今日も今日とて占い師はがんばります   作:風梨

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お待たせしました。
残酷な描写、説明過多注意です。
約1万4千字





トリックタワー 3/3

「──だぁあああああ!! どーなってんだ、お前の勘!!」

 

 

 真っ先に『ぎゃんぎゃん』と騒いだのはキルアだったが、他の3人も同感だった。

 何も言わないが、しきりに頷いている。

 クラピカは恐ろしさすら感じて冷や汗を流し、レオリオはカジノでも想定しているのか、だらしなく欲望に濡れた表情を見せる。

 ゴンはすごいと純粋に驚きと興奮をあらわにしている。

 

 ここまでの道中。

 多数決の道というだけあって分かれ道であったり、多数決で答えを決めるクイズであったり、基本的に二者一択の問題ばかりが出題された。

 その時々にネオンがこっちがいいと思う、であったり。

 こっちが正解、であったり。

 そのような事を度々呟くために、疑い半分で選べばその全てが正解。

 試しに逆を選べば全て不正解。

 一同があんぐりと顎を落とさんばかりの結果を叩き出し、ほぼ二択問題しかないこの多数決の道は、全てネオンの勘で強行突破されていた。

 

 稀にあるマルバツではどうしようもない、例えば『地雷付き双六』であったり、5人同時にボタンを押すギミックであったり。

 特にサイコロの目を当てるゲームでは惨敗していたが。

 そういった運要素、謎解き要素以外ではネオンの独壇場だった。

 

 始めはネオンの勘を疑っていた面々も、今となっては疑う方が気が引けるとばかりに素直にネオンの勘に従って道を選んでいる。

 

 ゴンもその1人ではあるが、ゴンの場合は特殊で初めから少しも疑っていなかった。

 純粋に結果を受け止めて、驚きと興奮を見せるゴンは年相応の少年に見える。

 

「すごいね。なんでそんなにわかるの? オレも勘は良いほうだと思うけど、ネオンみたいにはわかんないや」

 

「ん──、ほんとに、ただの勘だからね。『ピキーン』ってひらめく感じかな?」

 

「たしか占い師だったよな。どうよ、後でオレのことも占ってみちゃくれねーか?」

 

「レオリオ、期待しすぎると彼女の負担になるぞ」

 

「ばっか! こんなもの見せられたら期待しちまうだろうが! むしろ期待しないのが失礼ってもんだ!」

 

「……だから、そういう言動を慎むべきだと言っているんだ。お前のように当たることしか考えていない男を占いたいと思うか?」

 

「ぐっ! まぁ、たしかにそりゃそうだが……」

 

「んー、後でならいいよ。ただ今月分しか占えないからね」

 

「まじか!? ぜひ頼む! いやー、持つべきものは占い師の友達だな! うん!」

 

「……はぁ、まったく」

 

 やれやれと肩を竦めるクラピカ越しに、再びゴンが問いかけた。

 

「ねえ、ネオンってどうやって占うの?」

 

「えっとね、自動筆記って言ってね、手が勝手に書いちゃうの」

 

「ふ──ん、そうなんだ」

 

「自動筆記ぃ?」

 

 ゴンに続き、あからさまに疑ってます、という声音を出したのはキルアだった。

 

「手が勝手に動くわけないじゃん」

 

「ほんとだってば! 後でみせて……あげ、ない」

 

「どっちだよ……」

 

「ええ!? ……ダメかな?」

 

「くぅ、やめろ、その目はあたしに効く……」

 

 ゴンの純粋な眼差しに、母性が、と呟くネオン。

 否、おばあちゃん魂である。

 

 そんな他愛のない会話をしながら進む一行の中で『念獣ヴィー』だけが八の字の目を険しくさせて前方を睨んでいた。

 死闘が、近づいている。

 

 

 

 

 

「──なんだ、ここ。今までと雰囲気違うじゃん」

「なんだか不思議な場所だね」

 

 先導していたキルアとゴンが呟く。

 彼らの目の前には、黒塗りの柵が三重にも渡って備えられており、5人の行手を阻んでいる。

 キルアが呟いたように、明らかに雰囲気が違っていた。

 

 

 クラピカも、少し怪訝に辺りを見渡した。

 4人分の手錠付き鎖、柵の上に着けられた上半身だけの男の彫刻。

 閉じられた柵は非常に頑丈そうで、見た限り壊せそうにはない。

 

 そして5人の目の前にある、上半身だけの男の彫刻が喋り出した。

 

 

『最後の2つの試練の1つ目です。選んでください。このまま5人全員で進む場合は○を、たった1人が進む場合は×を選んでください』

 

 それっきり彫刻は喋らない。

 まるで5人全員で進むことを望むかのような言い回しに、ネオンの勘が特大の警告を発した。

 絶対に、あたし1人で、挑むべき。

 言語化すればそうなる。

 感覚的にそれを感じ取ったネオンが真っ先に口を開いた。

 

「……みんな、バツを押して」

 

 だが、面々は怪訝な色を隠せない。

 当然だ。

 もし何かに挑む場合であれ、先に進む場合であれ、全員で行動した方が勝算が高い。

 数は力である。

 まして『原作』とは異なり、この多数決の道を進むメンバーはみんなが協力し合う体制を維持している。

 ネオンの勘による強行突破、そしてレオリオによる賭けの時間消費がない現在。

 残り時間はここまでで僅か5時間半ほどしか消費していない。

 

 それゆえに、その他のメンバーが怪訝な色を見せるのは、むしろ当然と言える。

 筆頭であるレオリオが真っ先に言った。

 

「バツぅ? たった1人で挑むことはねーだろ。5人全員でいいじゃねーか」

 

「私も同意見だが……、レオリオ。まずは彼女の話を聞こう。彼女がこれまでの二択で外したことがあったか?」

 

「……それもそうだな」

 

「……ごめん。理由わかんないの。……でも、なんかめちゃめちゃヤバイよ。あたしの勘って自分にしか働かないけど、それでもヤバイって思うくらいヤバイ」

 

「……そんなにか?」

「……ふむ」

「ふーん、何がヤバイって?」

 

 明確な理由がないなら、5人の方が良い。

 試験の途中であることも理由だが、何より彼らのプライドが5人で挑みたいという意見の源泉だった。

 

 そう思うレオリオ、クラピカ、キルアの、信じきれない3人を差し置いて、たった1人ゴンだけがネオンをまっすぐ見つめていた。

 曇りのない目でしっかりと見据えるゴンは淀みなく続けた。

 

「──オレは信じるよ」

 

 真っ直ぐな、美しいとさえ言える瞳だった。

 

「ネオンが言うなら、オレは信じる。だって、仲間でしょ?」

 

 疑いなどまるでない。

『ニカリ』と笑うゴンに他の面々が呆気に取られて、一瞬の沈黙の後。

 まずレオリオが負けたと言わんばかりの息を吐いた。

 

「〜〜〜っ、はぁ〜。ゴンが言うと妙な説得力があるんだよな……」

 

「……ふっ、同感だな。……わかった。私もバツを押そう。ネオンの勘の正しさには、これまでの道中で助けられている」

 

「……」

 

 たった1人黙り込んだキルアに4人の視線が集まった。

 視線の圧力に『うっ』と息を呑んだキルアがそっぽを向きながら叫んだ。

 

「だ〜〜〜!! わぁーったよ! バツ押せばいいんだろバツ押せば!」

 

 全会一致でバツが押されて、彫刻が続けて語り出す。

 

 

『×を選んだ場合、たった1人がこの先の部屋に進み、戦ってもらいます。他の4人はその1人が死亡するか、勝者となるまで先に進むことは出来ません。1人を選び、それ以外の4人は鎖に繋がれてください。1人が部屋に進めば鎖は外れるのでご安心ください』

 

「……はぁ? おいおい。それじゃもし死んだら、この先が多数決にならねーだろ」

 

 レオリオが当然の疑問を挟むが、それに答えたのは彫刻であり、彫刻ではなかった。

 

『そこからは私が説明しよう』

 

『ブツん』とスピーカーから音が流れて、彫刻が再び喋り出した。

 しかし、今度は明らかに人間の肉声がスピーカーを経由して流れ出している。

 その声は多数決の試験が開始した際に流れた声と一致している。

 つまり、第三次試験官のリッポーだった。

 

『死亡した場合、その死亡した1人の時計を残ったメンバーの誰かが持ち出すことができる。1人が2人分の投票ができるようになるという訳さ。ま、残る投票はあと一つだけ。それほどアンフェアではないだろう。ちなみに死亡しても連戦はない。戦うのは1人だけだ。最初の1人が死亡した時点で、他の4人はこの試験をパスできる』

 

 そして、と続ける。

 明らかな含みを持たせて、たった1人に向けてリッポーが喋った。

 

『……喜びたまえ。『ダブルのプロ』の弟子には不足しているかもしれないが、相手は『使える』ぞ。ついでに言えば『元A級首』だ。ま、健闘を祈るよ』

 

 まるで嬲るような、楽しむような悪趣味な声音だった。

『ブツん』と音声が途切れる。

 それぞれが顔色を変化させる中で、最も険しい顔を浮かべたのは『ビスケット=クルーガー』の弟子であるネオンだった。

 変化させた表情を隠すように、そっと俯いた。

 

 

 

 クラピカは試験官の言葉を聞き、少し考える。

 

『ダブルのプロ』

 この言葉の意味は、おそらくだがプロのハンターの星の数のことだろう。

 そしてこの中にそんな凄腕の弟子がいるとすれば、それは1人しか思いつかない。

 思考経緯は違うものの、奇しくも全員が同じタイミングで一つの結論に到達した。

 4人全員の視線がたった1人に集まる。

 

 桜色の少女『ネオン』に。

 

 彼女は、俯いて表情が見えない。

 頭上に乗ったぬいぐるみが影を作り、余計に顔色を悟らせなかった。

 

 そしてクラピカは続けて思考を巡らせる。

 

『使える』という言葉の意味合い。

 もしそれが先ほど少女が使っていた力のことであるなら、やはり身に付けることができる技術であろうことが推測できる。

 クラピカの中で、少しの希望とさらなる好奇心が駆り立てられるが、最も重要視すべきはその後。

 

『元A級首』というワード。

『蜘蛛』と同じ、A級首。

 クラピカは『蜘蛛』に復讐を遂げたいのであって、賞金首ハンターを進んで選びたいのではない。

 これで敵が『元蜘蛛』ならば是非もないが、可能性としては低いと言わざるを得ない。

 そんな相手に無謀な戦いを挑もうとは思えなかった。

 だが、もしここで挑むことで何かを得られるのなら、そこに考える余地がある。

 

 それぞれが思考を巡らせる沈黙の後、ネオンがぽつりと呟いた。

 

 

「私が行くから」

 

 

 漠然とした勘と試験官の言葉を考えた末に紡がれる、断固とした言葉が、その場の静寂を支配した。

 クラピカが問うた。

 

「……それは、何故だ?」

 

「うん。私以外は無謀、というか。この試験自体が私に対して用意されたものだと思う」

 

 クラピカは思いを巡らせる。

『無謀』という意味合いを突き詰めれば、実力的な問題と考えることができる。

 つまり、ネオンでなければ突破できない難易度ということ。

 それは先ほど試験官が言った『使える』に該当するものであると推測できる。

 

 そして。

 

「『この試験自体がキミに対して』だと? なぜわかる? ハンター試験は公平を期しているはずだ。特定の人物に対して試験を行うとは聞いたことがない」

 

「でも! そう考えなきゃありえない。だって……」

 

 ネオンは思わず口を止めた。

──『原作』とは違うから。

 イレギュラーが生じていることに、ネオンはリッポーの言葉で思い至っていた。

 しかし、そのことを言う訳にはいかない。

 それゆえの沈黙。

 そして同時にあることにも気がついたがゆえの、沈黙。

 

 

 手が早すぎる。

 あまりに『原作』から外れている。

 

 故意に、ネオンに対して障害を用意されている感覚。

 ネオンの勘がそれを肯定した。

 

 ネオンの勘は、言うなれば後手に回る勘だ。

『物事』に対してはほぼ全てに反応するが(いくつか例外はある)、『物事』がなければ反応しない。

 つまり、『問い掛け』ありきの勘であり、予知のように事前に備えておくことができない。

 

 潜む闇に、ネオンが初めて感づいた瞬間であった。

 脳裏によぎる。

 

『すまんかったぁぁぁああ!!』

 

 記憶に新しい土下座が思い浮かんだ。

 ネオンの勘は全力で肯定した。アレだと。会長のせいだと。

 

 原因が判明したことで、焦っていた思考が、焦燥していた感覚が、げんなりと鎮静化されたのを感じた。

 表情筋もげんなりと垂れた。

 

(あぁ、うん。あのじじいのせいね)

 

『原作主人公たち』の命を少しでも危険に晒した罪は重い。

 ビスケが尊敬もあるものの、うざがっている理由の一端を掴んだネオンは、ネテロに対して持っていた尊敬の念を放り捨てながら考える。

 

 理由がわかれば、目の前の出来事に対処するだけである。

 対処するだけの実力も備えていると自負しているため、問題があるとはネオン自身思っていない。

 もちろん、この事は後でビスケに報告するが。

 拳を『バキバキ』鳴らしながら『おほほほほ』と青筋を立てて笑うビスケの姿が思い浮かんだ。

 

 幸いにして、たった1人で挑む事ができる状況は用意されている。

 

 なら、勝てばいい。

 

 非常にシンプルでわかりやすい回答に、ネオンの意思が統一された。

 

 少しばかりの間を空けて、ネオンはクラピカの問いに答えた。

 笑みすら湛えながら。

 

「──だって、この先にいるのはあたしの敵だから」

 

 不敵で恐れなど微塵もない、挑発的な笑みだった。

 

 

 

 

 

「おいおい、本当に行かせてよかったのか? 何か訳ありって感じだったじゃねーか、やっぱ俺らも一緒に行った方が良かっただろ」

 

「それこそ今更、という奴だよ、レオリオ。彼女を信じたんだ、私は自分の判断が間違っているとは思わない」

 

 手錠の外れた手首をさすり、三重の柵の向こう側を見つめながら言うレオリオをクラピカが簡単に諫めた。

 

「そう言うけどよー。もう少し時間引き伸ばして考えるとか、色々あったじゃねーか」

 

「それは一理ある。しかし、何を考える? 彼女の意思は非常に固かった。戦いの準備をするならまだしも、話し合いは無意味だと思うが」

 

「〜〜〜っあー、悪うござんしたね。どうせオレは馬鹿だよ」

 

「ふっ。いや、すまない。私も本心から納得したわけではないから、お前の気持ちもわかる。要するに心配なのだろう?」

 

「だから、お前はそーゆー事を……なんだって恥ずかしげもなく言いやがる……」

 

「なんだ、違うのか?」

 

「……いや、そうだけどよ」

 

「……?」

 

 

 そんな2人の会話を聞きながら、座り込んで壁に背を預けていたキルアが話しかけた。

 

「ゴンはどう思うんだ?」

 

 柵のすぐ側に座り込んで、じっと柵の向こう側のネオンを見つめていたゴンが、その言葉に反応して『ちらっ』とキルアを見る。

 

「う──ん。まだわかんない」

 

「……へー。なんか意外だな、信じてるとか言うかと思ったぜ」

 

「あはは。なんていうか、ネオンが絶対譲らないって感じだったからさ。きっとネオンにとって大事なことなんだよ。だから、オレは邪魔したくないかな」

 

「そんなもんか。ま、柵の向こう側っつっても観戦できるし、オレもお手並み拝見させてもらおーっと」

 

『よっこいせ』とゴンのすぐ隣に座って、キルアはゴンと同じように、柵の向こう側でかなり体格の良い大男と話すネオンを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 ネオンが三重の柵を潜った先には、1人の大男が大の字に寝転がっていた。

 めんどくさそうに、部屋の中央でごろんと横になっている姿は何の覇気もない。

 

 四方に目を向けた。

 かなり広い。

 三重の柵がある入り口は狭かったが、空間の端から端まで軽く10Mはある。余裕も持って戦える場所だった。

 

 再び横になっている大男に視線を向ける。

 隙だらけだ。ネオンがもし放出系能力者なら、それだけで勝負が決まりそうなほど無警戒。

 それゆえ『カウンタータイプ』の能力であることを警戒するが、勘では、カウンターはない。

 

 しかし、近づき過ぎるのは危険に感じた。

 それゆえ声から掛けることにする。

 

「待たせたかな?」

 

「……んぁ……おお? きたかぁ」

 

 ネオンの声に反応して、大男がのっそりと上半身を起き上がらせ、眠そうに目をこすりながら言った。

 かなり大きい。

 ネオンが150cm前後。

 比較すれば、猫背で背中を丸めているにも関わらず、この男が2mを超えているのがわかる。

 分厚い筋肉で全身が覆われており、特に上半身が発達している。

 筋肉ダルマ。

 ネオンが咄嗟に連想した言葉は、的を射ていた。

 ネオンの警戒をよそに、大男はほとんど無警戒に立ち上がって、ペシペシと自分のスキンヘッドの頭を叩いた。

 

「小娘1人で72年ー。あ、いや。倒した残り時間、だったかぁ? まぁ快適な囚人らいふぅ。ぼろいなぁ」

 

「……どういうこと?」

 

「んぁ? おんしゃってやつらしいぞぉ、お前が残ってくれてよかったよぉ。おかげで、おれぁおんしゃがうけられるぅ」

 

「え──っと、どういうこと?」

 

 まとめると『死刑囚だが、この男は刑務所から出ることを望んでいない。代わりに、ネオンを殺した時点での攻略残り時間分を、1時間を1年として囚人生活を快適に過ごせるように整える、と言う意味での恩赦を得られる。だから早く殺したいし、来てくれて嬉しい』という事だった。

 

『ニタリ』と笑みを浮かべた大男が、しかしめんどくさそうに続けた。

 

「オレァめんどくせーことが嫌いでよー。やれ仕事だー、飯だ、風呂だ、洗濯だ、生きるってなぁめんどくせーことばっかりだぁ。だからよぉ、わるいことしてつかまったんだぁ。そうしたらめんどくせーことしないでいーだろぉ? でもよぉ、囚人ってのは退屈すぎるんだぁ。ねるのはすきだけどよぉ、10年もしたらあきちまったぁ。だから、俺のためしんでくれよぉ」

 

 ──《たった一つの大罪(スロウス・ギア)》──

 

 

 そう言った途端に、男からオーラが吹き出した。

 無造作な『練』であるのに、その顕在オーラは既にネオンを超えている。

 オーラに込められた意思は軽薄だった。

 ただひたすらに濃いだけの過度な密度を持ったオーラだった。

 

 それはどんよりと、まるでなまくらのような鈍さであるという意味合いである。

 まったく研ぎ澄まされていない。

 鍛えられていない。

 ネテロのオーラを針とするなら、まるで鈍器のようなオーラ。

 しかし、それが弱さにはならない。

 濃厚で、濃密で、ベタつくような大量のオーラが、吹き出していた。

 

「……今日だけ、『やる気』出すからよ」

 

 大男の雰囲気が一変していた。

 眠たげで一切覇気のなかった顔に力が満ちている。

 猫背は変わらないが、全身に込められた力と発されるオーラは先ほどとは別人のようだった。

 

「オレの能力は《たった一つの大罪(スロウス・ギア)》っつーんだが、強化系でよ。怠惰に過ごせば過ごすほど、能力の上昇幅が増えるんだ。小出しに出来ねーし、一度『やる気』を出せば貯めた怠惰はリセットされちまうのが、めんどくせーが。……中々に強烈だぜ」

 

 口調もまるで違う。

 間延びして聞きづらかった口調も、ハキハキとわかりやすくなっている。

 

「自己紹介するぜ、『トロス』っつーもんだ。短い間だが、よろしくな。嬢ちゃん」

 

 

 その言葉を皮切りに『ゴリん』と踏み出す音とは思えない音が鳴る。

 トロスの足が地面を砕きながらスタートを決めた超高速の踏み込みだった。

 

 ネオンは瞬時に起動した《天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》と《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》の超回避で避ける。

 回避に関して言えば、ネオンに追従を許す能力者は限られる。

 そのため掠ってすらいない。

 完璧に回避した。

 しかし、《天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》から送られてくる未来の可能性を確認したネオンの表情に余裕は一切なかった。

 

 避けなかった場合。

『堅』で防いだにも関わらず、腕が軋みを上げて勢いのまま壁にめり込み、体勢によってはそのまま押し潰される未来が見えた。

 

 ギリギリで回避した場合。

 ただの風圧ですらジリジリと肌が焼かれる光景があった。

 

 条件を満たした事で『念獣ヴィー』からの警告を鮮明に受け取ることが可能となる。

 強い警戒心。

 それを受け取ったネオンに、油断は一切なかった。

 

『ズドン』と壁に激突したトロスは何の痛痒(つうよう)もなくネオンに向き直った。

 今の突進が自己紹介代わりだったと言わんばかりに平然としている。

 避けたことに対して何の言葉もない。

 ただ少し嬉しそうに笑った。

 

「俺は元々はクート盗賊団ってとこで前張ってたんだが、たった1人相手に、ジンって奴相手に壊滅しちまってな。俺はあんまりにダラケすぎるからってジンにも雇ってもらえなかったんだ。まぁゴロゴロしたいから断ったんだが。でもよぉ、一応。団の中じゃあ最速だったんだぜ? 『やる気』出した時、限定だがな」

 

 

 そして、再度突撃。

 単純明快。相手が死ぬまで特攻。

 途轍もない速さから繰り出される突撃は避ける以外に対処法がない。

 狙える隙は、壁に激突して動きが止まった一瞬のみ。

 予知と直感でネオンは的確に判断する。

 

 2度目の激突。

 そして衝撃音が鳴って割られた壁からトロスが出てくると同時にネオンは仕掛ける。

 

 しかし、それはトロスも読んでいる。

 ネオンが追撃するのと同時に、トロスから右ストレートが放たれる。

 ただの『凝』の拳。

 

 しかしその攻撃は、《天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》によって未来を()たネオンに誘導されたものであった。

 打ちやすい位置にあえて飛び込んだネオンは黄金色に輝く瞳を、さらに強く輝かせた。

 

 

 ()たネオンは感覚的に理解する。

 

『凝』でガードするなら問題なし。

 腕は軋むが砕ける程ではない。

 

『堅』なら辛うじて身体は無事かもしれないが、蓄積ダメージが大きい。

 正面から受け止められるのは十数回程度。それ以上は身体が持たない。

 出した結論はこの拳は『凝』での対処が必須となるということだった。

 

 しかし、それはガードする場合だ。

 回避を選択するネオンには関係がない。

 予知能力者相手に、拳を当てることは非常に困難である。

 

 トロスの反撃はネオンが誘導したものである。

 当然。追撃を読まれて右ストレートが来ることも予知通り。

 

 読んでいる。

 そう言わんばかりに軽々と右ストレートを避けたネオンの拳が深々とトロスの腹部に突き刺さる。

 が、そこで止まらない。

 打撃による硬直を生んだトロスに対して、目にも留まらぬ連打を繰り出すネオン。それに圧されてトロスはただ殴られるだけのサンドバッグと化す。

 

『起こり』と呼ばれる、動作の起点全てを潰すその動きは、未来での『キルア』が使う《疾風迅雷(しっぷうじんらい)》をも彷彿とさせる。

 ネオンは雷速ではない。

 ゆえに初動の差は予知で埋める。

 予知によって限りなく効率化されたネオンの動作は、容易に敵の肉体の動きを追い越した。

 

 

 

 ──驚異的だ。

 

 トロスは『やる気』を出した時だけの、冷たく静かで熱を帯びた思考の中で考える。

 殴られながら、考える。

 

 顕在オーラはトロスが勝っている。

 しかし、身体が動くときの『起こり』を全て潰されている現状、腕の一本、足の一本ですら動かすことができない。

 全てを予知しているがゆえの正確さであるが、トロスがその事を知る由はない。

 ただ驚異的だと冷徹に戦力分析を行うのみであった。

 

 トロスは回想する。

 この『1/5やる気モード』を避けられた経験は数多あるが、止められた経験は一度だけだ。

 何せ速すぎる。

 相当な実力者でなければ、初動の突進で肉塊となる。

 そんな実力者であっても、避けるので精一杯。

 壁に激突して動きが止まった時に攻撃を仕掛けられても、無理やり突進すれば抜け出すことができるのだから、通常は止めようがない。

 初手で拳を誘導された事は痛恨のミスであった。

 

 それゆえに、ここまで一方的な打撃まで加えられた経験はトロスの中にほとんどない。

 トロスは殴られながら、その例外である、自分を捕らえた1人の人物のことを思い出していた。

 

(『やる気』の俺がボコスカ殴られるなんざ、ジン以来じゃねーかぁ?)

 

 あの意味不明な男。

 理解不能な状況でボコボコにされた、あの男のことを連想する。

 あの時は『全力のやる気』であったから、今とはまた違うが、一方的に殴られているのは同じだった。

 少しばかり面白くなってきたと『くつくつ』笑う。

 

(俺がダラけたのは約2年くらいか……? 何度か怒って『やる気』になっちまったからなぁ)

 

 囚人生活もストレスが溜まるものだ。

 何度か喧嘩になって拘束具や檻すらもぶっ壊して暴れたこともある。

 脱獄する気はないので、喧嘩が終われば再び収監されるということを繰り返しているが。

 

 最後に《たった一つの大罪(スロウス・ギア)》を使った日などから概算して、2年のダラけで出せる能力を考える。

 結論としてはこのペースなら30時間程度。

 圧縮すりゃあ、もっと性能を上げられる、というものだった。

 

 行動の『起こり』を全て潰されながら、着実にダメージを与えられ続けている状態でトロスは考える。

 

(このままじゃ、いつも通り能力を使い切る前に俺のオーラが尽きるな。潜在オーラが増えねえってのが、この能力の欠陥だなぁ)

 

 トロスの能力を端的に言えば、顕在オーラ量と肉体の大幅な強化である。

 割合にもよるが、おおよそ最大で10倍にまで膨れ上がる顕在オーラ(現在は2倍程度)と肉体の強度を感覚的に5段階上昇させられる。(現在は1段階)

 ただし、強化率を引き上げればそれだけ継戦時間は短くなる。

 加えて、『堅』などを用いてオーラを使えばそのオーラも当然消費される。

 

 つまり、30時間と能力の効果時間は長いが、それは圧縮して性能を上げる前提であって、潜在オーラ量を勘案すれば長時間の戦闘に向いていない。

 トロスの能力を大別するのなら超短期決戦型の能力となる。

 

(最大比率なんざ、ジン以来だぁ。嬢ちゃんに、俺を止められるかい……?)

 

 最大まで圧縮すれば、その時間は約30分。

 しかしその間のトロスは無敵と言って過言ではない状態に入る。

 それこそ、あのジン=フリークスが一時的にであれ『真面目』に戦わなければ制圧できなかったほどに。

 

 

『念獣ヴィー』はそれを察知して、これまでの中で最大級の、特大の警報をネオンに発した。

 

 受け取ったネオンはしかし、既に出来ることは全て行っている。

天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》に身を任せることで最大効率の結果を叩き出しているネオンに、これ以上出来ることはない。

『切り札』を使う以外には。

 

 歯噛みするように間延びする時間の中でネオンは思考する。

 

『起こり』を抑える事はもはや不可能。

 何故なら、いくら《疾風迅雷(しっぷうじんらい)》に比肩し得るとはいえ、ネオンでは電気的に敵の動きを強制停止させる事も、潜在能力を超えた動きも実現できない。

 あくまで予知した上で行動を阻害することが限界。

 それでも一対一であれば驚異的な手札であるが、敵の『堅』がネオンの『凝』を容易に打ち破る未来を()た上で、回避不能な至近距離で『起こり』を潰すという賭けに出るには、8秒間の未来しか『受け取らない』ネオンにとってリスクが大きすぎる。

 

 それ以上の未来を()ている『念獣ヴィー』の判断も、その場からの離脱であったが、8秒以上先の未来をネオンが『受け取る』場合のリスクを考慮し沈黙した。

 

 莫大なオーラ量の差が生まれる。

 オーラが吹き出す前に予知と直感でそう判断し、ネオンは『念獣ヴィー』の判断(操作)ではなく、自らの意思で即座にその場から離脱。

 四方の壁から最も遠い場所へと移動。

 つまり、部屋の中央に戻ったネオンに対して。

 

 トロスが『やる気』を出した上での『本気』を出した。

 膨大な、それこそ未来で生まれるであろう『モントゥトゥユピー』にすら比肩し得るほどの膨大なオーラが吹き出す。

 潜在オーラを一瞬にして空にしてしまうであろうその量はしかし、『念能力』によって最大限増幅され30分間という制限の中であれば支障がない。

 

 全身の筋肉を大きく膨れ上がらせ、桁違いの、地面が震えるほどのオーラを漲らせたトロスが、今までの5倍の速度で猛然と突進を開始した。

 膨大なオーラを『円』のように使い、壁を察知して蹴り跳ねるトロスに、もはや激突後の硬直はない。

 

 ネオンの、死闘が始まった。

 

 

 刹那的な思考すら許されない。

 暴虐的な速度の特攻は見てからでは遅すぎる。察知してからでも遅い。

 ()てからでもまだ遅い。

 ネオンの反応速度では対処不可能。

 

 濃密な死の気配。

 ネオンは、『念獣ヴィー』は、『切り札』の使用を選択した。

 

天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》と《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》は戦闘系能力に分別される。

 長期間の予知に向いておらず、極々短期的な予知に特化しているゆえだ。

 その能力が遺憾無く発揮される。

 黄金に輝くネオンの瞳が、冷たく静かに、色を失った。

 

 

 

 

 

 それを見守るのは、三重の柵に守られるゴン、キルア、レオリオ、クラピカの四人だった。

 当初はネオンが一方的に相手を壁に押し込む姿を見て、少し安心していた面々であったが、今はもうその安心は消え失せていた。

 

 見えなかった。何も。

 ただ黒く大きな影が縦横無尽に部屋の中央めがけて交差している。

 残像すら残るその速さに圧倒され、語る言葉を誰も持ち合わせない。

 加えて、三重の柵があるというのに、身体の芯から凍えるような威圧感を発露する敵を前にして、あのキルアですら冷や汗を流し、座り込む膝の上で、右の拳を左の掌で握りしめている。 

 

 その暴風の真っ只中に居るであろうネオンの姿すらもう見えない。

 時折思い出したように『バジィ』と弾けるような音が鳴る以外に、彼女の生存を知らせるものは何もない。

 固唾を呑むことすら、ない。

 声をかける余裕すらない。

 

 まるで想像の枠外。

 信じられないものを見た時、人は言葉を失うという姿を、四人全員が体現していた。

 

 そして誰もが思った。

 ネオンの判断は正しかった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

『念獣ヴィー』の真価は未来を()ることではない。

 未来を()た上で、処理する能力こそが最も重要な能力である。

 

 未来の数はそれこそ無数に存在する。

 ネオンがリスクなしに『受け取れる』4秒間(天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)使用時)、あるいは8秒間(天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)使用時)の未来ですら、ネオンにその全てを処理することは不可能である。

 それこそ専用の外部接続端子(念獣ヴィー)があっても、十全に活かしているとは言い難い。

 

 だが、『念獣ヴィー』単体ならば、その全ての処理を可能とする。

 加えて理論上、()える未来に際限がない。8秒間の壁を超えて()るその数は億ですら、兆ですら足りない。

 まさしく無限に限りなく近い。

 それほどの未来を()る『念獣ヴィー』の処理能力はある意味人知を超えているが、スーパーコンピューターのようなものと考えれば不可能とは言い切れない。

 

 そして。

 この時点における『切り札』とは、ネオンの意思を排除(実際には排除ではないが、ネオンの認識では排除)し、全能力を『念獣ヴィー』に回すという意味合いである。

 ネオンには認識すらできない、8秒間に凝縮された処理不可能な膨大な量の情報を、無理やり処理して実現に落とし込むための手段である。

 

 さらに。

 《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》の能力は、『最適解の操作を受け入れる事で発動する』。

『切り札』を使ったネオンの肉体と精神は、受け入れる過程を省いた。

 

 ここで一つだけ言える事があるとすれば、『念獣ヴィー』はネオンの最大最強の味方、という事である。

 

 

 

 

「──────ッッ!!!」

 

 声すら、音すら間延びして知覚できない圧縮された時間の中。

 ネオンはまだ生きていた。

 

 身を文字通り磨り潰しながら、掠っただけで皮膚と肉が持っていかれるほどの嵐の中でまだ生きていた。

 

 もはやネオンの意識はそこにはない。

『切り札』の使用を決断したと同時にトランスと呼ばれる状態に強制的に入り、瞳の色を失ったネオンはもはや呼吸すら忘れて目の前の着手に集中していた。

 

 直感では使えると理解していた。

 しかし、意思の排除というリスクを考えて今まで使ったことのなかった『切り札』を初めて使用したことで、その才能が、急速にこの戦闘の最中に芽吹き、育ち始める。

 それでも後一歩及ばない。

『何か』が足りていなかった。

 

『念獣ヴィー』の処理の最大効率を引き出すための『何か』を持ちえれば到達したであろう極限に、しかし今のネオンは届き得ない。

 未来で到達するその極限と比較すれば、現在の割合、使用率はおよそ20%。

 そこが現時点でのネオンの限界点だった。

 

 そして、そこまでしてようやくネオンは生きていた。

 ギリギリの戦況。

 一手の誤りが即死につながる綱渡りの最中で、しかしネオンの心中に湧くのは度し難いほどの喜びであった。

 

 一手一手の取捨選択。

 それが自身を急速に育てている自覚があった。

 意識すらないというのに、感覚によってそれを理解していた。

 もしかすれば『切り札』とは意志の排除ではないのかもしれない、とネオンに思考する余裕はない。

 何も気が付かず、無我夢中で生存していた。

 

『最適解とは、ネオンの力量によって異なる』

 かつてビスケが指摘した言葉であるが、それはまさしく的を射ている。

 

 暴風の最中であっても成長を続けるネオンは、少しずつ、しかし確実に。

 そして実際の時間感覚で言えば急速に成長を遂げつつあった。

 

 トロスはそれを察知する。

 半ば獣じみた感覚だった。

 どちらかと言えば、人間というよりも獣に近いトロスは辛うじてその知らせをキャッチする。

 生まれた感情は、焦燥であった。

 

(……バカな!? 対応、されつつある? ありえん。俺ですら体当たりで精一杯なんだぞ!?)

 

 トロスが細かい技術を使えない理由がそこにあった。

 あまりにも速すぎた。

 肉体を最大限強化しすぎたゆえに、トロスの目に風景は映らない。

 野生の感覚と『円』で獲物を捉え、身体で特攻を仕掛ける。

 それが有効打として成り立っているだけでも驚異的なことだ。

 ここにその他技術を組み合わせられるほどトロスは器用ではなかった。

 

 あるいは、もしトロスがジンとの敗北に感じ入るものがあり、技術すら組み合わせるようになっていれば、ネオンは既に肉塊と化していたかもしれない。

 ただそれは、実現しなかった未来である。

 

 そしてネオンが大いなる成長を遂げつつある同時刻。

 某所で奇術師が嗤っていた。

 

 

 ──『トリックタワー』攻略後の広場。

 円状の、扉が各間隔で備えられた空間の隅に座る1人の奇術師がいた。

 楽しそうにトランプを触る彼以外、まだ広場には誰もおらず、彼が触る音以外に何もない静寂が広がっていた。

 

 「・・・♥」

 

 何を思うのか、ヒソカにしかわからない。

 けれど、そのニンマリと歪んだ口元から、彼自身が喜ぶようなことを脳内で想像しているのは疑いようもない。

 そんな最中に、スッと不自然なほどにヒソカの目が細められた。

 

 見やる方向は攻略済みのトリックタワーの方角。

 細められる瞼とは裏腹に、その口元は、今まで以上に弧を描いた。

 

「少し目を離せば、あっという間に熟してゆく・・・♥」

 

 クツクツと忍び笑いを溢し、不気味なほどのオーラを漲らせる。

 ヒソカは、その類い稀な知覚能力で、物理的に隔てられた壁すらも突破してトロスのオーラを肴に愉しんでいた。それだけでも常軌を逸しているにも関わらず、愉しみで研ぎ澄まされたヒソカの感覚は、さらに深く感知する。──目をつけた果実の一人であるネオンのさらなる成長を、この遠方ですら感じ取った。フルフルと震えるヒソカの表情筋が、全てを物語った。

 

「まだ、我慢、我慢・・・♦︎」

 

 ──熟し切ったその時は、ボクが食べるために♥

 心底嬉しそうに口元を歪めて、ヒソカは目を閉じながらビクビクと震えた。

 

 同時刻。

 ネオンの戦闘能力が、『念獣ヴィー』の望み得る基準値に到達する。

 

 

 ──ネオンは舞う。死線でダンスを踊るように舞い続ける。

 まるで何十時間。あるいは何日。

 それほどまでに感じる超高密度の時間が過ぎ去った。

 

 両者とも、生存したままに。

 ネオンはもはや無事な箇所を探す方が難しい。

 髪は乱れ、服は一部を残して弾け跳び、どこに行ったかわからない。

 しかしボロボロの見た目ではあるが、怪我は少ない。

 足は綺麗なもので傷一つない。

 頭部、胴体などの急所も髪と衣服が乱れている以外は問題ない。

 

 ただ、腕がひどい状態だった。

 ガードに使ったためか、皮膚のほとんどが擦り切れている。

 しかしそれでも、爛々(らんらん)と色を失った目を輝かせながら生きている。

 

 トロスも生きていた。

 傷は一つもなく変わらずオーラは漲っている。

 だというのに、余裕もなかった。

 

 ネオンが着実に成長している事を感じ取りながらも、トロスは全力で、殺す気の特攻を仕掛け続けていた。

 いつか終わりが来ることを心のどこかで理解しつつ、これ以外の攻撃手段を、トロスは選ばなかった。

 それは諦めではなかった。

 己が誇る最高の攻撃に殉じる、最速の男の生き様。最期まで意思を貫く覚悟だった。

 

 

 戦況が動いた。

 

 空中に飛び上がったネオンの蹴りが、超高速で突進するトロスの頭部を捉えた。

 それは一般人が運行中の新幹線に素手で触れるようなものだ。

 正面からぶつかる、否。微かに接触するだけでもネオンの肉体とオーラ量では圧倒的な敗北を喫する。

 

 ──はずだった。

 

 

 衝突しオーラを撒き散らす接触点では、ネオンの足は無傷。

 突進のベクトルを打撃しながら流してズラし、トロスにのみダメージを与える神業である。

 

 その正体は、ネオンでは知覚し得ない僅かな情報すらも予知で掻き集め、神業が実現可能になるまでネオンの成長を信じて待ち、リスクを最小限に抑えた上で実行された、『念獣ヴィー』が操作する渾身の。痛烈な一撃であった。

 

 ──トロスの覚悟が脆く崩れ去る。

 

 

 ネオンの蹴りは正確にトロスの『顎』を蹴り上げていた。

 いくら顕在オーラで(まさ)っているとしても、頭部に対する衝撃の全てを防ぐ事は不可能である。

 

『円』も身体の制御も失い、トロスが勢い余って壁に突っ込む前に、驚異的な速度でネオンが再び蹴る。

 胴を弾かれ、腕を弾かれ、足を弾かれ、トロスが縦横に回転する。

『顎』への痛打と乱回転によって『ぐわんぐわん』と揺れるトロスの視界は気がつけば仰向けに天井を見つめていた。

 

 完全にトロスの勢いを殺したネオンの足技の最後の一撃。

 白く美しい踵が流れるようにトロスの頭部に振り下ろされる直前。

 トロスは『ニヤリ』と笑い、最期の言葉を漏らした。

 

「……萎えるぜ」

 

『ボギュん』と、頭蓋を壊す音が響いた。

 弾け飛ぶ『シワシワ』の水々(みずみず)しいピンク色。頭蓋の白い骨片。

 片方の目玉が『コロコロ』と紐付きで床に転がった。

 

 背中から地面に倒れ込んでいるトロスは、確実に、死んでいた。

 

 そしてネオンが、電池が切れたように『フラリ』と倒れ伏した。

 

 トリックタワー攻略残り時間:65時間43分

 ちょうどヒソカが『トリックタワー』を攻略し終えた頃。

 その一つの戦いに決着がついた。

 

 勝者:ネオン=ノストラード

 

 

 勝敗が決まって三重の柵が開いた途端、血相を変えてネオンに駆け寄る医者志望の青年の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 




次回更新未定です。
順調に進めば1週間後の予定です。

よろしくお願いします。


修正:ヒソカの心情追加

────
誤字報告お礼
『佐藤東沙』さん
『アント』さん
『phodra』さん
『ユウれい』さん
『kuzuchi』さん

ありがとうございます。
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