よろしくお願いします。
約4000文字
頭が割れるように痛む。
水面が波打つように、断続的な痛みと痺れが脳裏を揺らした。
ジンジンと浸透するような痛みは鎮まらないが、頭を抑えながら首を振る。
──いつまでも痛がっていられない、頭ぶつけたんだっけ?
頭がぼんやりとしてて思い出せない。
それでも思い出そうと眉間に皺を寄せながら考え込むと、ふと最後に見た光景が浮かんだ。
そうだ。確か、夜道を歩いていた。
足をくじいて転けた先が階段で、真っ暗な地面に真っ逆さまに転げ落ちたんだ。
恐らく下はコンクリートだっただろう。
なら生きてただけ御の字か。
ぐわんぐわんと揺れる視界。
手を突いて、身体を起こす。……誰かに助けられてる?
眩む視界のせいで周囲がよく見えないが、俺の身体を
──いい人だな、見知らぬ男を助けようとするなんて。厄介事かもしれないのに……。お礼言わないと。
「……ぁ、ありがとう、ございます」
そう思って言葉を発して。
口から出てきたのは、今までの男声とは似ても似つかない可憐な声だった。
鈴の鳴るようなとはまさにこんな声音で、相当な美人を連想させる、ような……。
──え?
喉に手を当てる。
さらりとした手触りに喉仏はない。
──待て待て待て。男だぞ? 20過ぎの。ない訳ないだろが。
だが、何度触っても喉仏はない。
揺れていた視界も戻ってくる。
キラキラと輝くような豪華なシャンデリアから降り注ぐ光に照らされた、お城の中を思わせる豪華な調度品の並ぶエントランスホールが見えた。
立ち並ぶ甲冑や、絵画、壺なんかも一目で高いものだとわかる。
唖然と眺めていると、脇に立った女性が怯えと心配が混じった目でこちらを見てる。
──どういうことだ? 誰だ、この人。
「……あなた、誰ですか」
可愛らしい自分の声に、現実感を感じなさすぎてくらっとする。
ありえない。
俺の声がこんなに可愛いとか、なんでか恥ずかしさすら感じる。
だが、俺の言葉を聞いた女の人はもっとくらっと来たようで、怯えも心配も吹き飛ばして目を見開き、何事かを叫び始めた。
言ってる言葉の意味がわからない。
ぼーっとしたまま場面の推移を見守っているうちに睡魔が降りてきた。
続々とホールに人が集まり、医者らしき人物が黒服の男に連れられてこちらに走ってくるのが見えた。
その光景を最後に、俺の視界は静かに目蓋で閉ざされた。
目が覚めてからが大変だった。
何故か言葉がわかるようになったので会話には困らなかったが、何人もの医者が代わる代わる現れては診断をして、忙しなく部屋を歩き回る黒服の男に報告しては去っていった。
黒服の男は聞いているこっちが恥ずかしくなるような言葉を叫びながら俺、というよりこの身体の持ち主の事を心配し、とにかく
後になって思い出したが、その黒服はこの身体の持ち主の父親だった。
ただその時は記憶が混乱していてわからずに、曖昧に微笑むだけだったので、いっとう悲劇的なドラマの登場人物のように、黒服の男は滂沱の涙を流していた。
で。この男の名前と、この身体の持ち主の名前。
状況的な混乱に加えてこの二つが俺の混乱に拍車を掛けた。
結論から言おう。
男の名前は、ライト=ノストラード。
この身体の持ち主の名前は、ネオン=ノストラード。
そう、漫画の世界に入ってしまったようなのだ。
……うん、頭は打ったけど気は狂ってない、はずだ。
その事実を思い出してから落ち着くまで紆余曲折あって、ライト=ノストラードを3回くらい泣かせたが、なんとか自分の中でそう結論付けられた。
そこからも大変だった。
なんとか記憶を思い出し、記憶を頼りにパパと呼んだ時はもう、ライト=ノストラードが屋敷が震えてるんじゃないかっていうくらい大声で大泣きし、幾人も人を呼び付けては矢継ぎ早に部屋の飾り付けがどうとか、料理がどうとか、パティシエをとか、ネオンの好きな人体収集物をとか、とにかく大変だった。
なんとかライト=ノストラードを
だが、おちおちゆっくりもしていられない。
目を瞑って疲労を外に追い出しながら、ベッドに潜り込んで考えをまとめる。
一つ、ここは漫画の世界。
二つ、自分はその登場キャラクターである、ネオン=ノストラードになっている。
三つ、どうやら年齢は15歳らしい。
四つ、学校は通信教育なので欠席とかは大丈夫。
五つ、どうやら、本来のネオン=ノストラードは消えてしまった。
──そう。
いわゆる憑依ということになる。
罪悪感は特に感じなかった。
冷たい人間だと言われればそうかもしれないが、悪意があって乗り移った訳でもないし、罪の意識を感じる方が難しい。
少なくとも俺はそう考えてる。
区切りをつける意味でも自分の中に呼びかけてみたりしたが、特に返事もなし。
なので申し訳ないが、記憶と身体はありがたく受け取らせてもらって、有効活用して行くつもりだ。
なんたって、美少女だからな。
中肉中背の特徴のない男だった頃から比べれば大いなる進化だろ。
可愛いは正義である。
記憶は残っているので、ネオン=ノストラードがどんな人間だったか真似る事は出来る。
周りの人間に不信を抱かせる事はないだろう。
最初にライト=ノストラードを忘れてたのは衝撃による一時的な記憶障害だった、と医者が結論付けたから今までの錯乱に関して咎められることもない。
そして、漫画の世界にありがちな最後の一つ。
特殊能力だ。
ネオン=ノストラードは念能力者だ。
天然と言うか、無自覚というか、念能力者である自覚なしに念能力を発現し、100%的中させる占いを武器にしている女として作品に登場した。
確か、原作ではいつ念能力に目覚めたのか明記されてなかったが、15歳だとどうなんだろうか。
発現してて欲しいような、俺になった事で使えなくなってる可能性を考えてれば、まだ目覚めていない事を祈った方がいいのか。
そんな事を考えながら、眠れぬ夜を過ごして翌日の朝が来た。
そして。
デカすぎる薔薇の花束を抱えたライト=ノストラードが朝一番に乗り込んできた。
さすがに表情が引き攣ったオレを誰が責められようか。
「ネオン〜〜〜、パパですよ〜〜〜、昨日はよく眠れたか? ご飯はもう食べたか? ……そうか、まだか。パパにはネオンしかいないんだ、早く良くなってパパを安心させておくれ」
きゅるん、とでも効果音がなりそうな目でおっさんが見つめてくる。
げんなりとした表情を浮かべそうになるのを根性で必死に堪えたために、完璧な笑顔を浮かべているはずの俺の表情筋がヒクついた。
──疑われる可能性は減らす必要がある。少しでもネオンではないと思われてはいけない。
と言いつつも、まぁちょっとこの状況を楽しんでるけどな。
ふふふ、やるなら全力でだ。記憶を頼りに、我が全身全霊を懸けて
「パパ、こんなに朝早くからどうしたの? あたしはもう大丈夫だよ?」
言いながら、毛布を萌え袖のようにそっと掴み引っ張り上げて身体を隠す。可愛らしいキャミソールを着た美少女の肩が微かに毛布の裾から覗いているのがポイントだ。もう片方の手は虫歯ポーズを取ることであざと可愛さを追加。
そして極め付けにおっさんに負けず、きゃるるんと上目遣いにハートマークを散らしてやれば完璧である。
文字通りにハートを撃ち抜かれたような衝撃で花束ごと胸を押さえるおっさん。
ふっ、勝ったな。
「ぐふ!! ネオン、可愛い〜〜〜〜」
くねくねし始めたおっさんに「も〜パパったら〜」と笑いながら応対。
これが記憶の中のネオン=ノストラード+オレの中の理想の美少女像。
まさに完璧である。
しばらくそうして父親のライト=ノストラードと戯れた後、なんでもないような調子で、その話題は切り出された。
「そうだ、ネオン。よかったらパパの事占ってくれないか? ネオンのことが心配で心配で、少しでも安心したいんだ。お願いできるだろ?」
目が、笑っていなかった。
朗らかな表情。緩んだ雰囲気。今までの、他愛のない親子の会話。
それを全て上書きしてしまうほど強烈な我欲に濡れた瞳だった。
ピクリと表情が固まり掛けて、意識して解して笑顔を浮かべた。
昨晩眠ってから思い出した。
ネオン=ノストラードは8歳の時に念能力を発現した。
それから毎月、父親を占っている。始めは
始めは父親だけだった占いは、ファミリーの幹部から始まり、外部の人間にまでどんどんと手を広げていった。
最初パパに頼られてるんだ、と胸を張っていたネオン=ノストラードも、次第に自分が自分としてではなく、占うための道具として見られている事を自覚し始めた。
──っと今はこんなこと思い出してる場合じゃないか。
つまり、ここで念能力を使えるか、使えないかで、これから先の展開が天国と地獄に分かれる。
もちろん使える方が天国で、使えない方が地獄だ。
ゴクリと生唾を飲み込む。
俺の左手にはライト=ノストラードの名前と生年月日、血液型が直筆で書かれた紙がある。
緊張で右手に握ったペンに力が入る。
どうすればいい? どうすれば使える? そもそも、念能力は俺に変わっても引き継がれてるのか?
名前を見て、生年月日を見て、血液型を見る。
頭に入れて、そしてライト=ノストラードの顔を見た。
無意識に意識が飛んだ。
《
──発動した瞬間に理解した。ああ、これが念能力なのだと。
全能感とも、多幸感とも呼べない一種のトランス状態。書いている間の記憶は存在しないのに、占ったという達成感だけが残る。
ビッとペンを走らせて最後の一小節を書き終えると、意識が身体に戻ってきた。
「はい、パパ。できたよ」
出来た占いからすぐに目を逸らす。
見てはいけない。見ない方が当たる気がするから。
占えた安堵に目を閉じて一つ息を吐いた。
「でも、ちょっと疲れちゃったから一人にして欲しいの」
「お、おお! そうだな、パパが無理いってごめんな。ゆっくり休むんだよ。──
ぞわりと背筋が泡立った。
占えて良かったという安堵すら一瞬で吹き飛んだ。
ライト=ノストラードに背を向けて布団を被り、背中を丸めていた俺の頭を撫でる、その手付きが、もう。
ぞわぞわと身体が震える。粟立ちが治る気配がない。
触れられた頭から震えが伝わるかもしれないと恐れつつも、抑えきれないほど感情が溢れてくる。
俺は、人の視線や気持ちに敏感な方の人間だと思う。
だからこそ、よく伝わってくる。
──
オレはネオン=ノストラード本人ではない。だから、言う資格などないのかもしれない。
だが、それでも。
(それが実の娘に向ける眼差しか?)
なんでネオン=ノストラードはこんな男のために占っていた?
父親だからなのか?
悪いが、俺はこの男に対して嫌悪感しか抱けない。
・・・もしかすればこれは、潔癖とも呼べるオレの感性なのかもしれないが、娘を道具扱いをするような男とオレは相容れない。
今の念能力に対するやり取りだけで、ライト=ノストラードに対してそんな印象を抱いた。
そんな俺に気がつかず、上機嫌な様子でライト=ノストラードが部屋を出て行く音を布団の中で聞いた。
占いの内容がお気に召したのか、あるいは落下の衝撃で俺が念能力を失っていない確信が得られたからなのか。
どちらにしても、娘に対する喜び方じゃあない。
……俺の目標がさっそく一つ決まったよ。
ライト=ノストラード。あんたの影響下から抜け出す事だ。
これは、絶対揺るがない目標だと俺は確信した。
続きは明日の同じ時間に更新予定です。
よろしくお願いします。
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誤字報告お礼
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ありがとうございます。