鳳を射ち落す日   作:ちぇばっそ

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中隊長イシル
鬼面を叩き割る日


 黒顎騎士団は青銅爪(せいどうそう)騎士団を始めとする敗残兵を纏め再編されていた。敗戦で士気も練度もまるで異なる兵士達が一緒くたに再編されたのだ。帰国後はさらに鉛骨(えんこつ)騎士団に吸収されるだろう。

 黒顎騎士団の最精鋭部隊が飛空船(レビテートシップ)を用いて王都への帰還を試みている。さらに飛空船を追いながら残存する黒顎騎士団の半数近くが移動している。

 一方でイシルを含む残りは、それぞれが各地の重要拠点を目指すことになった。

 

「我々ディンガー中隊はタクール砦を目指すことになりました!」

 イシルは小隊長だったが、人材不足と伯爵の娘という地位により中隊長に昇格した。

「隊長、中隊規模であのタクール砦の増援なんて意味あるんスか?」

 タクール砦は比較的国境に近い穀倉地帯を守るため、5個中隊が駐屯する大規模な砦である。その始まりは魔獣より民を守るために作られたとも言われている。さらにタクール砦の近辺には3つの小規模な砦があり、その守りは非常に堅牢だ。下手な侵略者は4つの砦の戦力に包囲殲滅されるのだ。

「我々の任務の主眼はタクール砦そのものの現状を知ることです。状況に応じて駐留、撤退の支援、近隣拠点に救援を求める等の選択を行います!」

「最寄りの砦の現状もわかんねえくらい情報網も指揮系統もヤバイってことは解ったッス!」

「えー、この際です。何か聞きたいことがあれば全部聞いてください!」 

 新しい中隊に顔を見合わせたことのある程度の人物は多いが、共闘したことのある人物は誰一人いない。その上で本国に異国の爪が深々と突き刺さり、敗戦の疲れも溜まり、中隊の雰囲気はよろしくない。誰も口数が多くはない。さらに言えば部下の技量も適性も全く分からない。

「私以外には、ないみたいッス!」

「ありがとうメラニー!」

 ボロボロのティラントーが目立つ中、黒顎騎士団出身のイシルの乗る新品のようなティラントーは目立っていた。貴族だから良い機体を与えられたのではないかというやっかみを持つ者、それなりの軍歴と新品のティラントーに頼もしさを覚える者、様々居たがいずれもイシルには重い。

(コイツがそんなに頼れるもんか!)

 なんとか部下との会話のきっかけを作ろうとするが、ただ一人同性のメラニーを除いて会話が長続きしない。

「えー、誰かタクール砦に詳しい人はいませんか?」

「南部出身ですので西部のことはあまり解りません」

「なんですか隊長、隊長より詳しい奴がいると思っているんですか?」

「すみません、ご期待に沿えず申し訳ございません」

「うにゃ、そうかー、そうかー!!!!」

「じゃあ隊長はどの程度のことを知ってるんスか?」

 メラニーがことあるごとに助け舟を出してくれなかったら、精神が持たなかっただろう。

 イシルもそうだが、明るい気持ちの仲間などいない。誰もが敗残兵で故郷は壊滅状態だ。太陽を背に自らの影を責めるように踏みながら歩く。

 その足音の拍に乗せて、今の気持ちを乗せてみる。あまり良い曲にはならない。カルリトスが好むものにはなりそうもない。

 

 イシルのティラントーが一瞬前のめりになった。膝の不調だ。

「参ったな、もう修理?」

 イシルは操縦席から降りようと胸部を開くと、『魔力転換炉(エーテルリアクタ)』の吸排気音が恐ろしい速度で近づくのがイシルの耳に届く。それも一つではない。イシルの耳が覚えている中で一番近いのは、鬼面の死神のふりまく音だ。甲高い音がわずかにティラントーの装甲を揺らす。イシルは急ぎ胸部を閉じる。

「各員散開、一か所に固まるな! 上空に注意しつつ大盾構え、背面武装(バックウェポン)構えい!」

「隊長っ、なんですか!?」

「危険な相手かもしれない。私がなんとか敵の動きを止める。敵の動きが止まり次第法撃を撃ちこめ!!」

 イシルが音源の方向を見上げると、まばゆく輝く鬼相の死神が、黄金の鬼神がティラントーを見下ろしていた。イシルの口は歪にゆがむ。

「戦死もできなかった臆病者ども、ティラントーじゃ逃げきれない。死ぬか生きるかだ!!」

 イシルは部下と愛機に檄を飛ばす。命を懸ける瞬間が思ったよりも早く来てしまった。

「隊長、あれは鬼神ではっ!?」

「逃げたら背中を撃たれて死ぬよ!」

 黄金の鬼神は以前と異なり、巨大な盾のような物に乗っていた。おそらく火炎の戦術級魔法(オーバード・スペル)と思われるものが、盾の下面から吹き出している。

 腕はどこで落としたのか二本しかないが、片手には覚えのある銃装剣(ソーデッドカノン)をしっかりと握っている。もう一方の手は盾から延びる桿のようなものを握っていた。何を考えているのか空からイシル達をしばらく見下ろしていた。

「来るわよっ! 何が何でも盾で防ぐ! しばらくはそれだけ考えていてっ!」

 先に動いたのは鬼神。盾ごと高速で中隊へと突っ込んでくる。逆光も相まってまともに見ることができない。

 銃装剣がティラントーに叩きつけられる。それを受けたティラントーは大地を抉りながら数十メートル後退した。レーヴァンティアさえ打ち破るティラントーの突撃を上回る衝撃だ。たまらず背面武装の紋章術式(エンブレム・グラフ)を起動したが、魔法の炎は既に鬼神の去った宙を切り裂くだけだった。

「我が重剣の前に沈め黒騎士ぃぃいいい!!」

 鬼神は大空へと舞い戻り、くるりと旋回する。勢いをつけ中隊の背面へと回り込み、再び別のティラントーへと突撃する。辛うじて盾で直撃を防ぐが、体勢を大きく崩す。

「倒れた機体を守れ、守りを固め反撃の瞬間を待て!!」

 再び倒れた機体へと襲い掛からんと宙から舞い降りる鬼神を、イシルのティラントーが阻む。

「突撃で、ティラントーに勝てると思うなっ!」

 大楯ごと重量あるティラントーが鬼神へと突撃する。しかし鬼神は直前で軌道を変え、イシルの大楯に一撃を与えて天へと舞い戻る。一瞬の攻防はイシルに強い疑念を抱かせる。

(例の鬼神なら、ティラントーを叩き切るくらい平気でやるはず。やっぱり炉の音も違う。それに、あの時は、ティラントーを切り落とした音がした)

 『鬼面』はどうやらティラントーの重装甲を切り裂くほどの出力を持っていない。それでも鬼面の一撃はティラントーの下半身へ膨大な負荷を与えていた。

 ティラントーが対応しきれない一撃離脱の前に瞬く間に中隊の殆どは数えきれない攻撃を受け、足が満足に動かなくなっていく。一方で攻撃的な隊員が鬼面に何度か法撃を与えたが、致命傷にはならない。ティラントーの魔力貯蓄量が減るばかりだ。

 周囲のティラントーを足止めしたことに満足したのか、鬼面は上空からイシルのティラントーを見下ろし、再び舞い降りた。

 イシルは歌う。

「立ち止まることは恥、我らは偉大な突撃兵! 立ちはだかる者あれば、我ら迷わず切り捨てる!」

 音程と歌詞が織りなす魔法術式で魔導演算機に干渉し、次の動作を最適化する。

 イシルのティラントーは普段よりわずかに機敏に動く。足腰が、腕が滑らかに動くだけでティラントーの一撃は鋭く、強くなる。銃装剣を魔導兵装(シルエットアームズ)でもある重棍(ヘビーメイス)鈍風(タクト)』で迎え撃つ。重棍がわずかに輝き、暴風がティラントーへ向かって猛烈に吹き付け、その反動で加速する。

「全機、法撃準備ぃぃっ!!!」

 歌と暴風で一撃が加速し鬼面の銃装剣を叩き折り、厳めしい面へ叩き込まれた重棍が勝利の音を響かせる。

 中隊のティラントー達は背面武装を鬼面へ向け終わる。

 一瞬、鬼面の動きが完全に停止した。

「法撃放てぇぇっ!!!!!!!」

 中隊規模の法撃が絶え間なく鬼面へ突き刺さる。装甲は凹みだらけになりところどころ結晶筋肉も露出している、銃装剣も折れた。しかしまだ戦闘自体は可能だろう。盾は辛うじて直撃を免れたようだが、次の一撃を与えれば間違いなく飛行できなくなる。

「鬼神の姿を模しただけの機体で勝てると思ったの? あるがままの鬼神をちゃんと再現せずに、あの時の結果を再現しようとしたのぉ?」

 歌うようにイシルは語る。答えるようにティラントーは機敏に動き、再び鬼面に重棍を振り下ろす。

「ティラントーを叩き斬るだけの力もない、魔導兵装も使わなかった、炉の音もまるで違う、空飛ぶのに炉を四つも使ってるくせに出力も足りない。アンバランスすぎて不協和音の塊よ。機体が悪いのか、中身が良くないのかしら。しかも関節音、炉の嫌な異音。源素供給器(エーテルサプライヤ)? 私の耳はごまかせない。その機体、大部分がティラントーでしょ?」




つたない文章をここまで読んでいただいて誠にありがとうございます
今後偽イカルガは文中で鬼面と呼称されます

11.15 追記
誤字指摘ありがとうございます
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