今日も今日とて占い師はがんばります   作:風梨

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約13000字



弟子達

 

 

 

 その日の太陽は燦々と空気を暖めていた。

 港では、海面に反射した煌めきが眩しいくらいに輝き、えいやーと男たちの掛け声が響き渡る。

 吹き抜ける海風は磯の香りを運んでいる。

 

 すうっと吸い込んだ空気は味があった。

 

 吸いやすいとは言い難いけど、どこか胸をいっぱいにしたくなる味だ。

 あたしは白いワンピースと麦わら帽子を身につけて、そして、ビーチサンダルを履いて両手を後ろに組みながらゆっくりと海岸をお散歩していた。

 

 時折屈み込んでは水面に映る海の青々とした輝きや、海の下で自由に泳ぐ魚たち。

 海の地平を目指して進む漁師たちに手を振り返しながら、穏やかな朝を過ごしていた。

 

 ふと思い立ってビーチサンダルを脱いで両手に左右のサンダルを掴んで、素足でトントントンと砂浜を駆けた。

『纏』で強化された素足は石や砂程度ではかすり傷一つ負わない。

 白く美しい、柔らかく触れれば折れてしまいそうなあたしの足も、大人を優に超える脚力と頑丈さを備えている。

 

 修行中も欠かさなかったビスケの《魔法美容師(マジカルエステ)》のおかげであたしの美容は最高レベルで保たれている。

 くるくる回りながら、自慢の美しい桜色の髪を風に靡かせてあたしは整った顔に笑みを浮かべる。

 きっと楚々とした美少女のように、側からは見えている事だろうけど。

 

 ──んはーっ! 

 美少女のバカンスってさいこ──っ!!! 

 

 内心で、そんなバカな事を叫びながらザバン市の朝は穏やかに過ぎていった。

 

 

 

 

 

 そんな朝を過ごした後のあたしはすぐさま修行に入る。

『練』の持続時間、『流』の速度、戦闘センス。

 今まで身につけたものに関しては、ビスケからもカイトからも太鼓判をもらう程十分な実力を備えている。

 

 ──目下、あたしの最大の弱点は実戦経験の少なさだ。

 

 ビスケとの鍛錬、G.Iで怪獣に対する対応力。

 丸3年に近い鍛錬でこの2つに特化し過ぎた。

 

 なので半端な実力の相手は明確な格下となってしまい、実戦というには緊張感のない戦いとなってしまうし、今いる戦闘系メンバー(ビスケやカイト)と全力で戦闘しようものなら《天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》や《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》が必要になってくる。(格上との戦闘経験は積めるが)

 もちろん、念能力を使わない状態で善戦することは出来る。それでも実践経験の有無の差は大きく、実力が拮抗しているとは言い難い。

 

 弱すぎもせず、強すぎもしない。

 そんな微妙な実力のあたしに対して白羽の矢が立ったのは『ナックル』と『シュート』だった。

 シュートは不明だが、ナックルの戦歴は5000を超える。

 膨大な戦闘経験を持った念能力者だ。

 

 しかし、その顕在オーラ、潜在オーラ。そして恐らく才能と技術。

 そういった面であたしに劣っている。

 モラウさんの見立てでは『素のお前とならどっこいどっこいじゃねーか?』とのことだった。それでも、念を覚えて僅か3年のあたしが念能力なしで、あのナックルと互角であるというのは凄まじい事である。普段ビスケにボコボコにされてる身としてはあまり実感はないけどね。

 

 ──実際に会って、拳を交えた後のナックルはめちゃくちゃ良い奴だった。

 もはや今ではライバルと書いて友と呼びたいくらいのベストフレンドだ。

 肩を組んで歩きてぇとあたしの中の男がムクムクと起き上がってくるのを感じるくらいだ。

 

 実際に肩も組んだ。楽しかった。(その時はシュートがひどく羨ましそうに見てくるので、シュートとも肩を組んだ)

 ……女の子の可愛さを維持しつつ、男っぽさもある。

 あれ? ありじゃね? ネオンとしてはわからんけど、十分ありじゃね? 

 これはネオンちゃん美少女計画の一部として要検討ですわね。

 

 でも、今でこそ仲良しのナックルとも、出会いは最悪の一歩手前くらいだった。

 初対面での印象を一言で言うなら『場末のヤンキー』これに尽きる。

 まさか、あんな出会いになろうとは……。

 

 

 

 

 

 

 その日、ナックル=バインは非常に気が立っていた。

 

 シュート=マクマホンと一緒に歩いてはいるが、その歩幅には大きく隔たりがある。

 時折ため息をつく様に足を早めて付いてくる、スカした素振りを見せるシュートに苛つきながら、しかし怒鳴るほどではないため堪えながらナックルは歩く。

 

 向かっているのは彼らが師匠(ボス)と仰ぐモラウ=マッカーナーシの下だった。

 呼ぶ予定はなかった、と前置きされながら良い経験が積めるだろう、とそういう理由で呼ばれた。

 それに否はない。

 師匠に従うことに不満はないし、むしろ師の仕事ぶりを学べると考えればナックルとしても大歓迎だった。

 

 しかし、それは依頼内容にもよる。

 かなり渋られたが、教えてもらった依頼の報酬額は前金50億J、成功報酬50億J。

 合計で100億Jを超えるビッグスケールの依頼だった。

 

 初めはなんだその金額。どんなデカい仕事だ、と肌を泡立たせたナックルの興奮が持ったのも、依頼主の情報を教えてもらい、調べてみるまでだった。

 依頼主はなんとマフィアの娘。

 しかも19歳だ。

 明らかにメンドくさそうな、しょうもない依頼に思えてきて、ナックルは当初の興奮も忘れて、その代わりに苛立ちを募らせた。

 

 己の師匠が金に釣られて下らない依頼を受けたのか、とも思って再度電話をかけて問い詰めたが、『言えねェし言う必要もねェ。さっさと来い』の一点張りで何も教えてくれなかった。

 

 来いと言われれば断る理由はない。

 だからナックルとシュートは素直に向かってはいるが、その内心までは別だ。

 

(会ったらぜっっってー、一発ぶん殴ってやるぜ、そんなクソみてぇな依頼主をよ。ボスの顔に泥塗っちまう事になるが、クソみてぇな依頼受けるよりゃマシだろーが)

 

(また始まった。依頼内容を聞いていないのに何故憶測でそこまで激情に駆られる事ができるんだ、この男は……)

 

 もっともシュートはナックルとは違い、呆れとも諦めとも言える心境だったが。

 

 

 

 辿り着いたのは所謂最高級ホテルに分類される建物だった。

 一泊する事ですら、ナックルが知るよりも桁の違う金額が消費されるであろうホテルだ。

 

 煌びやかな、しかしさり気無い品のある高級感の中で居心地の悪さを感じながらナックルは確信を深めていった。

 

(けっ、金持ちボンボンで親のスネ齧って、しかもその金は黒い金と来た。もう我慢ならねぇ、殴る。ボコす。これは確定!! ビタ一文動かねぇ!!)

 

(……ナックルのことは、先に電話で伝えておいた方がよかったかもな。……しかし、それはそれで俺が抑えとして機能していないという事……。どちらにしても結果は同じ、か。なら、このまま連絡はせず、ナックルに裏切られたと思われない方がこの先の面倒が少ない。……はぁ)

 

 ナックルは思い猛り、シュートは思い凹み、凸凹コンビは目的地である最高級スイートルームに通される。

 部屋に入れば彼らもよく知る人物であるノヴがソファーに腰掛けて待っていた。

 

 彼らが部屋に入ってくるのとほぼ同時に腰を上げて、挨拶も後にしてノヴはなんの変哲もない壁に近づいていく。

 

 

「来ましたか。ナックル、シュート、依頼人は私の部屋で待っています。あなた達はあくまで私とモラウのサブである事を忘れない様に。いいですね」

 

「……わかってますよ」「わかりました」

 

 実際にノヴから落ち着く様に声をかけられて多少は沈静化したナックルではあったが、その内心の猛りは全く鎮まっていない。

 ナックルの表情からそれを察しながら、しかし直接の弟子ではないのでそれ以上の言葉をノヴが続けることはなかった。

 

「では、行きましょう。私の後に続いてください」

 

 ドプンと音を立てながら壁に向かって沈んでいったノヴに続いて、ナックルとシュートは入っていく。

4次元マンション(ハイドアンドシーク)》である。中に入るといつも通り着地し、周りを見渡せばある程度の家具が持ち込まれており、この一室がそれほど広くない部屋であることがわかった。

 

 待機室として使っているのだろう。

 ソファーや水、食糧などがある程度の生活が送れる様に整えられていた。

 彼らの師匠であるモラウはソファーに座っており、その近くには金髪のツインテールの少女と青い帽子の男もいた。

 

 そして、その中にソファーに座ってヘラヘラと笑いながら手を振ってくる桜色髪の女がいた。

 写真の見た目と一致する。恐らくコイツが依頼主。

 脳天気な笑いに再び怒りが沸騰しそうになるが、師匠の手前それを収めてナックルは大股に近づいていった。

 

「──おう、ナックル=バインだ。てめーがボスの依頼主か? ああ?」

 

 喧嘩上等。

 そんな意気込みで話しかけたナックルではあったが、返ってきた反応はのほほんとしたものだった。

 

「うん、そうだよー。あたしがネオンね。よろしく」

 

「お、おう。よろしく。──ってそうじゃねーよ!?」

 

 ついつい釣られてのほほんとした反応を返しそうになってナックルは慌てて声を荒らげた。

 指を真っ直ぐに突きつけて、思いの丈をぶちまけるように捲し立てる。

 

「てめーが黒い金でボスを雇ったって事は調べが付いてんだ。どういう意図なんだ? ええ? マフィアの娘さんの依頼なんてどうせ碌でもねー内容なんだろうが、オレは金になんざ目を眩ませねえぞ!」

 

 ふと視界の端で、彼らのボスが頭が痛そうに額を押さえながら俯いたのがわかったが、ナックルはそれを気にせず言葉を続ける。

 むっとした顔をした依頼主に向かってせせら笑う。

 

「はっ、図星かてめー。今ならまだ引き返せねえこともねーぞ。だがもしまだやる気だってんなら、オレがぶん殴ってその目を覚まさせてやるよ」

 

「……言ってくれるじゃん。ねぇ、モラウさん。予定にないけど、あたしコイツボコりたいんだけど」

 

「……奇遇だな、オレもボコりたいと思ってたとこだが、今回はお前さんに譲ってやるよ」

 

「おっけー。じゃあ、ノヴさんあの部屋に移動お願いします」

 

「……まぁ、こうなるような気はしていましたがね。わかりました、一旦この部屋を出ますよ。部屋同士で移動できないのでね」

 

「はっ!後悔してもおせーからな」

 

「……さて、終わった頃にはどうなっていることやら」

 

 ノヴの囁く様なその言葉の意味を掴む前にナックル達は移動を終える。

 上着を脱ぎ捨て、戦いのため軽く準備運動をするナックルにシュートが近づいてくる。

 その動きを把握しながら、ナックルは反応する動きを見せなかった。

 ただ一言。

 

「……止めるつもりはねーぞ」

 

「わかっている。今更お前が止まらないって事はな。……お前もわかっているだろうが、あの娘。相当な手練れだぞ」

 

「ったりめーだ。じゃなきゃマジで喧嘩売るかよ。……ゲンコでぶつかりゃ見えてくるもんがあんだ、すっこんでろ」

 

「……わかった。精々一発で伸されるなんて事がないようにな」

 

「誰に言ってやがる。俺はナックル=バインだぞ」

 

 それっきりシュートとの間に会話はなく、ネオンの準備が整った事でお互いに距離をとって構える。

 薄手の白いワンピースに素足と素手。

 ピンク頭には奇怪な『念獣』を乗せている。

 湧き上がっているオーラは相当に多い、か。

 

 ……いや、相当? いやいや、それ以上だろ。

 ……いやいやいや、おいおいおいおいまじかよ、コイツボス以上の潜在オーラ持ってねェか!? 

 

 向き合い、お互いのオーラを『練』で見せ合う瞬間。

 ナックルはその5000を超える戦歴からネオンのオーラ量を捕捉、予想した。

 その数値は恐るべきものだった。

 

 ボスの3倍……、いや、5倍!? もしくはそれ以上……。

 化け物じゃねーか、おい。

 ナックルは知らず冷や汗を流す。

 

 オーラ量の多寡が念能力者同士の勝敗に直接寄与することはないが、一つの指標になる事。

 そして、ナックルの念能力である《天上不知唯我独損(ハコワレ)》は、このオーラ量によって成り立っている戦術であるからこそ、この戦闘が自分にとって圧倒的な不利から始まる事を悟る。

 

 ──まじぃな、トばすことは考えない方がいいか? 

 下手すりゃ俺のオーラが先に尽きるぞ、つか、どんな修行すりゃこんなオーラ量に育つんだよ。

 仮にネオンのオーラをボスの5倍の35万オーラと仮定するなら、初撃300オーラを与えた後に逃げ続けたとして、大凡12分30秒間逃げ続けなきゃなんねー。この空間の広さで想定すっとさすがに無茶があるな……。っつーかぶん殴るつもりでやんのに逃げる前提で考えてられっかよ! 

 

 先手必勝! 

 そう言わんばかりにナックルは攻撃を仕掛ける。

 

(まずは格闘レベルを測る!)

 

 そこから今回の勝利条件を探っていく。

 ボスからもネオンからも、能力に関する制限は何も言われていない。

 そこから何でもありと判断できる。

 

 負けを認めた方が負け。

 ──やってやる。てめーの力見せてみろや!! 

 

 一気呵成(いっきかせい)に挑みかかったナックルを待っていたのは、しかし、まるで柳の様な完璧な防御だった。

 理を追求した型を用いた上で滑らかなオーラの攻防力移動。

 寸分違わずナックルと同等かそれ以上のオーラを『流』で変動させてくるネオン。

 自身が繰り出せる最高速度の拳を交えてですら、この結果。

 

 ナックルが、己の想定よりも現状がさらに良くないと判断するまでに掛かった時間は僅か1秒に満たない。

 驚異的な状況把握能力だった。

 しかし、それを理解したところでナックルに取れる手段はそう多くはない。

 ゆえに仕掛けるのは撹乱。

 攻撃を誘発する手。

 

(オラ、一発逝っとけや)

 

 捨身の攻撃を仕掛ける事でネオンの隙を誘い、腹部に対して強烈な打撃を与える。

 速やかな『流』で防がれたためにダメージは少ないが、目的は達した。

 打撃の衝撃を使って背後に飛び去るネオンに対して、ナックルの能力発動条件は満たされた。

 

天上不知唯我独損(ハコワレ)》発動! 

 

 ポットクリンが具現化され、ネオンの横に浮かび上がる。

 ネオンはチラリとそれを見るが、全く気にした様子もなく突っ込んでくる!? 

 

 ──おいおい、とんだ脳筋野郎か?! 

 一瞬の逡巡すらなく突っ込んでくるか普通!? 

 

 自分に仕掛けられた能力。

 それがなんであれ多少は訝しむ隙があって然るべき。

 

 ナックルの基本戦術として、その隙を利用して仕掛けた後に能力の説明を行なって多少の秒数を稼ぐというものがある。

 というのは、もしネオンのオーラを受け取って一括返済されてしまえばポットクリンは消えてしまい、超過したダメージはナックルに返ってくる。

 時間が経過しトイチの割合がデカくなれば一括返済のリスクは限りなく薄くなる。

 

 つまり、ナックルが《天上不知唯我独損(ハコワレ)》を使った際の最適解としては、ポットクリンを付けられた直後のラッシュがベストでありベター。

 無論、返済されたとしても再度付け直す事は可能! 

 しかしそれはナックルのオーラ量の減りを早める事と同義。

 貸すという能力の性質上、オーラ量で負けている相手に対しては実質ポットクリンを出せば一度しか使えないと思った方が良いと言う事。(逃げ出せば別だが)

 でなければ、相手をトばす前に自分自身のオーラが切れて負け確定とならざるを得ない。

 

 様々な要因はあるが、つまり、この場でネオンがナックルに突っ込んでくるというのは最適解だった。

 それに対してナックルは、生まれた動揺の一切を瞬時に消し去る。

 

 戦闘経験の豊富さゆえに、戦闘中の後悔や問題に対しての思考が、その後の戦闘に悪影響を及ぼす危険性をナックルは理解している。

 ゆえに忘れる。

 目の前の敵をより多くぶん殴る。

 ただそれだけに意識を集中させ、ナックルは吠えた。

 

「こいやオラァァッァァ!!!」」

 

 青筋を立てて大きく口を開き、両腕をハグするように開いたナックルに対して、ネオンは嬉々とした笑みを浮かべて突っ込んだ。

 時間にして十数分。

 何百、あるいは何千という拳の応酬が交わされた。

 その間の差し引きはプラスマイナス0。

 ポットクリンのカウントはほぼ変動がない。

 

 オーラを貸すという特殊な戦闘はナックルの十八番。

 初めてそのような戦闘に身を置くネオンは意気込み十分とはいえ完璧に対応を行う事ができなかった。

 それゆえ、顕在オーラで圧倒的な有利をナックルに対して取っているにも関わらず、ネオンは一括返済をナックルに対して行えていない。

 ナックルの能力の性質を把握しているネオンは自分が最適解を選んだ事を自覚している。

 だというのに詰め切れない現状に強い焦燥感を抱いていた。

 それこそ切り札(ヴィーちゃん)の一つを使う事を検討するほどに。

 

 

 一方でナックルはナックルで追い詰められていた。

 消えはしないが、増えても行かない数字。

 それはナックルが全身全霊で攻撃と駆け引きを仕掛けた上での結果だった。

 ポットクリンの返済に身を任せて防御を捨てて『硬』で貸した。

 それを餌にして生まれた隙をついて大量のオーラも貸した。

 込めたオーラは最大限強めたし、ぶっ飛べと気合も込めて殴った。

 

 距離を取ればその分だけ時間の猶予が生まれてナックルが有利になる。

 しかし、ネオンはその全てに徐々に対応しつつある。

 始めは吹き飛んでいた体勢も今ではしなやかに受け止めてその場から動かず、あまつさえ反撃すら行なってくる。

『硬』にも誘いにもどういった原理か全て察知され始めている。

 

 どん詰まり。

 ナックルがそう判断を下すのも無理はない。

 そしてネオンが念能力使用の判断を下すよりも早くナックルは決断した。

 すなわち『逃げ』。

 あえて使っていなかった蹴り技を含めたコンビネーションで一気にオーラを貸し付けたナックルは、攻撃の反動を利用して瞬時にその場から離脱。

 ネオンに背を向けて猛然とダッシュした。

 その時ナックルは、もはや当初の目的も忘れて勝つことに拘っていた。戦闘系念能力者の性である。

 

 

 呆気に取られたのはネオンだ。

 行き詰まった現状を打開するために念能力を使うか、どうするか、そう悩んでいる最中であったこともあって寝耳に水といった状況は唖然とネオンの行動再開までの時間を作ってしまい、貴重な時間を無為に過ごさせた。

 固まったのは僅か2秒。

 慌ててナックルを追いかけるネオンだったが、この2秒で距離を離したナックルを捉えるのは容易ではない。

 結果として、1分後にはポットクリンのカウントが初めて2000を超える。

 

 焦ったのはネオンだ。

 このまま逃げ切られれば確実にオーラの加算は増え続け、それはネオンの攻撃が返済に充てられてナックルに対してダメージを与えられない結果を生む。

 ついに決断する。

 ネオンのオーラの変質を悟ったナックルはより距離を取りながら、細やかにネオンの様子を伺う。

 

(ついに能力を使ってくるか。随分と焦らすじゃねーの。ま、どんな能力だろうが逃げ続けてやるけどな! ひゃはは)

 

 変質は僅かに一瞬。

 しかし、その変化は明白だった。

 ネオンの全身が今までよりも強く輝き、今までですら化け物レベルだったオーラ量がさらに跳ね上がる。

 髪を波打たせ、ネオンの頭部の『念獣』が甲高く鳴いた。

 

『ゔぃいいい!!!』

 

 オーラが漲る黄金色に煌く瞳を血走らせながら、今までよりも2割以上増したオーラ量と速度で、ネオンは一気にナックルに詰め寄ってくる。

 さながら加速装置に乗ったが如き急激な変化だった。

 ただでさえスムーズだった『流』が見るだけで鳥肌が立つレベルで滑らかになる。

 そのオーラを用いた瞬発的な脚力はナックルの想像を超えて、瞬時に猶予のあった距離は0になった。

 

(まじかよ!! どんなカラクリだ!?)

 

『逃げ』から『受け』に速やかに移行したナックルの判断力は見事と言うほかない。

 しかし、《天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》と《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》を併用発動させたネオンは、超一流のレベルに足を踏み入れている。加えて、ジン=フリークスとの邂逅(かいこう)を経て危機感を覚えた『念獣』はこの短期間でさらに成長。その能力は超一流の先にすら届きうる。つまり、人類最高峰へと。

 それは、ナックルがどうにか出来るレベルを優に超えていた。

 

 作ったはずの2000の借りは僅か3秒で返済された。

 それは数にすれば十数手であったが、内容はナックルですら心が折れかねない、完璧な着手だった。

 圧倒的な実力差。

 それを理解したナックルはしかし、諦めると言う選択肢を浮かべない。

 

(……上等だコラ。どんなカラクリか知らねーが、時間制限でもねーとそのくらいの能力は得られないだろーが! 粘って粘ってぶん殴る! それで決まりだ!)

 

 その判断は概ね正しい。

 制限時間が、1時間を超えるという大誤算を除けば、であるが。

 

 

 

 

「ぶへら!!!!」

 

 当然の帰結と言うべきか、ナックルが1時間も粘る事は出来なかった。

 ナックルが時間制限の可能性に思い至ってから約3分後。

 ポットクリンを返済されたナックルに有効打を与えられる様になったネオンの猛攻に対して驚異的な粘りを見せたものの、ナックルは顔面を強烈に殴打されて吹き飛んだ。

 情けない声を漏らしながら吹き飛んだナックルに同情の目を向ける者はいない。

 

 それ見たことか、と言わんばかりのシュート。

 多少の溜飲は下がったのか鼻息の荒いモラウ。

 やれやれとメガネの位置を直すノヴ。

 無言で眺めるカイト。

 ビスケだけは、能力併用までしなければならなかったネオンに対してぷりぷりしていたが。

 

 吹き飛んだナックルに対してネオンが近づいていくが、もうその身に『堅』を纏ってはおらず、黄金色に輝いていた瞳も普段の色彩に戻っていた。

 壁に激突し背中を壁に預けながらだらりと力なくヘタリ込むナックルに対して、ネオンは少し心配そうに声を掛けた。

 

「え──っと、大丈夫? ごめんね、ちょっと本気で殴りすぎたかも」

 

「……へっ、いいはんひだっはへ(いいパンチだったぜ)あんはやるはへーは(あんたやるじゃねーか)

 

「……やるじゃねーか、じゃねーんだよこのバカチンが!!」

 

 ゴチンと盛大な音を響かせながら瀕死のナックルにゲンコツを振り下ろしたのはモラウだった。

 悶絶する余裕もないのか、目に火花をちらしたナックルはぐわんぐわんと揺れる視界でモラウの言葉を聞く。

 

「てめー、人の依頼主に食ってかかるわ、その依頼主で護衛の対象に負けるわ、あげくの果てに謝りもしねーで『やるじゃねーか』だと……? その性根今すぐ叩き直してやる…………!!」

 

「まぁまぁ、モラウさん。そのくらいにしておきましょうよ。頑丈なナックルといえど、さすがにこれ以上は死んでしまいますから。──で、納得はしましたか?」

 

「……はい、ノヴさん。殴り合ってわかりましたよ。コイツはわりー奴じゃねーって。……食ってかかって悪かった。この通りだ」

 

 傷だらけの身体に鞭打ってガバッと頭を下げるナックルにネオンはぶんぶん手を振って慌てて言う。

 

「ええ!? いいよ別に! 確かにむっとしたけど、いっぱい殴ってスッキリしたからもう気にしてないって!」

 

(((あぁ、やっぱり殴ったからなのね)))

 若干そんな気がしていた『幻影旅団』討伐メンバーはその時心を一つにした。

 

 

 

 

 

 

 

「──で。シュート、お前も自己紹介くらいしとけ」

 

 ナックルがその後気絶し、しょうがなくソファーで寝かせた後にモラウがシュートに声を掛ける。

 ビクッと体を震わせた後にネオンに向き直ったシュートはチラッと目を合わせた後にすぐに目を伏せてボソボソと喋った。

 

「……すまない、挨拶をするタイミングがなかった。ナックルと同じくモラウさんの弟子でシュート=マクマホンという。微力ではあるが力になれればと思う。よろしく頼む」

 

「……あー、こんなだが悪い奴じゃねーんだ。許してやってくれ」

 

 ガシッとシュートの肩を掴んでぽんぽん叩くモラウに対して、ネオンも特に気にせずに明るく笑った。

 シュートがこういう性格で、いざとなれば力になってくれることをネオンは知っている。

 だから、一切の負の感情を持たず、むしろ好意的にシュートに微笑み掛けた。

 

 その笑顔が、シュートには輝いて見えた。

 

 それはシュートが思うに、初対面の女性から向けられる初めての好意的な感情だった。

 内気で内向的。

 それが災いして他人の視線や感情には敏感なシュートだからこそわかる。

 この女性は自分に対して全く隔意を持っておらず、その言葉は純度100%の本音であると。

 

「ぜんっぜん大丈夫! シュートはきっと頼りになるよ。あたしはネオン。ネオン=ノストラード。よろしくね、シュート」

 

 ニコリと笑った桜色の女性は、とても可愛かった。

 小柄で女性らしい体格のネオンの容姿は控えめにいっても美少女だ。

 白い肌に珠のような質感。

 大きなくりくりとした瞳を感情に合わせて変化させる姿。

 そんな戦いとは無縁そうな見た目なのに、あのナックル相手に一歩も引かずに真剣に戦って勝利もしている。

 

 そんな女性が自分に好意的に微笑んでくれている。

 ぎゅんと心臓が締め付けられる感覚にシュートは狼狽しながらも、ネオンの自己紹介に対してコクコクと頷いて答えた。

 

 簡単な自己紹介が終わって、モラウがシュートの様子に若干の違和感を覚えてすぐ。

 ビスケが思い出したように呟いた。

 

 

「……そういえば、もう一人くる予定だったわよね。そっちはどうなの?」

 

「ええ、そろそろ到着する予定ですよ。おっと、噂をすれば」

 

 Prrrrrと鳴る携帯を手に、ノヴが虚空を見上げた。

 

「パーム。ええ、今行きます。そこで待っていなさい」

 

 最後のメンバーが到着した報せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 それはパーム=シベリアにとって一日千秋の思いで待ち続けた人物からの連絡だった。

 

『──と、いうことで、詳しい事は話せませんが、あなたの力が必要になりました。今すぐこちらに移動できますね?』

 

「はいっ! はいっ! もちろんですノヴ先生!」

 

『……今すぐと言いましたが、準備を整えてから来るように。最低限の身嗜みは整えてきなさい』

 

「えっ! はいっ! わかりました!!!」

 

 それはパームにとって甘露にも勝る言葉だった。

 あの! あのノヴ先生が! 

 私に身嗜みに気を使うように言うなんて! 

 この世の春を迎えたように小躍りしながらパームはさっそく衣装棚を開き、ありとあらゆる観点からよりノヴに相応しい服装をリサーチするため大量の雑誌を買い込み、貯めておいた貯金も盛大に崩して身嗜みを『最低限』整えた。

 

 それは正しくメタモルフォーゼとも言うべき変化だった。

 ボサボサだった髪は艶やかな色を出しており、女性らしさをアピールしていた。

 落ち窪んだ目元は快適な睡眠と化粧と『最低限』のマッサージによって劇的に改善しており、張りのある10代と言っても良い程の肌を取り戻した。

 爪の先から髪の先まで、身体中の至る所までもし、もしもしもしもしもしもしノヴ先生に。なんてきゃあきゃあ言いながら『最低限』整えた後のパームの姿を見て、元の亡者のようだった人物と同一視できる者は皆無だろう。

 

 それは野に咲く可憐で清楚な花のようだった。

 腕を伸ばして体の正面でカバンを両手で持ち、静々とゆっくりと歩く姿は街ゆく男たちの目を釘付けにするほどだった。

 しかし、パームがその視線に何ら影響されることはない。

 彼女の脳裏にはノヴに出会ったときの妄想が、数千あるいは数万パターンにも及び繰り広げられていたから。

 

(うふふふふふ、ノヴ先生♡今パームが行きますね♡)

 

 

 

 しかし、残念ながらパームがノヴに出会った時にその妄想の内たった一つでも役に立つことはなかった。

 

 なぜなら。

 ノヴと再会して、パームの変化にノヴが目を見張り、軽く褒めた(深い意図はない)瞬間にパームは人生の内でこれ以上の幸せはないという程の絶頂にまで上り詰めたから。

 想定した妄想など木っ端微塵に吹き飛んでパームの脳内を桃色に染め上げた。

 

 もうこれ以上の幸せはない、とパームが思ったその数分後。

 今までの幸せな時間が一瞬にして地獄と化してパームの胸中はおびただしいほどの罵詈雑言で埋め尽くされた。

 

4次元マンション(ハイドアンドシーク)》に入って、今回の依頼内容を聞かされて。

 自分が何故呼ばれたのか、目の前にいる女性が誰なのか把握した。

 

 ほぼ無我の境地だった。

 ボトリと落ちた鞄の音がどこか遠くで聞こえた。

 説明される言葉が右から左へパームの脳内を過ぎ去り、しかしパームがノヴの言葉を聞き逃すなどありえないためしっかりと拾ってしまい。

 状況を把握したパームの怒りは、否、憎悪は。

 今までの幸せを反動として容易に我慢の限界を突破した。

 

「こんの、どろぼうねこがあああああッッッ!!!!!」

 

 ぎょっとしたネオンが能力を行使することはなかった。

 ナックルとの戦闘で3分間能力を行使したために、冷却時間中のネオンは念能力を行使できない。

 咄嗟に『練』を始動させたネオンはしかし冷静にパームの一撃を受け流す。

 

 感情が込められた強化系の一撃は強烈だった。

 しかし、パーム自身の戦闘経験の低さ、そして練度の低さによってその上限の振れ幅はネオンから見ても児戯のレベルだった。

 

 それゆえに周囲も特に止める事はなく。

 

 ノヴもやれやれと言わんばかりに肩を竦め。

 シュートは良い所を見せるチャンス! と思ったは良いもののオロオロとしてしまい。

 モラウはかっかっかと笑い。

 ビスケは『あらまあ』と口に手を当てて形だけびっくりし。

 カイトは一瞬殺気立つが、ネオンにあしらわれるパームを見てため息を吐き。

 ナックルは気絶したまま目を覚ます事はなかった。

 

「ちょっと!?!? 見てないでどうにかしてよ!!?」

 

 そう言って今日一番の悲鳴を上げたのは、残念ながらネオンだけだった。

 それから約3時間後。

 

 

 この世の全てを破壊してやると言わんばかりであった鬼婦人パームも、ようやく落ち着きを取り戻していた。

 ただし、先ほどとその関係性はむしろ真逆になっていたが。

 

 

 

 

「──だから! そこでぐいっといくのよ! 男なんて単純なんだから! そこでいかなきゃいつまで経っても進展するわけないじゃん!」

 

「で、でも、そんなに積極的になんてできないわ」

 

「バッカ! 男なんてね、結局は全部一緒なの。一見クールそうに見える人がギャップにやられることだってあるんだから、パームはもっと積極的にならなきゃ!」

 

「そ、そう?」

 

「そう! せっかく可愛いんだから、もっと活かさないと! ね、ビスケもそう思うよね!」

 

「……そうだわね!」

 

 ビスケは思った。

 あれ? どうしてあたしがここに座ってるんだわさ? と。

 パーム、ネオンが当初殴り合いを繰り広げ、ちょっとしたタイミングでノヴの話となり。

 パームの好き好きオーラに感化されたネオンが、なぜか説教を始め。(3年間。ネオンに説教をしすぎたビスケの影響であることは知る由もない)

 説教を話すうちにノヴがそそくさと部屋から出てゆき。

 モラウ、カイトがコーヒーを飲みながら談笑を始めたため、自分もどこかで時間を潰してくるか、と立ち上がったところまでは普段通りだった。

 そこで、ぐりんと頭を回したネオンに捕捉され、ビスケに意見を求めてきたのが運の尽き。

 なんだかんだでついついお節介を焼いたビスケは気がつけば、パーム、ネオンと一緒に3人で車座を作って女子バナに花を咲かせる結果となった。

 

 ……どうしてこうなった? 

 ビスケは再び自問した。

 

 

「でしょ!? ほら、パームって化粧の基本とかはあたしよりも知ってるじゃん。なんでそれを普段から活かさないのよ」

 

「だ、だって。私なんかが化粧したって煙たがられるだけだわ……」

 

「ちっが──う! 女の子は内面から可愛くなるの! 化粧はもちろん他の人に見せるためだけど、化粧をしている時間が女を美しくするの! ね、これビスケの受け売りなんだから!」

 

 ビスケは思った。

 もう、ここまできたらどうにでもなれ、と。

 ビスケは今まで抑えていたアクセルを踏み切った。

 

「そーよ!! 可愛くなろうって気概もないならそこで停滞! あとは加齢で落ちていくだけ! そんなことに胡座かいてちゃせっかくのチャンスを取りこぼすよ!」

 

「ほら!! ビスケもこう言ってるんだよ? パームももっと女の子しなきゃ!!」

 

「で、でも……」

 

「デモもシカシもな──い! やるの! やらないの? やるしかないでしょ!」

 

「あんた、そりゃ相当無茶な理論だわさ」

 

 さすがにそれはないと手と首を振るビスケ。

 ネオンが自分の真似をしているとは気が付いていない。

 

「ノヴさんって、あたしが思うに『クールそうに見えて根が真面目で苦労人気質でプライドが高いけど繊細で意外に小さなことをいつまでも気にするタイプ』ね」

 

「あら。あんた、わかってんじゃないのよさ。あたしもあながち間違ってないと思うわよ。ただあんの鉄壁男を崩すならぐずぐずしてちゃダメね、幸いあんたは弟子って立場にあるんだから、指導を盾にすれば一緒にいる時間を取る事は難しくないわさ」

 

「そう! 一緒にいるって大事! 接触好感度って知ってる? 人って一緒にいればいるほど自然と好感度は上がっていくものなの。それが異性でちょっと可愛い子だったりすればその効果も倍増! あたしが保証する! やるっきゃないの! はい! 返事!」

 

「わ、わかったわ」

 

「よーし! 早速始めるからね!! ビスケ!!」

 

「まっかせなさい! あたしの能力フル活用したげるわさ!!」

 

「「おほほほほほ」」

 

 

「なぁ、カイト。オレは付き合いが短いからわからねーんだが、ネオンってあんなキャラなのか?」

 

「……オレも長い方じゃないからあてにならんぞ」

 

「見ろ、ノヴがいつの間にか消えてやがる。女ってのはいくつになってもこええもんだな」

 

「……それを、オレに聞くな」

 

 部屋の片隅で、肩身が狭そうに細々とコーヒーを啜る男性陣が居たとか居ないとか。

 ちなみにシュートは女子3人から放たれる熱気に圧倒されて空気と化していた。

 

 

 

 




明日の午前09:00に『日常』投稿
18:00に『原作開始!』投稿します。

よろしくお願いします。


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ありがとうございます。

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