「──よせ、ここはオレたちの負けでいい。アイツとは戦うな……幸いこっちが2勝してるんだ、あんな異常殺人鬼の相手をすることはねェ」
ネオンがストレッチしながら出番を宣言した後。
壁のコンクリートを素手の指で容易に削り取る解体屋ジョネスの姿を見たレオリオがネオンに警告するが、当のネオンは何処吹く風でまったく警戒した素振りがない。あっけらかんと普段通りの表情でストレッチを続ける。
「ほっ、へーきへーき」
「お、おまっ! わかってんのか!? 相手は大量殺人犯だぞ!!」
「いーじゃん、好きにやらせれば。本人がやりたいって言ってるんだし」
「キルア!! おま、お前はそうかもしれねェが、この子は普通の女の子だぞ!」
「普通の、ね。どうかな? オレの見立てではちょっと違うけど」
『にやり』と笑うキルアに対して『ニィッ』と笑みを返したネオンが、気軽い足取りで橋を渡りながら後ろ手に手を振った。
「だいじょーぶ。ちゃんと3勝目取ってくるから」
「──っっ!! 勝手にしろ!!」
レオリオが背中に向けて叫び、それでも心配そうにウロウロ歩き始める。
キルアはそれを横目で見ながら少し考える。
(あのじいさんと居た時からそうだった。アイツ、何か違うんだ。何が違う?)
キルアはその類稀な感覚で違和感を察知していた。
ネオンの纏うオーラを念を知らずとも察することが出来るのは驚異的と言える。
通常人間が垂れ流しているオーラだけを纏うのが『纏』である。
そこに気配や強さを感じ取ることは『念能力者』であれば淀み、滑らかさ、力強さ、密度などから可能ではあるものの、キルアが察知できたのは異常と呼んで差し支えがない。でなければ、世間に『念能力者』の存在を秘匿できるはずもないのだから。
キルアは観察する。
冷静な瞳がネオンの一挙一動を捉える。
(足取りは武術習ってる奴って感じ。かなり実力はありそうだ。でも、殺しの経験はなさそう。目でわかる。隙は微塵もない、これはオレも同じだけど、なんかオレのとは違うんだよな)
『第六感』と『念能力』ありきの警戒はキルアでも理由が掴めない。
前提となる情報が不足しすぎているためだ。
そうした分析をしている中、キルアの周囲は少し騒々しくなっていた。
「ゴン! クラピカ ! お前らは黙って見てるつもりかよ!?」
「……私は、止めるつもりはない」
監視されている可能性を考慮し、詳しく語る気のないクラピカはそれ以上言わない。
だがその内心では、非常に興味深くネオンの動向を見守っていた。
あの威圧感の一端を掴めるのではないか、そういった期待がクラピカの中にあった。
続けてゴンが衝撃の事実を語る。
「オレ、森でヒソカと会ってるんだけどさ」
「ヒソカ!? おま、よく生き残ってんな」
記憶を飛ばしたレオリオは覚えていないので、驚きの反応と言葉を漏らした。
キルアはその先が気になって、視線でゴンに促した。
ゴンはネオンから一切視線を外さずに、何気なく事実だけを告げる。
驚きに値する事実だった。
「その時、あの子も一緒にいたんだよね。……なんていうか、めちゃくちゃ強いよ。少なくともヒソカと同じくらい」
「……あの可愛い子が? ……ぜんっぜんそうは見えん」
目を凝らしてネオンを見るレオリオの意見はもっともだとキルアは思う。可愛いは別にして。
(見た目じゃないんだ、たぶん)
もっと根本的な何かがある。
キルアは一瞬たりとも見逃さないつもりで、全神経を目の前の戦いに集中させた。
クラピカも、キルアと同じように集中していた。
目の前で何が起きるのか、強い興味を惹かれていた。
冷静を装っている常日頃の姿とは裏腹に、クラピカは非常に好奇心が強い。
でなければ、友人の病気という強い動機があったとはいえ、あの閉鎖的なクルタ族の村からたった1人で飛び出す事はなかっただろう。
ネオンと凶悪殺人犯との戦いを止めなかったことに僅かながら罪悪感を刺激されるが、それも好奇心の前には小さな障害だった。
固唾を呑んで見守る中、ジョネスがネオンに対して語り終える。
「──肉を! 臓物を! 血を! オレは試験も恩赦も興味がない……。ただ肉をつかみたい。それだけだ」
「うん。じゃあ、どっちかが死んだら負けでいい?」
平然とそう答えるネオンにも、ジョネスは一切考慮しない。
自分勝手に主張を続ける。
「ああいいだろう。お前が泣き叫ぼうが、何をしようがオレが止まることはないがな」
心底楽しくて仕方がないという笑みを浮かべるジョネスに、端から見ているだけのクラピカですら冷や汗を流す。
殺気を振りまく、殺人鬼特有の粘り強い眼差しに触れて思う。
これまで少しばかり修羅場を経験したことがあるクラピカですら、最大限の警戒を持って臨む必要がある相手。
試金石として申し分ないが、もし自分の見当違いであれば、今は全く威圧感を感じない少女の姿が肉塊に変わるかもしれない。
今更ながらその可能性に思い立ったクラピカであったが、理性的な判断を下す脳裏とは裏腹に、クラピカの感覚的な部分はこう言っている。
『彼女は強い』
明確に、端的に、理由は定かではない。
そう感じていた。
再び固唾を呑んだ。
一歩一歩とネオンに近づくジョネスの姿に、隣でレオリオが叫んでいるのが聞こえる。
しかし、言葉の中身はクラピカの耳に入らない。
目の前の光景を一瞬たりとも見逃さぬように、全ての感覚を動員して集中していた。
ジョネスが、その驚異的な指の力を使うため、嬉々としてネオンに飛びかかった。
満面のニヤケ面は己の指が肉を裂くという想像しかしておらず、怖気が走るほどに醜悪だ。
両腕を前に、猫科の動物のように前傾姿勢で襲いかかるジョネスに対して、ネオンは一切動かなかった。
クラピカの理性が焦りと警告を発する。
いくら強くとも、人体がコンクリートよりも丈夫であるはずがない。
思わず立ち上がったクラピカ。
ジョネスの、両腕の指が、ガードするように上がったネオンに細腕に触れて、握られた。
──捻じ切られる。
咄嗟に連想したイメージが現実に現れるかと思いきや、しかし、クラピカが想像したように捻じ取られる事はなかった。
『何故』か、ネオンの腕は健在だった。
そして疑問という一瞬の間を置いて。
クラピカの期待通り、あの『威圧感』が顔を見せた。
──『練』
吹き上がる圧力に全てが止まった。
ジョネスはもちろん、周囲の空気や他の人間、クラピカの感覚すらも。
ネオンを中心として湧き上がる途轍もない、理解不能な威圧感。
森で見た時とは雲泥の差だった。
圧倒的な、重圧的な、少女の存在感だった。
もはや先ほどまでの無害な少女と同一視できない。別人であるかのような変化にクラピカを含むこの場の全ての人間に戰慄が走る。
(森のあれですら……!! まだ抑えていたというのか!?)
蛇に睨まれたカエル。
いや、象に踏み潰されるアリ。
そういう表現が一番近い。
この場の全てが、いまやネオンに支配されていた。
クラピカは思う。
先ほどまで何の変哲もない普通の少女だった。
だが、今となってはそれが幻か何かだったと思うほど、別次元の印象を受ける。
以前は曖昧だったそれが、クラピカの中で僅かながら形を持って言葉に変わった。
『超人』あるいは『超越者』と呼ばれる存在に『成る』ことが出来る力。
ネオンから発される圧倒的な存在感に、恐れからぞくぞくと背筋に立ち上る感覚に冷や汗を流し顔を険しくしながら、しかしおかしなことに、クラピカの表情には少しばかり喜びが混じっていた。
二度目の邂逅で疑問が確信に近づいていく。
この力がもし根拠のあるものなら、あの『蜘蛛』にも届きうるのではないか? と。
その推測は正しい。
ただ、いまはまだそれを知る由もない。
思い切り握り締めている、はずだった。
しかし、ジョネスの指はまるで動かない。いや、握り潰しているが、それよりも強い力に跳ね返されていた。
ジョネスが初めて経験する、己が壊せない物に触れた瞬間だった。
再び思い切り握る。
返ってくるのは、壊せない物の感覚。
そしてネオンから湧き上がった途轍もない存在感を前に、吹けば飛ぶような紙切れ同然になった心地のジョネスが、声にならない悲鳴を漏らした。
「〜〜〜〜っっ」
言葉を失ったジョネスに対して、ネオンは饒舌だった。
「あたし、決めてる事があってさ。『占いは今生きてる人を幸せにするもの』ってね。だから、あんまり殺しはしたくないんだけど」
殺しはしたくない。
そう言いながら、その言動には殺意しか含まれていない。
一歩。一歩と足を進めるネオンに押されてジョネスは下がる。
指は離していた、もう敵う気がしなかったから。
「あなたにも、事情はあると思うよ? でも、あなたを殺しちゃダメって、不思議と思わないんだよね」
ジョネスがさらなる圧迫感として感じ取ったのは、練磨されたオーラが空間を覆い、ジョネスに威圧感として襲い掛かったからであった。
理解不能の震えがジョネスの内側から湧き上がった。
「理由はまだわかんないけど、とりあえず」
ジョネスやクラピカの視点ではわからない。
凄まじい『練』を発するネオンは、戦闘用に切り替えた意識の中で静かに拳を握りしめた。
彼女に表情はない。
これから始まるのは、戦いなどではない。
一方的で、一瞬の、蹂躙である。
「真っ直ぐ行ってぶん殴るから」
ネオンの脳裏に、いつかのビスケの言葉が蘇った。
──『殺しに関して考えたらどつぼにハマるわさ』
──『勝負はいつだって真剣。お互い死ぬかもしれないし、殺す気で望むわよ。でも、勝負が終わったら別。生き残ってるならとどめ刺さなくってもいいわ』
──『だから、あんたは真っ直ぐぶつかりなさい。ぶつかって、それで相手が生き残ってたらそれから考えなさい。あんたの強みはその単純さなんだからね』
ヨタヨタと後ずさる彼に、宣言通りネオンの拳が容赦無く打ち抜かれ、まるで砲弾をその身に受けたように、水の袋が弾けるように、ジョネスはその身を血の池に変貌させた。『押忍』と小さな確かな声が、ネオン1人になった舞台で響き渡った。
その後、ゴンたち一行はほぼ無言のまま進んでいた。
衝撃の戦闘を目にして、あのレオリオですら軽口を漏らせずにネオンを遠巻きに見ている。
クラピカは何かを考え込むように黙しており、ゴンはそんな周囲の様子に馴染めないようで少し気まずそうだった。
沈黙を切り裂くように恐る恐る、しかし不敵に笑みを浮かべてキルアが口を開いた。
「……あんた何者? ただ者じゃないね」
この雰囲気にした張本人は、特に何も気にしていないようで、キルアに振り返ると『にっこり』と笑みを浮かべた。
それはもしかしたら、先ほど過剰な『念』を拳に込めていたように、無意識下で殺人に対する忌避感があったのかもしれない。
誤魔化すように、少しテンションの高いネオンが気楽に答えた。
「ただの占い師だよ♪」
わざとらしくて、いかにも誤魔化している物言いにキルアの額が『ビキっ』とひくついた。
やっぱ合わねー、そんなことを思いながら続ける。
「あっそ、いいよ。自分で探すし」
「あはは、ごめんごめん。ただのって言うのは嘘。でも、キミにはまだ早い♡」
「へーきだよ、オレこれでも口堅いし」
「ダメダメ、また今度ね」
「ちぇ、先いこーぜ、ゴン。コイツもったいぶりやがってさー」
「あっうん」
ゴンはちらっとネオンに視線を向けるが、それ以上何も言わずにキルアに続く。
ゴンとキルアが少し先を歩くのをネオンが見守っていると、さらに背後から声がした。
「私からも、少しいいか?」
おずおずと話し出したのはクラピカだった。
我慢できず、といった様子だった。
「あの力は、私が覚えることも可能だろうか?」
──ほんの少しだけ時間が戻る。
クラピカは考え込んでいた。
もし想像が間違っていれば、いや。合っていても、否定されれば確かめる術はない。しかし、聞きたい気持ちが抑えられない。
監視されているかもしれないのに、それすら止める理由にならないほどに。
クラピカがプロのハンターになりたかったのは、職業的な憧れはもちろんある。
しかしそれ以上に目的を達成するために非常に有効な手札となるからだった。
ハンター証。
情報を集め、信用を得るための最も重要な手段。
そう思っていた。
だが、ネオンの姿を見て。
2度も『練』を見たクラピカの心中にあるのはこのままではいけないという焦り。
そして、ライセンス以上に可能性を感じる技術に対する好奇心だった。
視線は一瞬ネオンの細腕に向かう。
全くの無傷、痕にすらなっていない。
コンクリートを握り潰すほどの圧力を加えられたのに、である。
常識ではありえない、計り知れない『何か』がある。
冷静に思考で、そして感覚で確信したクラピカは、少しばかり緊張しながらネオンに問いかけたのだった。
「あの力は、私が覚えることも可能だろうか?」と。
真剣な表情でネオンに問いかけるクラピカを見て、ネオンもそれを察して表面には出さずとも、内面で身悶えするほどの感情を味わう。
さすがにここで変態的な嗜好に走るほどネオンは堕ちていない。
この身悶えというのは、話したいけど話せないというジレンマから生まれたものだった。
『原作』をこれ以上、出来る限り変えたくない。
しかし、ここで話さないのも良心が咎める。
そもそもハンター試験が終われば話すつもりであったのだ。
『蜘蛛』に関してはまだしも、ここで『念』に関しては教えても良いのではないか? そうした誘惑に駆られそうなネオンの意識を戻したのは、前方を走るキルアの呼び声だった。
「お──い、なんかまたマルバツだってさ。早く来いよ」
「あっうん、いまいくー!」
声高くネオンが答えて、クラピカに曖昧に微笑んでから前に走っていく。
「っ……」
クラピカの心中、誤魔化されてしまったという結果に少し忸怩たる思いが浮かび上がる。
しかし完全に拒絶されず、否定もされなかったことに僅かな希望が見えた。
いまはまだそれでよしとしよう。
好奇心に言い訳をしながら抑え込んだクラピカは、ネオンの後に続いた。
それを少し心配そうにレオリオが見つめて、少し遅れてクラピカの後を追いかけた。
次の更新未定です。(書き溜め全放出済み)
非常に難産となっています、しばしお待ちください・・・。
よろしくお願いします。
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誤字報告お礼
『佐藤東沙』さん
『phodra』さん
『kuzuchi』さん
『りゅうだろう』さん
ありがとうございます。