鳳を射ち落す日   作:ちぇばっそ

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臆病者は戦わず

 『臆病者』の装甲には殆ど傷が無い為、新品同様に見えた。イシルも経緯を知らなければ、希望を背負って現れた最新のティラントーだと思っただろう。

 しかし、今では傷つくことを恐れた死にぞこないの臆病者としか思えない。

 

(死にぞこない同士、末永くよろしくね!)

 

 ティラントーは高度に規格化されており、誰がどの機体に乗ってもその性能を十分に生かし切れるようになっている。このティラントーが臆病者だろうが乱暴者だろうが、十分に整備されていればイシルの期待には応えるように作られている。

 しかし臆病者は戦を避けているのか、敗戦するまでの間に戦闘に巡り合うことはなかった。

 

 イシルは東方護府が陥落する瞬間を見た。

 東方護府の警護を行っていたイシルは、旧クシェペルカ残党軍が大挙するのを見た。

 それは、悪い音ではなかった。クシェペルカの旗を掲げるレーヴァンティア(新型の案山子)達の足音は、ほんの僅かな迷いもない。黒顎騎士団の本隊も、鋼翼騎士団も打ち破ったことに浮足立っていない。その上で敵を打ち破り『フォンタニエ』を必ず奪回する決意に満ちていた。むしろ敗戦に未だ半信半疑であったジャロウデク側が浮足だつ。撤退さえも満足に行えなかった。不思議と『臆病者』の足音は軽やかに聞こえた。

 イシルは『デルヴァンクール』より、四方盾要塞(シルダ・ネリャク)から炎が上がるのを見た。

 すでに質的、数的優位をどちらも失っているようだった。不安なのか『臆病者』の『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』が鈍く不自然な音を立てていた。『臆病者』の不調、そして今後の本国との間の退路・補給線をより強固とするため配置転換が行われた。

 状況は日増しに悪くなっていった。そしてイシル達が所属していた輜重(しちょう)部隊さえついに本国に帰還することとなった。飛空船(レビテートシップ)など勿論迎えに来てくれるはずもない。

 

 今やジャロウデク王国の国境はイレブンフラッグスによって侵されていた。

 黒顎騎士団、青銅爪騎士団、鋼翼騎士団等の名だたる騎士団が壊滅状態の今、国土を守るのは温存されていた鉛骨騎士団。

 出力に劣る幻晶騎士(シルエットナイト)ヴォラキーロでさえイレブンフラッグスの幻晶騎士に劣るものではない。むしろ勝るだろう。鉛骨騎士団の騎操士(ナイトランナー)は国防の要として十分な実力を持ち、周到な防衛計画を練り侵略者を待ち構えていた。例えるのであれば、厳選された石材で厳しい基準をクリアした石橋である。しかしどんなに堅牢な石橋とて、石ころが最大積載量を超えるまで積まれれば壊れるのだ。

 守るべき拠点が敵の数に比べて多すぎるのだ。それは集落であり、関所であり、要塞であり、守ろうと手を伸ばせば返り討ちに合う。手放せば瞬く間に消えていく。見込みはあるがティラントーの機動性のせいで見捨てなければいけない。誰が納得できるだろうか?

 

 ジャロウデクの支配を受けていたロカール諸国連合の貴族の反攻に出会い、イシルの所属していた部隊は離散。それぞれで本国を目指すこととなる。

 イシルの立ち寄ったティンガー伯爵領は静寂に包まれていた。

 比較的国境に近いため、早々に攻撃を受けたようだ。街を守る黒く美しい城壁は瓦礫と化し、舗装されていた道は崩れている。ミナスは絵心ある市民に城壁に絵を描くことを許していたが、大部分は破損している。残った部分も絵も煤と煙に覆われている。

 壊れた城壁を越える。やはり何もかもが壊れていた。市街地の家屋は略奪のために破壊され、戦術級魔法にでも巻き込まれた人体の一部、ヴォラキーロの部品と思わしき大きめの装甲の欠片や、見知らぬ幻晶騎士用の剣が地面に突き刺さっていたりする。

「……それでも、生存者がいるかもしれないっ!」

 迷路のような城下町を廻り大工房までたどり着く間、生存者は一人も見つけられなかった。

 大工房はディンガー領内でも屈指の巨大施設であり、避難民がいるのであればここだろう。

 しかし、壁には大きな穴があけられていた。内部は楽器も幻晶騎士関係の部品も、機材さえ運び出されている。予算と技術的問題と用途に問題があり放置された幻晶騎士用の巨大管楽器も丸ごと消えている。どこの国の所属かも知れぬ騎操士の死体はいくらでもあった。

 

「どうして、どうして、どうしてどうしてっ!!」

 

 ジャロウデクの行った侵略戦争はあくまで世界の父(ファダーアバーデン)を取り戻すという大義があった。暴虐を振るうことはあっても生きる権利までは奪わなかった。むしろミナスは戦後を意識して繋ぎの善政を敷こうと心掛けていた。

 だがディンガー領内の状況はまるで異なる。イレブンフラッグスを含む複数の勢力によるこの土地の奪い合いが発生したのだ。大混戦の末に住民も巻き込み、価値あるものだけ運び出され破棄されたのだ。

 

「がぁああああああああああああああああっ!!!」

 

 イシルは死体を蹴り飛ばし叫ぶ。許せない。イレブンフラッグスのケチな商人が狡く民衆を搾取こそすれ、まさか廃墟を作るとは夢にも思わなかった。ティラントーでさえ崩すのが困難な城壁が崩れ落ちるとは思わなかった。流行り病以外で民衆が悉く居なくなるとは思わなかった。責任者の義父は死んだ。防衛戦力(なかま)も壊滅しているだろう。当たり散らすべき相手さえ一人もいない。

 この日、イシル・ディンガーは心の拠り所をすべて失った。

 瓦礫を撤去する際に動かしたティラントーは、いつもと同じように甲高い駆動音を漏らすだけだった。

 

 その晩、イシルは今の感情を日記へと記す。ミナスに厳命されていた毎日の詳細な日誌。しかしそれはなかなか進まなかった。

 いくらか落ち着いたものの、諦め、悲しみ、怒り、寂しさ、自分が孤児だった時の憎悪が晴れ往くような感情、あらゆるものがせめぎあい感情の言語化が難しい。

(お父さんはいつもいつも、あるがままを受け入れなさいって、あるがままって何かしらね)

 ミナスは温厚な性格だったが、クシェペルカ侵略を前に笑顔を見せた。きっとそこに偉大なる歌が見つかると。

「お父さん、戦争に、この惨状に歌うべき歌があるのでしょうか?」

 カルリトスに献上すべき音楽は耳から離れないが、それも譜面にするのはあまりにも困難だ。鬼神の暴挙を思い出すと手が震え、心臓が怯える。

 

「んにゅ?」

 ふと日記の一頁が目についた。

 監査が来るから極秘に開発した魔導兵装(シルエットアームズ)を隠したという項目だ。

 工房へ引き返し、ティラントーで工房裏の地面を掘り返すと。鉄の箱が現れる。

 取り扱いが難しいこと、少数しか作ることができなかったこと等の理由から隠蔽されたままだった。

 四角い、まるで巨大な角材のような重棍(ヘビーメイス)が十数本姿を見せる。魔導兵装『鈍風(タクト)』である。

 当初幻晶騎士用の楽器を作っていたが、無駄遣いだと中央に指摘されることを恐れ、急ぎ幻晶騎士用の武器に改修した。しかし取り扱いが難しいこと、少数しか作ることができなかったこと、やはり無駄遣いであると指摘されかねない等の理由から隠されたままになっていたのだ。

 ティラントーの背面武装(バックウェポン)の術式を参考に、類似品を作り発展させ、複雑化し、ようやっと完成した品への扱いではない。

「お父さんもたいがい馬鹿だったな。ミーシャンも馬鹿だったけど。もう少し地道にやらなきゃね。うん、そうだ。生きてれば、あの音楽と出会うことだってあるよね。少し回り道でも、きっと見つけるから……」

 

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