鳳の卵
ジャロウデクがクシェペルカより完全に撤退する半年前。
クシェペルカ南東のある領地。かつてはジャロウデク王国のミナス・ディンガーが支配していたが、現在は新生クシェペルカ王国に属している。
支配者が入れ替われど、この地に大きな混乱はなかった。ミナス・ディンガーはクシェペルカ流の統治を踏襲し、大きな体制の変革を行うことも弾圧するようなこともしなかったのだ。
むしろ私財を投じてより民に豊かな生活をさせるつもりでさえあった。人心をクシェペルカ王族から引き離すために。
今では戦場帰りの
その街の片隅に女ドワーフ、ミーシャン・リールは居た。
ミーシャン・リールは黒顎騎士団に所属するドワーフの
そして今、ぐったりとした青年を担ぎ上げ、どこかへ持ち運ぼうとしている。ミーシャンの背が足りないため、どうしても青年の足を引きずる形になる。
「てめぇ、戦中だからって盗みを働いていいわけねえだろうがっ、メシは恵んでやるからアタイんところで働けっ小泥棒! ったく、新生クシェペルカ王国軍が来てるってのにいい度胸だよ」
目つきが悪ければ口調も悪い、そして声も大きなミーシャンが犬歯を覗かせて笑う。知らない人が見ればただの人攫いに見えるだろう。
ミーシャンはミナスが善政を敷こうとしたのは、ミナスが根っからのお人好しだからだと信じていた。
ミナスが死した今、生き残ってしまったミーシャンはこの領土の発展と守護に命を懸けるつもりだった。ミナスの善政のおかげでさほど恨まれていなかったミーシャンは、工房で職を得ることができた。今では工房に所属し護国の騎士であるレーヴァンティアの製造・整備に関わりつつ、暇さえあれば警邏を行っている。
「いいかい、アタイは優しいからな。騎士団に突き出さないで、ウチの工房で働かせてやろうってんだ。アンタが如何に間抜けでも水汲みだろ、
青年が何かしら文句をつこうと声を出すが、言葉にならない。ドワーフの馬鹿力で腹を殴られ、苦しみのあまり言葉が出ない。それでも意識があるのを見てミーシャンは微笑む。民間人にしては頑丈な方だ。
「アタイはティラントーの残骸からな、レーヴァンティアを作るんだ、作るんだよ、何の因果だろうねぇ。ティラントーは良い機体なんだ。常に全力で戦ってくれて、厚い装甲、
うっとりとした表情でミーシャンは空を仰ぎ見る。そしてしばらくして、自分がティラントーに乗ることはないだろうという思いが胸をよぎる。すると自然と視線が下がる。
「あ゛?」
その視線は、一台の馬車を捉えた。多量の幻晶騎士の部品が詰まれた2頭立ての馬車だ。今日届く部品はもう全て届いているはずだった。追加の部品が届いたにしても、此処は工房からまだまだ離れている。
「それに見慣れない馬車だな、こんな小奇麗な馬車は最近見かけてねぇな?」
ミーシャンは盗人をその場に放り出し、馬車の荷台へと乗り込んだ。そこには見覚えのある部品がずらりと並んでいる。
「こりゃあ
、
ミーシャンは部品の一つ一つを握りしめる。どれもこの国ではレーヴァンティアのために再利用されるだろう。それならばティラントーも本望だと納得もできる。だが、もしもこれが横流しや窃盗の類であれば、決して許すことができない。
ミーシャンは深く考えることなく、馬車の荷台に隠れた。
それから数日後、ミーシャンはイレブンフラッグスへと入国していた。
途中何度も御者と馬が変わり、小柄な少女に降りるように迫った。
その度に拳骨で意見を変えさせた。リール家の開祖は鉄不足を嘆き、鎚を作ることなく拳で幻晶騎士の装甲を鍛えたと伝わっている。その技は先祖代々脈々と受け継がれ、ミーシャンの拳は下手な鎚よりも強力である。
数人目の御者になる頃には、堂々と歌を歌いながら馬車の旅を楽しみ始めていた。
「俺たちゃ陽気な鍛冶屋~、陽気の秘訣はエールに喧嘩、酔いは熱風が覚ますさ、喧嘩もせずに鎚が振るえるか!」
ともあれミーシャンは正面から堂々とイレブンフラッグスの奥地にある『施設』へと潜りこんだのである。堂々と騎操鍛冶師と名乗れば誰もがすんなりと通してくれた。
入口は天然の洞窟だが、奥は幻晶騎士の工房になっていた。ミーシャンが務めていた工房と、ディンガー伯爵領の工房の中間程度の広さだ。
「いよっ、アンタらも精が出るね!」
『施設』の騎操鍛冶師に軽く挨拶をしながら仕事ぶりを覗く。どうやら試作の綱型結晶筋肉の動作テストや、それに見合った装甲を作ったり、源素供給器を導入するべきか否か等の議論を行っている。誰もミーシャンを気にする様子はない。気にする余裕もなく、どことなく顔色も悪い。
「ティラントーの残骸とレーヴァンティアの図面まで揃えてるかぁ。参考にして新型を作ろうとしてるってところかねぇ。となるとクシェペルカの誰かイレブンフラッグスに新型製造を依頼したか、イレブンフラッグスがクシェペルカに金を握らせて情報と部品を買い取ったってところか?」
中央の机にはレーヴァンティアやレスヴァント・ヴィードの図面の模写が置かれている。それぞれの機構への考察がびっしりと書かれている。そして隅には様々に弄られたティラントーの残骸が積まれていた。細かな情報が届いていない証拠だ。
「なぁ、お前、誰?」
騎操士風の男ナタルが工房内を見て回るミーシャンに声をかけてきた。
「アタイはミーシャン。騎操鍛冶師さ、此処は何してるんだい?」
「此処は、新型の幻晶騎士の開発を――」
「馬鹿じゃねーか!? ティラントーの部品があるんだからティラントー作ればいいだろ雑草頭ども!」
ミーシャンが下からナタルを睨みつける。ティラントーの部品をむんずと掴み、突きつける。
「実際に動かして、その機構と正しい動作を知らなけりゃ新型なんて作れやしねぇだろ! どうせいっぱい部品を買い取ってんだろ? とっととティラントー直しな、アンタが責任者か??」
「いや、ちょっと待て、そういう方針は施設長に――」
「うるせえな、新型なんてガワだけ変えたティラントー作りゃあいいんだよ!!! そうして徐々にティラントーを発展させてきゃあ、いつか新型ができるって寸法よ!!」
「でも黒騎士は前回の戦いで多くの弱点が――」
勢いで喋りまくり威圧するように見上げてくるミーシャンに、ナタルはたじろぐ。理屈は滅茶苦茶だが熱意だけはある。
「弱点だぁ、そりゃあ、相手が悪かっただけさ。ちょっと、いや、かなりだ……」
ミーシャンは口ごもる。『鬼神』や『双剣』といった強力な幻晶騎士にティラントーが勝てるかと言われれば、非常に難しい。
「どうせ作るなら、その『相手』を作ったほうがいいんじゃないか?」
「ふぅむ、なるほど、一理ある。じゃあ、早速ティラントー作るとするかい!」
「どうして――」
「さっきから見てりゃあここに居る連中、木の皮かじったオオカミみてぇな奴ばっかりじゃねえか! 一から新型作るなんて無理に決まってんだろ!? どうせ魔導演算機解析に10年かかるんだ! まずは、あるもん使ってあるもんを作るんだよっ!!!!」
『施設』は秘密主義であり、イレブンフラッグス全体よりも所属する旗のみの利益を重視する。倫理観は薄く、構成員がどこからか無理やり連れてこられるのは当たり前だ。
それがミーシャンというドワーフが工房にあがりこんで音頭を取り出しても、工房内の誰も疑問に思わなかった原因だろう。
その上でティラントー作りにおいてはミーシャンの指示は的確なのだから誰も文句は言わない。騎操鍛冶師たちもティラントーの構造と作り方への理解だけは深まっていく。
そのため、イカルガを模した幻晶騎士シラージュの第1号は実に8割がティラントーであった。
出力を増やすために結晶筋肉を増やす。ティラントーの合理性を叩きこまれ続けた副作用だ。さらにミーシャンがレーヴァンティアの技術理解が進むことはクシェペルカの不利益になると考え、レーヴァンティア系列の技術は一切使用していないことも原因だ。
しかし再現した銃装剣はそれなりの強化魔法が必須となり魔力が圧倒的に不足する。
これを解決するために外部からの魔力供給を行うことにする。巨大な盾に『
この盾を持って戦闘可能ではあるが、基本的な構造がティラントーであるため機動性をさらに悪化させることとなった。
「仕方ないねぇ、じゃあ、盾は飛んでもらうか!!!」
その場にいる者は誰も
そして完成したのが『魔力転換炉』4基に大気の壁を作らせ、その上を走らせるという構造の『飛空盾』だ。大気の壁に乗っただけでは落ちるので爆炎系統の魔法が作る爆風で自重を支えている。大型の源素供給器は常時稼働させることで必要な魔力は確保する。
これを騎操士一人で操作するのは困難であり、盾側にも数名の騎操士を乗せて半ば人力での制御である。声を掛け合うことで、タイミングを取るが、乱れれば飛行さえままならない。
試行錯誤の末に完成したが、誰もどういった理屈で飛んでいるのかは理解ができていない。何故か飛ぶ際にはエーテルが漏れ出ているが、どうして漏れ出るのか、どうしてその時のみ飛ぶのかも解らない。
上からの指示の元、さらなる調整と高品質の結晶筋肉や装甲の利用でシラージュを乗せることは可能になったが、当初の目的である魔力供給は十分ではなくなった。このためシラージュ側の源素供給器も常時稼働させることになった。
その結果費用は国王機並み。しかも使い捨てである。
「いやぁ悪趣味だ! こんなもん量産したら作ってる側が亡ぶね!」
こうして鬼神の姿を真似た幻晶騎士シラージュが作られていく。