きく後ろへと後ずさる。見た目のわりに下半身はしっかりとしているのか、なんとか踏みとどまった。背面武装もなく左腕の巨大なランスのみが武装に見える。鈍色の幻晶騎士はぐん、と地面を蹴り、再びランスを構えて突進してくる。ティラントーの装甲は厚いが無敵ではない。重棍で立ち向かう。
「さぁ黒騎士うち払え、死神来るまでメイスを振るえ、生贄の山を築くのだ!」
イシルは歌う。歌を介して魔道演算機に腰の動きの微調整、一部の結晶筋肉の弛緩、背面の強化魔法の出力低下、右腕の結晶筋肉の出力を増加の命令を叩きこむ。わずかに一撃の速度が増した重棍の一撃は、再びランスの横っ腹を打ち払う。
「屍の山、財宝の山、奪って捧げて命を繋げ!」
結晶筋肉量が多いティラントーは全身の動きを連動させば、同水準の技術で作られた幻晶騎士を遥かに上回る一撃を放つことができる。二度の重棍で体勢を崩した敵の幻晶騎士に躊躇なく重棍の連打を加える。曲線が多くまるで陶器のような滑らかな装甲が重棍を滑らせるが、多少威力を失おうがその振動は操縦席を確実に揺らし、相手の操縦能力を奪う。
(いや、早さに自信があればティラントー相手に近接戦闘もありだけど……)
法撃戦は多大な魔力を消費する。ティラントーの装甲を貫くにはおそらく戦闘に支障が出るほどの魔力が必要になるだろう。かといって多少速度に自信があろうと、結晶筋肉量に物を言わせた膂力を持つティラントー相手に接近戦をするにはあまりにも策がない。そうでなければティラントーを過小評価している。
「身軽は身軽だーけーど、練度が低くて狙いが丸わかりだっ!!」
遂に鈍色の騎士は地面に転がるが、その一瞬でランスをティラントーに向けて構える。それは、ランスは爆炎を挙げて飛んだ。ランスへと狙いを定めていたイシルのティラントーが法弾で即座に叩き落とす。騎操士の居るだろう胸部へと重棍を叩きつける。胸部は大きくひしゃげる。生きていればよし、死んでしまえばそれまでだ。
「クシェペルカがティラントーを侮るわけがない。練度が低いわけがない。だけど、結晶筋肉の音、綱型だよね。ナルヤ、貴女の同胞だよね?」
ナルヤの知る限り綱型結晶筋肉を保有するのは、ジャロウデクを除けばフレメヴィーラかクシェペルカ、もしくは鬼面を保有する勢力しかない。ナルヤは答えることなく静かに微笑んだ。想像以上に逞しいことにイシルは感心した。
「うにゃっ!?」
その直後、イシルの後方で爆発音がする。眼球水晶が背後を見ると、隊員のティラントーの左腕が弾け飛んでいた。装甲と結晶筋肉が激しく飛び散り金属内格がわずかに残るのみだ。
残った腕で鈍色の幻晶騎士ランスに立ち向かっているが、機体のバランスを欠いたティラントーは容易く失った右腕側へと回り込まれる。ランスを大きく振りかぶると、失った腕の代わりとばかりに突き刺さる。ティラントーの胸部から頭部にかけてが内部から破裂した。
「あのランス、魔導兵装だったのかぁ……」
「歴戦の黒騎士も殺すんですよ? いい加減に……」
「あー、あー、諸君、私はイシル・ディンガー。この隊の隊長である。ナルヤを預かっている。投降しなければナルヤを此処で殺すよ。ついでにこれの騎操士も殺す。クシェペルカの方々ー?」
拡声器越しに襲撃者たちに呼びかける。返事とばかりに、塔の騎士が居たあたりから法弾が飛来した。
「優秀な騎操士で、口も堅いけど、人質としては無価値かぁー」
敵の新型幻晶騎士を眺めながらイシルは呟く。
「人質の貴女が重要視されていないのか、むしろ貴女が重要だから葬りたいのか――」
イシルの背後で何かが動いた。ナルヤである。彼女はいつのまにか拘束を抜け出し、狭い空間で器用にも無防備なイシルの背後に立っていた。
拘束を解こうとするのをイシルの耳は聞き逃してはいない。イシルは既に組みあがっている身体強化の術式を実行に移し、歌う。
「さぁリンゴを竈に放り投げ、猫の蹄に小麦を詰めて、アップルパイに関税を!」
素っ頓狂な歌詞が、でたらめな音程で、操縦室に響き渡る。強化された喉が、腹筋が、肺が、操縦席を震わせた。逃げ場のない密室で、イシルの歌は反響を繰り返し、たった一人の輪唱が始まった。
ナルヤはたまらず耳を抑える。この世のものとは思えない声量と、音程の不愉快さ、悪夢のような歌詞、終わらない輪唱が、脳を内側から揺さぶる。耳への痛み、強烈な頭痛、演算していたはずの真空斬撃の術式さえ乱れていく程に。いや、乱れるどころではない。勝手に出鱈目な術式が次々と構築されていく。身体強化の術式にも似た、ひたすらに複雑で魔力を要する術式が。
「あっ、あがっ、あぁぁああ!?」
暴力的な歌はついにナルヤの平衡感覚さえ奪う。しかし奇妙な叫びをあげながら、ナルヤはイシルの細い首に掴みかかろうと走り出す。
イシルがティラントーを動かす、劣悪な操縦性と綱型結晶筋肉を抑えきれない故の振動が、ナルヤを襲う。ふんばりも効かないナルヤはその場に転がり、立つことさえままならなくなる。
「あ、動かないでね。吐くよ。お父さんにコレやられて私は吐いた。狭い場所で吐くとお互い悲惨だよ?」
イシルのティラントーは爆裂したティラントーの元へと向かう。左右の足を動かす度に倒れたナルヤが操縦室の壁にぶつかる。頭痛は和らいでいるが、上下左右の間隔も失せてまともに動くこともままならない。
「昔から思うんだけどね。お父さんは、カルリトス王子を役者にしたいとか、歌わせたいとか言ってたけど、歌は私の方が上手いんだよ。だって王子の声は人一人殺せないんだよ?」
イシルの『置いてけぼり』が疾走、破裂したティラントーはその図体を用いて敵幻晶騎士に体当たりを試みなんとか逃げるのを妨害している。ティラントーに密着されると敵は巨大なランスを持て余している。
「いいよ、いいね、ザッキー。感動したっ、そのまま前進っ!!!」
『置いてけぼり』は両腕を失ったティラントーの側面を通り抜けると、急停止する。そして腰をひねり、ティラントーに押される敵幻晶騎士に重棍を叩きつける。重棍と前進するティラントーの圧力に耐えきれず幻晶騎士は動かなくなった。激しい動きに何度かナルヤは壁にぶつかり、完全に意識を失う。
「ナイスガッツだ!」
未だに敵に野営地を包囲されているが、幸いなことにティラントーが敵幻晶騎士が非戦闘員へと向かうのをなんとか押しとどめている。敵の正体不明の魔導兵装に警戒しており慎重な攻防に終始している。野営地目掛けて後方の敵幻晶騎士が法撃をしているようだが、メラニーとの法撃合戦に移行したようだ。
「敵の足止めさえしてくれれば十分だよ!」
ティラントーは魔力が続く時間内であれば、足止めは得意な機体である。
「トドメを刺すのは私がやるっ!!」
そして瞬間的には、圧倒的な火力を持つ機体である。足止めされている敵幻晶騎士へと重棍を見舞う。距離を取られ躱されるがもう遅い。逃げた先で足止めをしていた味方の法撃が直撃し、動きが止まる。そこを逃さずイシルが重棍を見舞う。ティラントーどころかレーヴァンティアほどの防御力も持たない敵は、ひしゃげて動かなくなった。
部下の獲物を奪い、3機ほど葬ったが『置いてけぼり』はあまり魔力が残っていない。イシルの耳はざっと10機程度の敵幻晶騎士の存在を告げる。うち5機はメラニーと法撃に興じているようで問題はない。残り5機がイシルの部下たちと近接戦闘を行っている。
「皆、もう少し足止めお願い!!」
イシルは拡声器で叫ぶ。敵幻晶騎士は、それまでに決着をつけようとより苛烈な攻めに転じる。それは自然と足を止める形となる。
突如無数の竜巻が敵幻晶騎士にぶつかると共に、幾度もの稲妻が走る。雷轟嵐の魔法が、一斉に放たれた。密かに近づいた騎馬隊が一斉に魔法を唱えたのだ。突然の魔法に幻晶騎士による法撃と勘違いさせれば十分。守りに徹し隙を狙い続けた黒騎士達は、必殺の牙を剥いた。
数機取り逃してしまうが、ほぼすべての敵幻晶騎士を破壊することに成功した。
「鬼面といい、槍兵といい、ティラントーが鈍足なのをいいことに機体のテストでもしてるんじゃない?」
敵の幻晶騎士、仮称『槍兵』の瞬発力と一撃の威力は間違いなく綱型結晶筋肉を利用している。半面装甲は薄く、武器は左腕に接続された大型のランスのみだ。
イシルの感想としては、時間さえあればティラントーで十分対応可能な幻晶騎士だ。ランス以外の攻め手がないため、冷静に敵の攻撃を待ち構えて打ち据えれば一撃で葬り去ることは可能だろう。ティラントーの装甲を容易く打ち砕いた魔導兵装の正体さえ掴めないことが問題だが。
「こんな野原で解析するなんて無理だし、次の目的地で解析して貰おうかな……」
槍兵の魔導兵装を回収できたが、騎操士は捕縛しようとした際に激しい抵抗を受け、結局殺害するしかなかった。さらに槍兵を目的地まで運べば、ティラントーで構成されるイシルの中隊の移動速度を著しく低下させてしまう。魔力転換炉は喉から手が出るほど欲しいが、全てを運ぶのは不可能だ。放置すれば敵に回収される恐れがある。隠すか、破壊するかだ。
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まだまだ問題が山積みだ。早々に両腕を失ったティラントー、思ったよりも厄介なナルヤ、そして半ば命令を無視していたメラニーだ。
「……隊長。死にたいッス」
陽気で人懐こいメラニーは、狂乱状態でレスヴァント・ヴィードを破壊した後、イシルに縋りついてきた。
「メラニー、どうしてそう思うの?」
「塔の騎士が!! ウチを、殺すことも出来ずに吹き飛んだッス!!!」
メラニーは目を見開き、責めるようにイシルを見据える。
「ウチは、卑怯者のウチは、塔の騎士に殺されなきゃいけなかったのに! 正義の味方に殺されなきゃいけなかったのに!! 許せなかった!」
怒りと後悔が混ざり合った悲鳴にも近い声をあげる。イシルはメラニーが此処まで我を忘れたのを見たことはなかった。
「メラニー、落ち着けっ!」
「ザッキー、いいよ。私がなんとかするから」
メラニーをイシルから引き離そうとする部下を止め、イシルは膝をつくティラントーの操縦室へとメラニーを導く。
「此処なら誰も居ないよ?」
イシルはやや背が低く、スタイルは良いが人懐こく人の世話を焼く彼女を妹のように思っていた。彼女のためなら何かしてあげたかったし、彼女がどこか距離をとっている点も気になっていた。
「隊長、ウチを殺して欲しいッス。隊長はみんなの為に戦う正義の味方だから、ウチは正義の味方を気取ってでも臆病で、生き残って、仲間を見殺しにして、それを、『私』、喜んじゃって。でも、それでもまだ、この中隊で、やり直そうとして、生きてちゃいけないっ……」
メラニーはイシルに力いっぱい抱き着く。イシルはただ柔らかく笑みを浮かべ、メラニーの頭をなで続ける。
「苦しかったんだね?」
「私、臆病だから、死ぬのが怖い、自分じゃ死ねない、死ねないのに、塔の騎士が正義の味方じゃなかったから!」
暫くメラニーはイシルの胸に顔をうずめ続けていたが、イシルから離れ、腰から剣を抜いた。
「隊長、私、悪いことするから殺してくれますか?」
メラニーはイシルを見上げてニコリと笑った。
「え?」
イシルは思い出す。この黒騎士『おいてけぼり』の騎操士、タクール砦の守備隊長バルベルリー・ベイガスは操縦席で副官に反抗され死んだことを。
抜剣したメラニーは迷わずイシルへ切っ先を向けた。狭い操縦席で予想だにしない行為にイシルは後ずさる。本来であれば背も低く体力的にも技量的にも劣るメラニーがイシルに挑むのは正気の沙汰ではない。しかしこの狭い空間が小柄なメラニーに優位を与えていた。
「メラニー、落ち着こう、ね。ね?」
「じゃあ私を殺してください隊長、もう隊長しかいないんですから!」
イシルには勝手に追い詰められたメラニーの心象など知る由もない。
「私は正義の味方なんかじゃないから、メラニーを殺せないよ?」
「いいえ、隊長は優しくて私を裏切るつもりもない。そして強い立派な人ですよ?」
「私は歌しか興味ないダメな女だよ?」
「それがいいんです、純粋で、決して穢れを感じませんもん!」
半ば焦点が定まらない瞳で、必死にイシルの姿を追いメラニーはにじり寄る。
「メラニー、砦を出てからの行軍で疲れてるんだよ。鬼面の影に追われてたからね。結論を急ぐ必要あるの?」
「いや、だって私、塔の騎士に殺されるって決めてたんですよ。塔の騎士が目の前でぶち壊れたんですよ!?」
「う、ぁ、ぁぁ?」
叫ぶメラニーの声に呼応してか、操縦席後部の空間に放置していたナルヤがうめき声をあげた。イシルと目が合うと、目をらんらんと輝かせイシルへ腕を伸ばし、掴みかかろうとする。
「てめぇ隊長に何するッスか! ウチの隊長は私を殺すんです!」
「二人とも、離れて、はーなーれーて!!!」
メラニーがナルヤの腕をひっつかみ、イシルはメラニーの剣を奪おうとし、女三人がティラントーの操縦席で揉みくちゃになる。
その最中、メラニーの剣が、イシルの服の腹部を掠める。そして大きな古傷を持つ、細く白い腹が露になる。
「私とお父さんの秘密を見たな?」
メラニーの注意がナルヤに向かったおかげで、身体強化と『詩』を歌うだけの余裕ができた。
術式を伴う旋律の『詩』と甘く誘うような声で完成した『歌』はするすると二人の『魔術演算領域』に侵入する。ミナス・ディンガーの理屈では『幻晶騎士』が人を模した存在であれば、『幻晶騎士』に出来ることは『人間』に応用可能なのだ。例えば『魔導演算機』ではなく『魔術演算領域』を操作し肉体を操ること、『幻晶騎士』に組み込まれる装置を小型化して人体に組み込むこと。
メラニーは幸せそうな笑顔を浮かべたままその場に倒れこむ。イシルもよく知らないがこれは脳内の幸福を感じるらしい物質を増幅させ、無力化、尋問、手術を行うための『歌』だ。それでもナルヤの方はメラニーの剣を奪い、イシルへと躍りかかろうとする。ナルヤは気絶する前にイシルの歌で魔術演算領域をごちゃごちゃにかき回されており、今度の歌が十分に効果を発揮していないらしい。
イシルは杖を抜き、魔力を流す。ミナス・ディンガー謹製の『人間用魔導兵装』だ。先端の触媒結晶が光り、紫電がナルヤが掴んだ剣を襲う。
「お父さんが作った歌が、不意打ちの一つや二つで破れると思わないでね?」
下級の魔法だが、弱ったナルヤを鎮圧するには十分だったらしく、電流はすぐにナルヤの意識を奪った。
「メラニーは一晩放置すれば正気に戻るでしょ。戻らないならもう一曲だわ。ナルヤは、もう何をされても文句はないよね? メラニーも、上官に反抗したしねぇ………」
貴重な戦力のメラニーを今失うわけにはいかない。一方で『鬼面』の騎操士のナルヤは、いくら痛めつけても隊員の良心が痛むことはないだろう。
「ナルヤを隊員たちの慰めものにでもすれば、メラニーの私が正義の味方とかいう妄想が覚めるかも? いや、無理か」
ナルヤは思ったよりも強かだったため、何をしでかすか分からない。
「私の思い通りに動いてくれるのはキミ達だけだよ、ありがとうね、『おいてけぼり』。お互い、長い付き合いになるといいね?」
結晶筋肉が甲高く唸る。
「キミは私に何もくれなくていい。キミを通してお父さんを思い出すだけで、私の心は暖かくなって、何にでも立ち向かうことが出来るから。ただ側にいてね?
……この2人は、ううん。ダメ、この2人じゃダメ。『歌』もまだ出来ていない。王子に歌を聞いて貰う前に、全部バレちゃう前に、誰かで試しておかないと。歌が出来たら、歌が出来たら……」