今日も今日とて占い師はがんばります   作:風梨

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本日2話目

約8000字


底知れぬ生物

 

 ──受験生:311名

『ヌメーレ湿原へ突入』

 

 ドドドドドと足音を鳴り響かせて受験生たちが走る。

 その先頭に立つのは、第一次ハンター試験試験官であるサトツ。

 右手を出して左足を出し、左手を出して右足を出す。

 スタスタスタと、地下道を通っていた時と変わらぬ歩みで受験生たちを先導していた。

 

 

 

 やっとの思いで地下道を抜けたと思えば、またマラソンだ。

 げんなりとするのも無理はない状況。だが、試験を受け続ける限りは走らなければいけない。

 せめて文句の一つでも言っておかねば気が済まないとばかりにレオリオがボヤいた。

 

「ちっ、またマラソンのはじまりかよ」

 

「くっ、ぬかるんでやがる」

 

 レオリオに続いて受験生もボヤく。

 そう。ここは湿原である。

 先刻の地下道のように、舗装された道ではない。

 当然進む道もぬかるみ、足を取られる凹凸が待ち受けている。

 

 そして、この湿原の怖さはそれだけではない。

 ある程度の奥まった位置にまで進んだ受験生たちの行方を拒むように『サァァァ……』と霧が出てくる。

 この霧も、詐欺師の(ねぐら)と呼ばれるヌメーレ湿原の難易度を引き上げる要因の一つだ。

 

 

 薄く出てきた霧の中を駆け抜ける。

 そんな受験生の中に、ネオンもしっかり含まれている。

 離れるタイミングがなかったのでヒソカとくっ付いて並走していた。

 

 携帯を弄りどこかへ連絡を終えたヒソカに対して、ネオンが唇を尖らせ、今し方の会話の続きをぶー垂れた表情で再開した。

 

「──えー、せっかく良い情報を教えてあげたのに。やるの? 『試験官ごっこ』」

 

「うん。あれとこれとは話が別だから♦︎あんまりにタルいからさ。こうでもして楽しみを見つけなきゃ♠︎」

 

「……あたしには理解できないけど。気になるし、見てていい?」

 

「……うん? 別にいいけど。そういうの、興味あるんだね♣︎」

 

「ないよ。でも、今日だけね、特別」

 

「ふーん。変なの♠︎」

 

「ヒソカほどじゃないもーん」

 

「おやおや♦︎──じゃ、そろそろはじめようか」

 

 そんな時だった。

 前方からすごく大きな声が届いた。

 その声には聞き覚えがある。──ゴンだ。

 

「レオリオ────!! クラピカ────!! キルアが前に来た方がいいってさ────!!」

 

「……うーん。元気がいい子だ♥」

 

「あはは、うん。 ……あ、ヒソカ。ケータイ貸して」

 

「……いいけど、無くさないでよ♦︎」

 

「うんうん。もっちろん」

 

 

 ヒソカから受け取った『ケータイ』を仕舞い込んだ。

 これできっかけはバッチリだ。

 仕込みが完了したのでネオンは『にっこり』と笑った。

 

「電話きたら出ていいよね」

 

「うん。ただの報告だろうし♣︎でも、ほんとに無くさないでよ?」

 

「あはは、だいじょーぶだって! 心配症だな〜」

 

「身体で責任取ってもらうから♥」

 

「いやん。わざと無くしちゃおっかな?」

 

「……それはそれで、ありかもね♠︎」

 

 ゾゾゾとお互いのオーラが溢れ返る。

 ぶつかり合う練り上げられたオーラ同士が鬩ぎ合って、お互いに薄っぺらな笑みを浮かべた。

 ──が。ネオンはすぐに雰囲気を霧散させた。

 

「あはは、ごめん。ウソ。ヒソカと()りたくないです! じゃー、少し離れてみてまーす」

 

「はいはい♥」

 

 ウソしかない。

 そんなコミュニケーションのことなど、数瞬も経てば既にヒソカの記憶になかった。

 見据えるのは楽しみな『ごっこ遊び』だ。

 

『にんまり』と笑みを浮かべたヒソカが、気持ちが入りすぎないように、しかし、並みの実力では太刀打ちできない鋭さで、両手で弄んでいたトランプを放った。

 

 

 

 ネオンは出来る限り『ひそひそ』と行動していた。

 気分は観戦客だ。

 ついにゴンが初めてヒソカに一撃を入れる場面を見られるかと思うと、ドキワクで胸がいっぱい。もう興奮でどうにかなってしまいそうだった。

 

(やっばい! やっばい! なんか緊張してきた〜〜〜!!)

 

 手をこすり合わせながら、ネオンはヒソカの動向を見守った。

 

 トランプを初手で投げたヒソカ。

 弾いたのはクラピカだけで、レオリオは運良く腕にだけ刺さったので助かっていた。

 

 真っ先にヒソカに反応したのは、そのレオリオだった。

 明確なヒソカからの攻撃。

 レオリオでなくとも怒るだろう、普段ならば。

 しかし、この状況で怯まずに普段通り怒れる事もまた類稀な資質だった。

 ともすれば、それは無謀だが──。

 

 ネオンは観察しながら、ヒソカがそれを好ましく思ったように見えた。

 

 その後、ヒソカが受験生に『4番』のトランプを見せつけて皆殺し宣言。

 怒った受験生がヒソカに殺到した。

 

 

 襲いかかる受験生に対してヒソカの身のこなしは軽快だった。

 振られる武器を簡単に避け、指で挟んだ4番のカードを使い通り抜けるような気軽さで首元を切り裂く。

 一人。二人、三人。四人。五人。六人。

 速度はまったく衰えない。

 

「♠︎」

 

 七人。八人。九人。

 その尋常ではない身のこなしを見て、クラピカとレオリオは絶句している。

 あるいは殺しに対して一切の躊躇を感じない動きに。

 

「くっくっく、あっはっはァ────ァ♥」

 

 

 次々と急所の喉を切り裂かれ、吹き出す血を両手で抑えるばかりの受験生たち。

 たった一人のヒソカに一撃を与えることも、その体力を削る事すらできずに次々と死に絶えてゆく。

 そして僅か数十秒。

 あれほど多く居たにもかかわらず、ヒソカを囲んでいた受験生の誰一人としてその場には立っていなかった。

 トランプを血で染めながら、ヒソカは倒れ伏す受験生に、軽い調子で失格の烙印を押した。

 

「君ら全員不合格だね♦︎」

 

 

 そんなヒソカを見てぶるっと身体が震える。

 

 ネオンは思い出す。

 先ほどの地下道。

 ゴンたち主人公勢を実際に目の当たりにして、ネオンは軽い憧憬(どうけい)を覚えていた。

 

 では、血に染まったヒソカに対しては? 

 キャラクターが好きだったと『前世』を思い返す。

 しかし。

 念を覚えて、覚悟を決めてこの世界を生きたネオンの心境としては、自分でも少し信じられないことに武者震いしていた。

 

「──こんなバカだったかなー、あたしって」

 

 ポツリと呟いた言葉は誰の耳にも残らずに森の静寂に溶けて消えた。

 ただ自らの、弧を描いた口元だけを残して。

 

 ──そしてこの後に起こる出来事を想像して、ふと気がついた。

 

(あれ? 今しかなくない?)

 

 ネオンが自問している内に話は進んでいた。

 

 皆殺しにしたヒソカが、残った3人。

 武闘家チェリー、クラピカ、レオリオに対して。

 どうする? と言わんばかりに無造作に、ヒソカは急ぐことも緩めることもなく普段通り歩いていく。

 

 

 そして。

 ネオンが非常に、非常に悩み。

 

(何かが変わってしまうかもしれない。……でも、今しかないって気がする)

 

 リスクを思い描いた上で尚。

 第六感に従い、重い腰を上げた。

 

 

 

 

 

 彼我の戦力差は歴然だった。

 76番の武闘家チェリーは今までの経験と照らし合わせ、それが痛いほどによくわかった。

 あれは、ヒソカは、オレと比べて段違いに強い。

 ヒソカから目を逸せないが、横にいる二人もヒソカと比べればどんぐりの背比べでしかなく、ヒソカを比較対象にすれば自分とそう実力が変わらない事がわかっていた。

 故にチェリーは自分が助かる確率を少しでも高めるため、この場の3人ともが平等に、生き残れる可能性を高める方法を提案した。

 

 他の2人はそれを受け入れる。

 合図を待つ間、レオリオも、クラピカも、ヒソカから視線をズラさない。

 その瞬間に自分の首が飛ぶ姿が幻視できるから。

 高まる緊張感。

 しかし、3人が硬直する事はなかった。

 

 武闘家チェリーの一言を合図に三方向に弾ける。

 

 レオリオ。クラピカ。武闘家チェリー。

 全員が別の方向へ。

 誰か一人が犠牲になれば、他の二人は生き残る。

 

「好判断だ♥」とヒソカが呟いた。

 

 ヒソカの発言に取り合うまでもなく、3人は逃げる。

 例え1人が捕まったとしても残り2人だけなら逃げられる可能性が高まる。

 そうするしかないとは言え、苦々しい思いはある。

 

(レオリオ、生き残れば次に繋がる。またあとで会おう……!)

 

 冷静な判断をする者。

 クラピカはそう独白しながらも森を駆け抜けるのだった。

 

 

 

 そんな彼の目の前に、立ち塞がる影があった。

 桜色の髪をした、少女の姿をした人物。見た目だけで言うのなら、可愛らしい少女という他ない。服装も雰囲気もそれに準じている。街角ですれ違っても、容姿に気を取られる事はあっても、危険度を理由に目端に止まる事はないと、クラピカも断言できるほどの装い。

 

 だが、今この時。

 そんな可愛らしい少女は、見た目に似つかわしくない凄まじい威圧感を湛えてクラピカの前に立ち塞がっていた。

 

 肩に押しかかる『ズン』とした圧迫感。

 逃げていたはずのクラピカが一瞬で臨戦態勢に入るほどの、生存本能を刺激して止まない弩級の危険度。

 金髪が翻って冷や汗が伝う。

 木刀を構えたクラピカの表情はいちじるしく堅い。

 

(少女……!? バカな。この──)

 

「初めまして。時間がないから、端的に話すね」

 

 無表情でそう語り出した少女はまさしく格が違う。

 

(──これほどの威圧感で?!)

 

 武器を構えてはいる。

 だが、ここまで武器が頼りないと感じた経験はクラピカにとっても皆無だった。

 ヒソカと相対した時とはまた別種。

 殺意に身を焦されるようであったヒソカに対して、この圧迫感。

 

 まるで。

 

(これは海……! 息ができない水中で水圧に押しつぶされていくような感覚……!)

 

 クラピカが連想した光景とは死と限りなく近いソレだった。

 最悪の死に方の一つともされる『状況』に存在感のみで例えられた少女は『にこり』と笑った。

 

「ごめんね。時間がないから威嚇してるの。ヒソカに取られるくらいなら、切り札(・・・)はあたしが貰おうかなーって」

 

「何を……? 何を言っている?!」

 

「うん。だから、いまは一言だけ。『蜘蛛』に興味があるなら、ヒソカに惑わされないでね」

 

「『蜘蛛』……? まて、何を企んでいる!」

 

「信じられないと思うけど、あたしはあなたの味方だよ。……ハンター試験が終わったら、ゆっくり話そ。ここ以外だと人の目があるから」

 

 

 スッと『ここ』と言いながら桜色の少女が指差すのは地面。

 ──クラピカが知らない未来の情報。ヒソカに惑わされる前にクラピカと二人きりで話す場面が、この瞬間以外に存在しないという事実だった。

 

 二次試験会場では大勢の中で2人きりになれない事。

 飛行船では盗聴などの可能性が否定できない事。

 トリックタワーでは言動の全てが監視されている事。

 第四次試験(ゼビル島)では受験生それぞれに監視員がつく事。

 最終試験ではクラピカに耳打ちする余裕があるかどうか、組み合わせ次第である事。

 

 総合的な可能性の中からハンター試験において、ヒソカよりも前に、確実に2人きりで話せる場所は今この場所だけだった。

 その事実に、つい先ほど気がついたネオンは予定外にも関わらずここでクラピカに接触することを選ぶ。もう、話を引っ張らずにこの場で詳しく話すのも手の一つだろう。

 ──でも。

 

(ゴンだけは!! ゴンだけは見逃せないの!!)

 

 ネオンは、自分の欲望に忠実だった。

 

 心の中で言い放った次の瞬間には発していた『練』で練ったオーラを『凝』で足元に集中。

『ボンっ』と弾ける地面を残してネオンは駆け抜けた。

 ちょうどそのタイミング。

 クラピカが唖然とネオンを一瞬にして見失ったその時。

 

「気ィ長くねーんだよォオ──!!」

 

 ヒソカと相対しているレオリオの怒声が森に響いた。

 

 

 

 

 

「────!?」

 

 レオリオの声を拾ったクラピカの逡巡は一瞬だった。

 脳裏によぎったのは『金がありゃオレの友達は死ななかった!!』と言い放った、己の不甲斐なさを責めるレオリオの表情。

 クラピカは立ち止まっていた足を動かし、身を(ひるがえ)した。

 向かう先は、あの殺人狂のヒソカがいるであろう、レオリオが居るであろう場所。

 

「……くそっ!! 私はどうかしている!!」

 

 どうかしている。

 自分を冷静に客観視すれば、そうとしか言えない。

 謎の少女。そして奇術師ヒソカ。明らかに危険で、ここでは逃亡を選ぶべきだと理性は判断している。だというのに、混乱の最中にあったクラピカが、それでも選択したのは逃亡ではなく友人だった。

 

 同胞たちのため、自らのプライドは捨てられる。

 しかし、同胞たちのために友人を見捨てる事は、クラピカにはできなかった。

 

(少女相手にすらあの醜態。何もできないかもしれない。だが……!)

 

 間に合え……!! 

 逃げていた時以上に力を込めてクラピカは地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 ──ヒソカは、あえて『念』を控えていた。

『纏』すら行っていない。

 出来る限り素で対応をしていた。

 事を楽しむために限れば、ヒソカはその人間性から考えて意外なほどに我慢強い。

 

 そして努力家だった。

 我慢や制限、積み上げる事などの、楽しむための工夫を努力と言うのであれば、であるが。

 

 故に現時点でヒソカは全ての能力をセーブしていた。

 それもまた、倒錯した趣味を楽しむためだ。とはいえ、可能な限り抑えに抑えきっても、ヒソカほどの実力者と比べれば達人ですら有象無象と化すだろう。

 

 ヒソカは、叫びながら己に向かって、棍棒を構えて迫りくるレオリオをじっくりと眺める。

 ──最初の攻撃。レオリオがヒソカのトランプを受けて生き残ったのは運だ。

 少しでもヒソカのトランプが多く飛んできていれば、あるいは急所に刺さっていれば。

 そこまでの命だった。

 そんな青年が覚悟を決めた顔で挑んできている。

 ヒソカは少し感心したように、機嫌良く喉を鳴らしてから言った。

 

「いい顔だ♦︎」

 

 攻撃を、受けるつもりはないが。

 振り下ろされる棍棒を瞬時に避け、一瞬でレオリオの背後に移動する。

 ニヤリと笑って開かれた右掌を構えて──。

 

 もう一度、言おう。

 現時点でヒソカは全ての能力をセーブしていた。

 とはいえ、可能な限り抑えに抑えきっても、ヒソカほどの実力者と比べれば達人ですら有象無象と化すだろう。

 

 故にそれはまさしく一瞬の間だった。間隙を縫うと言って過言でない事実。

 ──ヒソカの、視界がブレた。

 衝撃による一瞬の意識の混濁に叩き落とされ、それでもヒソカの優位は揺るがない。

 

 頭部に衝撃。

 左方向から。

 そこまでは理解できた。

 しかし、制限を加えているとは言え自分に攻撃を当てる事は非常に困難であるとヒソカは冷静に判断する。

 ヒソカが思考を巡らせるまでの数瞬。

 

 

 ──仕掛け人である、この一瞬の間隙を縫う神業を魅せたゴンは、己の武器である釣竿を振り切った姿勢で、時が止まったように感じられる中で『当たった!』と『危なかった!』という2つの気持ちを胸のうちで同居させていた。

 

 そう。

 ヒソカがレオリオを攻撃する直前に、左方向からヒソカの頭部に衝撃を与えたのはゴンだった。

 

 

 その光景を。

 ネオンはちゃんと見つめていた。

『キラッキラ』と目を輝かせて。

 

 

 

 ──時は僅かに巻き戻る。

 

 ゴンは森を走っていた。

 目指す場所はレオリオが最初の悲鳴を上げた発信源だった。その後から続く断続的な悲鳴も、道標のようにゴンに行き先を教えてくれる。

 そして、近づくに連れてゴンの鋭利な嗅覚に漂ってくる濃密な血の匂い。届いたその香りに、ゴンは額に冷や汗を垂らした。

 

 ゴンは血に慣れた生活を送っていない。

 野生児ではあるが、ミトおばさんの養育の甲斐もあって、血に対する感性は普通の少年と変わらない。

 

 それでも、その危険な香りを嗅いだゴンは退かない。それどころか、より速度を上げるという矛盾した行動を起こした。

 怖い。

 でもそれ以上にレオリオが居なくなってしまう事が怖い。

 

 ゴンが明確な言葉にして、そう判断した訳ではない。

 漠然としたゴンの不安を言葉にすればそういった意味合いとなるというだけではある。

 しかし、言語化し続けた先にあるものとして。

 ゴンはそれが『勇気』と呼ばれるものであることを自覚すらせず、ただただ感情に急かされるように必死に森を駆け抜けた。

 

 そして、長い長い道のりを踏破して辿り着いた時には、レオリオが「うおおおおお」と声を発して棍棒を構えて、ヒソカに挑みかかる場面だった。

 もはや夢中だった。

 

 そして偶然にも、いや。必然かもしれない。

 ゴンは自然体で、ヒソカがレオリオに攻撃する瞬間に気持ちを合わせて、自分の敵意をヒソカの敵意に乗せて紛らわせ、釣竿を振った。

 

 結果は、ヒソカの頭部に衝撃を与えると言う大金星を得る。

 ──それを出来る限り気配を薄くしながら、けれども気配を消しきれない女の子が目を見開いて観ていた事に、ゴンが気がつく事はなかった。

 

 

 

 ──場面は戻る。

 ヒソカは数瞬考える。

 何故気がつかなかったか。何故当てられたのか。何故、何故何故。

 答えは出た。

 タイミング、気配の消し方、攻撃手段、そして才能。

 それら全てが噛み合った結果だと。

 ──誰だい、こんなに美味しそうな攻撃をするのは。

 

 ぐるんとヒソカは顔を向けた。

 視線の先に立つのはツンツン頭の黒髪の少年。

 若い。若すぎるほどに。だがそれは、ヒソカの食指を唆る理由にしかならない。

 

「やるねボウヤ♣︎」

 

 ヒソカの興味を一身に受けたゴンが、咄嗟に身を構えた。

 

「おもしろい武器だね♥ちょっと見せてよ♦︎」

 

 ゴンに向かって足を進めるヒソカ。

 無防備に、レオリオに背を向ける。

 

 目の前に現れた絶好の機会。ヒソカの後ろ姿に、レオリオは握った棒に力を込めた。

 隙であると思ったから。

 確かにそうだ。

 しかしそれ以上に、ゴンの下に向かわせてたまるかという強い気持ちでレオリオは棒を構えて叫んだ。

 

「てめェの相手はオレだ!!」

 

 言葉の返答はヒソカの拳だった。

 殺意はない。念も込めていない。ただのアッパーを頬で受け止めたレオリオは浮き上がる顔の勢いのままに空中で縦に一回転する。

 頭が浮き上がり、回転。

 そして頭が下がる代わりにぐるんと足が頭よりも上に回った。

 さながら、サッカーのオーバーヘッドキックのような体勢となったレオリオ。

 

 ゴンは驚愕と心配に震えながら、しかしゴンの感覚はヒソカの隙を決して見逃さなかった。

 レオリオがヒソカの拳を受けたのとほぼ同時に踏み出したゴンが、釣り竿を大きく振りかぶって鋭く振った。

 

 しかし、ヒソカは軽快に避ける。

 ゴンは背後から『ぞく』とした気配を感じ、身体を動かす──前に、ヒソカが壊れ物を触るようにゆっくりと伸ばした左手がゴンの喉元を掴んだ。

 きゅっと喉を掴まれるゴン。

 身をつままれるとはこのことを指すのだろう。

 ぴくりとも身体を動かせない。

 ヒソカはそんなゴンをじーっと見つめながら言った。被虐心を隠しながら、ニンマリと笑って。

 

「仲間を助けにきたのかい? いいコだね〜〜〜〜♣︎」

 

 喉元から手を離す。咳き込み地面に手をついたゴンに向けて、続けて言った。

 

「殺しちゃいないよ♠︎彼は合格だから♥」

 

 そして、君は。とでも言うようにヒソカはゴンを『見つめる』

 

「……♥」

 

 見ながら、にんまりと笑みを浮かべるヒソカは心底楽しそうだった。

 そして、目を細めてニコッと笑った。悪魔と呼ぶには、あまりにも無邪気な表情で。

 

「うん! 君も合格♥」

 

 

 

 ──Prrrrr。

 

「はい! 今取り込み中!」

 

『……キミ、誰。まぁいいや、そろそろ試験会場につくから。じゃ』

 

 

 

「うん! 君も合格♥」

 

 ゴンが認識できたのは、ヒソカがゴンにそう微笑んだところまでだった。

 そして微かな影。

 あまりに素早すぎて、ゴンが視認できたのは影のみだった。

 

 その影が少女の姿をしていると気がついたのは、その少女が立ち止まってヒソカに声を掛けてからだった。

 

「──ヒーソカ! そろそろ到着するってさー」

 

 ヒソカの横に一瞬にして現れたのは桜色の髪をした少女だった。

 頭に乗せた不思議なぬいぐるみが特徴的で、ソレ以外は可愛いけど、普通の少女のように見えた。

 

 霧の向こう側から現れた。

 おそらくはそうだろうと思う。

 しかし、なんの前触れもなくヒソカの隣に姿を現した少女の動きを、ゴンは微かな影しか捉えられなかった事に恐怖よりも衝撃を覚えた。

 見た目は可愛らしい少女。でも、明らかな格上。

 それも恐らくはヒソカと同等レベル。

 今の自分とはまさしく格が違う。ヒソカと少女の違いすらわからないほど確然とした力量差が隔たっている。

 

 その事実に気がついたゴンは、身を竦ませるでも緊張に身を固くするでもなく、微かな笑みを浮かべながらブルリと背筋を震わせた。それが、まだ見ぬ強者を知った時の、武者震いであるとは気がつけなかった。

 

 

「オーケー、行こう。……お互い良い仲間をもったね♥」

 

 次いで、ヒソカの1人で行けるか、という問いにコクコクと頷きで応える。

 少女から目を離してヒソカを見たその一瞬の隙に──。

 

 

 ──目の前に非常に顔立ちの整った、あの少女の顔が現れた。

 びくりと反射的に後退するゴンは両肩を、少女の両手が掴む。身動きのできないゴンと少女が『じ──』と視線が交わらせた。

 少女の青い瞳はまるで宝石のように輝いている。

 興味津々といった様子で、目元は真剣に、けれど口元は『にまにま』しながら見つめられて、ゴンは困惑しながらも目を逸さなかった。

 

「んん〜〜」

 

「ネオン、ボクのだよ♥」

 

「わかってるって。──じゃ、またね」

 

 軽やかな笑みを残して少女はゴンに背中を向けた。

 

底の知れない生物(ヒソカ)』と『得体の知れない生物(ネオン)』が、霧の中へと消えて行った。

 

 

 それとほぼ同じタイミング。

 ゴンの背後から、クラピカが走り寄ってゴンに声をかけた。

 

 クラピカが自分を呼ぶ声すら耳に届かない様子で、ゴンはしばらく彼らが消えていった霧を呆然と眺め続けた。

 ぞくっとした感覚がじんじんと熱を持ったように残っていた。

 

「──ゴン! ゴン!? なにがあった!! ヒソカはどうした!?」

 

「ぁ、クラピカ。うん、大丈夫。レオリオも、たぶん無事だよ」

 

「それは! それもだが、それより何があった!? ……少女の姿もあったが、あれは」

 

「うん。オレもわかんない。でも、なんだろ。すっごいけど、怖いって感じじゃなくって」

 

「……観察されている感覚」

 

「そんな感じ。……誰なんだろうね」

 

「……わからない。だが、確実なのは私たちよりも強者であるということだ」

 

「……強く、なりたいね」

 

「そう、だな」

 

 それぞれの胸中に別々の思いを滾らせながら、2人は少しの間だけ霧の向こう側を見つめた。

 

 

 




次話の更新未定です。
申し訳ございません。

よろしくお願いします。


────
誤字報告お礼

『佐藤東沙』さん
『路徳』さん
『変わり者』さん
『kuzuchi』さん

ありがとうございます。

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