鳳を射ち落す日   作:ちぇばっそ

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イシルと臆病者

 重棍(ヘビーメイス)の一撃を受け、鬼面の頭部が大きく歪む。

 

「期待外れの鬼神さん。まずはその面を剥ごうかしら! 中身を見れば、全て解る!」

 イシルは憤っていた。鬼神を象った幻晶騎士(シルエットナイト)が期待外れの音しか奏でず、中隊に多大な被害を与え、挙句黒顎騎士団に半ばティラントーと言える機体で襲い掛かってきたのだ。

 

「悲鳴の一つも聞きたかったのよねぇ! 領民の悲鳴さえ聞くことができなかった哀れな私の為に鳴きなさいっ!」

 

 臆病者が振りかぶり、鬼面へと重棍が叩きつけられる。それなりに装甲は強固で破壊しきれなかったが、眼球水晶を覆う装甲が吹き飛ぶ。もう一撃で眼球水晶を破壊し無力化可能だ。そう思った刹那、鬼面の盾の触媒結晶が輝き大地を照らした。爆炎が大地を焦がし、その勢いが盾に乗る鬼面を猛烈に前進させる。

 不意の行動に、イシルは死を覚悟した。

 

「あっ……」

「調子に乗り過ぎだ黒騎士風情がっ、我が剣折れるとも、私はっ、折れない!」

 

 決意の突撃を臆病者は避ける。急に右の膝が不調を起こし、横に倒れこんだのだ。

 

「仕損じたか、この勝負預けたっ!」

 

 鬼面は臆病者の横をすり抜け、再び上昇する。そのまま、何度か盾より爆炎を噴き上げ、鬼面は去っていった。イシルは魔導兵装(シルエットアームズ)の照準を合わせようとするがすぐに射程範囲外に逃げられた。

 

「今のは臆病者の不調に助けられたかな……」

 

 姿勢を崩さなければ、弾丸と化した鬼面の突撃を喰らっていた。いかに重装甲のティラントーでも危なかったかもしれない。仮に破壊されずとも倒れたティラントーはあっさりと撃破されかねない。

 

「今日もなんとか生き残ったね。みんな生きてるー? ちゃんと一斉法撃できたのは最高だったよ!」

 

 中隊のティラントーは致命的なダメージを受けていないようだった。ひとまずイシルは安心する。だが同時に、ミナスの残した隠し玉を使わねば自分が生きていたかどうかも怪しかったことにため息をつく。

 一つは風を操る魔導兵装『鈍風(タクト)』。重棍のそれぞれの面から暴風を吹き出すことができ、攻撃を加速させたり軌道を変えることを目的に作られた。

 一つはミナス・ディンガー直伝の技術である歌。そしてそれを使いこなすための『肉体』だ。魔導演算機(マギウスエンジン)に干渉し、幻晶騎士の動きをより円滑に行うことができる。

 それらに臆病者の不調が重なってやっと生きることができた。

 

(ありがとうお父さん、ありがとう臆病者)

 

 

 それからはティラントーの鈍足さゆえに、侵略者と出会うことは無かった

 ティラントーの応急処置を行いながらの旅では、誰もが疲弊しきっている。だがそれでも、鬼面を撃退したことはイシルの中隊の気分をいくらか軽くしていた。

 廃墟となった町で使えそうな資材を調達し、ティラントーの応急処置を行う。鍛冶師、騎操士(ナイトランナー)構文技師(パーサー)が総出になって物資を運び、足場を組み立て、可能な限りの調整を行っている。

 

「7番は時々右肩の駆動音が低くなる。銀線神経(シルバーナーヴ)に不具合があるかも。格闘中に反応が遅くなるかもしれないわ」

「黒顎騎士団の騎操士は音だけでそんなこと解るんスか?」部下のメラニーは隣にいるイシルに目も向けずにティラントーを見上げている。「すげーんスね!」

 

「出しちゃいけない音だけはしっかり教え込まれてるのよ」

 

 メラニーの声には丸出しの好奇心の中に微かに脅えが含まれているように聞こえた。

 鬼面の強烈な一撃を受けて内部に不調がないティラントーが存在するはずがない。

 

「メラニーの機体、5番は損傷が一番軽いんじゃないかしら?」

 

 メラニーのティラントーは銃装剣の直撃を受けて大きく装甲が凹んでいるが、それ以上の異常は無いように見受けられた。

 ティラントーは大量配備されるにあたり、カスタム機などは少ない。エースの機体がいくらか外装を弄ってある程度だ。それなのに被害が少ない点に興味を持ちメラニーと話をしているのだ。

 

「ウチはものもちがイイっスからね」

 

 メラニーは照れたのか顔を伏せる。背の低い彼女にそうされると、イシルからは表情がうかがえない。

 年齢が少し下のこの少女は、青銅爪(せいどうそう)騎士団の出身だ。操縦技術はあるが、ティラントーでの格闘戦はあまり得意ではないらしい。それでいて損傷が少ないことにイシルは興味を抱いた。彼女のありのままを探ろうと思ったのだが、あまり距離を詰めると明るさが失せ途端に口下手になってしまう。 

 

 殆どごまかしといって差し支えない整備が終わるころには日が暮れていた。

 廃墟で一夜を過ごすことになる。イシルは初めてできた部下達と過ごす夜に、今更ながら不安を感じていた。

 力仕事の鍛冶師はもちろん騎操士もその殆どが男性だ。幻晶騎士を操るには武術の冴えも必要になるから当然のことではある。

 思い返せば、ミナスに拾われて以降は箱入り娘だった。厳しい訓練こそ経験したが、その殆どを親代わりであり師であるミナス達の元で過ごしたのだ。

 もしも部下が夜這いをかけてきても返り討ちにする自信はある。しかしメラニーが部下にいることに心の底から感謝した。女が一人というのはそれだけで心細い。

 

「いやぁ、皆さん良い人ばかりでウチも助かったっスよ。そして隊長もお強い、いやーここに配属されて本当によかったッス!」

 

 そしてそのメラニーは、仲間たちと話す間に暖かい笑みを絶やすことはなかった。誰もがメラニーの頭を撫でる。

 

(いや、待て、もしかして私よりもメラニーの方が女性としての魅力があるということでは?)

 

 イシルの頭にどうでもよい考えが浮かぶ。よく見るとメラニーの肢体は自分よりもふくよかな気もしてきたが、女性の魅力の基準とは何かという新たな疑問が芽生え始める。

 ティラントーの装甲が夜の闇に溶けるように、イシルのどうでもいい思案も闇の中に溶けていく。

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